(6) デビュー
6月最後の土曜日がやってきた。
そして、さくらたちアウローラ・メンバーにとって初めてゲストの前でステージに上がる日でもある。トレーニングウェア姿でフェアリーガーデン・ステージ裏に集まったメンバーの前に立って、SVはみんなに声をかけた。
「今日はアウローラユニットの本当の意味でデビューの日です。ステージに上がるユニットも、テレビ取材に対応するユニットも、気負わずに楽しんできてください」
ふと、表情が変わった。上司というよりは、学校の先生のような顔だった。
「さあ、初舞台よ、みんな。大丈夫、あれだけ練習したんだから」
全員で、はい! と声を揃えて返事した。トレーニングを通してみんなの間に連帯感が生まれたようにSVは思えた。美咲が手を挙げて元気よく提案した。
「ねえねえ、気合入れるために声合わせとこうよ!」
SVはアゴ先に手をあてながら「そうねぇ……」と同意した。
美咲はいずみとさくらの手を握る。
美咲に見習って、メンバーがそれぞれ隣の子と手をつないだ。
そして、全員が1つの円に連なると「いくよー!」と宣言して、にっこり微笑んだ。
―― アウローラユニットォ~、おー!!
おー!! という声をみんなで合わせ、手を上に元気よく振り上げた。
円陣から一歩離れて見守っていたSVは、みんなの表情を見て少し安心した。
舞や藤森、それに、さくらも少し緊張しているようだったが、ユニットの仲間が気を使ってくれているようで深刻にならずに済んでいる。その隣にバインダーを抱えて立っている久保田が、メンバーに聞こえないように少し小声にしながらSVに話しかけてきた。
「SVさんが音頭を取った方がよかったんじゃありませんか?」
「そうかしら?」
「アウローラはSVさんが集めたユニットじゃないですか」
「そうだけど、こういうことは大人が口出ししない方がいいと思って」
久保田は何か言いたそうだったが、失礼に当たると思ったのだろうか、それ以上は口をつぐんだ。城野がメンバーに楽屋に移動するよう指示をし始めた。
**
パーク内の景観対策の工事が夏を迎える前に終了していて、ステージ周辺は印象が大きく変わっていた。飲料メーカーの塗装そのままだった自動販売機が置かれていた場所は、パークのファシリティーグループとスタジオの美術スタッフ合作によるドリンクスタンドに置き換わっていて、20世紀初頭のイギリスの移動遊園地にいるようなコスチュームを着たキャストが開店準備を進めている。
フェアリーガーデン・ステージ周辺ののぼり、自動販売機、場違いなポスターは撤去され、ステージ周辺からテーマ性を損なうものは見える範囲にはなくなった。造園業者に依頼してステージ周辺にガーデニングが施され、妖精が出てきそうな雰囲気を作り上げていた。
大きく変化したのはフェアリーガーデン・ステージの看板だろう。
いままではアルミ板にフィルム印刷したいかにも遊園地にある看板だったが、今は木製のものに置き換わり、フォントデザインも20世紀初頭のものに変更されていた。
9時過ぎにパークがオープンすると、バラバラとエントランスをゲストが通過してゆく。ターンスタイルと呼ばれる改札機を、少し間を開けてゲストが通り抜けていった。ファンタジーガーデン・ステージでは開演準備が進み、周辺のオンステージにもパラパラとゲストが現れ始めた。さくらたちがメイクを終える頃には、ステージ正面のドリンクスタンドとポップコーンワゴンには少ないながらも列ができていた。
開演時間が近づき陽射しが少し強くなり植栽の木々が緑の光を強く反射させ始めると、カサカサと葉がこすれる音に混じって、ステージに設置されたラウンド・スピーカーからさくらたちに聞き覚えのある声が流れ出した。
『アーニメント・スタジオ、デイタイム・エンターテイメントプログラムのお知らせです。あと、30分で、ここフェアリーガーデン・ステージにおいて、ココと仲間たちが繰り広げる愉快なダンスバラエティ―「アーニメント・キッズフェアリーズ!」が始まります……』
