63.暗躍する者達
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
その日の真夜中、北方のアーザル砦跡地が小刻みに揺れる。リノラースが作り出した大山が崩れ、大地がばっくりと割れ、地獄の様な炎が立ち登る。その中から更に禍々しい異形となった悪夢龍がその身体を覗かせる。
ドラゴンは大翼を広げ、炎柱を上げながら天高く飛び立った。
その様子を、近場の山頂からハーヴェイが鉄仮面越しに見張っていた。
「世界最強の力で押し潰しても死なないか。ヴァイリーめ、相変わらず化け物造りが趣味か……」と、目の色を紫色に変えて細める。その瞳には、ドラゴンに書き込まれた呪術の文章が一言一句読めていた。
「アリシアの腕が何処まで通じるか……ヘリウス(冥界の監視者)が言うには、解呪の腕は一流に届く程度まで勉強したと聞いたが、あとは経験次第か。見せて貰うぞ」と、彼は闇夜に溶けていった。
その頃、バンガルド城下町に蠢く影が2つあった。ひとつはアリシア、もうひとつはエディであった。
宿ではケビンがフィルの見張りを兼ねて留守番をしていた。
「潜入の腕はどうなんだ?」エディは薄手の手袋を嵌めながら口にした。
「何度か経験はあるよ。副指令はどうなの?」
「俺を舐めるなよ? バルバロン時代から、こう言う事を何度もやって来たからな」指の骨を鳴らし、潜入先である城の裏手へ目を向ける。
「そう。んじゃ、ひとりで行けるよね」と、アリシアは急に姿を消してしまう。
「……え? え? えぇ? ど、どこへ行った?!」激しく狼狽しながら周囲を見回し、彼女の気配を探る。
「ここだよ」と、今度はアリシアの首から上だけが現れ、エディの周囲をゆらゆらと揺れる。
「うぅわ! 気持ち悪い!! なんだその技!!」
「光の屈折を利用した技だよ。風魔法で探知されない限りは見つからない」
「えぇ?! 光魔法にそんな技が? 俺にも出来るか?!」一応、彼は光使いでもあった。
「さぁ? どうだろ。ま、潜入は得意なんでしょ? あたしがバックアップするから頑張ってねぇ~」と、彼女の首がスッと消え、気配も匂いも無くなる。
「え……ちょっと、アリシアさん? アリシアさ~ん? ……ずるい」エディは肩を落として深くため息を吐き、渋々とバンガルド城の裏手へと向かった。
同時刻、討魔団では西大陸からの文が大量に届き、ラスティーとレイが読み漁っていた。
「クリスの私兵、ホーリーレギオンズがマーナミーナ国へ入り、北大陸に一番近い土地に基地を広げているのか。魔王に喧嘩を売る気満々って感じだな」と、マーナミーナから送られてきた文を置き、今度はパレリアからの文に目を通す。
「クリスに協力する賢者は相変わらず風の賢者ミラだけか……賢者ひとりが協力するってだけで、かなりの脅威だが、魔王軍には六魔道団がいるからな。まだまだ戦争は始められないだろうな」レイは鼻で笑いながら文を仕舞い、次の封筒に手をかける。
「いや、クリスは賢者に匹敵する実力者を集め、自分だけの賢者を傍に置こうとしている。パレリア出身で、エミリー(現・雷の賢者)の師匠筋に当たるジョルダーナ・スタンフィールドという雷使いを傍に置いたみたいだな」と、パレリアからの文を置く。
「そうか……ん? このサンサという男を、クリスは炎の賢者に据えるみたいだな」レイは読んでいた文をラスティーに手渡す。
「サンサ? ヴレイズじゃないよな? ……グレイ?」ラスティーは片眉を上げ、首を傾げたが、何かを思い出した様に勢いよく立ち上がる。「ヴレイズにも知らせるべきだな」
今から1週間前。ククリス城の牢獄エリアにクリスがお忍びでやって来ていた。この牢獄は使い手のレベルによって投獄される場所が違い、彼が向かっているのは最深部であった。
