(5) いばら姫の城
監督が出てきたところは開園当時はレストランとして運営されていた場所で、再建計画で復活することになっていた場所だった。運営期間は開園後10年間だったため、みんなが知らなくても仕方がない。
監督にも思い入れがあるようで、復活の陣頭指揮を執っていた。
先ほど別れた幹部社員は元海上自衛隊の将官で、施設や艦船の建造計画のプロだった人を角上会長が紹介したのが縁で入社していた。この再建計画のハード面での要であり、1年で改装しきるのは無理ではないか? という監督に「いえ、やらねばなりません」と言い切っている。その点で監督の信頼を得ている。
このレストランの再建を計画よりも半年も早く実行に移したあたり、その手腕は確かなもので、店内は法令上の各種認可を得れば営業できる状態で、来週にも保健所の施設検査が行われる予定だった。
事実上完成はしているし、じゃあ、せっかくだから、ということで
「ちょっと中に入ってみるか?」
と監督が孫を連れるみたいにみんなを中に招き入れた。
こまちとつばさを先頭にみんながぞろぞろと入っていこうとした時、SVは一人の若い女性ゲストに呼び止められて迷子センターの位置を聞かれ、先にみんなに行くように促した。
監督は扉脇の壁にあるスイッチボックスのふたを開け中にあるスイッチをONにする。一斉にランプが灯り、中世のお城のような、あるいはファンタジーアニメの中のような雰囲気の世界が視界に広がる。厳密に言えばランプ色のLED球なのだが、そんなことは気にならないレベルに作り込まれていた。
唯一残念なのは非常口のランプだが、これも可能な限り違和感がないようにデザインしてある。 壁には 「賢者の石を求める錬金術師」 といった絵画の複製品が展示され、ダイニングの中心には大きな太陽系儀と錬金術の原料が飾られていた。その太陽系儀の台座にはアルス・マグナという店名が彫り込まれている。
こまちとつばさが目を輝かせ、おおーと声を上げていた。
岩と金色の塊を見つけたこまちが「金?」と首をかしげていると、つばさがやたら得意げな顔で塊をビシッと指差した。
「愚か者め! これは金ではない! パイライトだ!」
「パイ!?」
田澤がつばさを珍しいものを見るような目で見ていた。
「パイライト……黄鉄鉱か。よく見分けられたなぁ」
つばさは美咲以上に無い胸をここぞとばかり張った。
「結晶が正多面体だからなぁ。まあ、ほかにもあるけど、うち、これでもそこそこ成績はいいんだぜ」
「さすが国際資源学部」
監督はニヤリと人の悪そうな笑みをつばさに向けて浮かべた。
「いや、よくわかったなぁ。これが作り物と見極められたらさらにすごかったがな」
「えー!? 偽物!?」
「ははは。まあ、一応君の大学の某准教授に依頼して監修してもらったからね。学術的には間違いないはずだ」
「こんな手の込んだもの作るなんて、矢留先生ぐらいしか思いつかない」
本物は最近通信分野で価値が出てきているので盗難の可能性があることと、持ち出された時に怪我や事故の原因になるからということを監督は説明した。
よく見ると黄鉄鉱のほかに水晶や植物の根、原油などが置かれている。その材料の入った箱には記録用紙らしきものが貼られていて、原産地はすべて「AKITA」となっている。なるほど、どれも秋田で採れるものばかりだと田澤は気が付いた。
監督はみんなを客席フロアの一番奥に案内する。そこは引き戸で区切られていて、ロビーか応接間のようのな作りになっていた。ここは、一般のゲストでも予約すれば使える「ゲストルーム」だそうだが、奥の壁は本棚と絵画で覆われていてレストランの中とは思えない。
みんなが入ったところで監督が本棚の緑と赤の背表紙の辞典のような分厚い本を手前に傾けた。何をしているのだろう、というみんなの視線の中、監督は手品を披露する奇術師のような顔をしながら、左側の風景画に手をかける。
風景絵を横にスライドすると、壁に埋め込まれた3つのボタンがある。一番上と下の赤と緑のボタンを押すと、本棚の上のランプに明かりがともった。
監督は得意そうな顔を見せて「さあ、どうなるかな?」とみんなに問いかけた。みんなが首をかしげていると、監督は今度は真ん中の白い色のボタンを押した。すると、本棚が横にスライドし始める。驚いた藤森が「ひゃ!」と声を上げていた。
本棚だった場所には大きな両開きのドアがあり、監督は自分のポケットから鍵を取り出してそのドアを押し広げた。そこは、お城の中とは明らかに違い、どちらかと言えば20世紀初頭のイギリスかアメリカのようなインテリアだった。
どうやら玄関ホールの様で、姿見用の大きな鏡が置かれ、シューズボックスやクローゼットなどが置かれていた。広森が周りを見渡しながらつぶやいた。
「隠し部屋……?」
監督が向かって右側の扉を指差した。
「まあ、隠し部屋といっても、あそこの扉からバックステージの廊下につながってるんだけどな」
その扉とは別にもう一つの扉がある。監督がみんなを呼んでその扉の前に行く。
「ここは鍵がないからな。入れるぞ」