30分間前でも、鑑賞エリアにはまだ余裕があった。子供向けのショーということも影響しているのか、集客はそれほどではなかった。しかしそれは、テレビの取材チームにとっては撮影しやすい環境だった。
田澤たちの取材対応チームはアンバサダー・パークワイドコスチュームに着替え、業務用のHDカメラの前で収録に臨んでいた。
収録には城野が立ち会っていて、ADの脇に立って田澤たちを見守っていた。
ディレクターが「はい、じゃあいきます」といってキューサインを出す。
こまちとつばさが元気いっぱいの笑顔でフレームに収まっていた。
「ニューエンターテイメント! 初日!」
「今日からこのステージで新しいショーが始まります! これから夏休みまで、うち…私たちの仲間たちもステージに立つんですよ!」
田澤はマイクを持ち、2人とは雰囲気を変えて、ショーの説明をしていた。
「このショーは、キッズ・ゲストたちと一緒にアーニメントのフェアリーたちから妖精たちに伝わるダンスを教えてもらうエンターテイメントです。もちろん、ココと仲間たちもやってきます。みんなでフェアリーに仲間入りしてダンスタイムを楽しみましょう!」
フレームの両サイドからいきなりこまちとつばさが入り込んで、
「おたのしみにー!!」
と声を揃えた。台本にないアドリブだったせいか、田澤がぎょっとしていたが、ディレクターは問題にせずOKを出した。
田澤は思わず「え? いいんですか?」と聞き返した。
その収録の様子は、ステージ脇の舞台装置の操作室から窓のブラインド越しに見ることができた。昔の刑事ドラマのように、ちょっとだけ指で隙間を開けて、美咲がその様子を見て眉をしかめた。
「なんか、こまちちゃんたちが収録してるけど……ゲストあんまりいないね」
さくらも、気になって美咲と同じように外を見た。
「でも、ここからだと、客席の、前の方、見えないし……」
観客がたくさんいるのも怖いが、誰も見てない中でステージにでるのも怖い。そういう微妙な感覚がさくらたちにはあって、不安で仕方なかった。SVが操作室に入ってきて、さくらたちに15分前を告げた。
**
舞台袖は奇妙な静寂の中にあった。
さくらは背中に嫌な汗が流れるのを実感した。
ドレリハでも緊張したが、あの時はゲストはいなかった。
今日は違う。本番なんだ
美咲が普段みせないよな真剣な目をしていた。
いずみも瞳にいつもと違う光を宿らせ、ステージの上を見つめていた。
ゲストから見えない位置に立つ3人に客席の様子は見えない。
不安がさくらの表情から余裕を奪った。
脚が震えるのを自覚した。
変らなくちゃいけない、自分で自分にそう約束した。
だけど、いざ、そこに飛び出すのだと思うと、怖くて仕方ない。
視野が狭まり、ステージに視線を固定していたさくらの視線の右端に、なにか大きなものが写り込んだ。それは茶色のもふもふした何かで……
さくらの肩に白く柔らかいものが乗り、気が付いたさくらが顔を上げると、このステージの、そしてパークの主人公がそこにいた。
ココは若い貴族のようなコスチュームを着て、丸い目でさくらを見ていた。
「ココ……」
さくらが、そのキャラクターの名をつぶやくと、彼は白い手袋をした手でさくらの手を取った。ココが緊張して余裕をなくしていたさくらを元気づけようとしている。さくらにはそう感じられた。
「ありがとう、ココ……」
ココは右手の親指を立てて見せた。
よく見ると、その後ろには共演するミミやクロが身振り手振りで励ましてくれていた。
さくらたちはお互いに視線を交わした。その目から、ほんの少しだけだが緊張の色が薄くなっていた。
そして―――
オンタイム。
ステージマネージャーがキューサインを出し、音楽が流れ出す。
MC役の男女のダンサーがステージを進行させてゆく。
数分経過後、男性ダンサーが台本通りステージで呼びかけた。
「さあ、このダンスパーティの主催者、ココと仲間たちにも呼んじゃおう!」
「みんな、おいで!」というダンサー2人の声にあわせて新たな曲が始まる。
よし、行こう!
