81.急患お二人様
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ヨーコは思い出した様に眉を吊り上げ、ドンオウの前に立った。
「私の戦いをどうしてくれるの。邪魔しないでくれる?」額に血管を浮き上がらせ、眼前まで近づき、彼の胸を小突く。
「任務だと言った筈だ。昔の自分を思い出したか、ヨーコ?」
「っっっ!!!」瞬時にウォーターロッドを振るって彼のメットを殴りつけたが、城塞を打った様な衝撃を感じ取り、舌打ちを鳴らす。
「お前では無理だ。さて、回収して戻るぞ」と、ドンオウが倒れたスカーレットの方へ目を向ける。
すると、彼女は痙攣しながら匍匐し、流れの早い川の中へと力を振り絞って飛び込んだ。
「まだ動けたか」ため息交じりに彼が手首だけで合図をすると、背後の兵たちがブラスターを一斉に放った。急だったため、更に彼女の流されるスピードが速いため、一発も当たることなく下流の海へと流されていく。
「あいつ……」ヨーコは笑うのを我慢し、ドンオウの顔を覗き込む。
「……どうせ溺れ死ぬ。海の方へ向かうぞ、死体を探せ」と、彼は面白くなさそうにため息を吐き、足音を鳴らしながら歩いていった。
「……ふふ」ヨーコは真逆の方へ足を向け、手首に魔力を纏って怪しく光らせていた。
その頃、馬を奔らせるエレン達反乱軍の上空に巨大な鉄の塊が現れる。先頭を走るゴウジの眼前に火炎弾が着弾し、砂塵を巻き上げる。彼は急いで馬を止める様に合図をし、全軍に戦闘態勢を取らせる。数の少ない軍ではあったが、訓練や実戦は毎日の様に重ねていた為、こう言った場合の動きは完璧であった。
「あれはガルムドラグーン! なぜここに?!」ゴウジは想定外の襲撃に焦りを見せたが、上空を飛ぶのが一機であると知り、飛び道具を持った者らに構えの合図を送る。
「ちょっと待ったぁ! 俺たちはやり合いに来たんじゃねぇよ!!」
ガルムドラグーンから大声が響き渡り、高度が徐々に下がっていく。
「なんだと? 武器は向けたままにしておけ……何の用だ?」ゴウジは苛立ったように声を上げる。
すると、機体のハッチが開き、そこから1人の男が飛び出し、音も無く着地する。その者はウィルガルム機甲団ケンジの部下である副隊長のリクトであった。
「お前は!!」彼を知る者が一斉に声を上げ、武器を向ける。リクトは反乱軍から離反した裏切り者であった。
「だから待った! 俺は上から命令されて来ただけだ。用が終わったら、行ってもいいぜ。死にに行くだけ、だと思うがなぁ?」へらへら笑いながら口にした瞬間、数名が我慢できずにブラスターを発射する。リクトはそれを見切っていたのか、無駄のない高速移動で避け、おどけた様に手を振った。「ひでぇなぁ~ 命令無しで撃つか、普通?」
「貴様が相手なら御咎めなしだ。で?」ゴウジは眉を吊り上げたまま問う。
「エレン・ライトテイルという魔法医がいるな? 大人しく来てもらいたい」
「え゛ぇ?! 私ですか?!」後部にいたエレンが驚愕する。
「そう、多分あんただな。拉致監禁拷問するつもりはない。安全は保障する。大人しく一緒に来てくれないか? ウチの大将が困っているんだ」耳を穿りながら口にするリクト。
エレンは馬に乗ったまま前進し、彼の近くまで寄る。
「困っている……貴方達に肩入れをするつもりはありませんが?」
「アスカっていうのはオタクの仲間だろ? 原因不明の病かなんかで死にかけているんだ」
「アスカ……さん? え、え、えぇ!!!」エレンは仰天し、馬から降りて更に近づく。それを阻む様にウォルターが彼女の前に立つ。
「お、ウォルターくん。久々だねぇ。君とは積もる話をしたいトコロだが、時間がない。エレンさん、一緒に来てくれるね?」
「ダメだ。俺を倒してからだ」ウォルターはサングラス越しに殺気に満ちた眼で睨みつける。
