file 14. the girl from Ipanema
登場人物
クレア ノートン
捜査1課の若い刑事 地球出身
ジェイファースト インスペイダー
私立探偵 戦闘のエキスパート
ガブリエル ハスクバーナ
捜査1課の課長 クレアの上司
フィリップ ノートン
地球からの外務次官 クレアの実父
ジェシカ ノートン
フィリップの妻 クレアの継母
ケイ
ジェイの助手 高性能な軍用ロボット
ハンス ラリー
捜査部部長 ガブリエルたちの上司
「わかりました!ただちに現場に急行します!」
スターライト シティ署の捜査1課のデスクにいる若い警察官クレア ノートンは電話を切った。
関係各所に速やかに連絡し、愛車の鍵を握りしめて部屋を出た。
クレアがここに赴任して半年、初めは戸惑い頼りなさげだったが、だいぶ馴れてきたようだ。まだまだ至らないところはあるものの、目付きはしっかりしてきた。なにより真面目で努力家の彼女の奮闘は、周りにもいい刺激を与えている。今ではすっかり捜査1課の一員として馴染んでいる。
軍用車を思わせる黒い大型のSUVの愛車にクレアは勢いよく乗り込んだ。
ゴツッ!「あいたっ!」
勢い余って天井に頭をぶつけてしまった。
そそっかしいところは相変わらずだ。
惑星シャングリラの首都『スターライト シティ』は人口一千万人程の都市である。植民地惑星としては古く、二百年以上の歴史がある。主な産業は石油と農業で、プラスチックや化学繊維の生産、農作物の生産、加工が盛んである。また地球に似た環境で、生物学、地質学を中心に大学や研究機関も多く見られる。
しかしどちらかというと地味で、これといった観光もない目立たぬ惑星ではある。
そんなこの街を『スターダスト シティ』と呼ぶ住人もいる。
クレアは半年前、スターライト シティ署の捜査1課に赴任してきた。
タフな男も逃げ出す捜査1課に志願してきた物好きと初めは見られていた。すぐに退職するか、他の部署に転属するだろうと周りは思っていた。
しかしクレアは違っていた。
身を削るようなハードな任務に耐え、努力と高い正義感で業務を果たしていた。
涙を流す事も少なくはない。泣きながら奮闘する姿を『泣き虫クレア』と呼ぶ者もいる。
だがそれは決してバカにするのではなく、泣きながらも立ち向かう彼女に対する称賛の意味も込められている。
クレアの車が現場に到着した。
「遅くなりました!」
「いや、早かったな!」
現場に一番乗りは、いつもガブリエルだ。
クレアの直属の上司で、捜査1課の課長を努める。
2メートル近い巨体だが、行動力があり頼れる男だ。
ガブリエルより早く現場に到着するのは、クレアの密かな目標だ。
「殺人ですか?」
「たぶんな……見るか?」
クレアは死体と対面した。中年男性の射殺死体だ。
初めのうちは死体を見て気分を悪くし青ざめていたが、今はそんな事はない。代わりに死者を慎む悲痛な表情を見せるようになった。
「大丈夫か?」
「すいません、私の父と同じくらいの歳なので、ちょっと……」
「そうか……」
クレアはつい被害者に感情移入してしまう。警察官としては辛い事だ。心に負担をかけてしまう。それでも感情移入してしまうのは、クレアにとって仕方ない事かもしれない。警察官としての任務と、人としての情感は相容れない部分もあるが、クレアにとってどちらも捨てられない。
「おっ、電話?」
ガブリエルの携帯電話が鳴った。
「もしもし……え?……了解。」
「また事件ですか?」
「いや、来週の要人警護に呼ばれた。」
本来捜査1課は殺人や凶悪犯罪の捜査が担当だが、それ以外の仕事も時々回ってくる。警察官不足が原因だが、こればかりはどうしようもない。その穴を埋めるため、一般のガードマンや私立探偵に仕事を依頼する事もある。
「クレア、君に直々指名がきた。」
「えっ?私ですか?」
「ああ、地球から外務次官が入国するんだが、警備部に本人からクレアを是非にと言ってきた。」
「私はかまいませんが、一体誰なんですか?」