そこに閉じ込められた男の牢は首輪、手錠、更には鉄格子まで全て封魔が施されており、隣の関係ない者にまで封魔の力が及んでいた。
「凄まじいな。まぁ、ここまでしなければ、この狂犬は閉じ込められないな」と、腕を組みながら牢の中の囚人を見下ろす。
「……何の用だ? 話す事は大体話したぞ」グレイは相手が世界王だと知りながら口にし、大きく鼻息を鳴らした。彼はこの牢のせいで魔力は使えなかったが、それでも隙や弱味のない表情を覗かせた。
「いい顔だ。どうだ? 私の剣にならないか?」
「お前の剣? お断りだ。俺はもうやる事は十分やった」と、天井を見上げる。彼はヴレイズとの戦いで全てを出し切り、野望も何もかも全てを捨ててここに囚われていた。
「だが、人間は生きている限り何度でもやり直せる。私の傍で罪を償わないか? ここで不毛な時間を過ごすよりは、ずっと有意義だと思うがね?」
「……償う? 重ねるの間違いだろ」と、彼に背を向ける。
「いいのか? お前次第では、ヴェリディクトと決着をつけさせてやってもいいんだぞ?」と、得意げに口にする。
「……俺に何をさせるつもりだ?」と、横顔だけ向け、鋭い目で睨み付ける。
「なぁに、ただ私の賢者になってくれるだけでいい。それだけで、お前の罪は洗い流してやる」
「……洗い流すはともかく……つまり、お前と共に魔王討伐が出来ると言うわけか?」
「そう言う事だ」クリスはにんまりと笑い、鍵をチラつかせた。
バンガルド城内に潜入したエディは、ワルベルトから調達した潜入道具を駆使して奥へと進んでいた。目指す場所は王の書斎であった。
城内は風使いによる探知魔法が流れていたが、彼の身体にはその魔法を無効化する宝石が仕込まれていた。
「さて、結構順調じゃあないか」と、スルリスルリと警備の目を潜り抜け、あっという間に書斎へ忍び込む。
そこには王が書いた手紙が置かれていた。
「これこれ。さ、写させて貰うぜ」と、水のクリスタルが仕込まれた模写装置を取り出し、内容と筆跡をコピーする。
そこには魔王軍への悪夢龍の戦闘力データに関する事、そしてドラゴンの制御装置の催促が書かれていた。
「ヴァイリーは個人でデータを取っていて、魔王軍へはバンガルドが報告している訳ね。更に、自国民を犠牲にドラゴンのデータを取っているとは、まぁ何と立派な王様なんでしょうねぇ……」と、皮肉交じりに口笛を吹くエディ。
すると、書斎の机を殴りつける音が響き、そこからアリシアが姿を現す。
「ゆ、許せない……ここの王は悪魔か!!」と、奥歯をギリギリと鳴らす。
「俺らはおろか、大地の賢者までダシに使うとはな……しかも、王はまだドラゴンが生きている事を確信している。つまり」と、鍵のかかった引き出しを開け、中から光り輝く装置を取り出す。
「これは?」
「この宝石が輝いている限りは、ドラゴンは生きているって事だな。文の内容的に、こいつに魔王軍から送られてくる制御装置を取り付ければ、意のままに動くドラゴン……生物兵器の完成ってわけだ。で、こいつで……」
「グレーボン、ひいては周りの国も……本当に許せない!!」アリシアは更に鼻息を荒くさせ、輝く装置を叩き壊そうと構える。
「まてまて! ここでこんな事しても何にもならない。こういう悪い王様はじわじわと苦しめてやらなきゃな」と、エディは楽しそうに笑う。
「……その感じ、ラスティーに似てるね……」
「ボスだけ楽しむのはズルいでしょ? 俺も楽しみたい!」と、エディは宝石を机に戻し、テーブルの上の物の配置を戻す。
「さ、用は済んだ。戻ろうぜ。明日は忙しいぞ」
「そうだね。明日は本格的にドラゴン退治を始めるから、ね?」
「頼りにしているぜ? アリシアさん。で、俺は……1000万ゼル分の仕事をさせて貰おうかな~」
「1000万? 何の話?」
「いや、こっちの話だ」と、2人はそそくさと城を後にした。
如何でしたか?
次回もお楽しみに!