「待ってウォルターさん! アスカさんが死にかけているって、どういう事ですか?! 病状は? 体温や心拍数は?!」彼を押しのけようとしたが、ウォルターは阻んだ。
「細かい事までは聞いていないが、かなりヤバいそうだ。スイジャク死ってやつ? で、まともに口を利いたと思ったら、あんたの名を呼んだそうだ」
「アスカさん……!」エレンはウォルターを自分の方へ向けさせ、目を見た。
「まさか……」
「私は……彼に付いていきます!」
エレンは申し訳なさそうな表情を作ったが、真剣な眼をしていた。
「なら、俺も……」
「ダメです。せめて貴方はこの軍の力にならないと……すみません」と、エレンはリクトに歩み寄った。
「話が分かって助かる! おぉい、降りて来てくれ!」彼が合図をすると、ガルムドラグーンが下降し、2人を乗せる。「下手な事はするな? ここで散りたくはないだろ?」最後にリクトは憎たらしい表情を向け、鼻で笑いながらハッチを閉じた。同時に上昇し、首都の方角の空へと飛んでいった。
「エレンさん……」ウォルターは拳を強く握り、奥歯を鳴らした。
スカーレットが川へ飛び込んで逃げた直後、彼女は不思議な動きをする水の流れに岸へと打ち上げられていた。同時に血の混じった水を勢いよく吐き出し、泡を吐きながら痙攣をした。彼女は急所を守り切り、命は拾ったが、全身の骨は皹だらけで所々骨折し、内臓破裂を起こしていた。
「う゛が……げ、あ゛…………っ」彼女は全身の激痛に悶えながら仰向けになり、荒々しく呼吸を繰り返す。
そこへ腕を組みながらヨーコが現れる。手首に魔力を込め、ぐるりと回した瞬間、スカーレットの肺に残った水が吐き出される。
「全身の骨を砕かれ、溺死しかけて……本当タフね」ヨーコは彼女に歩み寄り、隣へしゃがみ込む。ポーチからヒールウォーターの入った注射器を取り出し、彼女の腕に刺す。
「な……に、を?」
「戦いに水を差されたからね……助けてあげる。元気になったら、また遊びましょう」と、別のヒールウォーターの小瓶を取り出し、飲ませる。「これは骨に効くやつね」
しばらくヨーコは黙って彼女の治療を進めた。彼女の持つヒールウォーターは魔王軍製の高精度のモノであり、どんな重傷でもノーリスクで完全回復させる事が可能だった。
「このままここで寝たら風邪をひくかもね? 動ける様になったら、近場の村へ行くといいわ」
「……なんで?」スカーレットは未だ響く頭痛を堪えながら問うた。
「私も昔、あんたみたいに国の為に戦った。けど、さっきみたいな状況に陥って両腕両足を失い、長い間この国のクソ野郎共の玩具にされたの。で、ウィルガルムさんら魔王軍にケンジ共々助けられ……ってわけ。正直、反乱軍に情けをかけるつもりない。あんたも、次会った時は一対一で、容赦しない」と、立ち上がる。
「ヨーコ……」
「精々、頑張んな」ヨーコは静かにその場を去り、それと同時に雨がシトシトと振り始める。
「言われなくても……戦う……」スカーレットはヨロヨロと立ち上がり、彼女が指した方角の村へと向かった。
ガルムドラグーンへ乗り込んだエレンは、何も発することなく静かに俯いたままだった。目に涙を溜めたが、すぐに払い首を振る。
そんな彼女の正面に座ったリクトは酒瓶を傾け、喉を鳴らしていた。
「エレンさん? 心配するな。ウチの魔法医も負けず優秀だ。あんたが到着するまでは死なせない」
「……ありがとうございます。こんな大層なモノで迎えに来て下さって……」
「なぁに。ウチの大将の命令だ。それに、アスカさんはボスの大切な人でもあるからな。死なせたらエラい事だ」
「ボス? ウィルガルムですか?」
「あぁ。ケンジさんとウィルガルムさんでひとりの女を取り合う事になるかもな? それだけ、彼女は重要な女なんだよ」と、もう一口飲む。
「アスカさん……一体どんな……?」エレンは首を傾げ、窓の外を奔る雲を眺めた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに!
 




