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(2) 昼休みの物語


 翌日になって通学途中でもやはりなにも起こらなかった美咲は、本当は放送してなかったんじゃないかという疑問を持ちつつ、教室のドアを開けた。

 

 自分の机にカバンを置くと、仲の良いクラスメイトが小走りしながら近づいてきた。

 

 「美咲~、みたよ、テレビ! すごいじゃん!」

 「そ、そうかな~、あはは」

 「自分の友達が有名人とかすごくね?」


 少し気分がよくなった美咲は、さっきまでの半信半疑の表情をどこかにやって、嬉しそうに雑談に応じていた。そして、気がつくとクラスメイトに囲まれて質問攻めにあっていた。




 美咲と別れて教室に入ったさくらは、本当は放送してなかったんじゃないかという淡い期待を持ちつつ、できるだけ音をたてないようにドアを開け、静かに席についたが、そうした無駄な努力は1分と意味を持たなかった。

 

 席が近い生徒がすぐに体ごとさくらに向けて座り直し、


 「井川さん、すごいね! 昨日テレビに出てたでしょ?」

  

 と、声をかけてきた。

 その声に反応したクラスメイトが集まってきて


 「やっぱり、昨日の井川さんだったんだ」

 「すごいねー。衣装とか着てたじゃん?」

 「ねぇねぇ、やっぱりアイドルみたいな感じなの?」


 といった具合に、気が付くと質問攻めにあっていて、さっきまでのステルスモードはすでにどこかに消えて懸命に作り笑顔を浮かべて対応せざるを得なかった。



 下校時間になり、出社のために駅に向かう。

 朝の件があったことで、美咲は少し嬉しそうに、さくらはかなり心配そうに周囲を警戒していた。


 ……だが、学校の外では予想していたような事は何一つ起こらなかった。


 電車の中で並んでドアに寄りかかっていた二人は、思わず顔を見合わせた。

 このことは美咲を少し落胆させ、さくらを大いに安心させた。

 とはいえ、ここまで影響がないとなると別の心配も出てくる。


 「なんか、拍子抜けだなぁ」


  美咲に感想にうなずいて


 「でも、みんな見てたって……いってたよ?」

  

 と、さくらも一緒に不思議がっていた。





 出社してロッカールームで着替えていたいずみに美咲が事情を説明した。

 いずみは髪を整えながら解説してくれた。


 「テレビに出たといってもたかだか15分でしょ。そもそも、情報番組は何かしながら見てる人も多いし。しっかり見てる人はそんなにいないわよ」

 「そうなんだ……」

 「それに、もともとCMの効果だって反響は見た人の1%も影響されれば上出来でしょ。15分の、ましてローカルブロックの放送なんて影響力はたかが知れてるわよ」

 「いずみさん、くわしい。ね?」

 「ん……まあね」


 そのやり取りを聞いていた藤森が、ほっとした表情を浮かべた。




          **



 応接ブースで朝礼が始まる。広森が大学の関係で今日は出社していなかった。

 SVが昨日の件におつかれさまでした、と一言触れ、次にパークの運営情報を伝えた。その日の入園者数予測を表す「アテンダンス・トータル」は本日3125人に対し、昨日が3231人で若干減っている。


 つばさが運営情報のプリントを見ながら

 

 「昨日テレビにでたのに、アテンダンスへってるじゃん」

 

 と首をかしげていた。SVがさして表情を変えずに


 「あれは週末のイベント告知だから。平日ならこれぐらい普通よ」


 と教えた。

 さらに厳密にいうと、今日は会社の福利厚生で利用している団体客が2組いるので、それがなかったら今日は2000人台だったことをSVは黙っていた。


 パークの設計上のキャパシティーはピーク・イン・パークで45000人、損益分岐点は現在では1日当たり2500人で計算されているので、収支トントン状態といえる。つばさはふーんと、半分程度の納得感を表情で表し、手にしたボールペンでこめかみを掻いていた。


 


 トレーニングルームでは、ショーのデビューに向けてダンスレッスンが加速していた。壁に貼られていた書道の紙も、いつのまにか「やらねばならぬ」に代わっていた。ダンスの前段階として柔軟体操とアイソレーションが行われるのが日課で、体の硬い舞や美咲が毎日「うぐぐ」と悲鳴を上げていた。

