106.エレンを救える者
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ロザリアは仮設診療所で、ヒールウォーターの並々と注がれたバスタブに浸かっていた。同室にはケンジもおり、彼はベッドに横になり治療継続中だった。
マリオンはその中へ手を入れ、水魔法成分を調整しながらカルテを書き込む。
そこへアリシアがノックと共に現れる。
「お邪魔するよ」と、マリオンの横顔を伺いながら、そっとバスタブの中を覗き込む。
「エレンはゆっくり確実な治療を得意としていたけど、アタイはどうかな?」と、胸を聳やかして腕を組む。
アリシアはバスタブに人差指を入れ、確認して唸る。
「少し筋肉組織回復魔法の速度が急だね。内臓の疲労回復が終わってから早めた方がいいよ。エレンなら、そうしていた」と、マリオンの瞳を見つめる。
「……アタイとエレンは違うからね。治療のやり方も違う、けど……治りは確実の筈だよ」と、眼を鋭くさせる。
「治りが良くても、その後の事まで考えるのがエレンだよ。まぁ、貴女には貴女の考えがあるんでしょうけど。ちょっといい?」アリシアは指先に光魔法の雫を滲ませる。
「……どうぞ」と、少し不服そうに口にして顔を背ける。
アリシアが雫を垂らすと、バスタブの内部で光が反射して眩く輝き、回復魔法の効率化が進む。この効率化は身体に負担を掛けないモノであった。
「凄いね。流石、アリシア……」マリオンはバスタブの中で起こる奇跡の様な回復速度を目にし、口笛を吹いた。
「じゃあ、これで」アリシアは踵を返して部屋をそそくさと出ようとする。
「待った」と、マリオンは急に立ち上がる。
「なに?」
「エレンの心の中に、あんたへの後悔の念がまだ残っているんだ。それをどうにかしたいんだが……あんたはエレンを救えるか?」
「……なんですって?」
エレンは今でも、3年ほど前の出来事を後悔していた。アリシア、ヴレイズ、ラスティー、エレンの4人が反乱軍と合流する寸前、ウィルガルムの襲撃に遭い、壊滅する。その際、アリシアとヴレイズは瀕死の重傷を負い、エレンは選択を迫られる。
どちらの命を救うか?
ヴレイズの重傷はエレンの回復魔法技術でギリギリ命を繋ぐことの出来るモノであった。
アリシアの重傷はもはや手遅れの向こう側であり、延命をするのが精いっぱいであった。どの魔法医でも助けるのはヴレイズの方を選ぶのは明白であった。
故に、エレンもヴレイズの方を優先したのであった。
そんな自分が許せず、エレンは今の今迄、あの頃の自分を許せずにいた。例え、アリシア本人が許しても、決して自分の事を許せず、どうしたらこの呪いから解き放たれるか、マリオンの方が頭を抱えていた。
「今回のエレンの件は、この心労によるモノでもある。この呪いは、アリシア、あんたの無事を確認し、許しを受け、更に加速した」マリオンは腕を組みながら難しそうに唸る。
「……何故?」
「さぁ? アタイにはそこまで話してくれなかった。直接自分で聞いたらどうだ? 今は無理だけど」
「……あたしのせいなの?」
「いや、それだけは断じてない。これはエレン自身のせい。あえて言うなら、向き合う時間を与えなかった、ラスティーのせいか……いや、時間はあったけど、自分を追い込み過ぎたんだ。他人にはそれらしいアドバイスをする癖にな。まぁ、今回のがその『時間』ってやつだな」
「……そうなの……あたしに見せてくれる?」と、アリシアはマリオンの頭に触れようとする。
が、マリオンは鋭い目付きで彼女の手を払う。
「今は、触れないで」
「……わかった」アリシアも何か悟ったのか、手を引き、苦笑いしながら退室しようとする。
すると、ロザリアが勢いよく起き上り、咳き込む。
「っぷはっ!! ゲハッ! ゴホッゴホッ!!」ヒールウォーターは消化器だけでなく肺にも満たされていたため、勢いよく吐き出す。
