88.今度こそアスカ復活
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ!
エレンは最後の力を振り絞り、深い眠りにつくアスカの身体に覆いかぶさる。そのままエレンはぐったりとして目を瞑り、身体を覆っていた魔力をアスカに送り込んだ。
「……何が始まるんだ?」その場に居合わせた診療所の主である魔法医が首を傾げる。
そのままエレンは精神をアスカの中へと集中させ、2年前に行った精神操作術を行う。アスカの心の中へ入り込み、彼女への最後の治療を開始する。
アスカの精神世界内は真っ暗闇だったが、その中で淡く輝く存在がいた。
その者は深紅の鎧を纏ったロザリアだった。彼女は蹲る精神世界の主であるアスカの隣に寄り添っていた。
アスカは顔中をグシャグシャに涙で濡らし、息も絶え絶えに啜り泣いていた。そんな彼女を励ます様に背中を摩るロザリア。
そんな2人の前にエレンが降り立ち、笑顔を覗かせる。
「準備は如何ですか?」と、アスカへ歩み寄り、首筋に触れる。彼女の容態を確認し、満足した様に頷く。
次にロザリアの身体に残る傷痕の様子を診る。彼女のはすっかり完治していた。
「大丈夫の様ですね」立ち上がると、アスカが彼女の袖を掴んだ。
「嫌だ! 私、消えたくない!!」
涙ながらにアスカが訴える。彼女の身体は半分皹が入っており、顔も割れかけのガラスの様になっていた。
「大丈夫です、消えるわけではありません。アスカさんと貴女の精神を今度こそひとつに合わせ、本来成るはずであったアスカさんになるだけです。貴女も、ロザリアさんも消える訳ではありません」と、にこやかに答える。
「でも、私……」不安だらけの表情で鼻水を啜り、エレンの目を見るアスカ。
すると、ロザリアが彼女の顔を自分の方へ向ける。
「大丈夫、お前は私で私はお前だ。自信を持て! 決して私がお前を消させやしない!」
「でも……私は取り返しのつかない事を沢山……」
「でも、はもう止めろ!! 私と一緒なら向き合えるはずだ!!」ロザリアは彼女の肩を強く掴み、鋭い眼光を映した。
「もう、いいですか? 出来れば、早く……」と、エレンはぎこちない笑顔で口にする。彼女の服の下から、何かがパラパラと音を立てて崩れ始めていた。
「あぁ、すまない。では……いいか?」
「は、はい!」と、アスカは最後の涙を拭い、ロザリアと共に立ち上がる。ギュッと手を握り、目を瞑る。
「では、いきますよ!!」エレンはこの場に持ってきた魔力と水魔法を取り出し、2人に振りかける。
すると、2人の身体が少しずつ重なっていき、アスカの身体の皹が治り始める。ロザリアの肉体が消え、深紅の鎧がアスカの身体に装着され、やがて身体の傷が完治し、自身に満ち溢れた雷光が滲み出る。アスカの眉は凛と上がり、気配がロザリアと似た物に変わる。
「……エレンさん、ありがとうございます」アスカは深々とお辞儀し、両拳をギュッと握り、気合を入れる。それを合図に周囲が真昼の様に明るくなる。
「よかった……もう、大丈夫ですね……」エレンが微笑むと、首筋から頬にかけて大きな皹が入り、片腕がぐしゃりと崩れ落ちる。
「エレンさん?!」アスカが慌てる様に近寄るが、すでにその場にはエレンはいなかった。
アスカは目を覚まして上体を起こし、周囲を見回す。彼女の上にはエレンが力なく覆いかぶさっていた。
「エレンさん……? エレンさん!!」アスカは彼女を揺り動かし、鼓動を確認する様に胸に耳を当てる。彼女の心音は小さく頼りなく、今にも止まりそうな程儚かった。
そこへ、ドアを乱暴に蹴破り、エンジャが現れる。兜の隙間から炎を漏らし、つかつかと彼女のベッドへ歩み寄る。
「モウ、キュウケイハオワリダ」と、エレンのポニーテールを掴み、ベッドから引き摺り下ろす。
「待て!」アスカは身体も首も動かさず、口を開く。身体を稲妻が奔り、ベッドがカタカタと揺れる。