クレアはタブレット端末機で情報を拾った。
「えっ!これって……」
「ん?外務次官フィリップ ノートン?あれ?」
クレアは目を丸くした。
「はい……私の父です……」
クレアとガブリエルはスターライト シティ署に戻った。
昼間の殺人事件の対応と同時に、来週の要人警護の計画も進めなければならない。
「やっぱりジェイにも手伝ってもらうか?」
「ジェイに……ですか?警部がそう仰るなら……」
クレアは気が乗らなかった。身内をジェイに見られるのは何故か抵抗があった。しかし任務なら仕方ない。クレアは曖昧な返事をした。
「もう少し計画を練ってからジェイと相談しよう。あいつにも仕事があるだろうからな。」
「たぶんないと思いますが……」
「ないだろうな……」
「それよりクレア、本当にいいのか?」
ガブリエルとしては、実の娘が父親の護衛をする事に抵抗があった。万が一、クレアが父親を庇って犠牲になれば、父親の心境は察して余りある。
「大丈夫です。警察官になると決めた時から覚悟はできてます。」
無茶をしなければいいが、とガブリエルは思った。
「やっぱりジェイに手伝ってもらうか……」
クレアの熱意に反してガブリエルは不安を感じた。
「あ~ヒマヒマ、大丈夫よぉ~!」
ガブリエルがジェイの事務所に電話をしたところ、代わりに出たケイは言った。
「ところで所長殿はどうした?」
「うん、あまりにヒマなんでガレージで車いじってるよ~!」
本当にヒマらしい。ケイに伝言を頼むとガブリエルはクレアに言った。
「さて、警護の方は後でジェイと打ち合わせするとして、昼前のコロシの捜査に戻るか。クレアはどうする?」
「もう少しここで調べてみます。」
「もし手が空いてたら、後でジェイの所に行ってくれないか」
「えっ!あ、はい、承知しました。」
最近何かしらガブリエルはクレアとジェイを一緒にしたがる。
クレアはそんな企みを感じてはいるが、的外れな思惑と思っている。
確かにジェイは美形だ。仲もそんなに悪くない。
しかし性格は複雑だ。
嫌みったらしく皮肉屋で、冷徹で取っつきにくく、何を考えているのか分からない。
ひとりの男性として付き合う相手としては、ちょっと違うと思っている。
それに今は恋愛なんてしている場合ではない。1日でも早く一人前の警察官になるのがクレアの目標だ。
一通り調べものを済ませたクレアは、愛車の後部荷室から自転車を下ろし、走り出した。
市街地では自転車の方が小回りが効く。クレアはジェイのいる事務所に向かった。
「ん……違うな……」
インスペイダー探偵事務所の所長、ジェイファースト インスペイダーは、地下駐車場で旧い車と格闘していた。
整備用のグレーのつなぎで、油にまみれている。
6台ある車は全てガソリンエンジンを搭載した、20世紀のレプリカやレストア車で、当時と同じ構造のヴィンテージモデルだ。
その中の1台、赤い小型サイズのオープンカーのエンジンをいじっている。
「ジェイ!」
クレアは声をかけた。
「クレアか、今手が離せない。」
「いつから自動車の整備士に転職したの?」
「一時間前。」
「ばか言ってないで、仕事の話よ。」
「はい~クレアちゃん!」
「ありがとう。」
ジェイの助手、ケイがレモンティーとクッキーを持ってきた。
雑居ビルの4階にジェイの事務所がある。外見は古いが事務所の内装は新しい。ちょっとレトロな欧州調で、クレアも気に入っている。
「それにしてもクレアちゃんのパパが、あの外務次官フィリップ ノートンさんなんてねぇ~!」
「うん、一応……」
フィリップ ノートン外務次官は政界ではかなり有名だ。次の総選挙では内閣入りの可能性もある。そんな人物がこんな黄昏た植民地惑星に来るというのは、ちょっとした話題だ。
「ふーん、その言い方だと、パパとは微妙な関係なのかしら?」
「えっ!それは……」
ケイはロボットたが、時として鋭い事を指摘する。まるで相手の心の裏側を貫くようだ。今回もクレアの曖昧な態度に感づいたようだ。
「そうね……お父様とはあまりいい関係とは言えないわね……」
