57.アリシアのおじさん
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
バンガルド城下町へ戻ったエディたちを待っていたのは、激しい非難の嵐であった。オラルオン砦が成す統べなく消し飛び、その全責任を討魔団に取る様にと貴族たちが詰め寄り、更に大臣達が書類の山を次々にエディの目の前に積み上げて行った。彼が反論しようと口を開くも、それを塞ぐ様にまた王が嫌味を口にし、トドメに彼らを鼻で笑った。
「あ、あのなぁ……」エディは我慢ならないように身体全身を震わせながら額に血管を浮き上がらせたが、そんな彼の口をアリシアが塞ぎ、ロザリアが玉座から彼を引き摺って退室させる。
「あいつらぁ!! この前は俺らを不要扱いしたくせに、今度は役立たず扱いかぁ?! いい加減にしろよ、このクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
と、エディはワザと城中に響くような大声を上げた。
「まぁ、言いたい気持ちはわかるけどな。あの砦の事は、どうしようもなかった……」ヴレイズは苦そうに口にする。
「で、これからどうする? この国の連中は、隙を見せたら我々を獲って喰う勢いだぞ?」ロザリアは腕を組みながら冷静に口にし、周囲から殺気を感じ取る。この殺気の全ては城の貴族たちからによるものであった。
「なぁに。こっちは使う気はないが、この国の弱みを握っているんだ。下手な真似は出来ない筈だ。ハズ、だ」と、自信なさげに呟き、大きなため息を吐くエディ。
「ま、何か仕掛けてくるにせよ、下手な真似を見せたら俺とロザリアさんが穏便に済ませる。で、アリシアとあのフィルって奴はどうした?」ヴレイズはドアを開き、外を見回す。見張りの兵と目が合い、愛想笑いを浮かべながらゆっくりとドアを閉める。
「なんか2人で話があるみたいだ。ま、彼女なら大丈夫だろ」
その頃、アリシアとフィルは城のバルコニーで2人きりになって話していた。アリシアは最初、苦そうな表情で嫌がったが、彼がナイアの名前を出すと眉を顰めながら彼の後を追った。
「君、ナイアさんの娘さんっすよね?」
「そうだけど、何か問題でも?」目を鋭くさせ、威嚇する様に光を滲ませる。
「いや、ただ確かめたかっただけっす。んで、」と、フィルは彼女に一歩近づく。
「因みに……3か月前に黒勇隊本部に潜入したのは君っすか?」
「……何故、あたしだと?」更に表情を険しくさせ、拳を握り込む。
「最初はナイアさんだと思ったんっすけどね。今更あの人が潜入してくる事も無いと思ったんすよね。あの潜入方法は光使いの仕業だと、ウチの諜報部では分析したんすよ。誰がやったのか候補に挙がったのはナイアさんでしたけど、矢先に君が現れた……」と、アリシアの鼻を小突く。
「んっ……魔王は知っているの? その事……」
「半分は知っているっすよ。でも、ナイアさんの仕業だと思わせてあります。何せ、俺は……ナイアさんらの味方であり、貴女の味方でもあるんっす」と、微笑んで見せる。
「どういうつもり?」
「俺たち黒勇隊の中で、俺……上のボーン主任。そして総隊長のゼルヴァルトさんはナイアさんの味方なんっすよ」
「じゃあ、なんで魔王に母さんのせいだって言ったの?!」
「ナイアさんは既にバルバロンで相当の札付きですし、過去に魔王に何度も嫌がらせを働いてきたっすからねぇ。君の存在を察知されるくらいなら……って事っすよ」と、彼女の肩を優しく叩く。
「それに、何故ゼルヴァルトが?! あいつはあたしの村を……!」
「あの仕事は、ナイアさんや君の故郷だと知らされずにやった事。まぁ、あの人はどんな罰でも受ける覚悟はあるみたいっすけどね」
「……それでも……くっ」アリシアは黒勇隊からの仕打ちを思い出し、拳を震わせて奥歯を噛みしめる。
「ま、これだけは覚えておいてほしいっすね。バルバロン国内、魔王傘下でも、魔王討伐を志す者がいるって事を。あ、この事はラスティーさんにも内密にお願いするっすよ。こっちはこっちの計画があるんっすからね」と、口の前に人差指を置く。
「……わかった……あ、ひとつ聞かせてくれる?」
「なんすか?」
