66.悪夢龍人現る
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
エディはフィルに遅めの朝飯を食べさせ終わり、彼の話に耳を傾けた。
彼が言うには、ドラゴンに施された呪術はその者の『望み』を叶える為にありとあらゆる進化を促進させると言った。その進化は異形の化け物へと変え、そこから環境や天敵に負けない様な肉体や体格に作り替えていった。
だが、その進化の行きつく果ては『人型』であった。
「なんでだ? 人間から進化するんだろ? 戻ったら意味がないだろう?」エディは食後のコーヒーを淹れながら問うた。
「そこん所は俺にもよくわからないっすよ。ただ、過去の実験体……『魚』『獣』『鳥』……どれも試したが、結果は……化け物の様な人間が出来上がっただけ。ヴァイリー博士は最後に『竜』の呪術式を施したんっす。あれも多分、同じような結果になるのかも」
エディはカップを手にしながら彼の前に差し出した。
「ヴァイリーのヤツの目的は何なんだ? 実験と称して人体実験を繰り返すクソ野郎にしか聞こえないんだが?」
「……あの人は人間の進化の為、そしてもうひとつの目的の為に実験を繰り返しているんっす。それに、実験体は皆、自ら進んで協力した狂人ばかりっすよ。あ、擁護している訳じゃないっす」と、口を突き出し、音を立てながら啜る。
「もうひとつの目的ってぇのは……」
「魔王をギャフンと言わせる……事らしいっすよ」
「くっだらねぇ目的の為に、他国を火の海にするってか……くそったれが!」と、カップを激しく揺らす。
「んあっぢぃ!! 気をつけてくれっすよぉ!!」と、喚きながらも彼は窓の外から微かに聞こえる城下町のざわめきに耳を傾け、眉を顰めた。
「お、気が付いたか? 流石は城下町の裏の支配者の仕事。やる事がはえーな」エディは上機嫌に窓を開き、町中から聞こえる民の不安の声を聞く。
「いい感じに揺さぶった感じっすね。この動揺がピークに到達する前に事が運べばいいっすね~」
「お前、俺が何をやりたいのか分かるのか?」
「もちろんっすよ。黒勇隊情報部を舐めない方がいいっすよ」と、フィルは得意げな表情でコーヒーを淹れ直す様に催促した。
「じゃあ、尚更お前を逃がす訳にはいかないなぁ」エディは彼の背後へ回り込み、解けそうになっていた縄を改めてキツク縛り直した。
「そんなぁ……苦労したのにぃ」
その頃、アリシア達は山頂にキャンプを作り、ドラゴンの動きを待っていた。彼女は次に相手が動く時に大地は震え、風が鳴り響く事を知っていた。
「ここで待ちに徹する、か。餌は撒かないのか?」リノラースは太い腕を組みながら彼女に問う。
「餌は必要ない。もう、あのドラゴンは獣とかそういう存在を超越している。次に会う時は、おそらく……」と、彼女は何かを知っているのか険しい表情で鏃に光魔法を練り込む。
「おそらく?」ケビンは寝っ転がりながら青い空を眺める。
「ケビンみたいな、身体に呪術を宿した人型の悪魔……今はもう瘴気の中へ身を隠されたけど、もうあれ以上の形態変化はない筈……内に凄まじい熱を宿し、あらゆる者に復讐を誓っている」矢の先を眺めながら目を光らせ、東の瘴気の大地の方を眺める。
「復讐?」ケビンは頭を上げながら首を傾げた。
「まず、ドラゴンになるのを邪魔したケビンに。次にドラゴンである自分を叩きのめしたあたし達に。そして、ドラゴンである事を諦めさせたリノラースさんに」
「何故、そんな事がわかる? 君はヤツの正体を知っているのか?」リノラースはアリシアの正面に立ち、彼女の目を眺める。
「あいつは今朝、日光を全身に浴びながら空を飛んだの。その時、あたしの魔力と交差して、ヤツの考えをほんのりと読むことが出来たの……偶然だったけど、ヤツを狩るには必要な情報ね」