ガチャリとドアを監督があけ、右側の壁に手を伸ばしてスイッチを付けると、照明がついて部屋の中が浮かび上がった。ソファーやデスクが置かれ、家族写真が飾られる、まるで家のような場所になっていた。左側の壁にはカーテンで遮光されているが小さな窓がひとつあり、床には絨毯が引かれていた。
どの調度品もよく整理され、美しく輝いている。
居心地はよさそうで、よく見ると冷蔵庫や電子レンジまで置かれている台所もある。監督はみんなが驚いてなかなか入ってこないので、孫をよぶおじいちゃんの声で呼びかけた。
「いいんだぞ、入って。なんならソファーに座ってもいいし、床に寝転んでも文句はいわれないぞ」
その一言でこまちとつばさがなだれ込んできて、興味深そうに探索し始めた。
二人に続いて残りのみんなも後に続いた。
ちょうどそこに、SVがゲストの対応を終えて戻ってきた。
扉から入ってくると、「やっぱりここだったのね」とつぶやいた。
部屋を見渡すと、こまちとつばさが部屋の奥にバスルームとトイレを見つけたところだった。
その様子にポカンとしていずみは、SVが来たこと気が付き、何か聞こうとソファから立ち上がった時だった。壁に貼られた家族の写真を見つけた。監督もそれに気が付き歩み寄ってきた。
「これは、栗原監督ですね。この日付だと、たしか亡くなる直前ぐらい……」
「よくわかったね。その通り。海外で映画賞を取った時に記念でみんなで撮ったんだ」
「この小さな男の子は……お子さん、いや、お孫さん、ですか?」
監督がにやりと笑った。
「まあね。今思えばこの頃から従妹の女の子とままごとなんかしてたな……」
監督は人が悪そうな視線をSVに向けた。SVはちょっと不満そうに目を背けた。
「さあ。覚えてませんわ」
どう見ても嘘としか思えない。とはいえ、このやり取りをみて、いずみもさすがに気が付いた。
「それは……秘密にしとかなきゃいけないの?」
監督が大きな声で笑い出した。
「いいや。そんなことは全くないんだがなぁ。というか、お前、教えてないのか?」
「知ったところで何かが変わるわけじゃないでしょ?」
広森と田澤がケースに飾られていたトロフィーが国際的な映画賞のものだと気が付き、顔を見合わせていた。田澤が監督に、やばい場所にでも迷い込んだかのような表情で尋ねた。
「ひょっとして、ここって初代の監督さんのプライベートルームですか?」
「大正解。ああ、あまり気を使わんでいいよ。今はうちの家族のプライベートルームだから。ほら、あそこの壁にうちのガキンチョどもの落書きがあるだろ?」
監督が指差した壁のコルクボードには鉛筆か何かでココの顔が貼られた紙に落書きされていた。よくよく見ると、台所には洗ったばかりのコーヒーカップがあり、机には今日の日付の運営情報のプリントが置かれていた。ついさっきまで監督が使っていた、ということなのだろう。この部屋は"現役"なのである。
監督にSVが尋ねた。
「ここはどうするんです?」
「何も変えないよ。この部屋は、いわばパークの"心"だからな。」
こまちが目ざとく部屋の奥に2階に続く階段を見つけた。
「階段! 2階!」
「おお、そっちも気が付いたか。じゃあ、いってみるか? みんなもおいで」
監督はこまちの頭を撫でてから、こまちを引き連れて2階にあがっていった。
得意そうなこまちに続いてみんなが階段を上がった。2階の部屋は城の物見やぐらにつながっているようで、丸い造りになっていた。正面にある窓は大きく作られ、薄いレースのカーテン越しには、先ほどみんなで見たセントラルパークとその向こうのスチームストリートまでが一望できた。
みんなはその窓に集まって外を見ながらわいわいやっていた。
SVがいずみと一緒に最後に階段から上がってきて、みんなの様子に「カーテンを開けちゃだめよ」と注意する。みんなから「は~い」と返事が返ってきた。
部屋にはテーブルが置かれていて、ソファーは窓に向けて置かれていた。監督もSVも説明はしなかったが、この窓こそ、晩年の初代監督が「窓からパークを望んでいる姿」として雑誌やテレビによく掲載されている写真が撮られた場所なのである。
そのことに気が付いたのは広森と田澤で、広森が
「これってよく見る写真の……」
と田澤にひそひそ話しかけると、田澤が小さくうなずき
「すごいね」
とつぶやいた。
さくらがいずみを呼んでいた。
「ここ、すごいよ、よく、見えるよ」
と声をかけられ、いずみがさくらの後ろに立った。
そのあと、美咲や舞と何かを話し、一緒になって外を眺めた。
栗原監督が見ていたというこの窓からパークを見た。監督が言うには晩年、ここからステージを見るゲストをよく眺めていたという。
だが、今ではお城の前のステージにゲストがたくさん集まるようなことも少なくなったという。いずみがみんなの一歩下がった場所にいるSVに少し穏やかな表情で話しかけた。
「じゃあ、また、あの広場をゲストでいっぱいにするようなステージを作らないとね」
SVは、少し困ったような顔をして
「努力します」
と頭に手を当てて答えた。
監督はその様子を面白そうに眺めていた。




