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オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~  作者: 岩谷ゆず
第8章 変ってゆく、変らないもの
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(5) 看板の行方

 土曜日を迎え、オフィスには朝からアウローラのメンバーが揃っていた。

 SVが広報部と8月のイベントの打ち合わせを終えてオフィスに戻ると、出社したアウローラのみんなが応接エリアに集まっていた。


 みんなの中心にはこまちがいて、SVを見つけると得意そうな顔をして1枚のコンセプトアートらしきイラストを見せてきて「できた!」と渡してきた。田澤とつばさもSVに気が付いて、つばさがレポートのような企画書を差し出した。


 SVは渡されたイラストや書類をペラペラとめくり、ふむむ……と読み込んでいた。しばらくして、納得した表情をこまちたちに向けた。


 「たった1日で、よくがんばったわね……もっとかかると思ってたのに。これを会議で提案しましょう」


 こまちたちはお互いに笑顔を向けあって、成果を認められたのをよろこんだ。そしてSVは気になることを確認した。


 「ところで、このイラスト誰が書いたの?」


 こまちが「いやー、むふふん」と照れ出すので答えはすぐにわかった。

 ほー、とSVは感心してうなずいた。


 「こまち、こんな特技があるのねェ。たいしたものだわ」


 こまちがつばさと田澤に確認するような視線を向けたので、田澤が腰に手を当てながら口を開いた。


 「これは褒められてるよ」

 「やった!」


 つばさがこまちの頭をなでながら付け加えた。


 「そのバックグラウンドストーリーもこまちが考えたんですよ」


 それを聞いたさくらたちが驚いていた。舞は特に驚いたようで目を丸くしていた。こまちがテレテレっとした表情で、うれしそうに体をあれこれクネクネしていた。




 みんながミーティングに行った後、城野がオフィスで企画書に目を通していた。なるほど、大学生と高校生が書いたとは思えないほどのちゃんとした内容だった。

 

 「ふむ。これはいいですね。こまちとつばさの性格を考えて、もっとハチャメチャな感じなるかと思いましたけど、意外と無難にまとめてきましたね」


 コーヒーを入れていたSVが城野の分も用意しながら、それに答えた。


 「こまちとつばさだけなら、多分ハチャメチャだったと思うわよ。その書類をまとめて形にしたのはたぶん田澤ね」

 「なるほど。確かにこの文章のまともさは田澤っぽいですね」

 「うん。でも、田澤だけだったらもっと硬くて当たりさわりのない内容になってたと思うわ。あの子まじめだから」

 「つまり、つばさとこまちがアイディアを出して、田澤がまとめたってことですか?」

 「そういうことじゃないかしら。前に田澤が言ってたでしょ? "二人の手綱を引いていれば大丈夫"って。それを実践したってことじゃないかしら」

 「そういうことですか。なるほどねぇ。田澤をリーダーにしたのは正解でしたね」


 SVは城野の言葉に、少し得意げな表情を見せた。





 企画書の進行とは別に、改装の準備は行われることは決まっていた。

 その準備のために海賊レストランはその名前で運営される最後の夜を迎えていた。改装自体はもともと決まっていたことであり、いつかこの日が来ることは前からわかっていたことではあるが、長年お店に立っていた長沼さんはやはり少し寂しいのか口数がいつもより少なかった。


 大川さんもそれは同じらしく、カウンターでゲストに対応しながら感慨深くテラス席を眺めた。夕食にラーメンをすする数名の家族連れとカップル以外ゲストの姿はなかった。この店の最終日だと知っているゲストは多分ほとんどいないのだろう。


 数時間後。最後のゲストが食器を返し、それを受け取って「ありがとうございました。いってらっしゃい」と大川さんが送り出しテラス席の入り口にあるチェーンをかけて営業が終了した。"海賊レストラン"としての十数年の歴史はこうしてひっそり閉じた。




 その日の深夜。いつも通りクローズして片付けられた無人の海賊レストランにファシリティー部のキャストが作業服姿で訪れ、オンステージに直接乗り付けたトラックにテラス席のイスとテーブルを積み込み始めた。ぼんぼりのような灯光器が設置されると、建設会社の作業員も現れて、作業監督者の指示のもとテラス席周辺に白く塗られた壁を設置し始めた。


 すべての確認が終わると、その壁のオンステージ側に作業着姿のココの姿が描かれた看板が設置された。


 "ただいま、あらたな夢の建設に向けて工事をおこなっています。ご迷惑をおかけいたしますがご理解とご協力をお願いいたします。"


