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(5) わたしらしく、ね

 さすがに収録が止まり、おばさんが子供を叱るように「あっちいってなさい!」と言いながら、目を丸くしていた子猫を奥の部屋へに放り込んで引き戸をピシャリと閉めた。

 みそのが藤森を肩を抱いて落ち着かせていた。冷凍室にでもいたかのようにカタカタ震えている藤森は、夏だというのに凍死しそうなほど青ざめていた。

 一人南半球状態の藤森にみそのが、状況を今一つ呑み込めない顔で声をかけた。


 「え? え? りさちゃん、ネコ大好きじゃなかったの?」

 「ネ、ネコは大好きです! 本物じゃなかったら!!」

 「え―――!? どういうこと!?」


 涙目になりながら藤森が説明した。


 「わ、わたし、小学生の時に通学路で野良猫さんたちのケンカに巻き込まれて、それで脚と手が腫れちゃって3日間入院したことあって。それで、それからずーっと猫が大の苦手で!!」

 「えー!? でも猫好きだって……ココとか大丈夫だったよね!?」

 「苦手を克服しようと思って、ネコのぬいぐるみとか絵本とか見るようにしてたら、キャラとか2次元の猫は好きになったんです! で、でも本物の猫だけは今でもダメなんです――――っ!!」


 SVが藤森の隣に腰を落として、目の高さを合わせながら藤森に声をかけた。


 「ごめんね。気が付かなかったわ。無理させたわね」

 「ちがいます! 私がちゃんといってなかったから……」

 「少し、休憩して気分を変えましょう? ね?」


 コクンと頷いた藤森だったが、いろいろ感情が渦巻いたのか目の涙の量が増えたようだった。

 職人のおじさんが藤森に話しかけた。顔はいかついままだったが、SVと同じように腰をかがめて視線を合わせようとしていた。


 「あの猫たち、夕食を食べた後はみんな寝るから、その頃おいで」

 

 藤森がディレクターとSVに泣き顔を向けると、二人ともうなずいて答えた。

 ディレクターは職人のおじさんに「すみません、では先に作業風景を撮らせていただいてもよろしいですか?」と尋ねた。「ええ、どうぞ。いま作業してるのはこちらです」と窓近くの作業スペースに案内していった。






 そのころ、パークでは前日好評だったことから急遽お姫様姿でのグリーティングが行われていた。コスチュームはアイルズのものではなく、パークで保管しているお姫様の衣装だった。が、お城でのグリーティングはしばらく行われていなかったことから、パークの「濃い」ゲストの間で口コミで伝わったようで、宣伝などしてもいないのに、いつのまにかゲストが増えていた。その人混みが興味を引いて他のゲストも寄ってきて、それがまた他のゲストの注目を……という感じでだんだんと周辺が混雑し始めた。

 

 いずみはゲストに若い女性が多いことを見て、昨日手ごたえのあった「女の子っぽいことが苦手なお姫様」として振る舞い、お城の通路内に黄色い声をいくつもこだまさせていた。高校生くらいの2人組の女子がいずみのもとに駆け寄ってきた。


 「いずみさん! 雑誌のモデルの時からファンでした! あの! 今日はお姫様コスななんですか!?」


 いずみは困ったような笑顔を浮かべ、ドレスから見える美しいデコルテを手で軽く隠し、戸惑いながら傾けた。


 「わ、私、こんな女の子っぽいカッコしたことなくて……私には似合わないんじゃないかな……私みたいな子が、お姫様なんて……」


 薔薇の芳香でも漂っていそうなほどの、かわいいため息を小さく吐いて、いずみはその(あざとい)憂いの目を女の子たちに向けた。その視線に射抜かれた女の子たちのテンションは急上昇し、頬を真っ赤にして力いっぱいいずみの言葉に反応した。


