追手
「おうおう、まだ戦ってるよあいつら、逃げてもいいのに元気だねー」
ヘリで上空を飛び周りながら白鳥たちを監視していた前庭が感心する。もう三時間近く戦っている。連戦にも連戦、倒しても倒しても切りがなく湧いてきている。前庭は自分だったらもう逃げてる頃だなと心の中で呟いた。
「それは若いからという言葉につきます、あなたも負けず劣らずスタミナありそうですけど」
同じくヘリに乗っている運転者が前庭に話しかける。別に前庭が運転できないというわけではないが万が一のために運転を頼んだのだ。
「ん? 今何か光が見えたような」
前庭が再度地上を見下ろすと煙がもくもくと立ち昇っている。幸いと言っていいのか白鳥のいる場所からは大分離れている。
「すこし煙の方に向かって」
「生徒さんはいいのですか?」
「あいつらなら心配ない、それよりも火事でも起きてた方がまずいし」
「ですね、とりあえず向かいましょうか」
バラバラと音を鳴らしながらヘリは煙の発生地点へと向かう。多分白鳥たちも気づいた可能性があるが深くは考えまいと前庭は諦めつつ何が起こっているのかを観察する。前庭は視力は自信があり視力は6.0。並大抵ではない視力だ。その視力で観察しているとフードをかぶった白いコートの三人が同じくフードをかぶった四人に追われていた。そして前庭には逃げているフードの人物たちに見覚えがあった。
「あのフードのついた茶色のコート……新世界委員会の奴らか」
新世界委員会ジェネシオン。八年前の事件でテロリストと認定された元国家公認の進物調査隊である。進物討伐を主とするハンターたちの仲介役でもあった。
そんな彼らが同じ仲間に追われているなどどうなっていると深く考える。
そして前庭は一つの結論に達した。
「あいつらのところに近づけてくれ」
「しかし」
「いいから近づけろ、内部情報を聞くチャンスかもしれない」
前庭の結論はこうだ。実は八年前の事件は内部過激派の行動。過激派の力が強まり内部の秘密を漏らさまいと逃げた相手に口封じを行おうとしている。これから先は察するのは容易であろう。過激派にとって口封じとは殺害するということだということを。
「よし、ここで降りる。扉を開けろ」
「ちょ、ここまだ高度十メートルはありますよ!」
「時間が惜しい。なに、運が悪くても足が骨折する程度だろ」
「ああ、もうそれはあなただけですよ。終わったら連絡ください」
操縦者がボタンを押すと前庭の左の扉が開く。前庭は勢い良く飛び出しヘリから降下する。恐怖心がないわけではない。勇敢なわけでもない。震えもない。しかし前庭にとってこれは慣れだ。実践にてこのようなことは日常茶飯事だった前庭はこのようなことは朝飯前のことである。
前庭は後数メートルというところで木々の枝を掴む。何度も折れるが幾度なく繰り返す。前庭は足からあと一メートルないところで止まった。
「と、ジャストタイミング」
前から七人のフードの人物たちが迫ってくる。爆音から察するに今もなお攻撃されているようで必死な顔をしていた。
「こんなところに人がっ……て前庭さんじゃないですか」
「ん、どこかであった?」
前庭は首を傾げた。三人は神を崇めるかのように手を合わせる。三人は全て男だと前庭の目には映った。
「忘れてしまわれましたか、ですがこれもなんかの巡り合わせです。助けてもらえませんでしょうか」
そうこうしているうちにドンドン追手らしきフードの四人が迫ってくる。話している余裕はなさそうだと前庭は正面を見つめる。客観的に見て四対四だが三人は使えないと見た方が良さそうだった。
「それはいいけど……後で全部話してもらうけどいい」
「ええ、一之江の誰かに伝えようと思って抜け出したのですからよろしいですよ」
「交渉成立、派手に暴れまわるとしますか」
前庭が右手を丸めて左手の平にパシッとすると四人が立ち止まる。その四人の顔に前庭は見覚えがあった。八年前の事件で騒動を起こした人物たちである。これまた全員男だとこの場で断定できる。
「なるほど、あの時の過激派か?」
「裏切り者には死を!」
ゴウンと大きな音がしと思えば火の塊が前庭に襲いかかる。名乗らずに問答無用の攻撃。礼儀がなってないなと前庭は自分専用の魔装具を無言で装着する。ブレスレット。武器としての性能は皆無。だがそれを補う特異な性能がある。
「まったくもう話を聞きなさいってば」
「なに」
前庭と三人はすでに背後に回っていた。前庭に限っては四人のうち一人の背後を奪っている。これ力こそが前庭のブレスレットの特異効果の一つ『ソニックレイブ』。範囲内の仲間と意識した相手に対して一時的に超高速で動くことをできるようにする力。江利知との違いは発動している間は限定された範囲内でしか動けないのと限界が早いという点、そして人に触れている間は普通の速度しかでないくらいでなかろうか。
「それであの時の残党が今何をしているの?」
「誰がお前などに教えるか!」
「あっ、手元が狂っちゃう♫」
ゴキン。
「ぎゃーす」
前庭が背後をとっていた男の左腕の関節を笑顔で容赦無く外す。流石に他の六人も恐怖心が芽生える。笑顔で人に苦痛を与えるなんて悪魔だとしか思えない。
「次にこうなりたい方一列にお並びください。今なら無料ですよ」
「ごめんこうむる、お前がそうなってろ」
男の三人が合図をして一斉に火の塊を投げてくる。火の異能は世に言う原五属性の中で一番発現しやすいポピュラーな異能である。とある番組の世間調査によると千人いれば十人くらいはいるという噂だ。
「それゆえに対処法は確立されている」
前庭は地を蹴って砂を相手にかぶせる。フードの男たちの集中力が切れ炎が目の前でかき消される。これこそが炎の異能の対処法。炎の異能は扱いやすいが目標がわからなくなると途端に効力を失う。よって視界を消せば炎は消える。
「能力の特性は理解しておいた方がいい。でないと手も足も出ないなんてことにもなりかねないぞ」
「くそ、ここは逃げるがいいか。おい、そこのやつ逃げるぞ」
「お、覚えていろよ」
「ありきたりな捨て台詞ありがとう。で、話してくれるかな?」
前庭は撃退したのを確認して助けた男たちは達に振り返る。男たちはこくりと頷くと土下座した。何事だと前庭は構えてしまう。男たちはおかしくて笑始める。
「何がおかしい」
「変わってなくて安心したという意味ですよ。それとたいした情報は持っていませんから取り越し苦労かもしれませんが一つ聞いてください」
「わかった、話してくれる?」
男たちは情報を話すとそそくさと森の中に消えていく。彼らの情報を纏めると新世界委員会の過激派が一之江に何かを仕掛けようとしているらしい。時間も作戦も過激派のものにしか伝わっておらず幹部でさえもほとんど内容がわからないらしい。
「きなくさくなってきたなぁ」
前庭はとりあえずヘリを呼びつけ再び空へと昇り監視を再開した。