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ゴッドレス・ワールズ・ファンタジア  作者: 眞三
第二章 炎の旅人と風の討魔団
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98.魔法医ヴレイズ

いらっしゃいませ!


では、ごゆっくりどうぞ!

 その日の夜、スカーレットは傷の痛みを堪えながらも起き上り、父と兄のいるテントへと向かい、任務報告をした。


 彼女は4日前、チョスコの王都を守るアヴェン砦の偵察中、見張りに発見され交戦。運の悪い事に砦を視察していたノーマン・キッドロゥが追撃部隊を指揮し、彼女の部隊は壊滅状態に陥った。


 このままでは不味いと、スカーレットは一発逆転の賭けとして、ノーマンに一騎打ちを申し込んだのであった。彼の首を取れば、間違いなく国を奪い返すチャンスとなり、反乱軍が巻き返す好機となった。ノーマンはその申し出を余裕の表情で引き受けた。


 結果は酷いものであった。


「申し訳ありません……」スカーレットは言葉を詰まらせ、目を潤ませながら父親である司令官に首を垂れた。


「もうよい……お前が無事ならそれで良いのだ……」イングロスは首を振り、娘の肩に優しく手を置く。


「やはり、パトリックの右腕ノーマンは一筋縄ではいかないか!」ビリアルドは唸る様に歯を剥きだし、拳を机に叩き付けた。


 ノーマン・キッドロゥはクラス4の雷使いであった。彼は腕っぷし自慢の筋肉ファイターであったが、その体格に似合わず知能的であり、狡猾に反乱軍を攻めていた。無限の魔力は体内の魔力循環に全て注ぎ込み、肉体を極限まで強化していた。雷による身体能力活性化、瞬発力強化、更に強力な電磁フィールドで弓はおろかバリスタから打ち出される鉄鋼矢すら無効にする隙の無さを誇っていた。


「そういえばスカーレットよ……我が家が誇る鎧兜はどうした? まだ収容所にあるのか?」イングロスが尋ねる。


「あれは……捕まった際に取り上げられ……行方知れずです。申し訳ありません」


「いや、お前が無事ならよいのだ……鎧は、この国を取り戻したら探せばよい……」


「はっ……」スカーレットは小さく頷いて敬礼し、テントを後にした。




「いでぃいでぃいでぇぇい……ヴレイズ! この痛みは何とかならないの?」ところどころを包帯で巻いたフレインが頬を押さえながらワザとらしく喚く。


「歯の回復魔法なんてないんだよ! 痛みを取り除くにしても、それはちゃんとした水の回復魔法じゃないと……てか、俺のヤツはまだ勉強不足のにわか仕込みで……」ヴレイズは回復魔法の教本片手に赤熱右腕で頭を掻いていた。


「もう! この微妙な堪え難い痛みは勘弁してよぉ~」


「ここは調合した回復剤を歯に詰めるんで勘弁してくれよ」と、鞄から葉に包まれた調合薬を取り出し、フレインに手渡す。


「自分じゃできないから、ヴレイズがやって」と、甘えた様に口をあんぐりと開く。


「えぇ~……ったく、自分でやれよぉ~」と、指先に薬をつけ、彼女の口に指を入れる。



「なぁ~に、いちゃついてるんだよ」



 ニックがひょっこりと現れ、木にもたれ掛る。


「誰がいちゃついてるだ!」ヴレイズの指の事を忘れ、吠えるフレイン。


「あ゛い゛でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」指先を押さえ、余りの痛みに転がるヴレイズ。


「あ、ゴメン」


「本当に楽しそうで何よりだな……それよりヴレイズ、お前の出番だぞ」


「出番ってなんだよ!!」少しばかり出血した指を急いで治療しながらフレインを睨むヴレイズ。


「スカーレットの傷も診てやってくれ。このキャンプ、ロクな医者がいないんだ」


「……俺、魔法医じゃないんだけど……」ヴレイズは指の怪我に息を吹きかけながらも、彼女のいるテントへと急いだ。




 ヴレイズはスカーレットのいるテントへ向かい、彼女の傷に炎の回復魔法を施し、薬草を調合した軟膏を塗り、包帯を巻きなおす。彼女の傷の半分以上はフレインとの戦いによるものであった。


「どんな理由があったかは知らないけど、本当にすみませんねぇ……ウチのフレインは喧嘩早くて……」ヴレイズは旅の道中、何度もこう言ったトラブルに頭を悩まされ、今となっては慣れていた。


「いや、感謝している……私はあそこで……辱めを受け、傷つけられ……もうこのまま何も出来ずに終わっていくのだと思った……そこで、彼女が現れ、私の中に火を点けてくれた」と、スカーレットは素直に頭を深々と下げた。


 あの時、彼女が激昂したのは、『己のプライドを傷つけられたから』ではなく、『戦士としての生存本能』だったのだと、彼女自身は思っていた。


「どんな火だったんだか……」ヴレイズは呆れながらもクスクスと笑う。


「それにしても、炎の回復魔法とは不思議なものだな……なんか、水の回復魔法や薬とは違ったものを感じる……」


「人間が本来持つ、回復能力を温めて活性化させ、発汗作用を促して抵抗力を強めているんです。まだまだ修行不足ですけどね」と、回復魔法教本を片手に赤熱右腕を器用に動かす。