 「そんなことないです! これは完全にお姫様です! いずみ姫です!」

 「そうですよ姫様! 感動しました。私、今日からいずみ姫のファンになります!」


 いずみは小さくかわいく笑ってみせ、口を優雅にひらく。


 「ありがとう。努力してみるよ」


 その女の子たちとの記念撮影を終えると、今度は別の女子グループに声をかけられた。

 ただ、その3人は他の女性ゲストとはことなり、全員がサングラスと帽子をかぶっていた。その中の一番背が低い子がおずおずと声をかけてきた。


 「あの、姫様、私たちとも写真いいですか!?」

 「私でいいのかい? 私でよければ……」

 「は、はい、お願いします!」

 「そちらのお嬢様方は……?」


 グループで一番年上と思われる金髪をサイドテールにした子が軽く手を上げて答えた。


 「私たちは……、その子、お姫様を独占したいと思ってますので、たぶん」

 「ほら、わかばぁー! 私が撮ったげるからポーズポーズぅー!」

 

 もう一人の黒髪の女の子が、そういって口元を緩めながらスマホを構えた。

 女の子が緊張しながら「ポ、ポーズ!? えーとえーと」とあたふたしていた。


 長い髪の子が微笑みながらアドバイスした。


 「うちらがいつもやってるポーズ、あるでしょ? それでいいんじゃない?」


 女の子はいずみに恐縮しながら、いずみにポーズをリクエストした。


 「す、すみません、手でハートを作って……こんな感じでお願いします!」

 「こ、こうかい?」

 「そ、そうです! おねがいしまーす!」

 「サングラスとかとらなくて大丈夫?」

 「こ、これは外せないのですみません!」

 「そうかい? わかったよ」


 いずみと女の子は斜めに向き合って手でハートマークを作った。

 カメラアプリのシャッター音が響き、ショートカットの子のスマホのフラッシュが瞬いた。

  撮影が終わってもまだ女の子は恐縮していた。


 「すみません、すみません、ありがとうございました」

 「いいんだよ。よろこんでもらえたかな?」

 「はい! ファンの人の気持ちがわかりました! こ、これからもがんばってください! 応援します!」

 「ありがとう」

 

 金髪サイドテールの子は腰に手を当ててその様子を楽しそうに見ていた。


 「なるほど、ファンと触れ合うのってこんな感じに見えるのか。立場が逆になるといろいろ発見があるね」


 黒髪の子も同じように思ったのか、うん、と頷いていた。

 女の子と握手するとき、ホルダーの中のパスポートが従業員への福利厚生で配布される「キャスト用優待」であることにいずみは気が付いた。用紙の色が違うのですぐにわかる。ただ、後ろの2人の方は普通の青色のパスポートなのでちょっと気になった。まあ、金券ショップで買ったのかもしれないし、それはよくあることなのでそれ以上は詮索せず、笑顔で女の子を送り出した。


 いずみはペコペコする女の子の背中を見送りながら「関係者? 社員さんのお子さんとか兄妹とか、いろいろ可能性あるし……」と心の中でつぶやいた。まあ、だからなんだというレベルの話だし、そのことは次にゲストに声をかけられた瞬間に意識の外へと飛んで行った。



 いずみの呼称がいつのまにか「姫様」とか「姫」になっていて、腕を組んだり手を握ったりするたびにきゃーきゃー声が上がった。誰から見ても間違いなくいずみは「姫」であり、そう呼ばれるのも当然かな、といっしょにグリーティングに出ていた広森は思った。


 一方の広森は、ゲストから「お姉さん」と呼びかけられることがほとんどだった。

 別にいずみばかりお姫様と呼ばれることは羨ましくはない。ただゲストから自然に「姫」と呼ばれないのは、自分に演技力が不足しているからではないのか、と真剣に考えてしまう。そしてそれは事実なのだろうと確信もしている。

 経験の圧倒的な差なのかな? と広森は思った。アンバサダーになる前からファンがいてモデルをしていたいずみとは、最初から土台が違う。そう思えて仕方がなかった。

 

 ふと「お姉さん……」と呼びかける声が聞こえた。

 振り向くと、小さな女の子がそこに立っていて、広森を見上げていた。

 広森は腰をかがめて女の子に視線を合わせて微笑んだ。


 「呼んだかな?」

 「あのね、一緒に写真撮ってもいい?」

 「もちろん!」

 「ありがとう、お姉さん!」

 