「どういう関係なんだ?」
ジェイが事務所に入ってきた。油まみれの身体をシャワーで洗い流し、極めてラフな格好で入ってきた。
「ちょ、ちょっとジェイ!何てカッコしてるのよ!」
「はあ?」
下は白い綿の長ズボンをはいてるが、上半身は何も纏っていない。つまり裸だ。バスタオルで頭を拭きながら入ってきた。
その上半身は贅肉がなく、細いながら筋肉質な身体だ。
そんな身体を見られる事にジェイはあまり気にしていないようだが、うら若き乙女のクレアには刺激が強いようだ。
「だらしないわよジェイ~!風呂上がりのお父さんじゃあるまいし……」
「ん?そうか?」
そう言ってジェイはまた奥に引っ込んだ。
リラックスしきっているジェイの態度に、もしかして女だと見られてないのでは?とクレアは思った。それはそれで腹が立つ。
「それにしても、どうしてクレアちゃんのパパは娘を護衛に選んだのかしら?」
「分からないわ……」
「でも護衛するからには、いざという時は体張って守らなければならないのに、普通は娘にさせたくないものじゃない?」
ケイもガブリエルと同じ疑問を述べた。
「単に娘の仕事っぷりを見たいだけなんじゃないか?」
シャツを着てジェイが戻ってきた。そしてクレアの斜め向かいのソファに座った。
ふわっと石鹸の香りがする。クレアはまたドキリとした。それでも気を落ち着かせてクレアは呟いた。
「それはないわ……父は私の事なんか、どうでもいいのよ……」
「そうなのか?」
「ええ、昔から仕事にしか興味がなくて、家族とか私とか全然見向きもしない……そういう人なの……」
「ふむ……」
「私が警察官になると言った時も、何も言わなかったもの……」
両親家族の記憶のないジェイにはピンと来ない話だが、あまりいい事とは思えなかった。
「俺が口出しする問題ではないが、できれば父娘は仲いい方が好ましいと思うがな……」
「そうね……そうありたいと私も思うわ。」
クレアは微笑んだが、その目は寂しそうだった。
そしてしばらくたってから、また話し出した。
「実はね……お父様と上手くいってない理由が、もうひとつあるの……」
「どうした?」
「うん……私が10歳の時、お母樣を事故で亡くしたの……」
「……」
「でも、お父様はそれから一年も経たずに秘書のジェシカさんと再婚したの……それがショックで、それ以来お父様とはほとんど話をしなくなった……」
「……」
「誤解のないように言うけど、ジェシカさんはいい人よ。優しいし、よく面倒見てくれてた。それでもその人を、お母樣とはどうしても呼べなかった……」
「大丈夫クレアちゃん?そんな話をして……」
ケイが心配して声をかけた。
「いいの、ジェイは警護するお父様の事を調べるでしょ?調べれば簡単に分かる事だから……」
「それで自分から話したのか?」
「その方がお互い気が楽でしょ?」
「まあな……」
そう言ってクレアは事務所を後にした。
「クレアちゃんは、パパを恨んでいると思う?」
ケイはジェイに尋ねた。
「さあな……しかし俺たちにはどうする事もできん。」
「そうね……」
ジェイは苦いコーヒーを口にした。
クレアの父親、フィリップ ノートンがスターダスト シティにやって来た。
要人の警護としては最大規模の態勢だ。
予定ではシャングリラの知事、ウィリアム ソナーと会談をし、各所を視察する事になっている。まるで首脳会談だ。それだけフィリップ外務次官は注目されている。
クレアとガブリエルは空港の待合室にいるフィリップを訪れた。
「失礼します。」
「どうぞ。」
女性が出迎えた。
40代半ばで上品で優しそうな女性だ。
「初めまして、今回警護にあたるガブリエル……」
「クレアさん?クレアさんね!」
「お、おひさしぶりです……ジェシカさん」
フィリップ ノートンの現在の妻、ジェシカ ノートンは嬉しそうにクレアの手をとった。
その笑顔とは対照的に、クレアは複雑な表情だ。