 しばらく彼女はヴレイズの治療を静かに眺めた。


「……少し、私の話を聞いてくれるか?」スカーレットは疲れた様な張りの無い声で言った。


「なんです?」


「私は、父と兄に嘘をついてしまった……戦いの前に、嘘は吐かないと誓ったのに……」


「どんな嘘を?」手を休めずに問うヴレイズ。


「……我が家に伝わる鎧兜。父が授けてくれた、大切な鎧だったんだ……それは敵に取られたと言ったが、本当は……もうこの世にないんだ……あいつに、ノーマンに破壊されたのだ。見るも無残に、あいつは紙でも破くように鎧を砕いたのだ! 事実を伝えられなかった……」


「……命が助かったんだから、それでよいのでは?」ヴレイズは正直な感想を述べる。


「そう言う問題ではない! 我が家伝統の鎧が破壊されたのだ……それがどういう事を意味するか……」涙を零し、下唇を噛む。


「……鎧ぐらいで済んで良かったじゃないですか。俺なんか、故郷の村を家族ごと焼き払われたんですからね。それに比べれば、些細な事だと、思えませんか?」ヴレイズは昔の自分なら気安く言えない事を滑らかに口にし、自分でも意外に思う。


「……そ、うなのか……それは……うん……」スカーレットは口をつぐみ、涙を袖で拭く。


「さて、治療はこれで終わりです。しばらく安静にして、食欲があればなるべくよく噛んで食べて下さいね」と、ヴレイズはにこやかに立ち上がり、踵を返した。


「……ありがとうございました」スカーレットは去りゆく彼の背に再び首を垂れ、枕に頭を預けた。


 テントから出ると、ヴレイズは深い溜息の後に夜空を見上げた。


「このままじゃ俺、本当に魔法医になっちまいそうだなぁ……もう、それでいいか?」


 そこへフレインが元気よく現れる。彼女のひとつを残してほぼ完治していた。


「ヴレイズ! 歯がまた痛み始めた!!」


「薬でも詰めとけ」




 翌朝、ヴレイズは早くからキャンプ周辺に生える薬草を1人で摘み、回復剤を調合していた。このキャンプにはロクな薬品が置いておらず、酒で消毒した布を巻く程度の事しか出来ていなかった。


「何をやっているのかな?」不意に嫌味を含んだ声がヴレイズの耳を撫でる。


「見てわからないか?」嫌な奴に見つかったと思い、口調を苛立たせる。


 声の主は勿論ビリアルドであった。


「質問を質問で返すなって、学校で教わらなかったかな?」


「生憎、学校には行ってないもんでね……」彼の顔を見ない様にしながら、ヴレイズはせっせと薬草を調合した。


「そんなヤツの作った回復剤なんぞ、使いたくないもんだな」ビリアルドは腕を組みながら嘲笑い、ヴレイズの作った回復剤を掴み取る。


「使いたくないなら触るなよ」


「これに我が妹が世話になったのだ。礼を言わねばな……」


「礼はいらねぇよ……それより聞きたいんだが、これからどうする気なんだ?」


 ヴレイズには、この反乱軍に未来がある様にはどうしても見えなかった。ニックの話を聞く限りでは、もはやこの国にとって野盗に近い存在に成り下がっていた。


「スカーレットも戻った事だし、これから反撃に……」


「悪い事は言わないから、やめておくんだ」憐れみを込めて口にするヴレイズ。


「……お前もそう言うのか……そう言えば、お前はかのグレイスタンやサバティッシュを救った英雄だと聞くじゃないか。そんなお前とフレイン嬢の力があれば、不可能では……」


「いいや、無理だ。冷静に考えればわかる。例え、そのノーマンや親玉のパトリックを倒しても、魔王軍が押し寄せて飲み込まれるだけだ。今までとは状況が違う」


「しかし!」ビリアルドは真面目な表情でヴレイズの顔を睨む。


「ここで退き、西大陸の魔王討伐軍と合流するのが最善だと俺は思う。もしくは、俺がグレイスタンに取り持って庇護して貰うように頼むことも出来る」ヴレイズも真面目な考えを彼にぶつける。


 するとビリアルドは彼の胸倉をむんずと掴み上げ、稲光を上げた。


「それは。ボディヴァ家の誇りが許さんのだ! 気安く退くとか逃げるとか言うんじゃない!!」


「……俺は、その誇りを捨ててでも生き延び、やっとの事で今を戦い、反撃の準備をしている男を知っている……」ヴレイズはラスティーの事を思い出しながら口にする。


「ぐっ……だが、もう我々は後戻りできないのだ……父上は……」


「……? その父上が何を考えているんだ?」




 その頃、アヴェン砦では朝早くから戦いの準備が行われていた。司令官室では、ノーマンが太腕を組みながらチョスコの地図を眺めていた。その上にはいくつも駒が並べられ、一色だけ違う色をした駒が中央にポツンと置かれていた。


「反乱軍はこの森に潜伏している。まず、退路であるこの港町を抑える。連中最後の突撃は砦の迎撃兵器で徐々に削り取る。残った親玉は、この俺が仕留める。この戦いは、ただの掃討戦ではない。この国に巣食う、くだらん考えを持った害虫の最後の一匹を駆逐する大詰めの戦いだ。ひとり残らず消せ」ノーマンが口を閉ざすと同時に、砦中の兵たちが一斉に声を上げ、片腕を天高く振り上げた。

如何でしたか?


次回、反乱軍VSアヴェン砦討伐軍! 

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