56.悪夢龍orケビン
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
心配になったヴレイズは瘴気の大地ギリギリの境界線へと飛んでいき、アリシアを探す。遥か上空から見下ろし、彼女の気配と魔力を探す。
「もう戻って来てもいい時間だろ? どこにいるんだ? ん?」と、ヴレイズはヨロヨロと歩く彼女の姿を目にし、急いで向かう。「アリシア!!」
「んぅ? あ、ヴレイズ……」と、脚を重そうに引き摺りながら歩みを止めず、苦しそうに微笑む。
「おい、大丈夫か?! 具合が悪そうだが……って、ケビンはどこだ?!」と、彼女の正面に降り立ち、質問攻めにする。
「答える前に……ちょっと、休みながら……副指令の所へ戻らせて……どうせ、彼らにも話さなきゃいけないんだからさ……」と、近場の木にもたれ掛り、重たそうに息を吐く。
「あの瘴気の中で何が遭ったんだ?! ただの闇の大地じゃなかったんだろ!? なぁ?!」と、ヴレイズは彼女の肩を掴み、強く揺らす。
「だから……後で話すって言っているでしょ?! 今は休ませて!!」と、彼を振りほどき、眉を逆さハの字に怒らせて睨み付ける。
「う、ゴメン……」ヴレイズは口を結び、力なく俯く。
「……ゴメン、助けに来てくれたのに……でも、今のあたしにはその……」と、冷静さを取り戻そうと光の回復魔法を練り上げようと試みる。が、冷静さを欠いた今の彼女では、高度な精神安定魔法を練る事は出来なかった。
それを見かねたヴレイズは、アリシアに炎の回復魔法で包み込む。それは暖かく安心感を与え、たちまち彼女の心を癒した。
「これは……?」
「俺の回復魔法だ。旅の途上で編み出した、未熟な代物だが……頼む。こんな俺でも頼ってくれ」と、ヴレイズは彼女の手を握り、暖かな魔力をゆっくりと注ぎ込む。
闇の瘴気で冷え切った彼女の身体はたちまち温もりを取り戻し、頬が紅潮し、涙を一筋流す。
「……ゴメン……本当にゴメン……ありがとう」と、アリシアはヴレイズの胸に頭を預け、少しの間、静かに涙した。
その後、2人はエディらの待つキャンプへ向かった。そこでは夕飯の準備を進めるエディとロザリアがおり、近くにはロープでグルグル巻きにされたフィルが面白くなさそうに転がっていた。
「おぅ、やっと戻ったか。今日は俺特製のチキン料理を振る舞ってやろう。どうだ? いい匂いだろう?」と、エディが串に刺した鶏肉に特製のタレを塗り付け、焚き火で炙る。そこから香ばしい匂いが立ち上り、フィルの鼻をくすぐる。
「あ、これは俺の好みの匂いだ! 俺にも用意してくれるのか?」と、爛々とした目を向け、腹を鳴らす。
「お前は自分で持ってきたレーションでも食ってろ」と、エディは彼から取り上げたカバンの中に入っていた缶詰を取り出し、投げて寄越す。
「あ、ひでぇ!! この野郎!!」
それを見かねたロザリアがフィルの傍らに立ち、大剣を一閃させる。すると、彼の拘束が解ける。
「副指令、それはないだろう? 捕虜にもそれなりの優遇をしなければ」
「お、話がわかるっすねぇ~」
「その代り、逃げようとしたらわかるな?」と、大剣を怪しく光らせ、一振りして見せる。
「あ、はい……」と、彼は肝を冷やしながらもエディの焼き鳥の匂いを嗅ぐ。
「んで? 瘴気の大地であの化け物の手掛かりは……ん? ケビンはどうした?」
アリシアは重々しい口調で今迄の出来事を話し、申し訳なさそうに謝罪する。
「……つまり、ケビンは行方不明って事か? 自称不死身らしいが……まぁ、貴女が無事でよかった。で、あの大地で起きた過去を探った、だと? いや、それは置いておいて、あの化け物の事だ。分析は出来たのか?」エディは副指令らしく冷静に質問をしながら焼き鳥の焼き加減を見る。
アリシアの調べでは、悪夢龍は闇の大地で瘴気を吸い、暗黒獣たちを襲っては貪り喰い、己の血肉として傷を癒し、更に身体を大きく成長させていた。
ついでに彼女は元ランペリア国の生態系を軽く調査し、どんな暗黒獣が生息しているのかを調べ上げ、更に瘴気を吸って変異した植物のサンプルも持ち帰っていた。
「ケビンがあいつの心臓を切り刻み、一度はノックダウンさせたけど……それでも討伐は出来なかった。あたしの光魔法でヤツの闇の全てを消し飛ばす事も出来ないし……」
「で、ヤツの次の動きは読めるか? また暗黒大地で飯を喰らい、身体をデカくさせるのか?」と、エディは焼き鳥にまたタレを塗りつける。
