オリエンテーション②
その伍
『オリエンテーション その二』
『無線の感度はどうだ二人とも』
「感度良好、特に問題はない」
『同じく問題ないわね』
無線機はイヤホンそのもののような形でイヤホンのボタンを押して会話するタイプだった。軽量型なのであまり負担にはならない最適な形である。
『お前らとても業務的だな。とりあえず大丈夫そうだな。就寝時になったら一報をくれ』
「それまで生きていたらな」
『物騒だけどその通りね、外では何が起きるかわからない。むしろ危ない時は迷わず連絡するくらいでいいんじゃない』
『お前らってやつは本当にぶれないな。そういえば言い忘れていたが荷物の中に魔装具がある。個人にあったのを選んだつもりなので確認しておくように。以上だ通信を全力で終える』
「早めに言っとけよ、カ荷物の中に魔装具があるそうだ。確認しておいてくれ」
魔装具、世界最先端で作られた成長する武器の名称だ。形は同じでも性能は個人に左右されるため千差万別同じものは何一つないのが特徴である。機能の例を上げるのなら身体能力の向上が主にあげられるが特殊な力もたまに発現することがある。
「俺のは剣か、妹はどうだ?」
「私のも剣だね、兄さんのと違って日本刀みたいだけど」
佐野兄妹は、自分の剣を見てこう考えるのだった。
「「なんで剣?」」
彼らからすると剣はミスチョイスにほかならないと考えていた。
確かに彼らは魔装具なんて代物は持ったことはない。しかしいつも実習で使っていたのとは一線を隠したものだっただけだ。
「いいじゃないか、僕の方は弓だね」
矢がない弓。星野が持っていたのは言葉通りの弓だ。ただ魔装具の弓には特殊な加工がなされており精神で矢を形成する魔法的な仕組みが搭載されている。
なお攻撃力も精神力でひどく変わるらしいが真意は誰もわからない。
「私のって何これ? 超でかい斧なんだけど!?」
「それは完全にイタズラだな」
小牧がブンブン斧を振り回す。思ったより相性がいいのかと佐野は小さい体で大きな危険物を振り回す見た目小学生の小牧を温かい目で見ていた。
「ワタシノハジュウノヨウデス。スナイパーデス」
「おお、とういうか女子の方がごつい武器多いってどういうこと!」
斧に長距離銃、武器の中でもゴツゴツの部類に入る品物だと佐野は思っている。
なぜならば小牧の斧は限りなく破壊力に、特化している形をしており軽く当たっても骨が折れそうなほどの品物。長距離銃の方はいろいろ詰まっているのか普通のより一回り大きい。そして銃は高機能なほどごついものだ。
「私のは……やけに面白い形だね」
「そうだな、ゲームでしか見たことのない形の武器だな」
機能性ではなく独創性に特化したその武器は剣とも言えないし純粋な鈍器とも言えない。強いて言うならば遊具と言うべきだと感じる武器。その遊具の名はけん玉と呼ばれる子供たちの遊び道具である。
「でもこれすっごいよ、糸が結構伸びる。玉を刺す場所は突きをくりだせる。ある意味万能武具だよ」
「お前がそれでいいならそれでいいけど……新崎はどうだ?」
「思った通りのものだよ、もう少し期待を裏切ればいいのに」
新崎が持っているのは軽量かつ機動が十分な代物。射程距離は短く当たれば即死効果、まさに一撃必殺。だがそれはあまりにもシンプルで著作権に引っかかるのではないかと危惧するべきものである。
毒針。太い針に丈夫そうな柄。トリッキーな動きが必要な武器というわけだ。
そして新崎は自分が毒針になると予想していたのだろう。佐野はどうして毒針を予想したのかは聞かないでおくことにした。
「さてと、とりあえず昼になったし飯にするか。カバンの中に日持ちするやつ入っているよな」
「だね、何故かカロリーメインしか入ってないけど」
「あの馬鹿教師、もう少しマシなものも混ぜることを覚えろよ」
バッグの中を確認するもカロリーメインしかない。カロリーメインとは栄養補助食品であるがそれだけでは間違いなく不十分な代物である。あくまで補助が目的であるからだ。必要な栄養素は手に入るものの満足に食った気もしないと佐野は愚痴る。
食事を終えた佐野たちは目的地の方へと進み始めた。長らく整理されていない草が纏わり付いた廃墟のようなマンション。もう使われることがないだろう廃れたバス停。生い茂るような巨大な木々たち。この八年でよくここまで変化したものだ。
