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(3) わかばとみその

 取材が終わりフローラが城野に連れられて楽屋でステージの準備をしていた頃。太陽が少し傾いて光にやわらかい色が混じり始めていたが、熱せられた空気はいまだにアスファルトに陽炎を作らせていた。

 

 エンターテイメント棟にある会議室も熱い空気の塊が鎮座していて、エアコンをフル稼働させてはいるものの部屋の温度がさがるまで、会議のために集まった社員たちは汗を拭いたり、首を振る扇風機の風に当たったりしながらしのいでいた。


 エンターテイメント部の社員たちにまじって、SVも額の汗を拭きながら会議に参加して資料をめくっていた。最初の議題は今年から突然収益部門に変ったエンターテイメント部の「営業方針」の確認で、タレント化しつつあるダンサーたちのマネジメントと売り込み方についての方針が検討された。ダンサーのなかから数名をアニメの声優オーディションに参加させること、動画配信会社の番組のMCを数本担当させることなどが決まっていて、その確認がされていた。本人たちの同意はすでにとれていることが伝えられ、次の議題に移った。


 SVが立ち上がって、ノートPCをプロジェクターにつないで話を始めた。


 新設される劇場施設「アンバサダー・オンエアー・ステージ」のゲストプレビューのイベントについての話だった。


 「アウローラ・ユニット全員でのステージを予定しています。すでにダンス、楽曲については手配を進めているところです。特に問題なければこのまま進めようと考えていますが、なにかご意見などございませんか?」


 あー…… という声を同席していた広報部の男性社員が手を挙げた。

 テレビ局との折衝などは広報部が担当しているので、会議には毎回同席している。


 「その件なんですが…… もちろんアンバサダー全員の出演に反対は無いんですが、広報部としてはそれに付け加えてもうひとつ提案があるのですが」

 「なんでしょう?」

 「この前のローカルアイドルのイベントでの出来事、あの遅れたアイドルの代打で歌ったあの話のことなんですが、テレビ局や雑誌などから問い合わせが何件かありまして。アイドル業界、とでもいうんでしょうか。そういう方面で少し話題になっているようでして」


 SVにもその事は耳は届いていたので特に驚きはなかった。

 その反応をみて広報の社員は話を続けた。


 「その時のフィギュアという秋田のローカルアイドルさんのユニットと、フローラ・ユニットがお盆のイベントでまた一緒になるわけでして、これもまた一部で話題になっているようです。フィギュアさんたちはご存じの通りかなり人気のあるローカルアイドルでして、この組み合わせで話題になるのは良い機会ではないかと考えます。そこで、広報部としては、この話題を継続させ、アンバサダーへの注目を集めるために、このゲストプレビューでフィギュアさんをゲスト・アーティストに呼んでみてはどうかと提案します」


 がやがやと声が上がった。どちらかというと反対というよりも、なるほど、それは面白そうだ、という声が多いようにSVは聞こえた。


 ホワイトボードの前に座る猫実部長が少し考えてから口を開いた。


 「アウローラのSVとして、君はどう思うかね? 外部のアーティストを呼ぶことに抵抗はあるかな?」

 「いえ、フィギュアのみなさんとは多少縁があるようですから、アンバサダーたちにも抵抗感は無いとは思います。ただ……」

 「なにか問題があるかな?」

 「いえ、問題というほどでは…… ただ、フィギュアは人気だけでなはなく舞台での経験は今のアウローラメンバーとはくらべものにならない程です。今のところ共演しているのはステージ進行などだけですので……」


 他のパフォーマンスユニットのユニットリーダーが口を開いた。


 「なるほどな。でも、フローラの技量もそれなりになってるだろ? 経験はしかたないにしても技量的にはなんとかなるんじゃないか?」


 猫実部長がユニットリーダーの言葉を引き継いだ。


 「私もそう思うな。あとは当人たちが受け入れるか、じゃないかな? それに、これからエンターテイメント部の体制も変わってくる。他の芸能事務所との連携を今から深めておくことも悪いことではないと思う」


 それに、と部長は付け加えた。


 「9人に3人足せば12人。ステージ上でもバランスがいいのではないか?」


 SVは部長の指摘に確かにそうかもしれない、と考えた。

 それに、さくらもフィギュアの事を気にかけていたようだし、これはいい機会なのではないか、という判断に傾いた。SVはそういった事を少し考え、猫実部長に答えた。


 「わかりました。明日、フィギュアのみなさんとはステージで共演する予定ですので、そこでの様子を見て判断、というのはいかがでしょうか? 白井プロのプロデューサーさんとは顔を合わせるわけですし、そこで先方に提案してみようかと思います」