笑顔を作り、駆け出す。
美咲を先頭に、3人並んでステージに飛び出してゆく。
ステージ中央の指定された線の上でそれぞれのポジションを取る。
舞台袖に向かって振り返り、3人そろって呼びかける。
ココたち3人のキャラクターが舞台袖から飛び出し、中央までかけてくる。
6人で、楽しそうに集まって元気にハイファイブしたりする。
そこで、曲のイントロが終わり、6人そろって正面の客席に顔を向ける……
さくらも、美咲も、視線を遠くに向けているため客席が目に入らない。
遠くの客席には誰も座っていない。
がらんとした客席から、次の振り付けに移行して視線を手前の客席に移す。
前半分は子供で埋まり、その親たちがその後ろに座っている。
―― 満員ではない。でも、決して少ない数ではない
それに気がついた時、さくらの顔に、もう少しだけ笑顔が戻ってきた。
美咲やいずみの表情にも、明るさが差し込んできた。
ダンスパートに入り、ココたちと一緒にダンスが始まる。
さんざん練習したパートを進めてゆく。
……美咲がほんの少しだけ、テンポがずれた。
だが、そこで、美咲は動きを戻し始め、さくらもそれに合わせた。
いずみも3人にあわせるように微妙に動きを調整し、最後の決めポーズの位置に3人をジャストタイミングで移動させる。
そして、曲が最後のフレーズに差し掛かる。
ステージ中央に再び全員が集まり、さくらたちがターンを決める。
手を広げてキャラクターたちを中心にポーズをとり、
歌詞最後の "……Fairy-kids! yhea!" で曲が止まった。
パラパラと拍手が聞こえた。
さくらはまだ、緊張して笑顔のまま正面を見つめていた。
すると、前方の小さな女の子から
おねーさーん
と、声をかけられた。
さくらたちは、声の主へ顔を向ける。子供たちが拍手していた。
子供たちの反応に、3人は緊張が解けてゆくのを全身で感じた。
次のシーンに進むとき、さくらは思い切ってその女の子に手を振ってみる。
その女の子を中心に、子供たちも、そして近くにいる親たちも手を振りかえしてくれた。ステージの上でしか感じられない昂揚感というものを、さくらはこの時初めて感じたように思えた。
そして、さくらを中心に、3人で客席に呼びかけた。
「みんな、こんにちわー!」
すぐに、客席からこんちわー! と返事が返ってきた。
客席から響いた声に、3人は思いっきりの笑顔で答えた。
ショーが進むにつれて、さくらたちの声に引き付けられたのか、子供以外のゲストも増え始めた。
ダンスの手拍子の音が大きくなり、ゲストの表情も明るいものになっていた。
ショーがエンディングに差し掛かるころには、客席は半分までゲストで埋まっていた。
**
「ありがとうございました! このあともアーニメント・スタジオで楽しい一日をお過ごしください! それでは、またお会いしましょう~!」
MC担当のダンサーが最後のアナウンスを行い、さくらたちはココたちと一緒にゲストに手を振って応え、フローラの初舞台は終了した。
拍手を受けながらバックステージに移動する。
舞台袖まではゲストを意識してゆっくりと歩いたが、舞台袖から楽屋につながる通路を進むときには自然と小走りになっていた。
そして、3人で楽屋に入ると、美咲が振り向いてさくらといずみに飛ぶように抱きついてきた。美咲の顔は充実感と昂揚感であふれていた。
「やったあ! 初舞台、お客さんいっぱいいたよー!!」
「よかった、ね」
いずみは美咲に抱きつかれ、少し困っているようだったが拒否するようなことはなく、優しげな笑顔で2人を見ていた。
3人の名前を呼ぶ声がして、みんなで振り向くと広森たちフェアリーリングの3人が立っていた。3人ともトレーニングウェアのままで、汗を拭くためのタオルを持ってきてくれていた。広森はいつも以上にやさしい表情でさくらたちに声をかけた。
「初ステージ、よかったわよ? おめでとう」
藤森もさくらたちに影響されたのか、少し興奮していた。
「私たちも頑張ります!」
美咲はうれしそうに、握った両手に力を入れて広森たちにその明るい表情を向けた。
「ありがとうー! 広森さんたちも頑張ってね!」
美咲は、すっと手を伸ばし藤森の隣にいた舞の手をとった。
「まいちんも! 応援してるからね!」
舞は笑顔で、ありがとう、と答えた。だが、いずみから見れば、その表情には不安の色がかなり混ざっているように思えた。フローラのステージを見てかえって不安になった。舞の顔からいずみはそう読み取った。
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メンバーが昼食をとり終え、フローラのメンバーが取材クルーのインタビューを受けることになり、楽屋まで取材クルーがやってきていた。
すでに一度テレビに出ているうえに、今回は収録という事で前回の出演に比べてかなり気楽に取材を受けていた。今回はいずみが中心に座り、カメラから見て美咲が左、そして右に緊張するさくらが座り、雑談のような内容のインタビューを受けていた。
どちらかというと、美咲が話の端緒を作り、さくらがうんうん頷き、いずみが突っ込むというパターンが多いようだった。まるでアイドルの取材だな、とSVは思ったが、3人に特に口出しはしなかった。
取材の間は田澤たちは休憩ということで、バックステージの駐車場で最後の練習をしていたフェアリーリングを励ましに来ていた。
立ち話になって、さすがに時間が近づくと広森も緊張し始めた。
「緊張するなぁ……舞ちゃん?」
気が付くと舞は緊張でガチガチになっていた。
「ごめんね、ちょっと緊張してきて……」
藤森はどうしていいのか、言葉がすぐには出なかったようだった。
なにしろ、自分自身も緊張しているのだから。
口を開いたのは、こまちだった。最初舞の様子を観察していたが、何かにひらめいたらしく「舞ちゃん舞ちゃん!」と呼びかけると甘えんぼ袖気味の両手を挙げて、ぴゃーっと話しかけた。
「かぼちゃ! にんじん!」
つばさが、なるほどという顔を浮かべた。
「あー、なるほど、よく聞くよな」
「どうなんだろう、それ……」
舞は少し反応に困って、笑顔でごまかした。