「では、ヤツの姿形や戦闘力も?」ケビンも興味ありげに問う。
「漠然とだけど……今迄で一番ヤバいかもね。こう言えばわかるかな? 十分に練り上がっている、ってね。用意しておかないと」と、20本目の光の矢を完成させ、筒に入れる。
「まぁ、用意するに越したことはないが、僕に任せてくれ」リノラースは自信たっぷりに力こぶを作り、笑って見せた。
「期待しています。でも、やっぱりヴレイズの力も必要かなぁ……」
「何故?」興味ありげに首を傾げるリノラース。
「念のため、ですかね」と、アリシアは西の空へ向かって魔力を送り込みながら瞳の奥を光らせた。
昼が過ぎる頃、ヴレイズは討魔団本部を飛び出し、凄まじい速度でバンガルド国へ向かっていた。彼の脳内で急にアリシアの声が聞こえ、慌てて彼は全身に炎を纏い飛び出したのだった。
「今のは一体……? だが、幻聴ではないよな?」ヴレイズは頭を振り、飛翔速度を速める。
すると、再び彼女の声が脳内で響く。彼の鼓膜は彼女の声で震える事が無かったが、またハッキリのアリシアの声がへばりついた。
その内容は『用が済んだら早く戻って来て!』であった。
「本部の使い手の育成を手伝ってくれって頼まれたばっかりだったんだが……」彼は治療を終えたロザリアやキャメロン、更にはエレンからも仲間たちの教育を頼まれ、それを快諾したばかりであった。
「それにしても、俺が必要? 何故だ? あんな火吹きドラゴンに炎は相性が悪いと思うんだが……?」と、ぼやきながらも彼は速度をぐんぐん上げていき、あっという間に国境を越えた。
アリシアは戦いの準備を進め、リノラースも座禅を組んで全身に魔力を循環させて筋肉を震わせる。
そんな2人を見て、ケビンも大剣の輝きを確かめ、何かを悩む様に唸る。
「どうかした?」アリシアが彼の悩みに勘付き、気を遣うように声をかける。
「……あの瘴気の大地へ入り、闇に侵された時……実は俺……」
「最高に気分が良かった、でしょ?」彼の心中を知っているのか、アリシアは言い当てた。
「やっぱりわかるか。どうやら、俺の体内の呪術と相性が良いみたいだ。納得だがな」と、面白くなさそうに鼻で笑う。
「で? 何が言いたいの?」その先の相談内容も見透かしているかの様にワザと問う。
「……今回の戦いで俺、もう一度」と、言いかけた瞬間、アリシアが彼の口を手で塞ぐ。
「あの瘴気の大地へ足を踏み入れて、力を上げてドラゴンに臨みたいって言うんでしょ? ダメだよ! アレはただの闇じゃない! また魔王に操られるのがオチだよ!」
「あぁ……分かっているが……今の俺が今回の戦いに役立てるか……」と、大剣の刃に己の顔を映す。
「ケビンらしくないなぁ……一体どうしたの?」
「……そこまでは分からないか、アリシアさんでも……」ケビンは少し辛そうに微笑み、顔を背けた。
日が陰る頃、瘴気の大地からドラゴンがゆっくりと姿を現す。全長は10メートルと今迄の姿から打って変わって小柄になっていた。体つきは人間の様に直立し、腕を組みながら長い脚で地面を踏みしめる。
大きな翼を広げた瞬間、竜巻が起こり、周囲に真空波をばら撒いて大地を斬り裂く。更に脚を一歩一歩踏みしめると地響きが鳴り、大地に皹が入る。
次の瞬間、山頂から大砲が発射された様な轟音が鳴り響き、リノラースの巨拳が唸りを上げてドラゴンの頬を捉える。直撃した瞬間、凄まじい衝撃波と共に爆音が鳴り、砂塵が舞う。
それを山頂から双眼鏡で眺めていたアリシアは口笛を吹きながらケビンに手渡す。
「凄い……あれで本気じゃないんだから恐ろしい」
「大地魔法を応用した格闘術か。だが、あれだけで賢者になったわけじゃないだろう」手渡された双眼鏡を眺めながらケビンも口にし、感心した様に唸った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに!
 