 柔軟体操をしながら美咲は


 「ねぇ……もしかしてだけど、日曜もそんなにゲストこないんじゃ?」

 

 と率直な疑問を口にした。

 美咲の隣で足を広げて体を前に伸ばしていたさくらが、体を起こしながら


 「え? ……いっぱいいるのも、こわいけど、だれもいないのも、いや、だよ」

 

 と、少し不安そうな顔をしていた。

 美咲は今度は体をひねって右足のつま先に向かって硬い体を伸ばしていた。


 「だって、テレビにも出たのに友達とか家族以外に見たって言われなかったし……」


 二人の正面で、美しく体を前に倒しながら、いずみは美咲たちの視線を感じた。コメントを求めているのを理解して、体を起こしてからコホンと小さく咳払いした。


 「ラジオで告知して、チラシ配っりまくって身内に動員かけて、それでお客さん1人っていう芸人コンビも知ってるわよ、私」


 美咲が「えー」と嘆く。


 あまり、がっかりさせてはまずいと思ったのか


 「ま、まあ、あくまで極端な例だからね。テレビ出たくらいで期待しすぎない方がいいってことよ」


 と、少しだけいずみがフォローを入れていた。




          **





 ステージが迫る中、また貴重な1日が過ぎ水曜日を迎えた。


 さくらは本音ではもっと練習したいところなのだが、高校生という立場上なかなかその欲求は満たされない。その現実と向き合うために昼休みにお弁当をもって隣のクラスに乗り込み、多大な勇気を発揮して「知らないクラスの子に友達の所在をうかがう」という課題に取り組んだ。結果は報われて、友達に囲まれてパンをかじっていた美咲に声をかけることができた。


 美咲がコーヒー牛乳のパックとコンビニで買った総菜パンを持って、さくらといっしょに体育館に向かった。そこなら広くて場所もあるし、ごはんも食べて練習もできると踏んだのだが、同じことを考える生徒は多いようで、すでに多くの場所がグループによって占拠されていた。


 美咲が手をかざししながら体育館を観察していた。


 「うーん、なんかもういろんな子たちが集まってるなぁ」

 「練習、できなさそう、だね」


 さくらはそう思っていたのだが、部室があるあたりがいい感じに人がおらず、美咲がさっそくその場所を占領に向かって行った。

 これだけ人がいると目立つかな? とさくらは思っていたが、バスケ部やバレー部の子が私物のボールで練習してボンボン音を立てているのでその点はあまり気にしなくてもよさそうだった。


 食事を早々に切り上げて練習を始めた。体育館の端っこで畳んである卓球台をパーテーションのように動かしてちょっとした区画を作った。

 そこで、イヤホンをして音楽を聴きながらダンスのステップを追いかける。

 

 エイトカウントを数え、歌詞を追いかけながらステップを取る。足の位置と向きに注意して―――


 ばん! という壁にボールがぶつかる大きな音がして、二人の動きが止まる。

 

 ごめんねー! というスカートの下にジャージを履いた3年生の生徒が駆け寄ってきた。足元でポンポンとまだ跳ねているバレーボールを美咲は取り上げ、どーぞーと渡していた。


 ダンス中に体に当たったら怖いなぁ、とさくらは考えた。

 だが、ほかに練習できる場所はないのでしょうがない。

 さくらは、美咲の顔を見て、


 「もういっかい、最初から、いい?」


 と声をかけた。


 美咲がにこやかに口を開きかけたとき、パーテーション代わりの卓球台の裏から声をかけてくる生徒に気が付いた。腰に手を当てて立っている女子生徒が体育館のパーテーションの脇に立っていた。


 その生徒は前髪を髪留めでとめ、赤くて太いフレームのメガネをかけていた。美咲と顔を見合わせ、「ちょっといいかな?」と歩みよった。


 上履きの色を見ると、どうやら3年生らしい。その3年生はふたりに「ついてきて!」と声をかけ、2階のギャラリーの広くなっている場所に2人を案内すると、少し広い引き戸を開けてその中に美咲たちを招き入れた。

 