 開園時間が近づくころには作業は完全に終了し、テラス席だった場所の周囲をぐるりと壁が囲みオンステージ側からの視線を完全に封じた。




          **



日曜日の朝はいろいろあわただしい。社内的に今日から変更されるものがたくさんあったが、SVがオフィスで目を通している運営情報の中にこんな項目があった。


 【名称変更】フィッシュ・スイート(旧称 海賊レストラン)本日から


 社内的にもこまちが考案した「フィッシュ・スイート」という名称が正式に採用されることになったのだ。


 そのフィッシュ・スイートのキャストは、ユニバーシティーの集合教育のために珍しく全員集合していた。私服勤務の基準に合わせて全員ユニバーシティールームにスーツ姿で集まっていた。もともと海賊レストランにいたキャストのほかに、クローズしたプレハブ店舗にいたキャストさんたちも転属してきて、ここで初顔合わせとなっていた。

 大川さんとグループを組んだのは同じ大学の女子学生で、その子は「バイトなのに人事異動の発令とか初めて見た」と笑っていた。


 田所と佐藤がユニバーシティー・リーダーのコスチュームで現れ、すでに勤務しているキャスト向けのユニバーシティ・クラスが始まった。


 その中で、改めてパークの歴史やフィロソフィーを説明され、大川さん「いろいろ考えて作られてたのね」という風に感心していた。長沼さんはこういう教育はちょっと苦手そうで、ゲストとのコミュニケーションの練習の際に表情がぎこちなくなって大川さんや男子学生のキャストが苦笑してしまった。



 午後になってユニバーシティ・クラスが終わると、みんなでワードローブビルに向かいコスチュームのフィッティングを行った。長沼さんと厨房担当のキャストには和菓子職人のような作務衣を基本にした職人スタイルのコスチュームがイシューされ、大川さんや他の海賊レストラン時代からのキャストに冷やかされていた。ただ、久しぶりの作務衣に長沼さんも満更ではなさそうだった。


 こまちたちSTARがコスチュームを交換に来たのはちょうどその時で、こまちは大川さんを見つけると、後ろから抱きついていた。大川さんは最初驚いていたが、こまちとわかると明るい顔をみせた。こまちにはスーツ姿の大川さんが珍しいらしい。


 「スーツ!? 社会人!」

 「あはは、まだ就活には早いけどね」


 こまちは、大川さんが胸に抱えている他のキャストが借りていないが、自分には見覚えのあるコスチュームを見て指差した。


 「メンテコス?」

 「これ? うん、メンテナンス・コスチュームだよ」

 「!?」

 「ああ、実はね。今お店にかかってた古い看板をね、私が作り直すことになってて」

 「美大生!」

 「うん。そうなんだ。お店の企画書の絵に描かれてた看板見た? せっかくだし、それ私が描いてみたいなっていったらマネージャーさんがそれならって」


 大川さんはそういうと、少し視線をあげて考えた。


 「描いたのは多分スタジオの美術の人? なのかはよくわかんないけど、あのイラスト描いた人に一度話を聞いておきたいんだよね……こまちちゃん、あれ誰だかわかる?」


 こまちは何も答えない代わりに、得意げに胸を張って見せた。大川さんはよくわかっていないようだった。


 「ん? どういうこと?」

 「いや、あのイラスト、こまちが描いたんですよ」


 こまちの後ろにいたつばさがそう事情を説明した。大川さんは知らなかったらしく、かなり驚いていた。


 「そうなの!? てっきりスタジオの美術さんだとばっかり……」

 

 こまちは「いやーむふふ」と例によって照れていた。褒めているのかどうかは微妙なので田澤もつばさも何も言わなかった。

 大川さんは、少し考えてからこまちに顔を向けた。身長差があるので、大川さんはわずかに屈んで視線の高さを合わせた。


 「じゃあ、こまちちゃん、どうかな? いっしょに描いてみる?」

 「一緒に!?」

 「うん、どうかな?」


 最後の言葉はリーダーである田澤に向けたものだった。

 田澤は、「じゃあ、SVに聞いてみます」とその場で私物のスマホを取り出してSVに電話した。SVにすぐにつながり事情を話すと、スタンバイ時間とかトレーニングの間とか業務に支障がない範囲でなら、と条件を付けて許可してくれた。


