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ゴッドレス・ワールズ・ファンタジア  作者: 眞三
第二章 炎の旅人と風の討魔団
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81.フレインの決意

いらっしゃいませ!


では、ごゆっくりどうぞ!

 町をひとりトボトボと歩くフレイン。彼女の身体にはうっすらと雪が積っていた。勢いで飛び出したため、コートを着ていなかった。その為、彼女は顔を赤く染め、カタカタと震えていた。


 そんな彼女の正面から、ひとりの男がローブを纏い、杖を突きながら歩いて来る。立派な口ひげを蓄えていたが、ヨレヨレに萎びており、それだけを見るにこの男は身も心も疲れ果てているとわかった。


「……あの、何故上着を着ていないのですか?」萎びた男はフレインと目を合わせ、不思議そうに口にした。見た目よりも若そうな声を出す。


「うっかり……」ぼんやりとした頭で答える。


「……随分、慌てん坊さんですね……では、これを」と、自分の羽織っていたローブを脱ごうとする。


「いや、大丈夫です。もうそこなんで……」と、診療所を指さし、テレ顔で遠慮する。


「……奇遇ですね。一緒に向かいましょう」と、男は自分の懐でフレインを雪から庇い、共に診療所へと向かった。




 診療所は、先程よりも雰囲気が悪化していた。


 ダンガはもはや一言も言葉を発さずにベッドの中で震え、ヴレイズも頭を抱えながら苦悶する様に唸っていた。


「お、戻ったか。コート無しで外出って、どんだけ元気なんだよ、お前は」呆れた様にニックが笑い、彼女の肩にコートをかける。


「……ごめん」意気消沈し、火の消えた様になったフレインは、気が抜けた様な声を出し、近場の椅子に座った。


「……で、オタクは?」フレインの隣で立つ男を見る。


「私は兵士長のルドロウです。ここに、ククリスよりの使いの者がいると聞いたのですが? もし、ウルスラと戦うのなら……」


「もう遅ぇぜ……そいつなら、ベッドの中で療養中だ」と、ダンガの方へ親指を向けるニック。


 それを聞き、ルドロウは気落ちする様に眉をハの字に下げ、頭を抱えた。


「あぁ……我々は残った戦力を結集し、最後の戦いを挑むつもりでした。ククリスからの実力者が共にいれば、勝機があると思い……」



「ある訳ないだろ! 俺みたいなのが10人いても勝てる気がしない!」



 ダンガは涙を目に浮かべながら叫ぶように口にし、また凍える様に布団に包まる。


「……それでも、我々は戦い、国を取り戻さなければならないのです……緑豊かな大地に戻すまで、我々は諦めません……では」と、ルドロウは踵を返し、診療所の外へと出て行った。


「諦めていない奴もいるんだなぁ……この国の連中は殆ど腑抜けちまったんだと思ったぜ……」ニックは感心する様に口にし、腕を組んだ。


 すると、フレインは少し生気を取り戻した様な表情を作りながら頬を叩いた。


「あたし、詳しく話を聞いて来る!」




 ルドロウの向かった先は酒場だった。そこで兵を、人材を募っていた。


「お願いです! 貴方たちもこの国に生まれた者なら……」


 すると、酒場にいた者がルドロウに向かってグラスを投げつけた。


「馬鹿言ってるんじゃねぇよ! 散々人をこき使って税を搾り取り、結局何も出来ない連中に貸す力はねぇよ! ばぁ~か!」


「魔王の統治下の方が大分マシだぜ! 税は安くなったし、ちゃんとした仕事を提供してくれるし、さらにこんな状況になったら税を全額免除、更に物資も送ってくれる」


「つまり、俺たちはこれで満足なのよ。死ぬなら勝手に死ね!」


 酒場の酔っ払い連中は歯に衣着せずに怒鳴り付け、次々に酒瓶を彼に投げつけた。


 そこにフレインが現れ、ルドロウを庇うように酒瓶を叩き落とし、酔いどれ共が黙る程の殺気を放った。店全体が沈黙し、息を呑む。


「話を聞かせて」フレインは泊まっている宿へ彼を招き、タオルを渡し、茶を一杯淹れた。


 ルドロウは弱り果てた表情で礼を言い、渡された茶を啜った。


「ありがとうございます」


 それからフレインは彼からこの国の詳しい状況を聞いた。


 彼はフィッシャーフライ城より更に北上した場所にある野営地から来たと語った。そこには王族の者達やそれを支える家臣たちが皆隠れており、何とか国家を立て直そうと奮戦していた。


