(6) 小さな大冒険
―――――ふぁわあああああああああああ!?
素っ頓狂な声がステージの中に響いた。
10時過ぎにお店にやってきて、大川さんと一緒に意気揚々とステージに入っていったこまちだったが、何事かと驚いた田澤とつばさが中に飛び込むと大川さんの胸でこまちが泣いていた。田澤が屈んでこまちの顔を覗き込んだ。
「なに? どうしたの?」
「違う!」
「違う!? なにが?」
こまちが自分の斜め左後ろの壁の方を指差した。
つばさと田澤が指を指した方をみると、そこには看板が立てかけてあった。その看板には昨日こまちが書いた「新しいお店の看板です」とかかれた紙が貼られていたが……
つばさも気が付いて目を丸くした。
「おわぁ! なんだよこれ、ちがうじゃん!」
4人が見ていた看板は明らかにあの看板と違うものだった。
"海賊どきどきステージ! 悪い海賊をやっつけちゃうゾ"
とかいう、いかにも安物のイベント感満載の安っぽい看板になっていた。明らかに金属板にラップフィルムを張り付けたもので、ご丁寧にヘタウマ系の海賊のイラストまで添えてあり、大川さんが作ったものとは雲泥の差があった。
田澤もあまりのことにショックを受けていた。
「な、なんだよ、この尋常じゃないチープさは……」
つばさが大川さんの胸でまだ泣いているこまちにお姉さんの表情で話しかけた。
「多分何かの間違いだと思うから。 うち、一緒に探してあげるから、な?」
こまちがこくこくと頷き、大川さんが頭を撫でながら
「私も周りのお店とかに聞いてみるからね、だから大丈夫だよ」
と慰めていた。と言ってもバックステージでつながっている近くのお店や施設はそう多くはない。大川さんはアトラクションや他のお店の倉庫を見せてもらって確認したが見つからなかった。念のため美術工房に確認したが、当然見つからなかった。
田澤がファシリティー部のオフィスに確認すると、デザイン承認は確認されているので、昨日の夜まではステージに保管されていたのは判明した。だが、それ以降はファシリティー部の関係者は誰も見ていないとのことだった。
ブレイクエリアの内線でそのことを確認した田澤を見上げて、こまちが不安そうな顔をした。慰めてあげたいのだが、朗報はなにもないのでゆっくりと首を振るとこまちはショックを受けていたようだった。
田澤はこまちの肩に手を置いて提案した。
「もう一度、ステージの中を探してみよう。変なところに紛れてるかもしれないし」
4人でステージに戻りもう一度確認してまわった。カーテンの裏や床の整備用の扉を開けて中に入ってみたりしたが当然見つからない。床から出てきたつばさが首をゆっくり振った。こまちはがっかりしたようで肩を落とした。田澤がスマホで時間を確認した。
「まずいなあ。あと1時間したらスタンバイに入らないと」
もちろん1時間で新しい看板を作れるはずはない。
がっくりしているこまちに、田澤は優しく背中に手を添えて微笑みかけた。
「もう一度作ろう? オープンには間に合わないけど、私も手伝うから」
「そうだよ。うちも協力するから。そんながっかりするなって」
二人の顔を見回して、こまちはうん、頷いた。その様子に大川さんも何か言おうとした時だった。ステージのバックステージ側の扉からガヤガヤと声がした。
このステージを管理しているステージマネージャと、ショーサービスキャストだった。ステージマネージャーがSTARに気が付いて声をかけた。
「おお、なんだSTARの3人か。例の看板の事かな?」
田澤がはい、そうなんですが……と答えると、ステージマネージャーは壁に立てかけた看板を見た。その表情は何とも言えない微妙な表情だった。
「えー、あー、なんというか、かわいいらしいというか、個性的というか、うん……」
聞いていたものとの落差がすごい、というのがありありとわかる反応だったが、もちろんこまちは不本意で「コレジャナイ!」と反論した。事情を呑み込めないステージマネージャは首を傾げた。
「どういうこと?」
「えーとですね……」
田澤が事情をかいつまんで説明した。それを脇で聞いていたショーサービスのキャストが、あれ? という表情を浮かべた。
「これ、回収依頼出してた廃棄のじゃないですかね?」
「古い看板を回収依頼してたよな」
「回収依頼の件なら、昨日の夜に回収済みの報告が来てますよ」
ショーサービスキャストが手にしたタブレット端末の画面をステージマネージャ―に見せた。ステージマネージャーは、「なるほど、回収済みになってるな」と納得していた。
こまちがそれを聞いて「回収!?」と反応した。
田澤が気が付いた。
「それって、この看板と間違えて持っていったてことですかね?」
「あー、そうだな、その可能性があるなぁ」
ステージマネージャーがそう答えたので、こまちは安堵した。ならば、その回収された場所に行って確認すれば見つかるに違いない。だが、田澤に話しかけたステージマネージャーの言葉はその期待を裏切った。
「じゃあ、急がないとな」
「え? どういう事です?」
「うちの施設じゃ大きなものは破砕できないからね。クリーンナップ棟から清掃工場への搬送は毎日12時に出るんだ」
つばさが自分のスマホを見ると、11時40分だった。
こまちはアタフタして、若干パニクっていた。
「破砕! 焼却!」
「落ち着け落ち着け、あと20分あるだろ?」
その間にステージマネージャーがクリンナップオフィスに内線をかけたが、誰も出なかった。ちょうど、その看板を含めた大型の廃棄物を清掃工場へ自己搬送するためにトラックに積み込んでいたところだったのだ。
「おかしいなぁ」
