109.注目の男、ラスティー
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「ラスティー・シャークアイズ……それ程の男か」エイブラハムは魔王の表情を伺い、納得した様に唸る。
ラスティーの名前と討魔団はバルバロンまで轟いており、要注意指定されていた。ロキシーらの報告で戦力が計られ、彼らの動向は逐一報告される様になっていた。
「傭兵団も勢力を拡大させ、南大陸を中心に働き、西は勿論、今では東大陸にまで同盟をもちかけるに至っている」魔王は手元の資料を読みながら口にし、六魔道団の皆を見回す。
「西、南、東で同盟を組み、このバルバロンを囲むつもりってわけね。更にこれにククリスと賢者たちも加わる……流石に分が悪そうね」スネイクスは資料を片手に口元を結ぶ。
「………………」大地の格闘技者、ソロモンはただ黙って眉ひとつ動かさずに資料を読み込んでいた。
「あら、弱気ね。そんなんじゃ、魔王様は守れないわよ? ね? ウルスラ」と、メラニーが無口で俯くウルスラに目をやる。
自称氷帝ウルスラはサバティッシュの件を未だに引き摺っており、不遜な態度は成りを潜め、背後に影を落としていた。
そんな彼らを見てパトリックは楽し気な表情を浮かべる。
「今まで退屈だったが、やっと面白くなってきたじゃないか。で、その討魔団はどう動くか予想はついているのですか?」
「3大陸大同盟は、名前は大層なもんだが、足並みは揃っていない。国ごとにどういった役割で動き、我が国を攻めるのか……そういった大事な作戦がまだ同盟全体に浸透してはいない。恐らく、同盟は我々に対する脅しの様なものだ。本格的に機能はしていない。動くのは精々、クリスの私兵らと賢者たち、そして討魔団ぐらいだろう」魔王は滑らかに口にすると、手元の水を一杯飲む。
「で、我々はどう動くので?」この中で一番の年長者であるエイブラハムは眉を上げながら問う。
「予定通り、デストロイヤーゴーレムで破壊の杖探索を行う。その隙を見て、恐らくラスティーかクリスが動くだろう。それを諸君に迎撃して貰う。クリス方面は予定通りパトリックとエイブラハムに。ラスティー方面はソロモンとウルスラに頼もう。で、デストロイヤーゴーレムの護衛はメラニーとスネイクスだ。質問は?」
それに対してパトリックが手を上げる。
「連中の戦力に関して質問がある。我々2人と4万程の軍隊でクリスらの私兵を迎撃するわけだが、このクリスに賢者らが付くわけだろう? 少し分が悪い気がするのですが?」
「意外だが、クリスに付く賢者は風の賢者ひとりしかいない。水の賢者は破壊の杖の防衛につき、残りは全員討魔団か、ククリス本国の指示にしか従わない」
「では、クリス坊やの頼みは新人風の賢者だけと言う事かの?」エイブラハムが首を傾げると、魔王は指を振った。
「そこまでヤツの頭はおめでたくない。クリスは自分だけの賢者を組織し、私兵に組み込んだそうだ。賢者程の実力はないだろうが、油断はすべきではないな」
「なるほど……どちらにしろ、我々は十分楽しめそうだ」パトリックは自信ありげに笑い、クリスの私兵の戦力が書かれる資料を読み進める。
「で、討魔団の戦力だが、このアリシア・エヴァーブルーと言う女……こいつだけは生け捕りにして欲しい」
魔王はアリシアの似顔絵を取り出し、円卓の中心に置いた。
「エヴァーブルー? まさかナイアの娘? 死んだと聞いたけど……」メラニーは似顔絵を眺めながら片眉を上げる。
「なぜ、この女を生け捕りに?」エイブラハムが問うと魔王が参った様にため息を吐いた。
「我が国には多くの優秀な属性使いが揃い、まさに敵無しを誇るが、あるひとつの使い手がいない……光使いだ。この女は光属性に精通する数少ない使い手なのだ。是非欲しい」
「以前、光使いを募集して数十名集まったが、どいつも魔王様の欲しい人材では無かったと聞く……この女はその人材であると?」パトリックの問いに魔王は微笑みながら頷いた。
「ヴレイズ……ヴレイズ! ヴレイズ!!」
討魔団に関する資料を読んでいたウルスラは手を震わせ、鬼面を露わにして立ち上がる。その隣に座るメラニーは彼女に落ち着くように口にして無理やり座らせる。