クレアにとっては継母にあたるジェシカは、結婚前は秘書として、結婚後は妻として外務次官の夫を精力的に支えている。彼女の働きがなければフィリップがここまで来るのは難しかっただろう。
「あなた、クレアさんが来ましたよ!」
奥の部屋からフィリップが現れた。
「警護を担当する、スターライト シティ署、捜査部のガブリエル ハスクバーナ、クレア ノートンです。」
ガブリエルとクレアは敬礼した。
「ああ、よろしく頼みます。」
フィリップは半年ぶりに会う娘に対しても表情を変えず、淡々としていた。
「警備の打ち合わせはジェシカとお願いします。私は仕事がありますので、失礼します。」
そう言ってフィリップは奥の部屋に戻った。
残された三人は日程と行動のチェックにかかった。
「それでは私は警備班と打ち合わせしてきます。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「クレアをここに残しますので、何かあれば彼女に
聞いてください。」
「警部、やっぱり私……」
「クレア、これも立派な仕事だ。」
「あ、はい……」
ガブリエルが出た後、部屋にはクレアとジェシカの二人だけになった。
「クレアさん、今お茶を淹れるわね。」
「いえ、お構い無く。」
クレアの表情は固い。まるで心と身体を石に変えたようだった。
「今の私は、警察官です。」
「でも……」
「警察官としてここにいるだけですから……」
ジェシカは悲しい目をした。
ジェシカは優しい。クレアを本当の娘のように気にかけている。
しかしクレアには逆に疎ましく感じた。
疎ましく感じる自分自身にも嫌悪した。
「分かったわ……でもお茶は飲んでくださいね。」
丁寧にジェシカは紅茶を淹れた。
アールグレイの香りが室内に溢れる。
「私はお父様の手伝いをしてますから、ゆっくりしてくださいね。」
そう言うとジェシカは奥の部屋に消えた。
ひとり残されたクレアは、ジェシカの淹れた紅茶を一口飲んだ。
ジェシカの紅茶は絶品だ。クレアはこれほど美味しい紅茶を淹れるひとを知らない。
そしてクレアは呟いた。
「私……最低だ……」
「随分大がかりな警備だな。」
ガブリエルと落ち合ったジェイは物々しい警備を見ながら言った。
「知事と話題の政治家の会談だからな、マスコミも大勢来ている。」
「それでか……」
あまりマスコミが多いと警備も大変だ。全部追い出したいところたが、そうもいかない。政治家にだけはなりたくないとジェイは思った。
「ところでクレアは?」
「ああ、父親と一緒だ。」
「父娘水入らず、とはいかないだろうな。ところで……」
「何だ?」
「父親のフィリップが、クレアに護衛役を指名したってのは本当か?」
「ジェイも気になるか、正式な要請ではないが、本人からの要望なのは間違いない。」
「そうか……まあ俺にはどうでもいい問題だ……ん?」
ジェイの携帯電話に着信した。
「ケイか……分かった!」
ジェイの顔に緊張の色が差した。
「どうした?」
「ケイがヤバイ物を発見した!」
「ケイ!手土産はいくつある?」
ジェイは電話で話ながらケイの元に向かった。
手土産とは爆発物の事だ。周りの人間に察知されないように言葉を選んだ。
ガブリエルは警備班と連絡をとりながらクレアたちのいる部屋に走った。
「クレア、いるか?」
扉を開けるとクレアが出てきた。
「警部?何か……」
周囲を警戒しながらガブリエルは中に入った。
「空港内に爆弾が仕掛けられた。」
「ええっ?」
「念のため、この部屋を調べる。」
「はい!」
「どうかしましたか?」
奥の部屋からジェシカが出てきた。
ガブリエルが笑顔で答えた。
「申し訳ありません、この部屋に『忘れ物』があるようなんですが……ちょっと探させていただいてもよろしいですか?」
この部屋を使う前に念入りにチェックは済ませてある。しかし万が一という事もある。クレアとガブリエルは室内を調べた。
「何事かね?」
フィリップが怪訝な顔で出てきた。
「何でもありません。ちょっと忘れ物を探していますので……」
クレアが答えた。
「忘れ物とは、たとえば『爆弾』とか?」