 女の子はくるりと回って両親の方へと走って行った。視線で女の子を追うと彼女の両親がそこにいて、母親は子供を抱きとめると、「すみません、お姉さん」と頭を軽く下げた。その後も家族連れや孫を連れた老夫婦などと対応したが、全員から「お姉さん」と呼ばれつづけ、休憩のためにバックステージに戻されるまで「お姫様」と呼ばれることはなかった。




 藤森の様子が城野に伝えられたのはフェアリーガーデン・ステージの楽屋に戻りいずみと広森が休憩している時だった。互いの状況を教えあうためにSVが電話をかけてきたのだった。スケジュール帳を見ながらSVとスマホでやり取りしつつ、広森たちの様子をちらりと見た。広森が視線に気が付いて顔を上げたが、城野は手を振って気にしないよう合図した。

 珍しく広森があまり元気がなさそうだったのが気になったがそれ以外は特に問題はない。城野はむしろ藤森の様子が心配だった。


 「猫!? あ、いえ、それは知りませんでした。で、大丈夫なんですか?」

 『今は気分転換させてるところよ。みそのもついてるし』

 「どうします? 舞かさくらを送りましょうか? いずみか広森さんでもいいですよ。今日はグリーティングだけの予定なので」

 『ありがとう。でも、大丈夫だと思うわ』

 「ならいいんですけど、あんまり無理させないでくださいよ」

 『わかってるわよ』


 藤森の件だと気が付いた広森が、城野のそばまで歩いてきて「あの…」と声をかけた。

 城野は「広森さんに代わりますね」といってスマホを渡した。

 いずみはその様子をリフドレを飲みながら横目で観察し、こっそり聞き耳を立てていた。広森は少しためらいがちにSVに話し始めた。


 「あの、もし藤森さんが困ってるなら、私に何かお手伝いできませんか?」

 『心配?』

 「同じフェアリーリングのメンバーですし、安浦浜さんもきっと同じだと思います」

 『そうよね…… ありがとう。万一の時にはお願いするわ。でも、藤森は仕事を投げ出したりしないと思うの。少し気が動転しただけだから』

 「そうですか。……わかりました。藤森さんをよろしくおねがいします」


 そういうとスマホを城野に返した。

 城野は少し表情を緩めて、スマホを顔に構えた。


 「だ、そうですよ、SVさん。特に呼び出しがなければ、予定通り退勤させちゃって構わないですね?」

 『そういうことで』

 「はい、わかりました」


 じゃあ、詳しい話は戻ってきてからと伝えてからスマホの通話を切った。



 

 表面上は聞いていないようにふるまいながら、いずみは紙コップを傾けてリフドレの残りを口に流し込んだ。


 「なんかあったの?」

 「ん? まあ、ちょっとね」


 壁の時計を見て、いずみは座ったまま少し伸びをした。


 「んん~! さて、そろそろか。パパッと終わらせて帰りますか」

 「そうだねー……いずみさん、すごい人気だね、女の子に特に」

 「うん、キャラ設定が意外とツボったみたいでね。そういう広森さんも結構ゲスト集まってたじゃない」

 「ふふふ……私はいずみさんと違って、あんまりお姫様って感じじゃなかったみたいだけどね」


 広森はソファに浅く座って天井の照明に視線を向けた。


 「いずみさんはすごいよね……ダンスとかやってたから、少しは自信があったんだけど。私、ゲストから、お姉さん、お姉ちゃん、て呼ばれて、結局『お姫様』って呼んでもらえなかったよ」

 「わたしから見たら、広森さんの方がよっぽどお姫様でお嬢様だけどねぇ」

 「そうかなぁ」


 いずみは立ち上がって腰に手を当てながら、首を回してコキコキ鳴らした。

 城野がスマホでどこかと通話中であることを確認して、周りに他のメンバーが潜んでないのを見回してから広森に向きなおした。


 「私は若い子とかが中心だったけど、広森さんは子供とかお年寄りとかみんな寄ってきてたでしょ? それって私にはあんまできない事だよな。私は演技してお姫様になってるだけなんだよね、基本」