 いかがでしょうか? と伺うと猫実部長がうなずいた。


 「ということになりそうだが……広報はそれでいいかね?」

 「はい。もちろんです。必要があればこちらからも白井プロさんに伺います」


 その言葉で、室内の空気が緩んだ。

 猫実部長がうなずくと、次の話へと議題を進めた。


 「さて、次に新イベントの企画について概要が上がっているので確認しておきたい。ハロウィンとクリスマスのイベントの件なのだが……」


 議題が変わるとSVは猫実部長を手伝ってノートPCを操作して資料をスクリーンに映した。出席していた全員がそのスクリーンに注目した。窓の外は夏の気温で空気が揺れているのに、プロジェクターから映し出された議題には降雪と低気温の際の対応についての確認事項が映されてた。



          **



 秋田駅の東口から少し離れた比較的新しい一軒家。その一室で玄関のドアが開く音に続いてドタバタいう音が響いていた。2階の自分の部屋のベッドでファッション誌のページをめくっていたみそのは、その「おねーちゃーん!」という声がだんだん近づいてくるのに気が付いてドアの方へ顔を向けた。すると、案の定ドアが開いて妹が飛び込んできた。


 「おねーちゃーん! 聞いて! すごいんだよ! 明日、ふろーりゃのみんにゃとー!」

 「落ち着きなって」

 「フローラのみんなといっしょにお仕事できるって! プロデューサーさんが今日教えてくれて!」

 「そうなんだ。よかったね。直接会ってこの前のお礼言えるじゃん」

 「そうなの! 王子様にもあえるー!」

 「お、王子様?」

 「あ……いずみさんのこと……」

 「いずみちゃんのことか」

 「お姉ちゃん、いずみさんのこと知ってるの!?」

 「まあ、アンバサダーの子たちとはそれなりに関わりがあるから」


 それを聞いたわかばは、思いっきり瞳を輝かせた。


 「そうなんだ! もっと早くわかってればぁ!! ねえねえ、おねえちゃん! いずみさんってどんなひとなのー!?」

 「まってまって、落ち着きなって」


 いつもは敬語で話すわかばも、みそのには遠慮は無かった。

 みそのは体を起こしてベッドに座りなおし、デニム時のミニスカートからのぞく美しい脚を組んだ。


 「あのねー、まず、アンバサダーってわかる?」 

 「よくわかんない」

 「そこからか。えっとね、いずみちゃんたちは……」



 それからしばらく、アンバサダーという制度について説明して、それからフローラの事をいくつか教えてあげた。それをわかばはフンフン頷きながら聞いていた。

 のどが渇いたみそのはダイニングへ移動し、ついてきたわかばにも麦茶をついであげながら椅子に腰かけた。ある程度説明が終わると、一息ついて麦茶を飲み干した。


 「で、わかった? いずみちゃんはわかばの事をちゃんと知ってるし、他の子も……聞いてる?」


 わかばは上の空だった。手にした麦茶も温くなっていた。


 「王子様が私の事を知ってる……?」


 にへら、とわかばが笑ったのを、みそのはおやおや、という表情を浮かべてみていた。妹が仕事を楽しみにしているのはいいことだと思ったからだ。表情に出さなくてもみそのはやっぱり妹がかわいいのだ。


 「あ! そうだ! おねえちゃん、明日お仕事お休み!?」

 「え? あ、そうだよ。ホントはステージ出たかったんだけど、連続しすぎだから休めっていわれてさー」

 「そうだよ! お姉ちゃん、最近毎日でしょー? そうだ! さつきちゃんが、明日お仕事終わったらカラオケいこうっていってて! お姉ちゃんも一緒にいこうよー!」

 「んー。さつきとはついこの前カラオケ付き合ったばっかだし……」

 「佐竹ちゃんとはいってないでしょ? ねーねー」

 「わかったわかった。じゃあ、お仕事終わったころに事務所まで行くから」

 「やったー!」


 明日が楽しい一日になりそうだと思ったわかばは、よほどうれしいのか抱きついてきた。それを横目で見ながら「はいはい」とみそのは抱きついてきたわかばをあやした。そして、背中をぽんぽん叩いてやりながら、視線をテーブルに置いたスマホに向けて心の中でつぶやいた。


 あとで、いずみにわかばの事をよろしくってメールしとこ……


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