「傷を癒すために食べるとは思うけど……あれ以上大きくなるかな? 正直、そこの所はあたしにも……」
「それは俺がお答えするっすよぉ」
一層、焼き鳥に近づいたフィルが鼻をヒクヒクさせながら口にする。
「この人は?」訝し気な表情を向けるアリシア。
「黒勇隊諜報部のフィルってヤツだ。何か知っているのかぁ~ん」と、焼き鳥を彼の眼前まで近づけ、ワザとらしく引っ込める。
「イヂワルっすねぇ……あの龍はウチのヴァイリー博士の作り出した化け物っすよ。黒勇隊の元隊長レッドアイの肉体を呪術手術で卵化させ、それをあの暗黒大地の中央へ置いたんっす。そこからはレッドアイのドラゴンコンプレックスが瘴気を吸って反応し、ドラゴンが誕生したってわけっす。ほら、答えたんだから一口寄越しなさい!」と、フィルは彼から焼き鳥串を奪い取り、齧りつく。「んめ、んめ!」
「あぁ!! ……ってことはあんなデカい化け物は、元はひとりの人間って事か……」エディはもう一本の焼き鳥串を手にし、一口食べる。
「あれ以上大きくなったら、手の打ちようが無いかも……」と、アリシアは弱ったようにため息を吐く。
「それに関しては、助っ人を呼んである。安心して、今は食え」と、エディは彼女に焼き鳥串を差し出す。
「助っ人?」
「あぁ。大地の賢者のリノラース殿だ」と、エディは自慢げに口にする。
リノラースとは、過去の一件から『困った事があったらいつでも呼んでくれ』と豪語しており、既にエディは彼にコンタクトをとり、今回の件について助力を頼んでいた。
すると、ヴレイズが興味ありげに前に出る。
「大地の賢者ぁ!? 俺、一度会ってみたかったんだよ!」
「私は一度手合わせをしたが、半端無かったぞ……あの人は大きく、優しく、強かった」と、ロザリアは大地の賢者と交戦した時の事を思い出す。
「世界を救う事も破壊する事も可能な、世界最強の男とまで呼ばれる男の助力だ。あの化け物を打倒す助力にはなるだろう。リノラース殿と会う時、アリシアも一緒に頼む。討伐プランは君が立ててくれ」と、エディは焼き鳥を頬張りながら口にする。
「うん、わかった……」
「んで、ケビンの事だが……今は様子見だな。無理に瘴気の大地へ向かっても、探す事が出来るのはアリシアだけだし、また酷い目に遭い……いや、次はもっと酷いかもしれないだろ? 今は……残酷だが、様子見だ」エディは相変わらず冷静な口調で話し、アリシアの顔色を伺う。
「……でも……」彼女の表情は少しずつ淀んでいき、焼き鳥串片手に俯く。
「ケビンは不死身で、絶対に死なないんだろ? 闇に晒され、弱る事があっても死ぬ事はない。見つけ出したら、アリシアにヴレイズ、それにエレンさんの3人で治療してやればいいだろ。今、俺が言えるのはこれだけだ。さ、とっとと食って明日の準備だ」
「うん……そうだね、ケビンは覚悟してあそこに残ったんだ……あたしの為に」アリシアは苦しそうに事実を飲み込み、無理やり焼き鳥串を食べた。
「あ、俺、もう一本良いっすか?」と、フィルが調子のいい声を上げる。
「お前は遠慮しろよ!!」
その頃、ケビンは瘴気の大地にある山の上で大剣片手に座り込んでいた。目を赤々と輝かせ、大きく呼吸を繰り返しながら周囲を見回していた。
「……こんなに清々しいものなのか、闇ってやつぁ……オヤジがあんな風になるわけだ」と、黒い息を吐き出す。
そんな彼の隣には魔王の意志によって操られたダークグールが直立していた。
「そう、お前のオヤジに闇を与え、体内の呪術を組み変えたのは私だ。アレによって、吸血鬼の呪いは数段と進化し、力は爆発的に上がった。お前もその力を手に入れ、思うように生きればいい。あのオヤジより、お前は自由に世界を歩けるのだ。思うままに力を振るえばいい」と、クスクスと笑う。
「あぁ……それはいいな。この力で、面白おかしく旅するのもいいかもな」と、ゆっくりと立ち上がる。
「その前に、やって欲しい事がある。エリック・ヴァンガードの娘を殺せ。そうすれば、お前は自由だ」と、魔王の意志はダークグールからケビンに乗り移る。
すると、彼の肉体の血管が黒く浮き上がり、闇のオーラが激しく浮き上がる。
「……殺せ、か……」ケビンは小さく呟きながら、山を一足飛びで下った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに!




