(5) カフェ・エモーション
ヘルメットと車いすを返却し、新しい劇場のすぐそばにあるカフェ・エモーションのバックステージ側の入り口に行くと、そこで作業していた女性の社員さんが楽屋にいるという深雪を呼んできてくれるという。佐藤がカメラのストロボの電源をチャージし、さくらたちが手鏡などで髪を整えたりして待っていると、深雪の声が聞こえた。
「やあ、みんな。待たせてごめんね」
美咲が「あー、深雪ちゃん、おつかれ……」と言いかけ、そのまま言葉が止まった。
「えーと、深雪ちゃん……」
「ふふ、エクステを変えたから、イメージ変わったかな?」
「エクステ……だけじゃないと思うんだけど……」
ゴシックパンクの黒のミニスカートにアームドレス、脚にはデザイン系のストッキングにリボンガーターというコーデは最初の時と変わらなかった。
だが、後ろ髪にブラックとワインレッド系のグラデーションの、サイドもポイントメッシュのパープルやピンク系統のエクステをつけていた。
もともと深雪は肌も雪のように白いこともあってエクステのグラデーションはより一層美しく見えた。髪が白くなり、肌の露出が増えた事でイメージが一変していて、顔を見るまで美咲は同一人物かどうか判断しかねていた。
「はわわ…… 深雪ちゃん、その白い髪もエクステ?」
「昼間の黒髪の方がエクステなんだ。自分を守るためにね。それに、私は黒は一番鮮やかで優しい色だと知ってるんだよ。だから、昼間は黒い髪にしているんだ」
「ええ!? なんかイメージが全然違う気が……」
「ふふ、みんなそういうね。でも、昼の太陽から身を隠す私も、優しい闇に包まれて弾ける私も、どちらも本当の私なんだ。弱い自分、闇と戯れる自分、どちらもね」
そう答えた深雪は自信に満ちた笑顔で、美咲に流すような視線を送った。
美咲はいまだに状況がつかめず、はわわ……と顔を赤くしていた。
佐藤がポカンとその会話を眺めていたが、本来の目的を思い出して深雪に話しかけた。危うくカメラを落としそうになったが。
「深雪さん、広報用の写真を撮影させていただきたいのですが……」
「うん、いいよ。どんなポーズがいいのかな?」
「えと……深雪さんらしさが表せるような……」
「なるほど、わたしらしさか……それなら、あそこでどうかな?」
深雪が指差した先には行き止まりの道路と、針葉樹が茂るバームと呼ばれる盛り土の人工林があった。車を止めるスペースらしく、電柱に照明があって地面を明るく照らしていたが、反面、バームの方は照明は全くなく濃い藍色の空に黒い大きな針葉樹の影絵を重ねて浮かび上がらせていた。
佐藤は、「あー…」とつぶやくと、画面を確認して撮影モードを夜景に変更した。
みんなでその駐車区画に行くと、深雪は美咲たちに「みんなはどうするの?」と尋ねた。美咲とさくらは顔を見合わせて「どうしようか…?」と考えた。
いずみがその場所を確認して、「深雪さんを一人にして撮った方が……私たちが写り込むと、多分、露光が足りないと思う」と佐藤に指摘した。
「な、なるほどー 。では、深雪さん、お願いできますか?」
「私一人でいいの?」
「はい! あ、ステージの仲間の方とかいらしたら……」
「仲間、か…… うん、それなら、友達を呼んでいいかい? このあたりには私らしい友達がいるんだ」
「ええ、どうぞ」
深雪が右手を挙げて指を鳴らした。
すると、林の中からカラスの鳴き声が響き、そして、黒い無数の何かが飛び交い始めた。さくらが「な、なに……?」とビクビクしていた。
さくらたちが3人で固まっていると、いずみが「友達」の存在に気が付いた。
「カラス……それに、コウモリ……?」
深雪が左手を掲げると、そのアームドレスの上にハシボソガラスがバサバサと降り立って一声上げた。
美咲が「ひえっ!」と小さく悲鳴を上げたのをみた深雪は、少し笑いながら深雪に微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。この子は前に他のカラスにいじめられていたのを助けてあげたんだ。それから友達なんだ。気の優しいいい子だよ」
「……じゃあ、あの、後ろで飛び回っているのは……?」
「彼らはこの林をネグラにしているコウモリのみんなさ。ここでエレキの練習してた時に、興味を持ったみたいで。指を鳴らせば挨拶に来るようになったんだよ」
「ははは……そうなんだ……」