 周囲の町に呼びかけ、なんとか協力を仰いでいたが、先程の様な扱いを受け、思うようにいっていなかった。


「交渉に向かった大臣殿は戻らず、殺されました……もう、我々はウルスラと戦うしかないのです……」


「……貴方たち、相当嫌われているけど、それはなんで?」



「……この国がこんな状況になったのは、我々のせいなのです……」



 ルドロウは俯き、目を瞑りながら語り始めた。


 事の発端は、10年以上前に始まったウルスラの『氷魔法をひとつの属性と認めてもらう為の運動』だった。


 ウルスラは当時からこの国の守り手として期待されており、幾度も国の脅威を退け、貢献してきた英雄でもあった。


 彼女は最初、氷魔法の得意な者や同調する者を集め、この運動を行い、この国の王族からククリスへ進言する様に頼み込んでいた。


 そんなウルスラに王族たちは進言するふりをしながら彼女を飼い犬の様に扱い始める。


 最初は我慢し、同士共々、王族からの依頼を嫌な顔せず引き受けてきた。


 しかし、調子に乗った王族たち、特に家臣である大臣連中がウルスラに嫌がらせともとれる命令を下し、彼女のプライドを削り取って行った。


 やがて魔王軍との戦争がはじまり、その戦いの中で同士がひとりひとり戦死し、ウルスラは囚われてしまう。


 そこで彼女は魔王と契約を交わし、魔王軍に寝返り、なんとサバティッシュを1人で制圧したのであった。そして、現在に至る。


 語り終わったルドロウは茶を飲み下し、一息ついた。


「……こうなったのは自業自得ってわけね」フレインは呆れた様にため息を吐き、椅子にもたれ掛った。


「はい……私は当時、王は彼女の頼みを聞き入れているのだと思っていましたが……王族たちは、ククリスは進言を聞かないと最初から分かっていました。彼女の想いを利用して、都合のいい番犬扱いしたのです……しかし、この国を好きにしていい筈がない!!」




 診療所の扉が勢いよく開き、そこから雪まみれになったリームルが入ってくる。身体から忌々しそうに雪を払い落とし、近場の布団を身体に巻き付けて暖炉の近くでバタリと倒れる。


「何か情報は掴めたか?」干し肉を齧りながらニックが尋ねる。


「あの女はどうやら、この国よりさらに北の、氷の大地で10年も修業したらしい。あの女の呪術を破るヒントは何処にもなかった……うぅさむい」と、身体を震わせる。


「シチューあるけど、あっためるか?」


「頼む……」リムールは暖炉の火にズイズイと近づきながら答えた。


「手がかりなしか……弱ったなぁ」かすれた声でヴレイズは呟き、枕に頭を押し付けた。彼は心底困ったように顔を青くさせ、萎びた笑いを漏らした。


「酒、飲むか?」ニックはこれしかできないと言いたげな表情で酒瓶をチラつかせる。


「……それを飲めば一時凌ぎにはなるが……前には進めないんだ……」と、激しく咳込む。彼の咳には黒い血が混じっていた。


「急がないと、マジでヤバいな……」


「もう数日も持たないな……こりゃぁ……」ヴレイズは天井を睨み付け、悔し気に唸った。




 夜になり、降雪が静まる。ルドロウは他の町へと向かい、フレインは診療所へと戻った。空気は先ほどよりも悪化していた。


 ダンガは絶望した様に薄ら笑いを浮かべながら震え、タライに向かって血を吐いていた。


 ヴレイズも同様に吐血し、ベッドを力の抜けた拳で叩いた。


「くそ……魔力を練れなきゃどうしようもないな……」ヴレイズは焦点の合わなくなった目を泳がせながら薄ら笑いを浮かべた。


「ヴレイズ……」フレインはまた弱った表情に萎らせ、俯いた。


「フレインか? 目が霞んで良く見えないんだ……」と、彼女のいる方向へ手を泳がせる。


 彼女は彼の手を掴み、強く握った。


「ヴレイズ!」


「なぁ……こんな時、フレインならどうする?」


「……どうするって……」言葉を探し、詰まる。



「自分のやるべき事をするんだ」



「え?」


「以前、俺がこんな事になった時、アリシアは俺を信じて、前に進んだんだ。自分がやるべき事をする為、俺の前で祈ったりせず、ただ前に進んだんだ。こんな事態に陥ったら、誰でも最後は、自分でどうにかするしかない……彼女はそれをよく知っていた。最後まで諦めず、足掻いてもがいて……で、今の俺があるんだ……情けなくも、また死にかけているけどな」と、ニッと笑う。


「ヴレイズ……」


「いいか? フレインは自分に出来る事を精一杯やってくれ……俺の事を信じて、な。頼む……」と、だけ言うと彼は激しく咳き込み、血の霧を吐いてそのまま気絶する様に眠った。


 様子を診ていたニックは焼けた炭の入った鉄箱を毛布で包み、ベッドの中へ滑り込ませた。


「もう、なるべく身体を温めてやるくらいしか出来ない。身体中に黒い痣が浮き上がっているんだ。内臓不全を起こし、死に始めている……」


「他に出来る事はないのかな……?」フレインは声を震わせながら口にする。


「もうこうなったら、ウルスラに頼んで呪術を解いて貰う他、ないんじゃないか? 万にひとつ、叶えてくれるかもな……」


「……ウルスラ……」フレインはフィッシャーフライ城のある方角を睨み付け、血が出んばかりに拳をギュッと握り込んだ。



 


 その真夜中、皆が寝静まったころ、フレインはひとり荷作り、というより戦闘準備を整えていた。鞄に最低限の食料と回復剤などを詰め込み、いつもの軽装の上からコートを羽織る。


「……ヴレイズ……あたしが助けるからね……」


 彼女はいつもとは違う、戦闘に飢えた目ではなく、優しさを蓄えた穏やかな目で診療所のドアを開き、ひとり北へと向かった。

如何でしたか?


次回、フレインVS氷帝ウルスラ!

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