「……あたしのおじさんの事、聞いていない? もしかして、バルバロンにいるんじゃないかな? ハーヴェイって言うんだけど……」
「え? ハーヴェイって人なら……3年以上前に死んだっすよ。魔王に殺されたっす」
「え……そ、そう、なの……」アリシアの身体から一気に力が抜け、その場でへたり込みそうになる。
「……あ、大事な人でしたか? 無神経に言ってスマンっす」
「ううん……村で別れた時、そんな気がしたから……でも、そっか……」と、涙を拭う。
「……さ、そろそろ部屋に戻るっすか。変に怪しまれて根掘り葉掘りされたくないっすからねぇ~」と、フィルは一足先にエディらが待つ部屋へと戻った。
「じゃああの時、助けてくれた人は一体……」
バンガルドの闇夜の元で、ひとりの鉄仮面を被った男が駆ける。その者は人知れずバンガルド城下町へと潜入し、バルコニーで佇むアリシアを見つめる。その者は瘴気の大地で彼女を救った謎の人物であった。
そんな彼の背後に何者かが立つ。
「お前、何者だ?」その者は様子を見に来ていたディメンズであった。
「詳しく話してやる。場所を変えよう」と、鉄仮面越しに彼を睨む。
「その声……嘘だろ?」と、彼は言われるがまま城の裏手へと付いていく。その間、ディメンズはハンドボウガンに指をかけたままだったが、殺気は普段よりも緩んでいた。
「久しぶりだな、ディメンズ。皆は元気か?」
「お前、ハーヴェイか? 嘘だろ? 魔王に殺されたって聞いたが……?」疑う様な眼差しで鉄仮面の向こう側の目を見つめ、彼が本物である事を直感的に感じ取る。
「あぁ、確かに殺された。だが、魂は冥界の監視者によって救われ、そして使者として俺は利用されている。いわば、冥界よりの使者だな」
「天空、海原、冥界にひとりずつ神聖存在がいるとは聞いたが、まさかお前がそいつらに助けられるとはな……意外だ」
「アリシアは天空の監視者に助けられ、俺同様に新たな肉体を得て命を拾ったって事は聞いたか? アレと同じだ」と、ハーヴェイは彼に向き直る。
「相当酷い重傷を負ったとは聞いたが、そう言う事だったか……で、お前は今、具体的に何をやっている? 俺らの仲だろ? 話せよ」
「……冥界の監視者から言われていてな、秘密だ。ま、俺の目的は……エリックとの約束通りだ。アリシアを守る」と、目を光らせる。
「ナイアの言う通り、いいおじさんだな、お前。ん? 新しい肉体を得たんなら、もう顔を隠す必要はないだろ?」と、鉄仮面の向こう側の顔を覗き込もうとする。
「これが無いと落ち着かなくてな」
「で、久々の再開だ。一杯付き合ってくれないか?」と、ディメンズはミニボトルを片手に口にする。
「そのつもりでお前の前に姿を現したんだ」と、ハーヴェイは昔を懐かしむような笑いを漏らしながら頷いた。
その頃、グレーボンの討魔団本部では、エディからの報告に目を通したラスティーが唸る。
「龍が予想以上に成長し、巨大な化け物に……リノラース殿に応援を頼んだ、か……で、ケビンが行方不明だと? ん? アリシアが対魔王に繋がる情報を掴んだ……? 一体どうやって」と、ラスティーは悩む様に天井を見上げる。
「それが本当なら、魔王討伐の早道になるかも、だな」同じく報告に目を通したレイが感心する様に頷く。
「……ランペリア国の瘴気の中で読み取った、過去の魔王……そして勇者、か。早く詳しく聞かせて貰いたいな。だが、アリシアは相変わらずだな……」
「相変わらず、とは?」
「自分の命を無視して無茶をし、強引に情報を持ち帰ろうとする。グレイスタンでもその方法で強行し、何度か死にかけている。もっと命を大切にして欲しいんだが……」ラスティーは難しそうに唸り、頭を抱えた。
「巨大龍に消えたケビン……デストロイヤーゴーレムを前に問題が増えてしまったな……どうします、指令?」
「……なんとかなる、なんて無策な甘えは頭にない。取りあえず、ここはエディに任せて俺は西大陸の同盟国へ文を送る」
「ククリスへは?」
「あの世界王を下手に小突くつもりはない。監視は続けるが、な」と、ラスティーはペンを握り、慣れた手つきで文章を奔らせた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに!




