96.内通者と裏切者
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
深紅の鎧に稲光を纏ったアスカは、迷いなくケンジの間合いへ入り込み、大剣を振るった。その一撃には殺気も邪念も無く、澄み切った雑念の無い一振りであった。
ケンジは腰を入れて受け、砂埃と共に後退る。右腕の義手は悲鳴を上げる様な音と共に軋み、オイルが漏れる。
「ぐっ……お、重い……」奥歯を鳴らし、きっと睨み付けるケンジ。
アスカは表情を変えず、遠慮なく滝の様な豪打を見舞った。ケンジはそれを防ぐことしか出来ず、少しずつ後退していき、義手から金属片がパラパラと落ちる。
「うぬぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ケンジは何とか反撃しようと大剣・王風に魔力を注ぎ込み、大竜巻を練り上げて彼女を吹き飛ばそうと試みる。
しかし、アスカは全く怯みもせず、目に土埃が入っても瞬きせずに大剣を叩き付けた。
「この……っ、少しは退けぇ!!」ケンジは弱味を怒鳴り声で誤魔化しながら、大剣に竜巻を纏う。彼の剛力と竜巻の回転力、その二つの相乗効果でなんとか彼女を押し返す。
アスカは数メートル後方へ距離を取り、構え直す。
「遠慮はしないと言った筈だ。それに、まだ手を抜いているな、ケンジ?」メット越しに鋭く睨み付けるアスカ。
「流石だ。あの頃のアスカの数倍違う……最早別人」
「この鎧を身に纏っている間は、ロザリアだ」
「ならその鎧を脱いで戻って貰うぞ、俺のアスカに……」
「言った筈だ。戦いが終わるまで、鎧は脱がないと!!」と、ロザリアは大剣を握り直し、再び彼の間合いの内へ入る。
「ならしょうがないな……殺す気でやらせて貰う」
ケンジは大剣を左手だけで握り、構え、彼女の一撃を互角の一撃でもって迎え撃った。それと同時に無数の真空波が飛び交い、彼女に襲い掛かる。それは鎧に纏った稲妻に弾かれて霧散し、周囲の建物を傷つけた。
「いい一撃だ」感心する様にロザリアは口にして微笑む。
「やはり義手に頼っては振りが曇るな……」と、王風から再び竜巻を伸ばし、それを細く練り上げて大剣に纏わせる。それは一見、風魔法を纏った剣であったが、違った。
今度は珍しくケンジが一歩踏み込み、大剣を振り下ろした。
ロザリアはそれを受けようと構えたが、その一撃を見切り、身を翻して避けた。
大剣が地面に直撃した瞬間、大爆発した様に衝撃波が炸裂し、大地が抉れて礫が飛び散る。この一撃は風の賢者ブリザルドが見せた竜巻砲の様な技だった。
「凝縮した竜巻の剣……受けていたらタダでは済んでいなかったな」ロザリアは冷や汗ひとつ掻かずに冷静に口にし、再び構え直す。
「本気を出しても簡単にはいかないか。自信があったんだがな」ケンジはため息を吐きながら再び構え、王風を唸らせた。
その頃、指令室の窓からニックが双眼鏡で外の様子を観察していた。
「外では大変な騒ぎだな。反乱軍を迎え撃とうと機甲団が隊列を成し、竜巻を操る剣士が暴れ、地下では魔王軍新兵器が起動しようとしている……のに、」と、背後で蹲るラスティーを呆れた目で睨む。
「こんな事をしている場合かよ、えぇ?! 司令官殿よぉ!!」
「エレン、俺のエレン……どこいっちゃったの……エレェン……」ラスティーは床を指先でグリグリさせながら涙を落とす。
「お前はお前で騒ぐんじゃないよ。もう直ぐ動き出すからよ」ニックの隣に立ったマリオンが口にする。
すると、機甲団らが構える正面から砂埃を上げて反乱軍が姿を露わす。皆、雄々しく叫びをながら武器を掲げ、迫っていた。
「機甲団の装備は魔王軍の最新式の武器にパワードスーツ。対する反乱軍は型落ちじゃないか。勝ち目はあるのか?」
「ん……?」目の下を青くさせたラスティーは窓の前に立ち、ニックから双眼鏡を受け取り、覗き込む。彼の片手には何かのスイッチが握られ、機甲団と反乱軍があと数メートルで激突する、という瞬間に押す。
