102.堅き意志
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
「国を潰すって……物理的に?」ラスティーは思考が止まった様な表情でベンジャミンに訊ねた。
「そうだ! あのオロチは全長100メートル、重さおよそ1万トン! さらに体内にはその図体を動かし、熱線を撃ち、さらに飛ぶ程の魔力が蓄えられている! そんな代物が高く跳び上がり、落下したらどうなると思う?!」と、ベンジャミンはコンソールを高速で打ちこみ、独断でライトニングハンマーの発射準備を進める。
「やばいのか?」こう言った情報には疎いのか、ラスティーは首を傾げる。
「都市制圧型無属性爆弾でも半径10キロが限度だが、今回のは恐らく……数字では表せないが、ここら辺一体が消し飛ぶだけじゃ済まないだろうね!」と、ベンジャミンは焦りを隠せない表情で口にし、ライトニングハンマーのトリガーボタンの安全装置を外す。
「この兵器でどれぐらい時間が稼げるんだ?」ラスティーは落ち着いた顔で問う。
「さぁ?! 知らないよ!! あのオロチはゼオの独断で設計された部分があるからわからないよ!!」と、ベンジャミンは怒鳴り散らす。
すると、ラスティーは彼の頬を勢いよく張った。
「いで! 何するんだよ!!」赤くなった頬を摩り、目に涙を滲ませる。
「こう言う局面なんだ、慌てていい事はない。落ち着け。君の様な立場の人間が慌てると、回りに焦りやパニックが伝播する」と、ラスティーは煙草を咥えて火を点け、ゆっくりと煙を吐く。
「は、はい……ごめんなさい」
「で、この兵器を撃ち込めば、どれぐらい足止めできるんだ?」
「……コクピットの真上を叩ければ、5分ほど……」
「よし! 最高のタイミングで撃て!! いいな、ニック!!」と、艦長席で冷や汗ダラダラの彼を指さす。
「え、オレ?」目を点にして自分を指さす。
「そうだ! この艦を指揮するのはお前だろ? 頼んだぜ!」
「……ヴレイズの言う通り、すっげぇ無茶ぶりする司令官だな……」ニックは苦笑いしながらモニターの睨み付け、ラスティーの言う『最高のタイミング』の見極めを始めた。
その頃、ケンジはオロチが暴れて熱線を吐き散らすのを眺めていた。ロザリアに敗北し、彼は完全に無気力となり、自慢の大剣『王風』をその場に転がして体育座りしていた。
そんな彼の背後にエレンことマリオンが立つ。反乱軍の手前、エレンらしい慎ましい服装をしていたが、我慢できなかったのか胸元をばっくりと開けていた。
「ここで休憩かしら、旦那さん? 奥さんの事は助けなくていいのかしら?」
「ほっといてくれ。あいつはもう俺のアスカじゃない……」
「何が俺のアスカ、よ。自分が何のために戦ってきたのか忘れたの? あたいに聞かせてくれたじゃん」
「何のために戦った……?」
「アスカがいつ帰って来てもいい様に、穏やかな国にするって……あんたはこの惨状を放っておくの? それに、アスカは今、ゼオと戦っているんでしょ? あんた的には、どっちに勝って欲しいの?」
「そりゃもちろん……」と、言葉を詰まらせる。
今の彼は立場上、魔王軍だった。
しかし、魔王軍に入ったのはヤオガミ列島の腐った内政を正す為、あえて裏切り、腐りきった一党を機甲団とウィルガルムが潰したのであった。
建前では国民の為であったが、全てアスカの為であった。
「自分に素直になりなよ。一度裏切ったら二度と裏切らないとか言ってたけど、アスカの為だったらどうなの?」
「じゃあ俺は何のために、アスカと戦ったんだ! そして俺は……」と、切断された右腕を見て左手を握り込む。
すると、マリオンは舌打ちをし、彼の襟首を掴んで無理やり立たせる。
「変なところで意地になってんじゃないよ! 自分の気持ちに正直になりな!」
「……っ」ケンジはバツの悪そうな表情で俯いたが、目に輝きが僅かながら戻った。
「何だかすっごくヤバそうだけど、どうにかならない?」アリシアは歯痒そうに表情を歪ませながら、今にも空を飛びそうなオロチを見上げる。
「俺ひとりじゃ無理そうだなぁ……」と、自分の出せる最大火力とオロチのパワーを頭の中で計算し、溜息を吐く。
「2人ならいけるかな?」