ただここまで植物の成長速度が早いのにも理由がある。一つ、これもまた進化した生物であり成長が促進されているだけである。二つ、植物に近い進化した生物の抜け殻というものが纏わり付いているというものだ。
「方向感覚狂いそう」
「一応標識あるからそっちに向かいましょう。幸い道路はあらかた無事です」
「でかした妹よ。敵に見つかるかもしれないが最短でいけるだろう」
東京都まで安全を確保しながら八時間。しかし道中何が起きるかわからないし通れない道も出てくる。その場合を考えたらもっとゆっくり進んだ方が安全である。
だが佐野たちは好判断した。見つかる時は見つかる、と。
「ここまで進化した生物を見なかったね。もしかしてこの辺にいないのかな?」
「それはないかな。これだけの変化だ、いつどこに隠れていてもおかしくない」
「新崎その通りだ! 早速来たぞ、構えろ」
「コウホウニサンビキイマス。ウシロニモキオツケテクダサイ」
佐野はチームの皆に警戒を示す。
彼らからはあまりわからない位置にいるのだが佐野とユーナだけは気づいていた。
ユーナは後ろを威嚇し警戒させるとともに相手の姿を確認した。
「よく気づいたな、他のやつらは気づいていないぞ」
言いながら佐野は地面に手をつけていた。一秒つけて手を離す。
「ワタシハ……ああ、もう面倒なんで普通に喋ります」
ものすごく流暢に日本語を喋り始めたユーナ。周りの皆も派手に驚く。その片言はキャラ付けだったのかよと全員が思った。
「親が道楽で軍人の教えを私に教えていたのです。おかげさまで気配とか狙撃とかプロ級になりましたしなにより私には、」
ユーナは話の途中で前方に一発銃弾を打ち込む。進化した生物が一匹足に深傷を負う。姿から察するに猫型の小獣。最下層のランクの進化した生物だ。
「思ったよりかは楽になんとかなりそうだな。敵は姿を現したぞ」
進化した生物、略して進物と呼ばれる彼らは強さや姿によってランクがつけられている。今現れている小獣は最下層も最下層であるランク一に設定されている。とはいうものの一歩間違えれば死に至る可能性を秘めているので油断はできない。
「チュートリアル的急イベント戦だ、武器に慣れるつもりでかかって行こう」
「ゲーム脳乙、僕のは慣れる慣れないの問題じゃないけどね。基本突くだけ」
新崎が悪態つきながらシュシュッと毒針を刺す練習をしている。佐野はアレに当たったらどうなるかの興味はあるが死にたくないので近づかないことにした。
「来るよ来るよー、このけん玉のサビにしてやる。かかって来んしゃい!」
くいくいと江利知が挑発すると前方と後方から纏めて襲いかかって来た。
数にして七。佐野たちの班と同じ数。一人一匹の対応が可能だが佐野たちは進物との戦闘などしたことがない。しかし一人だけは違った。
「ショット!!」
激しい銃声。悲鳴を上げる猫型の進物。この場で唯一ユーナだけが場慣れしていた。この日常では考えられない行動に対して完璧なまでに。
「皆さん、ボウッとしていると死にますよ、今は戦闘に集中しましょう」
ユーナはさらにもう一匹片付ける。これで一人で動けない奴を含め三匹倒している計算になる。
「ほわたー、クリンヒット」
けん玉の伸びた紐の先の玉の部分が直撃。猫型の進物が吹き飛ぶと直後爆発し跡形もなく消し去った。
「うわー、なんか派手な武器だった」
「起爆機能か、他の装備と違うのはその所為かもしれない。僕のは多分あたりどころでは即死効果だろうね。見た目的に」
「絶対に当てないでくれ」
「そう言われたら当てたくなるが仕方ない。今抜けられると困るからやめるよ」
佐野は永遠にやめといてくれとは口に出さなかった。言っても無駄だろうとの判断からである。
「兄さん、あれ使ってもいい?」
佐野の近くに妹が近寄って佐野に話かけてきた。進物はしっかりと離れて別の人を狙っている。
「お前の異能か? あれなら緊急時は使っていいと言っていいだろう」
「違いますよ、兄さんの異能も使う必要があるの」
「ああ、背後にとって一発ぶちかましたいと」
「オウイエス、兄さんの異能ならできるでしょ、マークつけてたし」
「ばれてたか。いいぜ、グロくなるが一撃で切り伏せろ! 俺が許可する」
「オールオッケー、転移の時は合図よろしく」
また一匹に向かって駆けて行く。さすが元アタッカーズ。前に出るのはお手の物だ。
佐野妹は目標の地点まで相手を誘導する。あと数秒で佐野がマークした場所だ。