すると、機甲団らのパワードスーツから灯りが消え、微動だにしなくなる。そのまま反乱軍に押し潰され、成す統べなく門が踏み破られる。
「……っ、えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ?!! ナニそれ!!」ニックは目を剥いてラスティーの手の中のスイッチを見る。
「内通者からの贈り物だ。いいタイミングで押せたな、どうだ?」ラスティーはすぐさまスイッチを懐に仕舞い、踵を返して指令室から出る。
「で、その内通者って誰なんだよ!?」ニックは急かす様に口にする。
「その前に、エレ……いや、マリオンか……準備は出来ているのか?」
「当たり前だろ? 後は転がるのを眺めるだけ、だが……」と、水の入った小瓶を取り出し、彼に手渡す。
「これは?」
「エレンがここで掴んだ情報の全て。これを飲めば、全てを知る事が出来る。それと、あんた宛のメッセージ入りだよ」と、ラスティーの肩を優しく叩く。
「エレン……」
「おい、俺の質問に答えろよ! 内通者って誰だよ! 今回の俺たちの目的はそいつなんだろ?」急かす様にニックが声を荒げる。
「うるさいなぁ……浸ってると気によぉ。そいつは、」
地下深くのドッグにて、ベンジャミンはオロチの最終調整と共に魔動エンジンを起動させていた。コクピットの外からオロチの魔力循環の数値を確かめる。
「異常なし。あとはここから出して海上で起動実験をするだけだね」
「そうか。では……」と、ゼオは素早くコクピットへ乗り込み、コンソールを小刻みに叩き始める。目の前にはいくつもの数字とグラフと8カ所の画像が映し出される。レバーを引くと、オロチ全体が大きな唸り声を上げ、灯っていた灯りが鋭く紅く輝き始める。
が、次の瞬間、明かりが一斉に落ち、小刻みに震えていたオロチは冷えた様に動かなくなる。
「なんだ?」ゼオは首を傾げ、外へ向かって大声を上げる。コクピットは固く閉ざされ、外へは出れなくなっていた。「どういう事だ?!!」
「オロチは起動させないよ、ゼオ」
ベンジャミンは数値を映し出すコンソールを叩きながら口にした。
「何?」
「こいつはデストロイヤーゴーレムの海上護衛艦として建造したが、それは建前。本来の目的は、あんたがこの国を完全に手中に収める為に造った悪魔の兵器である事は、父さんも気付いているよ。だから僕が送り込まれたんだ。コイツを止めるためにね」スイッチを押すと、オロチから魔力が抜き取られていき、周囲の器材が悲鳴を上げる様に蒸気を上げ、アラームが鳴り響く。
「で、何をする気だ?」
「この地下基地を爆破してあんた諸共、生き埋めにする。悪く思わないでね」と、ベンジャミンは地上へ通じるエレベーターに乗る。「じゃあね、スペアボディのゼオ」
「ふん……やってくれたな……」と、観念した様に椅子に深々と腰を下ろす。オロチの周囲の器材、魔力注入装置が爆発を始め、ドッグ全体が揺らぐ。
「と、ここまでは計算通りだがな」
ゼオが正面の操縦桿を退かすと、そこには2つの腕が入る穴が空いていた。そこへ腕を入れた瞬間、オロチは再び起動し、明かりが灯った。
それと同時にドッグは連鎖爆発と共に天井が崩れ落ち、オロチは瓦礫に押し潰されてしまう。
「この程度で潰れるオロチではない。それに、この国を制圧する為に建造したのではない……真の目的は……!」と、腕に魔力を込める。
次の瞬間、オロチは唸りを上げて瓦礫を喰らい始め、周囲の魔力爆発による緑色の炎を吸い、8本ある巨大で果てしなく長い龍首が激しくうねり始める。
その激しい動きから、トウオウの街全体が地震が如く揺れ、地割れが奔り、地下ドックからの炎が立ち上る。
地下から港へ続くドッグから黒煙と魔獣の咳の様な土煙と共にオロチの咆哮が轟いた。
自らが設計し、生み出した兵器の性能を確信し、ゼオは高笑いと共に腕から魔力を唸らせ、自分の手足となるオロチを本格的に出撃させた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