「いやぁ……どうだろ」と、少し2人で力の合わせ方を話し合い、やはり無理だと悟って唸る。
その間にオロチは加速しながら上昇する。
地上より数百メートル地点まで上がったタイミングで、オロチの更に上空で滞空していた飛空艇から落雷が奔り、凄まじい轟音と共に着弾する。その衝撃と共にオロチの光が消え、そのまま落下し、砂埃を嵐の様に巻き上げる。トウオウの街全土が激しく揺れ、土埃が収まると、オロチは地面にめり込んでいた。
「おぉ~ラスティー流石ぁ~」ヴレイズは腕を組んで口笛を吹く。
「あとは、ロザリアさん次第かな……あたし達も中に入る?」
「いや、オロチがまた起き上って暴れた時に備えていた方がいいだろ」と、ヴレイズ達は冷静に静観した。
因みに飛空艇の中ではニックを始め、乗組員たちは大いに沸いていた。
「成る程、ある程度上昇させてから叩き落としたのか。これで衝撃が倍増する」ラスティーは口笛を吹いて感心する。
「こう言う方法があったか……これなら10分は動けないだろう」ベンジャミンも眼鏡を光らせてオロチを観察し続ける。
「よしよしよぉし!! ライトニングハンマーの二発目はいつチャージし終わる?」
「クールダウンと調整、チャージに照準設定で15分弱です!」と、乗組員のひとりが答える。
「時間がかかるなぁ……」
「ベンジャミンめ……ライトニングハンマーを使ったか。再起動には……」と、ゼオは冷静な足取りでコンソールを壁から引き出し、手早く操作する。「8分か」
その間にロザリアはヨロヨロと立ち上がり、グラつく膝で踏ん張りながらゼオへ向き直る。
しかし、ゼオは隙を見せず、彼女の頭を掴んで地面へ叩き付ける。
「ぐぁあ!!」ロザリアは成す統べなく彼の攻撃に身を曝し、仰向けに倒れると、彼の踵が腹を抉る。「があぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「今のお前に、何が出来る!!」執拗に彼女の腹に踵をめり込ませ、4回繰り返し、地響きを鳴らす。
ロザリアの身体からは次第に力が抜けていき、小刻みに痙攣しながら血の泡を吐き、昏倒する。
「ふん……まだ死なんか。まぁいい。この国を潰してからゆっくりトドメを刺すのが理想だ」と、彼女に背を向けてコンソールに向かう。
すると、ロザリアはまたヨロヨロと立ち上がり、虚ろな目で彼を睨み付けた。
「……何故動ける……? 全身の骨は砕け、内臓も破裂し、戦うはおろか立つことも出来ない筈だが?」ゼオは彼女のタフさが理解できない様に首を傾げ、ゆっくりと歩み寄る。
ロザリアは立つことが精いっぱいで、一歩も前に進めず、構えることも出来なかった。
そんな彼女にゼオは再び拳を振るい、トドメを刺す勢いで顔面を殴りつける。壁にめり込み、ぐちゃりと不気味な音が響く。目や鼻からは血がドロリと流れ出て、前のめりになって倒れそうになるが、まだ踏み止まる。
それを見てゼオは容赦なく二発、三発と顔面にめり込ませた。ビクンと手足を震わせ、崩れそうになるが、まだ立ち続けるロザリア。
「何故だ、何故死なない。いや、何故砕けない? この頭蓋が堅いのか? それとも、これが意志の強さと言う奴か? 忌々しい!」と、血の溢れる彼女の顔面をムンズと掴み、首を断ち切ろうと手刀を構える。
「トドメだ! くたばれ!!」
ゼオが手刀を振り下ろした瞬間、彼の顔面に何者かの拳がめり込み、部屋の向こう側まですっ飛ぶ。
「アスカ!! 生きているか?!」ケンジは彼女を抱き起して揺さぶる。反応は無く、ただ血が溢れ、鼓動が弱くなるだけであった。
「ケンジか……何故ここに? 何故お前が?」ゼオは理解できないのか、無表情で2人を睨みながら首を傾げた。
「エレンさんから渡されたこいつと……」と、小瓶の中のヒールウォーターを彼女に無理やり飲ませる。更に、自分の得意とする癒しの風魔法で彼女の身体を繭の様に包み込んで傍らに寝かせる。
「どういうつもりか答えろ、ケンジ」上官然とした口調で問い詰めるゼオ。
「どうもこうも無い! この国の為、そして……アスカの為、お前を討つ!!」ケンジは背負った大剣王風を片手に構え、ゼオへ向かって駆けた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに
 