「ちょっと、ダメじゃない!! アタイが起こすまでは起きるなって言ったでしょうが!!」マリオンは額に血管を浮き上がらせて彼女を寝かせようとする。
「ゲホッ! す、すまない! アリシアさんに一言礼を……」と、彼女に向き直って首を垂れる。「ありがとう……」
「そんな礼なんて……あたしも以前、ノープランで上空まで飛んで、落下したところを仲間に助けられたことがあってね……」
「いや、違う……私達に解決させてくれてありがとう……」
「あぁ……いえいえ」と、アリシアは彼女の礼を素直に受け止め、仮設診療所から退室する。
彼女が出て行くのを見て、マリオンは不思議そうにロザリアを見つめながら首を傾げる。
「どういう事?」
「あのオロチを操っていたゼオは……その気になればアリシアさんやヴレイズさんで倒せた相手です。あんな危険な事態になる前に終わらせる事が出来た……しかし、私たちに解決させてくれた。それが私達に取って、何よりの救いだった……それに、私たちを信じてくれた」ロザリアはそれだけ言うと、バスタブの中へと身を沈めた。
「……あいつなら、エレンを救えるかもな。ま、今は寝かせてあげなきゃだな」と、マリオンは再びロザリアに安眠魔法をかけ、再び体内にヒールウォーターを巡らせた。
「どうやら本当に終わったみたいね……」スカーレットの背中に背負われたヨーコが口にする。彼女らはオロチの崩壊を目の当たりにし、口をあんぐり開け、何が起きたのか首を傾げながらトウオウへ向かっていた。
「しかし、誰がこんな? 早くエレンさんと合流しなきゃ……あんな応急処置じゃダメだ」と、全身に奔る激痛を堪える。「あぁチクショウ!! 重たいなぁ!!」と、背中のヨーコに向かって怒鳴りながらその場に座り込む。
「しょうがないじゃん、両腕両足のスペアはトウオウ本部にしかないんだからさ! おら、キリキリ歩け!!」
「村に置いて来ればよかった……」うんざりした様な表情を浮かべ、トウオウへの道を再び歩き始める。
すると、遠くから何者かが歩み寄る。その者は肩に何者かを担ぎ、疲れた様にため息を吐いていた。
「あ、ウォルター……」
「スカーレットさん?」と、彼は足早に彼女に歩み寄る。
そんな彼の隣にはリクトがおり、彼もまた疲労の表情を隠さずにいた。
「俺はもういいか? いい加減休んで酒が飲みたいぜ」
「ダメに決まっているだろ! お前も一緒に来るんだ!」と、ウォルターは彼の耳を掴んで引っ張る。彼はここに来るまでに3回も耳を引っ張ってここまで連れて来たのだった。
「いだだだだだだ! わかっているって!!」
「その担いでいるのって? あいつ?」ヨーコはウォルターが担ぐ男へ目をやる。その男は裏切り者のサブロウであった。
「こいつを指令へ突き出す。貴重な情報を持っている筈ですからね」
「そうなの。私も、こいつを突き出すところよ」と、スカーレットは背のヨーコを見せる。
「え? あたし突き出されるの? まぁ、しょうがないか……」
「……こう考えると、たった数人に俺たちは負けたんだよな。ま、一部内部崩壊していたけどな」と、リクトは乾いた笑い声を上げ、またウォルターに耳を引っ張られる。「だから大人しく行くって! 痛いって、やめて!!」
「指令の事だ。まだ一仕事残っている」ウォルターはサングラス越しに目を光らせる。
「正直もう休みたいんだけど……てか、指令はどこにいるの? トウオウで待っているのかな?」と、呟く。
それを合図に、遥か上空で滞空していた空中戦艦が低空飛行を始め、梯子を降ろした。
「よ、お前ら! 早く乗れよ!」と、風魔法を使ってニックが声を上げる。
更にヴレイズが飛来し、スカーレットに手を貸す。
「よく頑張ったな! 中で手当てだ! それから、ラスティーの恐怖の尋問タイムだ」
「やっぱりぃ……」スカーレットは安堵した様な、それでいてうんざりした様な声を漏らし、安心した様にヴレイズの腕に甘えた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