「ナンダ? ケンジノオンナガメヲサマシタカ? オマエモコイツラトコウドウシタンダッタナ……ツギハオマエヲゴウモンシテヤル」エンジャは笑う様に肩を揺らし、口元から火の粉を飛ばす。
彼の聞き取りにくい言葉を聞き、アスカはゆっくりとベッドから降りる。顔には影を作り、殺気が背中から吹き上がる。
「貴様! エレンさんに何をした!!」
次の瞬間、アスカの拳がエンジャの兜を殴りつけ、打ち飛ばす。頭を失い、首から炎を噴き上げるエンジャ。彼の兜は彼女の拳の形に歪んでいた。
「ホウ、ヤルナ」慣れた手つきで兜を拾い上げ、頭へ戻す。
「貴様はケンジの仲間なのだろうが、ロクな奴ではなさそうだな! 遠慮なくやらせてもらうぞ!」患者用ローブを身に纏ったままのアスカだったが、弱みを見せない態度で構えた。
「オマエノヒメイハドンナカナ?」エンジャは指先に炎を灯し、アスカの瞳の奥を照らした。
が、その炎の幻術には目を貸さず、彼女はまたエンジャの顔面に拳を入れた。次の一撃は腰の入った会心の拳だったため、エンジャは兜だけでなく身体、手足もバラバラに吹き飛び、ガラガラと音を立てて地面に散らばった。その胴体からは、また炎が吹き上がり、アスカが近づくのを拒む様に回転して遠ざかる。
アスカは何かに気が付いたのか、拳に違和感を覚え、片眉を上げた。
「キサマ、ナゼオレノゲンジュツガキカン?!」その炎が手足と兜を浮き上がらせ、また一体の人型へ戻る。
「私は、自分の罪と向き合う覚悟を決めたんだ。偽りの悪夢なんぞに惑わされるか!」
「ソウカ……ナラ、フツーニ、シンデモラウ!」と、背中から短剣を2本取り出し、投げつける。
アスカはそれを涼しそうに二本指で止め、捨てる。
エンジャは矢継ぎ早にナイフを取り出しては無数に投げつけた。
彼女は座った目でエンジャを睨みながらナイフを受け止め続ける。
「デハ、コレナラドウダ?」と、ナイフを投げている間に蓄えた魔力を両腕に蓄え、投げつける。
アスカはそれを避けようともせずに頭から受けた。
勝ち誇ったようにエンジャが笑おうとした瞬間、火炎の中から勢いよくアスカが現れる。
「ナニィ?」彼女の姿を確認した瞬間、アスカの怒りの右腕が胸当てに深々と突き刺さっていた。彼女は噴き出る炎の穴の中を探る様に掻きまわす。
「うぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」勢いよく引き抜くと、手には赤いクリスタルが握られ、火の糸が引いていた。鎧の穴と兜からは黒い煙が立ち上り、両腕両足がガラガラと崩れ落ちた。
「あのドラゴンと同じ仕組みか。私に2度触れさせたのが命取りだったな」と、容赦なく手の中のクリスタルを握り潰し、床に捨てる。
エンジャ、並びにメタルドラゴンを動かしていたクリスタルの正体は、ヤオガミ国独自の製法で作られた『ソウルクリスタル』であった。
それは、人間の肉体から『魂』と『魔石』を取り出し、その魔石から女性の手を介して人工的にクリスタルを生成し、魂を移植するという前代未聞の実験から生まれた代物であった。これにより、複雑な機械仕掛けの兵器や人形を動かす事が可能であった。
エンジャはその実験の最初の成功者であったが、実験室で埃を被っている所をウィルガルムに助けられ、機械仕掛けの鎧を与えられて『エンジャ』として復活した。
肉体を持たない彼は痛みを忘れ、思いやりと言った人間性を失い、懐かしの痛みの感情を悲鳴として摂取し、喜びを感じる様になった。その為、彼は機甲団の尋問担当となった。
アスカはエレンを抱き起し、再びベッドへ寝かせる。その前でアスカは目を瞑り、何かを誓う様に跪く。
「……エレンさん、ここで待っていてください。この国の決着は、私がつけます!!」
如何でしたか?
次回もお楽しみに!