それから、深雪がカラスに話しかけたり、手を伸ばしてカラスを空に飛ばしたりするシーンを何度か佐藤がカメラに収めた。やがて、カラスもコウモリも林に戻っていき、深雪は「どうだったかな? いつもの私、だったと思うけど」と佐藤に声をかけた。
佐藤は「は、はい!」と返事はしたものの、田所やいずみが画面を見ると、なんというか広報用の写真とは程遠い内容だった。確かにカッコイイのではあるが……
いずみが田所の困惑した顔を見てから感想を口にした。
「かっこいいし、雰囲気ある写真だと思うけど……どうみても、アニメかゲームの宣材写真だよね、これ。そう考えるとすごくいい写真だけど……」
これをキャスト募集のパンフに載せるのは誤解を招きそう、というのが田所の意見だった。もっとも、写真を撮った佐藤は「あ、でも、これはこれで……」と気に入っていたようだ。
田所が深雪に声をかけた。
「えー、うん。あの、できればステージの上のお写真をいただければ……」
「もちろん。私のステージも見てほしいと思っていたんだ」
カフェ・エモーションの中は入り口のカウンターを中心に2室に分かれていて、向かって左側が客席のみの部屋、そして、右側の奥にステージがある。お店自体はカフェというだけあって、プレートメニューやピザ・サンドイッチといったライトミールがメインのお店となっていて、ステージがある客席を含めて基本的に自由に座ることができるセルフ式の店舗となっている。
食事をするわけではないさくらたちは、壁際の通路に立って深雪のステージを見る事となった。待っている間にもゲストがステージに近い席から順に座りはじめ、開演5分前にはすでに満席となっていた。もっとも反対側の客室はがら空きだったし、この部屋もステージに近い座席以外は開いている場所が多いので、それほどの混雑というわけではなさそうだった。
このステージを見るのは初めてだったさくらたちは、最初、ショーの案内が映されたモニターがどかされて、そこに深雪が出てくるものだと思っていた。
だが、開演時刻になると、BGMが流れると同時に上へとせり上がりはじめ、ゆっくりとステージそのものが地下から上昇してきた。
深雪の顔が見え始めると、客席に座っていた若い女の子のゲストたちがキャーキャー声をあげ始めた。その反応に、ショーを知らなかったゲストが驚いていたが、結果的にそれが呼び水となって誰もがステージに注目しはじめた。客席の照明が緩やかに落とされ、それと入れ替わるようにスポットライトと舞台照明に照らされたステージは深雪を中心に色とりどりの光で照らせ輝いていた。
「みんな、今日も聞きに来てくれたんだね。うれしいよ」
深雪はウィンクしながらステージ前の席に集まっているゲストに声をかけた。
その瞬間、若い女性の黄色い声が沸きあがり、カフェの客席がまるでライブホールのような空気で満たされた。
美咲たちがあっけにとられていると、先ほど深雪を呼んでくれた女性の社員さんが取材の様子を見に来たようでみんなの隣に並んだ。社員さんも単に仕事で見に来たという顔ではなく、なんだかとてもたのしそうだった。となりに立ついずみに、社員さんは最前列に並ぶゲストと同じような顔をして話しかけてきた。
「どうですか!? みゆっきー……あー、深雪さんカッコイイですよね!」
「あ、そ、そうですね。なんというか、昼間にあった時とはイメージが変わるというか、なんというか……」
「昼間のダウナーなみゆっきーもかわいくていいんですけど、やっぱりナイトメアモードのみゆっきーがかっこいいと思うんです! 人気もやっぱりこっちの方が……」
「ナ、ナイトメア……ですか?」
「みゆっきーの夜のユニット、『ナイトメア・エンカウンターズ』っていうんですよ。昼間はソロだったり、ピアノ弾くだけだったりするんですけどね!」
「でも、ここまで変わるのは、予想外というかなんというか」
「あれ? お聞きになってなかったんですか? みゆっきーは日が暮れると封印が解かれてナイトメアモードに切り替わるんですよ!」
「あはは、そ、そうなんだ……」
さくらも田所もいずみがここまで困惑する顔を初めて見た。
そして、トーク部分が終わった深雪が、その整った顔を少しだけ高揚させて声をマイクに載せた。
―― じゃあ、始めようか。私たちの、大切な歌を仲間へ。
藍色空の飛行機雲
さくらといずみは、深雪の見た目と昼間のイメージから、ばりばりゴスロリの入ったゴシック・パンクとか、メタルとかそういうものをイメージしていた。