 そこは壁一面の鏡とその前の手すりという見覚えのある作りの部屋だった。さすがにエンターテイメント棟のレッスンルームに比べるとグレードは落ちる。だが、学校の部室として考えれば十分な広さと設備だった。


 3年生が扉を閉じて、さっき会ったときと同じように腰に手をあてて、さくらに声をかけた。


 「ここ、鍵かけてないから練習につかっていいよ。ただし、昼休みの時だけね」

 「え? でも、ここ……?」

 「ダンス部の練習場だよ。ああ、心配しないで。私部長だから」

 「部長さん……!」

 「そうそう。まあ、昼休みに練習に来る子もいると思うから、その時は仲良くね」



 美咲が意味を理解して、「ありがとうございます!!」とすぐに喜び、部長さんの手を取ってぶんぶん上下させていた。

 部長さんはさくらに、「あなたのお友達、ずいぶん元気いいねぇ」と苦笑して見せた。どう答えようか判断に悩んでいると、美咲自身が「元気いいのが取り柄です!」と先に答えていた。答えを先に言われたさくらは少し困りながら笑顔でごまかした。

 さくらが、好意に感謝しつつも理由がわからなかったので、その点は素直に確かめておこうと思った。知らない人にものを尋ねるのは大量の勇気を消費することだったが。


 「あの、どうして、その……」

 「あー、朝練の時にカバン置いたままにしててさ。通りかかったら、なんかうちらと同じようなことしてる子がいるなぁ、と思ってね」


 そのかばんは目的の場所にあったらしく、棚から私物のカバンを下した。

 じゃあ、と一声かけて出て行こうとするとき、ドアの前でさくらたちに振りむいた。


 「二人ともテレビ出てたでしょ。菅野さんいたよね? よろしくいっといて」


 さくらは一瞬誰の事だろう、と考えて、それがいずみの苗字だと思いだした。


 「えと、いずみ……菅野さんのお知り合いですか?」


 部長さんは右の口角を軽くあげて、小さくうなずいた。

 

 「中学の時、ダンススクールでいっしょだったんだ。じゃあね」


 軽く手を振って、今度はそのまま出て行った。美咲はさくらに抱きついて、いつもよりもさらに明るい人好きする笑顔を見せた。


 「やったー! やっぱりテレビ見てくれた人いたんだねー!」

 「そう、だね。あ、でも、部長さんが声かけてくれたの、いずみさんのおかげかも」

 「うん。あ! そうだ! いずみんに教えてあげよう!」


 美咲は音楽プレイヤーモードのスマホをスカートのポケットから取り出して、通話アプリを起動した。



 



 別に仲の良い子がいないわけではない。


 だが、最近のいずみは昼休みを学校の屋上で過ごすことが多かった。

 ダンスの振りつけやセリフの確認を教室でするのもどうだろう、ということもあったが同年代の子、特に男子とは話が合わないことが多い気がして、教室にいるよりは気が落ち着くのだ。


 いずみの学校は千秋公園に面するお堀のそばにあって、お堀の水面を挟んで向こう側の再開発エリアや大通りを一望できる。屋上から見るお堀の蓮もいずみはお気に入りだった。天気が良いなら、屋上でステップを刻むのもなかなか気持ちのよいものだ。


 靴のソールが屋上の床を叩く音が小刻みに続く。

 胸のポケットに入れたスマホからのびたイヤホンのコードが、いずみにあわせて踊っていた。何度か繰り返していると、スマホの音量が低くなって、通話アプリの通知音が聞こえた。


 少し汗ばんだ顔で、口をきゅっと結ぶと胸のポケットからスマホを取り出す。

 

 美咲が例の部長さんのことを伝えていた。

 何度か美咲と雑談をやり取りする。

 

 「いずみんもがんばってるねー わたしまだターン苦手」


 美咲がそうコメントすると、続けてさくらが「がんばります」と書かれたスタンプを送ってきた。


 さくらが頑張って通話アプリを操作しているのを想像して、いずみは小さく微笑んだ。そして、いずみも画面をスワイプさせて、何かを返信していた。


 それから、ほんの少しあと。さくらたちはいずみから「おつかれ」というスタンプを受け取った。普段いずみがスタンプを使うことはあまりないので、二人で珍しがっていた。

 