 その後SVがスタジオの美術部門に問い合わせて協力を取り付け、トレーニング中のこまちにそのことを伝えると、うれしそうに「がんばる!」と腕をぶんぶん振り回していた。




          **





 翌日の火曜日は若いゲストが目に見えて増えていた。朝から強い日差しでじっとしていても汗をかく、そんな暑い夏日だった。


 すでに高校が夏休みに入っているこまちは、トレーニングが始まるまでの時間を利用して大川さんと一緒に美術工房の作業場で、「海賊レストラン」の看板を「フィッシュ・スイート」に作り変える作業をしていた。大川さんは大学で使っている作業用のつなぎを持ち込んでいて、こまちも自宅から汚してもいい使い古しのジャージを持ち込んでいっしょにエアスプレーや刷毛を片手に作業を手伝っていた。


 看板は木製のものに木製の文字板を張り付けたシンプルなものだった。その文字を貼りかえればすぐにできそうだったが、この際、ちゃんとしたデザインにしようということで、工房の電動の糸鋸で文字を作りそれを貼りつけることに決まっていた。


 こまちの描いたデザインに近づけるため、お互いにあれこれ話しながら作業を進めていた。スタジオの美術スタッフも椅子やテーブルを古く見せるため、木目調や錆びた鉄板のようなデザインに塗り替える作業をしていて、こまちたちも、時々美術スタッフにアドバイスしてもらったり雑談したりしていた。


 看板はアドベンチャー・ラグーンともパイレーツコーストとも見た目に違和感を生じさせないように、1930年代の南米やカリブ海の港町にありそうなデザインにしていた。そのために、わざと看板にサビを入れたり、ペンキが垂れたり、ひびが入っているように見せたりするウェザリングと呼ばれる手法を使っていた。こまちは絵ではそれを再現できるが3次元のものにそれを施すスキルがないので、大川さんがこまちにデザインの意図を聞きながらデザインに反映させていった。


 日中のステージを終えて、STARの3人で勤務終了後に美術工房に行くと、長沼さんが陣中見舞いにきていて差し入れの冷やしたい焼き「アイス・フィッシュケーキ」を差し入れしてくれた。


 つばさも田澤は、こまちたちが看板の制作作業を進める間に、お店に建てるメニューボードの制作を美術スタッフと一緒に手伝っていた。


 日が傾くころにはだいぶ作業が進んでいた。



 その日の深夜には、お店の方でも改装作業が進んでいた。お店のテラス席のスラリーコートは張替られ、港町にありそうな石畳風の舗装に置き換える工事がされていた。

 そして、お店の屋根や柱が塗り替えられ、単色のペンキで塗られたそれらは、ウェザリングが施されて古い建物のように見た目を変えた。

 お店のテラス席と道路の間にある植栽は南国風の低木に植え替えられ、こまちの描いたデザインに近づけるように演出用の小道具であるドラム缶や木箱、小舟などが配置された。この小道具はSVが衣装倉庫で古い衣装を引っ張り出したと同じように再利用品で、みんなでアンケートという名の立食パーティーを行ったあの倉庫に放り込まれていた「ガリオン船」で使っていたものでだった。

 

 他にも再利用品はあり、映画用の小道具を保管している倉庫から使わなくなった複葉機のレプリカを分解して運び込み、お店の脇の植栽を撤去して開いた空間に設置していた。

 細かい修正は必要だが、とりあえずの準備工事は終了してあとはお店の看板を取り付けるだけとなった。



          **



 翌日の水曜日には看板はほとんど完成していた。スタジオのスタッフが防腐着色塗料の使い方を教えてくれて、腐食防止のシリコンシール剤で隙間を埋めなおした。それで一応の完成という事になり、工房のスタッフも「よくできてる」と褒めてくれた。


 午後のショーと取材対応を終えてSTARが工房に行くと、塗料やシール材が乾いて動かすことが可能になっていた。風化具合と経年劣化を見事に表現していて、どう見てもここ数日で作ったようには見えなかった。田澤も「大川さん、すごいね」と感心しきりだった。大川さんが青い作業用のヘルメットを胸に抱えながらこまちに話しかけた。


 「これで、あとはファシリティーの人にデザイン承認もらえればお店につけられるよ」

 「完成!」

 「うん。それでね、お店の他のプロップスとかも確認するからってことでお店のバックステージに移しておくことになってて。今ならみんなお店にいるし、一緒に行く?」

 「みんな!? いく!」


 工房のマネージャーの好意で部署のワゴンで運んでくれることになり、大川さんがファシリティー・グループに報告した後で、STARの3人も手伝ってお店のバックステージに移動させた。