「ヴレイズは私が殺す! 絶対!! 邪魔はさせない!!」と、ウルスラは殺気を吹き上がらせて共に戦う事になるソロモンを睨み付ける。
「……ヴレイズ」ソロモンは何を考えているのか、資料にあるヴレイズの似顔絵を見て興味ありげに唸った。
「で、ここまで話を進めたが、不確定要素について話そう。まず、世界の影についてだ」魔王はまた新たに資料を配布し、全員に読むよう促す。
その内容は、ここ最近の世界の影の活動内容や視線、今回の件での予想される動きについてであった。彼らはグレイスタンでの一件で戦力を大幅縮小し、もはや風前の灯であった。その為、今回の件には下手にカランでは来ないと資料に記されていた。
「かつての裏の組織も、今ではそこらの新興宗教と変わらない規模になっちゃったわね。ブリザルドからも見放されちゃって……」メラニーは呆れた様に口にする。
「それでも、最後に大きな花火を打ち上げるかもしれん。不確定要素には柔軟に対応してくれ」と、魔王は窘める様に口にし、更に資料を捲る。これには彼の息子であるスワート、そしてヴァークに関する事は伏せられていた。
「では、今回の会議はここまでとしよう。デストロイヤーゴーレムの本格起動と同時に事は始まるはずだ。皆、気を抜かない様、頼む」と、口にすると魔王は威厳たっぷりに闇の中へと消えて行った。
「これは忙しくなりそうだ」6魔道団の皆は頭の中で一斉に呟き、溜息を重たく吐いた。
その頃、西大陸マーナミーナ国の港に立てられたホーリーレギオンの基地の指令室にはクリスが膝を組んで座っていた。彼はバルバロン侵攻計画の書かれた地図を目の前に広げ、満足そうに唸っていた。
「デストロイヤーゴーレムの護衛艦は潰れ、巨大飛行戦艦もラスティーによって奪われたと聞く。ゴーレムの護衛は恐らく、六魔道団の誰かだろう。これによって魔王軍の戦力は分散され、攻めやすくなるな」と、クリスはニヤニヤと笑う。
そんな彼の背後にはミラが立っていた。
「私に加えて新たに加わった貴方だけの賢者が4名……ホーリーレギオンの最新鋭装備に身を包んだ兵団が5万……横合いから殴りつけるには十分ですが……」
「そう、殴りつけたその先……一気にファーストシティまで攻め上り、魔王の剣を突き付けるとなると……やはりククリス本土の最高戦力、そして西東南の大国の戦力が必要だ。それらを動かすにはラスティーと叔父上の力が必要だ。その2人を動かさざる負えない状況を作るんだ……」
「どうやって?」ミラが問うと、クリスは不敵に笑いながら顔を上げた。
「鍵はラスティーが握っている。あの男は物事を合理的に動かそうとする。この私が思い通りに動かしてやろう……あの男の癖はグレイスタンで掴んだ」
「なるほど。で、次の一手は?」
「まずは待とう。デストロイヤーゴーレムが動くのを……」
「てぇ訳でさ……今の俺の難しい状況、お前に分かるか? なぁ、わかる??」長ソファに寝そべったラスティーは目の前で座るヴレイズに向かって口にする。
「いや、話長いし、難しいし、よくわからんし……てかエレンが残したカルテの量よ! どんだけあるんだよ!!」ヴレイズはペンを咥え、頭を掻きながら唸る。
現在、彼らはようやく討魔団本部へと帰還し、ある程度の報告を終えてつかの間のひと段落でラスティーはヴレイズに頼んで早速セラピーを行っていた。
「それ今年だけの分な。去年一昨年のは別の倉庫に保管してある。それ全部に目を通しておいてくれよ」ラスティーは当然の様に口にし、更に自分の悩み事を話そうと口を開く。
「まてまてまて!! 俺はお前の専属セラピストになるつもりはないぞ!!」
「エレンが復帰するまでだ。頼むよぉ~」
「いや……でも、話を聞くだけだって……」
「話を聞くにも情報が必要なんだよ。最低限の……」
「さいていげんって、数百人分の伝記ぐらいの量を全部読めと?!?」
「エレンが全部書いたんだぞ?」
「……本当、同情するよ、エレンには……」ヴレイズは今年一番の大きな溜め息を吐き、椅子に座り直しながらラスティーの話に付き合わされた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