「それは……」
フィリップは大きく溜め息をついた。
「クレアは昔から隠し事が下手でね……ただの忘れ物でない事くらいすぐ分かる。」
「お父様……」「あなた……」
「手分けして探そう、その方が早い。」
「恐れ入ります。しかし見つけても絶対に触らないでください。」
ガブリエルは深く頭を下げた。
四人は室内を念入りに捜索した。
「ジェイ!ここよ~!」
空港のロビーのゴミ箱の横でケイは手を振った。
「手土産はこれだけか?」
「今のところね!」
すでに起爆装置を解除した爆弾を、ケイはぷらぷらと振って見せた。
「これはすぐ見つかったけど、他にどれだけあるのか、あたしでも察知できないわ!」
空港はテロ対策として、総ての乗客の手荷物は当然チェックしている。それでも爆弾を仕掛けられるという事は、乗務員や作業員、関係者に成り済ましている事になる。だとすると爆弾は人のいるところばかりとは限らない。
そして何より、仕掛けたのが組織的なのが問題だ。
いくらジェイとケイが優秀でも、これだけ広く複雑な場所で総ての爆弾を見つけて解除するのは不可能だ。
「ジェイファースト、インスペイダー!」
ジェイのところに男が一人、走ってきた。
「ハンス?」
ガブリエルの上司で捜査部部長のハンス ラリーだ。
「話はガブリエルから聞いた。爆発物処理班が間もなく来る。」
「手が早いな……」
ケイはニコニコしながら解除した爆弾を渡した。
「はーい!」
渡された爆弾を見ながらハンスは何やら考えているようだ。
「俺たちは用済みだから、とっとと帰れ、と言いたそうだな。」
「ああ……」
ハンスはジェイに容赦しない。
「そう言いたい所だがジェイファースト、事情が事情だ、君にも手伝ってもらおう。」
「仕方ねえな……手を貸そう。行くぞケイ。」
「はーい!」
早足でジェイとケイは移動した。
「さて、探偵ごときに後れをとる訳にはいかんな……」
ハンスも別の場所に移動した。
「見つかりませんね……」
クレアたちは部屋を徹底的に調べた。
「部長が処理班を連れて来たとの連絡もある……どうしますか?ここから離れるという選択もありますが?」
「いや、ここでいい。」
フィリップは首を横に振った。
「空港から離れない限り、どこにいてもリスクは同じだ。ここにいよう。」
ガブリエルは感心した。爆弾の件といい、騒がず慌てず常に冷静な判断力と、度胸を併せ持った人物だ。政治家としての器の大きさを感じた。
「念のため処理班に調べてもらいます。ここにいてください。」
「任せよう、ガブリエル君。」
ガブリエルは廊下に出ていった。
クレアとフィリップ、そしてジェシカが残った。重苦しい空気が漂っている。
すると何者かが扉をノックした。
「ルームサービスです。失礼します。」
「あら?頼んだかしら……」
「待って!」「えっ?」
ジェシカは扉を開けてしまった。
その隙を突いてボーイ姿の男が勢いよく飛び込んできた。
「あぶない!」
クレアは銃を抜いたが男の方が早い。
パァーン!
「あっ!」
男の銃弾がクレアの右腕に当たった。
その衝撃でクレアの銃は手を放れた。そして激痛がクレアを襲う。
「クレア!」「クレアさん!」
「うう……」
思わずその場で倒れ、うずくまるクレア。
「邪魔しやがって!まずお前から死ね!」
男はクレアに銃口を向けた。
「だめっ!」
ジェシカが上から覆い被さるようにクレアの盾になった。
「ジェシカさん!やめて!私のためにそんな……」
「クレアさん……最期ぐらい、母親らしい事させて……」
ジェシカの身体は恐怖で震えていた。それでもクレアから離れようとしない。
「クレア!ジェシカ!」
見るとフィリップは男と揉み合っている。
「何をしている!早く逃げろ!」
「お父様!」「あなた!」
「くそっ!ふざけるな!」
男はフィリップの腹部を殴打し、さらに顔面に蹴りを入れた。
たまらずフィリップはその場に倒れ込んだ。
そして男は銃口をフィリップに向けた。
「手間をとらせやがって……」
「パパーっ!」
バアーン!