 昼休みの時間が終わりに近づき、いずみは最後にひととおり、と練習に戻った。


 ―― いずみの表情はさっきよりもちょっとだけ、やさしいものになっていた。



          **



 大学の授業で遅れるつばさと田澤以外のメンバーは、トレーニングルームでトレーニングが始まった。自主トレでは転んでいた舞も、最初の頃に比べてずいぶんとマシになっていた。振り付けの習熟度を確認するために2組に分かれて順番に踊る。順番的に後になったいずみは、床に座って膝を抱えながら舞の様子を観察していた。


 「それなりにうまくできてるのに、なんであんなにすっころぶかな?」


 と思っていた。もちろん、そんなことは口には決してしないのだが。

 技量的にはそれほど劣っているとも思えないのだが、どうも、妙に転んだり、ステップが飛んだりしているのが気になる。そして、ちらりとさくらを見る。

 

 正確なステップを追いかけていて、そのフォームはすらりと美しかった。

 この前見たときも驚いたが、今のさくらはその時よりもさらに上達している。

 

 いい表情で、最後まで笑顔を絶やさない。


 気が付くと、いずみはずっとそんなさくらを目で追っていた。美咲も、すこしステップが遅れ気味なのが気になるが、もう盆踊りではない。隣にすわっていた広森が表情を緩めていずみの顔を覗き込んでいた。


 「いずみさん、なんだかうれしそうね」

 「え!? い、いや、別に……そんな顔してた?」

 「そんな顔、してたよ」

 

 いずみは顔を赤くして、照れ隠しするように視線を美咲たちに向けた。

 その様子を広森がいつものやさしい目で眺めていた。


 さくらたちが終わり、いずみたちの番となる。立ち上がったいずみに美咲とさくらがいずみに駆け寄ってきた。美咲はなぜだか自信ありげな表情だった。

 

 「どうだった!?」

 「うん。いいんじゃない? 盆踊りじゃなくなったかな」

 「でしょー! 練習したからね」

 「さくらも、よかったよ」

 「そ、そう、かな?」


 トレーナーが腰に手を当てて、「よし、じゃあー次のグループ、準備して!」と指示を出した。


 美咲が右手を軽く上げた。

 

 「こう、だよ。いずみん」

 

 いずみが同じように右手をあげた。

 一瞬戸惑っていると、パチンという小気味よい2回の音が響いた。

 

 「がんばって! 見てるからねっ!」


 ハイタッチを決めた美咲とさくらが、いずみの脇を小走りに駆けていった。




          **



 アウローラのオフィスでは、SVが自分のデスクに座りコピー機から出力したばかりの企画書に目を通していた。社内のクラウドサーバーからダウンロードしたもので、SVも関係している企画だった。




          

         「30周年記念イベント企画(案)」



    さあ、魔法を描こう!


    30周年のアーニメント・スタジオは時間の魔法でひかり輝く!


    実施時期:4月11日~3月31日の土日祝日及び学校休業期



 

 パークアンバサダー・プロジェクト「アウローラ」についての項目もあり、そのページにはパーク内でこれから行われるであろう企画について詳細が書かれていた。


 30周年の話題つくりと広報。アウローラがそれを担う立場であり、多くのイベントや企画がそれをベースに組み立てられていた。

 ショーの出演、TVや雑誌などの媒体への露出、CDやグッズの販売、などなど……

 

 「まずは目の前のオンステージデビューを無事に終わらせないと……」


 となりに立って同じ資料を見ていた城野が、ボールペンをあごに当てながら、顔をSVたちに向けた。眉間に少しだけしわが寄っていた。


 「いくら小規模なショーとはいえ、早すぎません?」

 「促成栽培で行かないといろいろ間に合わないのよ」

 「促成すぎてカイワレみたいになったちゃわないか、気になってて」

 「ひょっとして、舞のこと?」

 「えー……まあ、そうなんですけど。別に技量的には問題ないですけどね」

 「舞は舞台度胸さえつけば問題ない……と、私は思ってるわ」

 「初めてのステージは一生記憶に残りますから。そこが心配で」

 「城野も他人事じゃないわよ」

 「?」

 「おじまさが提案してることなんだけど……」




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