 「それっていいことじゃない?」

 「んー、否定はしないけどね、演技には自信あるし。でもさ、そういう演技なしで自然と人が集まるってやっぱり才能だと思うんだよね、私は。それに、おとぎ話のお姫様ってみんなから愛される存在じゃん? だとしたら、広森さんはちゃんとお姫様してると思うよ、うん」


 そして、右手のきれいな人差指を天井に向けて思い出したことを口にした。


 「あー、ほらあれだよ。それが"ふぁみりーえんたーていめんと"ってやつじゃん?」


 いずみからそんな言葉をかけられると思っていなかったか、広森はやや意外そうな表情を浮かべた。だが、自分を励まそうとしてるということに気が付いて、いつもの柔らかくて優しい笑顔を浮かべた。


 「ありがとう、いずみさん。うん、なんだか考えすぎてたみたい」

 「あ、それそれ。その顔だよ、私にはそんな顔できないし。その、なんかやさしい感じが広森さんらしくていいと思うよ」

 「……いずみさん、いい人ね」


 突然の不意打ちを喰らって、ふえ! なんで急に!? と変な声をいずみは上げてしまった。


 「い、いや、別に、思ったことを言っただけだしっ! いい人とか、そんなの私のキャラじゃないっしょ!?」


 ハンドラーキャストが楽屋に入ってきて城野にお願いします、と声をかけた。

 「時間よー」と城野が声をかけると、顔を少し赤くしたいずみがワタワタとドアへ向かって行った。


 オンステージへの扉の前に並び誘導されるのを待つ広森は、壁に設置された鏡に自分の姿を見た。その鏡の中にいた自分は少しだけ元気になっているように自分には思えた。さっきまでの自分はいずみと比べて「完璧なお姫様」を演じようとしていた、そんな気がした。お姉さんでもなんでもいいよ、無理に演じるのはやめよう。


 「わたしらしく、ね?」


 両手の指先で頬をそっと持ち上げて、鏡の中の自分にそう話しかけた。

 ハンドラーの「さあ、いきましょう」という声とともに、オンステージへ出て行った。

 オンステージに戻ってすぐの事だった。広森は声をかけられた。

 声をかけてきたのは、ショートカットの髪でバスケかバレーをやっていそうな感じのボーイッシュな女の子だった。高校生くらいだろうか? 友達の2人も同じような感じだった。城野に目配せすると頷いたので広森が対応した。女の子の口調はなんだか少し緊張しているようだった。


 「あの! 写真、いっしょにとってもいいですか!?」

 「私でよろしいんですか?」

 「は、はい、お姉さんと……」


 最初3人組みで撮ったあと、声をかけてた女の子だけで一緒に写真を撮ろうと広森は提案した。2人の友達は「いいじゃん」「せっかくだから」と背中を押した。


 「いいいいいい、いいんですか!? お姫様にそんなことさせて失礼では!?」

 「声をかけていただいてうれしいです。一緒に撮りましょう?」

 「は、はい! お願いします!」


 城野がスマホを預かり、シャッターを押した。

 いずみと広森の間で、女の子はまだ硬かった。

 撮り終わると、女の子は腰を折らんばかりにお辞儀した。


 「私、がさつで男っぽいからお姫様みたいなのに憧れてて! あ、ありがとうございました! お姫様に挟まれて写真撮れるなんて嬉しいです!」

 

 友達の方がどちらかというと軽いノリで、去ってゆく時にもペコペコする女の子の隣で2人の方はじゃねー、と軽く手を振っていった。

 

 3人が店の角を曲がって姿を消すと、いずみと顔を合わせて広森は少し笑って見せた。

 いずみは、読みが当たった得意げな表情を浮かべた。


 「ほら、いったでしょ? ちゃんとお姫様扱いされてるじゃん」

 「そうみたいね」

 



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