フィリップは思わず目を閉じた。
しかし銃弾を受けたのは男の方だった。
「ぐっ……」
銃を持つ右手から血が流れている。そして男の後ろに拳銃を構えている者がいる。
「クレア!無事か?」
「ジェイ!」
ガブリエルが部屋を出た時、念のためジェイに連絡した。そしてジェイは爆弾探しをケイに一任し、クレアたちの部屋に向かった。
男は銃声を聞いて駆けつけた警備員に連行され、現場はジェイとクレアの家族だけになった。
「ジェイ、ありがとう、助かったわ。」
右腕を撃たれたクレアが一番重症だ。ジェイは急いで応急処置をした。傷口に消毒剤を塗り、手慣れた手つきで包帯を巻いた。
幸い骨には異常はないようだ。
「クレア……大丈夫か?」
「お父様……」
フィリップは悲痛な表情で娘を見た。
「これではっきりした……あんたが娘を護衛に指名したのは自分を守るためじゃない。あんたが娘を守るためだったんだな。」
ジェイの言葉にフィリップは何も言わなかった。
危険な任務をこなす警察官の娘を、せめてそばにいる時だけでも守ってやりたい。
フィリップはそう考えていたとジェイは確信した。
「お父様……」
「もうじきガブも来る。俺は忘れ物の捜索に戻る。」
そう言ってジェイは早々に去っていった。
クレアとフィリップは病院で治療を受けていた。
フィリップは額にかすり傷程度、クレアは全治1ヶ月と診断された。
待ち合い室で座っているクレアとフィリップ。
しばらくの間黙っていたふたりだったが、フィリップは口を開いた。
「こういう事があるから、お前を警察官にさせたくはなかった……」
「お父様……」
「しかしお前は一度決めたら絶対曲げないからな……」
「だから何も言わなかったのですか?」
「ああ……まったく誰に似て頑固なんだか……」
「お父様の娘ですから。」
クレアは少し微笑んだ。
「どうして警察官を選んだんだ?」
「私は……弱い人を守りたくて警察官になりました。」
「そうか……私は弱い人を救いたくて政治家になった。」
「初めて聞きました……」
「おかしなところばかり、私に似た訳か……」
フィリップは苦笑いをした。
クレアも笑った。
「お父様の娘ですから。」
「クレアさん!あなた!」
ジェシカが早足でやって来た。ジェシカはふたりが治療の間、スケジュールの調整で忙しく働いていた。
「あの、ジェシカさん……」
「クレアさん?」
クレアは急に真剣な顔でジェシカに向き合った。
「お願いがあります!もうあんな無茶な事は絶対にしないでください!」
「クレアさん……」
「あと、クレアさんはやめてください……」
「……」
「……クレアって呼んでください……」
「……」
「……お母さん……」
「クレア……」
ジェシカはクレアを抱き締めた。
この12年間、実の母親にも劣らない深い愛情を惜しみ無く与えてくれたジェシカ。
それを知りつつも認めなかったクレアは、その溝を埋めようとジェシカを強く抱き締めた。
ふたりの瞳から大粒の涙が溢れ出た。
「ごめんなさい……お母さん……」
「クレア……ありがとう……」
子供のように泣きじゃくるクレア。
そんなクレアを優しく頭をなでるジェシカ。
そのふたりの背中を、フィリップは優しく抱いた。
その三人を遠くから見守る目があった。
「やれやれ……面倒臭い親子だな……」
ジェイは気付かれないように、その場を離れた。
3日間の滞在を経て、フィリップとジェシカはスターダスト シティを離れる時がきた。
空港にはスターライト シティ署の署長とハンス部長、そしてクレアが見送りに来ていた。
「我々がついていながら、次官にはお怪我をさせてしまい、実に申し訳ありませんでした!」
署長は深々と頭を下げた。
「いや、こうして生きていられるのも、皆さんのお陰です。深く感謝します。」