 お店に行くと長沼さんが新しい厨房のキャストにレクチャー中で、甘いいい香りが漂っていた。いざ看板を下ろして倉庫に運び込もうとすると、倉庫に紙が貼ってあったのをつばさが見つけた。


 「ん? なになに? フローリングの工事を施工しました。ワックスが乾くまで立ち入らないでください……あれ? いれられないの?」


 大川さんが駆け寄ってきた。


 「あれれ? 工事は今日終わるから大丈夫って……」


 大川さんがブレイクエリアの内線まで小走りしていってファシリティー・グループに確認をすると、楽屋の新設で電気配線と空調の設備工事を行った関係でフローリングの施工が遅れた、とのこと。確認してなくて連絡された時にわからなかったとのことで、社員さんがごめんね、と謝っていた。


 以上の経緯を説明すると、つばさが思いついた。

 

 「ねえ、うち思ったんだけど、ステージってもうだいたい完成してたじゃん? そこに置かせてもらえばいいんじゃない?」


 計画の当初に監督が言っていたテラス席に移動させるステージのことで、ステージには屋根も扉もあり、オンステージ側からは鍵もかけられるし風で飛ばされたりする心配はない。もともと簡易な作りのもので他のイベントで過去に使った、これまた看板やコスチュームと同じ「地球にやさしいリユース品」である。

 

 田澤がおお、その手があったか、と気が付いて、私物のスマホでオフィスに電話した。久保田が残っていて、事情を聴いた後エンターテイメント部のオフィスに内線をかけ、担当のステージマネージャーに確認した。


 ほどなく田澤のスマホに久保田が折り返し、許可が出たので運び込んでよいと伝えてきた。ただ、「わからなくならないように、紙か何かにお店の看板って書いておいてください」とのことだった。


 4人と長沼さんで新設されたステージの中に運び込むと、なにかいろいろごちゃごちゃ置いてあり、昔使ったらしいステージの看板やら工事に使っている資器材なんかが置かれていた。看板には「破棄」と貼られているので、取り外したのだろう。


 こまちが紙に「お店の新しい看板です」と書いて緑色の養生テープで看板に張り付けた。後はファシリティーの担当者が確認してくれれば明日にはお店に設置できる。こまちは満足して大川さんや長沼さんとおしゃべりしながらステージを後にした。




 アウローラのメンバーが仕事を終え、みんなで電車で帰ろうと新屋駅に行くと改札口の上にある表示板に予定外の文章が流れていた。


 【列車遅延】ただいま羽越線 秋田~酒田間では強風のため一部の列車に遅れが生じています……


 すでに22時を過ぎているのに21時31分の普通列車秋田行きの表示が出ていて、いずみが眉をしかめていた。





 フィッシュスイートの看板はすでにファシリティーグループの社員によりデザイン承認を終えていて、担当した社員も本社に戻り、ステージは無人となっていた。もともと簡素な作りのステージは強風にさらされ隙間風が吹き込んでいた。

 風に押されたステージ内のものが、ダカダカ音を立てていて、いくつかのものはバタンと音を立てて床に倒れていた。紙が落ちるような乾いた音もそれに続いた。



 しばらくすると、深夜に各ロケーションの依頼にあわせて廃棄品などを回収するナイトクリーンナップのキャストが2人、依頼表を片手にステージの中に入ってきた。風のせいでタダでなくても散らかっているステージは、さらにごちゃごちゃしていた。


 年配のキャストが帽子をつばをくいっと上げて、中を見渡した。そして相棒の若い男性キャストに目配せして尋ねた。


 「どれが依頼のやつだ?」

 「古い看板だそうですが……紙に破棄って書いてあるとのことです」


 1枚の随分古い看板が置いてあり、表面には何も貼られていなかった。床を見ると、紙が1枚落ちていて裏の白い面を見せていた。古い看板の上面に緑色の養生テープがあり、どうやらこれはそれから剥がれたものらしい。年配のキャストがそれを裏返すと「破棄」と書かれていた。


 「これでいいのか?」

 「あっちにも看板がありますけど、スチール製でこれよりは新しいですよね」


 倒れていたスチール製の看板には何も貼られておらず、テープのあとも見当たらない。デザインされたフィルムラップが貼られ最近作られた物のようだ。どちらが古い看板かは一目瞭然だった。

 二人は他にも回収すべきものがいくつもあるのでさっさと古い看板をトラックに乗せ、次のロケーションへと向かった。日付が変わるころには風もおさまっていた。




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