が、流れてきたイントロは、深夜アニメ、それもライトノベルが原作のアニメのオープニングで流れていそうな曲だった。予想外だったこともあり、またまた目が点になっていた2人を尻目に、美咲と社員さん、そして佐藤さんはハッキリわかるぐらい顔を赤くしながら、瞳をまん丸にしてステージに視線を完全固定していた。
ほどなく深雪が歌声を響かせ始めた。
ボーイッシュ系、と聞いていたから低いボイスを想像していたいずみは、スピーカーから聞こえてきた思春期の女の子らしい声に、「おお……」と感心したのか驚いたの小さく声を上げて反応していた。
―― それからステージが終わるまでの約20分間。
美咲と佐藤さんは「かっこいい……」と終始にやけっぱなしだった。
ステージが地下の専用区画に降ろされると、美咲たちはキャスト用の専用通路から深雪のもとに向かった。
みんながステージの前についたとき、深雪はステージ上にいるギターやキーボードのメンバーに「今日もよかったよ。熱くなれた」とねぎらっていた。ベーシストの女性とはハイタッチまでしていた。その様子は昼間の深雪とは真逆のイメージで、美咲と佐藤さんはその様子さえもキラキラした瞳で見つめていた。
汗をフェイスタオルで拭いていた深雪が、美咲たちのところまで歩いてきて「どうだった? 楽しんでもらえたかな?」ときれいな顔で微笑みを浮かべながら尋ねた。美咲は、少し興奮しているようで「いやー! ロックだね!」と目を輝かせて答えていた。
さくらは美咲の楽しそうな様子を見て、なんだか自分までうれしくなったようで美咲と深雪の顔を見比べながら口を開いた。
「美咲ちゃん、深雪さんの歌、すごく楽しそうにみてた、ね?」
「うん! 私、深雪ちゃんの曲好きかも! あ、声もなんか好き!」
「ありがとう。そんなに褒めてもらうと、なんだかくすぐったいね」
「深雪ちゃん、なんかアニメの歌みたいで、すごいよかった! いつか一緒にステージで歌えたら楽しいだろうなぁ~」
「そうだね。でも、やっぱり部署が違うから難しいかもね」
「え? 部署が違う?」
田所がまた「あ……」と何かを察したような顔をした。
「ひょっとして……エンターテイメント部じゃなくて……」
「うん。私は店舗運営部のステージパフォーマンス・キャストだから」
ああ、やっぱり! と田所がまた頭を抱えていた。
「すみませ~ん! トレーナーさんが推薦していただいたので、エンターテイメント部だとばっかり……絵智子さんも深雪さんも別の部署だったとは……」
「でもトレーナーさん、わかったうえでおすすめしたんじゃないですか?」
「トレーナーさんには『ステージで輝く個性的なキャスト』ってお願いしたんで……エンターテイメント部所属かどうかは特に指定して無くて……」
そう聞いた佐藤は、田所に「まあまあ、深雪さんは魅力的だし、仕方ないですよ~」と理由にならなそうな言葉で慰めていた。
田所のあたふたしているの背中を見ながら、美咲とさくらは、いずみに顔を向けた。 美咲が「えーと」と言いながらいずみに確認した。
「でも、ほら、ステージに上がってるし……私たちとやってることほとんど変わんないから、実質仲間だよね?」
「なんか、実質判定が緩すぎる気が……でも、絵智子さんがOKなら深雪さんもOK……かな?」
「だって、田所さん! いいじゃん、実質エンターテイメント部で!」
田所が頭をあげて、美咲に振り返った。
「そ、そうですね! トレーナーさんのご推薦でしたし、部署が違うだけですよね。実質仲間!……で、いいですか、深雪さん?」
深雪は顎先を指で軽くつまみながら、うんうん、と頷いて田所に同意した。
「そうですね。私は、美咲ちゃん達のことを仲間だと思っているし。それに、部署やステージの場所じゃないんだ。心がつながっていることが仲間の条件じゃないかな?」
「おお! 深雪ちゃん! いいこと言う! そうだよ、だって私たち……」
「仲間だもん、ね?」
深雪の言葉に美咲とさくらが同意したので、田所は「ありがとうございます! じゃあ、今日の取材は終了! ってことで」と、どこかへ視線を泳がせながら宣言した。
いろいろ予想外のことが連続して、エンターテイメント部のキャスト以外にもステージで活躍する仲間がいることが分かったさくらたちだった。移動のワゴン車の中で美咲とさくらはいろいろ今日の出来事を楽しそうに話していたが、助手席に座る田所は反省点が多いと自覚しているためか、少ししょげていた。
――いろいろあったものの、動画の製作に必要な撮れ高を確保してとりあえずこの日の撮影は終了した。