「そんな滅相もない……」
「クレア……たまには家に顔を出しなさい。」
「はい、お父様。」
もう父親に対するわだかまりは消えた。クレアは笑顔で答えた。
「お料理作って、待ってるわ。」
「はい……お母様。」
「クレア……」
ジェシカを母親と呼ぶのはまだ照れ臭くて、少し緊張する。そしてクレアに母親と呼ばれる度に、ジェシカは泣きそうになる。
「ところで、私たちを助けてくれた若い刑事さんは?」
ジェシカは尋ねた。
「彼は警察官ではありません。クレア巡査の個人的な知り合いです。」
ハンスは無表情に事務的に答えた。
「それって……」
ジェシカの目が輝いた。
「クレア!あの男と付き合っているのか?」
珍しくフィリップが焦りの表情でクレアに問い正した。
「あっ、いえ、そういう訳では……」
「素敵な彼じゃない!クレア!がんばって!」
ジェシカは喜んでクレアの手を取った。
「ちょっと待て!どういう男かちゃんと説明しなさい!」
「いや、だからジェイとは……」
フィリップはシャトルの離陸時間までクレアを審問した。
「またこのパターン、もういや……」
フィリップたちを見送りロビーを出ようとした時、クレアはジェイの姿を見つけた。
ジェイが捕らえた犯人は金で雇われたチンピラで、爆弾の事も黒幕も一切知らなかった。爆弾も結局ケイが見つけた一つだけで、警察を陽動するだけの目的で仕掛けられたに過ぎない。
「お父様たちが会いたがっていたわ、命の恩人に。」
「たまたま出くわしただけだ、礼には及ばない。」
「代わりにそのように言っといたわ。」
「そりゃどうも……」
「でもどうしてここに?」
「単なるヒマつぶしだ。」
「あっそう……それより負傷で一週間自宅療養になっちゃった……今ならデートに誘ってもいいわよ!」
「おとなしく療養してろ!」
「いつの間にか、大人らしくなりましたね。」
「泣き虫なのは変わらんがな……」
「でも、いつまでもあなたの娘に変わりはありませんよ。」
「それは違うな。」
「?」
「私とマリア、そしてジェシカの三人の娘だ。」
「……はい。」
ジェシカはそっとフィリップにもたれた。
そして惑星シャングリラが見えなくなるまで、ふたりは窓の外を見続けていた。
To be continueー
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
確執のある父娘の話、そして娘と継母との話。
よくある話ですが、コミカルな話とまた違って書いてて楽しいです。
そしてこれもベタなパターンですが、クレアがジェシカを
「お母さん」
と呼ぶシーンが好きです。
書いてて涙が出ちゃいました。涙腺脆い作者です……
今回は完全にクレアが主役です。登場人物欄でもクレアを頭に書きました。
そしてクレアに「お母さん」と呼ばせるために書いた話です。
この作品は読みやすくするため、あえて一話一万字以内に収めるよう書いています。
しかし今回は、いつもより丁寧に描きたいと思っていたら、この作品としては長めの一万字超えました。
クレアは比較的普通のキャラクターです。これは読者に近いキャラクターとして作りました。
それ故にこういう家族の話や、身近な男性にドキドキする普通の感覚を描ける、この作品では唯一のキャラクターとなりました。
これは嬉しい誤算です。なんせ他のキャラクターがクセがありすぎて普通の話が書きにくいので、クレアには感謝しています。
そんなクレアを今後どんどん泣かそうと思います。
「ちょっと!やめてよ~!」
そして今回のサブタイトルにもなった「イパネマの娘」は私も好きな曲です。
この曲はクレアのイメージとも重なっていると個人的には思っているので、未聴の方は是非一聴をお薦めします。
ではまた!