ステージマネージャーは電話しながらそうつぶやいた。らちが明かないと判断したこまちたちは、ステージマネージャーにお礼をいってからステージを飛び出した。ステージマネージャーは他の仕事もあるしこれ以上いろいろ頼めるものではない。つばさが腰に手を当てて宣言した。
「よし、うちらで直接乗り込もうぜ!」
「直行! 奪還!」
田澤が冷静に突っ込んだ。
「そもそも、クリンナップ棟ってどこだよ?」
「うう、そういえばどこにあるんだ?」
オンステージのガイドマップには、当然そんなバックステージの施設の位置など描いてあるはずもない。そう話している間にも時間が経過してゆき、こまちが足踏みしてそわそわしていた。しばらくして大川さんが「あっ!」と思い出し、つばさに話しかけた。
「前に、シャトルバスで他のお店に手伝いに行ったとき、ごみの回収車が並んでた工場みたいな場所があった!……と思う」
「どこ!? どこ!?」
「確かね、ワードローブビルとCEPの間ぐらい……」
CEPとはセントラルエネルギー・プラントの事で電力と水道と蒸気を集中管理する施設の事だ。構内バスのバス停もあるので名前はこまちたちも知っている。だが、その場所は今いるフィッシュスイートからはパークの反対側に当たる。つばさが、こまちの手を引いてオンステージに向かおうとした。
「よっしゃ! それならこのまままっすぐ横断すれば……」
そういって駆け出そうとしたが、すぐに田澤がつばさの手をつかんだ。
「ダメダメ! 私ら今トレーニングウェアでしょ! 大川さんは……」
「私、つなぎの下は私服で……」
「SVさん呼ぼう!」
「今から呼んでも間に合わないよ」
ワタワタしている3人に、こまちが「バス!」と提案した。
構内シャトルバスなら確かに近くに行くはずだ。
一番近いパイレーツメンテナンス・ビル前のバス停に4人で走った。そこで、息を切らしながら確認すると次のバスは11:57分であり、それでは間に合わない。時間を確認すると、今の時間は11:47分でありもう時間がない。
こまちが手を挙げて宣言した。
「走る!」
「そっか、バスの路線にそって走ればつくよな!?」
大川さんが大弱りの表情を浮かべた。
「わ、私、運動苦手で」
「うちらが走っていくから、大川さんは無理しなくてもいいよ!」
「うん、私、もう一回内線かけてみる! ここから一番近い内線は……うわあ……」
フィッシュスイートに戻るより、本社A館の玄関か本社ゲートのセキュリティ・ポストが一番近い。だが、バス停区間の1.5個分の距離がある。覚悟を決めた大川さんも走る気になった。半分涙目ではあるが。よし、とこちらも気合を入れた田澤が指示を出した。
「あとから追いかけてきて。本気で走るから」
じゃあ、というと田澤はトレーニング用のスニーカーの紐を締め直し、やや前屈姿勢気味に全力で走り出した。そのスピードはかなりのもので、こまちも「すごい」とつぶやいた。つばさも「はええ……」とつぶやいていたが、時間がないことに気が付いた。
「よし、追いかけよう! 大川さんは内線よろしく!」
つばさとこまちが同じように全力で走り出した。そのあとを大川さんがパタパタと頼りなく走りながら追いかけて行った。
こまちたちよりだいぶ先行していた田澤は、走りながらアウローラのオフィスに電話したがあいにく誰も出なかった。諦めた田澤はスマホをジャージのズボンのポケットにしまうと気合を入れ直しさらに加速した。
こまちとつばさからだいぶ離されて本社A館の裏にたどり着いた大川さんは、フェンスの間にある裏口から中に入り、自販機のある玄関にヘロヘロになりながら到着した。そして、内線の受話器を取り上げると、クリンナップ棟のオフィスに電話をした。今度は社員さんが出てくれた。そこで、事情を話すととんでもない返事が返ってきた。
「それなら、ついさっき出たばっかりですね。 電話で呼び出してみます」
「ええ!? 12時に出るんじゃ!?」
「いえ、積み込みが早く終わったものでして。ドライバーに電話してみます」
社員さんがそう言って社有の携帯電話宛てに電話をかけてみた。だが、当のドライバーは電話をドライブモードにしているようで電話に出てくれない。
事情が好転しそうにないと判断した大川さんは、田澤が話し中でつながらないので、つばさ宛てに私物のスマホで電話をかけた。つばさは走りながらスマホの着信に気が付いて、ぜいぜい言いながらポケットからスマホを取り出した。
「ええ!? もう出発したの!?」
『積み込みが早く終わったって』
「でも、さっき出たばっかなんでしょ!? まだ敷地から出てないかも!」
こまちも走りながら、つばさの会話を聞いてまた泣きそうになっていた。こまちとつばさは本社前を折り返し、ワードローブビルに近づいていた。
2人より先行していた田澤はそんな事情は知らず、サービス道路を走っていた。その時対向してくるトラックを見つけて、その荷台に目をやった。隣を通り過ぎてゆくトラックの荷台には、見覚えのあるものが乗っていた。田澤は急いで向きを変え、トラックを追いかけはじめた。
スピードを上げ先を走るこまちに、つばさが声をかけた。
「トラックだって! 荷台に積んでるからわかるって大川さんが!」
片手をあげてこまちはそれに答えた。ワードローブビルの前を通過するとき、サービス道路の向こう側からトラックと、それを追いかける田澤が遠くに見えた。こまちがよく見ると、田澤がトラックを指差してぶんぶん手を振っていた。
こまちがそれを見て緊急停止し、気が付いたつばさも最大制動で急停止した。
「トラックを止めないと、なんか目立つ方法で……あ、そうだ!」
振り向いたこまちが首をかしげていた。