佐野は軽く声を上げ合図。佐野妹は二歩分のバックステップ。相手は追ってくる。
「今だ」
一瞬だ。佐野妹は一瞬で背後に移動した。よって佐野妹に襲いかかってきた進物の攻撃は当たらない。進物は驚いている。いきなり目の前から対象物がいなくなればそれは驚くだろう。それが佐野たちにとっての作戦だった。
「ぶちかませ」
「佐野流独学剣一の形『氣衝天』」
地から刹那に切り結ぶ子供の頃作った適当なお遊びの剣技。佐野兄妹はその技をまさに極めていた。遊びもここまでいくと恐ろしいものだ。進物は瞬く間に体が崩れ去る。進物は倒されると塵となり消える。これは昔からそうだったらしい。
「まさか本当に使うことができる日が来るとは夢にも思わなかった」
「同感だ、ちょっと暇すぎて奥義まで昇華したやつもあるしちょうどいいだろう」
「遊びで奥義まで昇華って君たちどんだけ暇だったのさ」
「「それはどこまでも暇だったさ!」」
佐野兄妹は学校の授業ではなく毎日三時間の通信教育を受けさせられていた。なので時間は大幅にあまり八年前までは余裕で暇な時間が作れたのだ。佐野兄妹が行なっているのは最近では日課で木刀振って技の確認するくらいではあるが独学でここまでの技を生み出したという脅威性を皆は感じざるおえなかった。
「塵も積もれば山となるのいい例かな、頼もしい限りだよ」
「ですね、それよりも今すごい異能使ったでしょう? 転移系とか」
「小牧、俺たちの異能は後々で教えてやる。今は目の前に集中。まだ四匹残っているぞ」
「気になるけどしょうがない、だけれども私も異能を隠すべきじゃないかな」
小牧が斧を置いて手を進物の一匹にかざす。するとどうだろう、寄ってきた進物が遥か高く飛び去っていく。そして急激地上に振り落とされる。進物は潰され塵になった。
「重力制御か」
「ハズレ、範囲内の重さを変えるだけ。体の負荷そのものは変わらない。『重量変換』という異能らしいんだけど」
「あはは、その無駄に便利能力隠さないことにしたんだ小豆ちゃん」
「うぅっさい、この隠さない兄妹見てたらどうても良くなっただけだって」
「ある意味光栄だよね」
「そうだな、隠しごとは苦手だからな」
道理でその重たそうなの軽々振り回しているわけだと佐野は理解する。その異能を使えば重さは関係無い。自分で扱いやすい重さで振り回せばいいのだから。投げる時も同様でどれほど重たいものでも同じ感じ投げることが可能になる。
「ショット! これで後二匹、新崎、星野、あなたたちの方に来ますよ」
「まるで後ろが見えてるような指示だな、目標確認。迎撃する」
また一匹仕留めたユーナに言われ星野は弓を構える。まだかなりの距離がある。出来事を予知する。もしかするとこれこそがユーナの力なのだろうか。本当に未来を予知するかのようだ。
星野は瞬時に矢を装填。同時に弓の矢がバチバチと派手に音がなる。その度に発生するスパーク。やがて一つの巨大な雷が矢の先端に収束する。
「名門星野流弓術『疾風』」
風を切るようにまっすぐ飛んでいく。弓という性質上、多少は下に向かうはずなのに5m進んでも全く下に落ちない。そのままぶれずにまっすぐ進物を貫いた。
星野 恭、こちらは本物の弓術の名門である。星野家と言えば二百年前に頭角を現した対進物弓術の雛形と言える。
「新崎は大丈夫か?」
「心配しなくても避けてる。助けてくれると嬉しいのだが」
「ほいほい、どうせなら私も見せちゃうよ」
元気良く江利知が突進する。それに気がついた進物はバックステップして距離をとる。だがこれは江利知にとって好都合でしかない。
「『加速』」
瞬間江利知は消え、気がついた時には進物は吹き飛び爆破による四散。あまりの速度に皆唖然となる。
「まだまっすぐだけだけどうまくいった」
たとえまっすぐだけだとしてもこの速度は大抵のものが避けられるものではない。
「一応なんとかなったか……怪我はないか?」
佐野が聞くと全員が大丈夫と答える。佐野はざっと全員の姿を確認するが目立った外傷はない。
「よし、大分時間を使ってしまった。今のうちにテントはれる場所探すことにしようか」
この後一キロ離れた先の木の木陰にて絶好のポイントを見つけてテントを作ることになった。見晴らしがよく敵がきても即動けるような立地だ。
「今日の仕上げだ、寝床を作るぞ」
「おう」「仕方ない」「任せて」「頑張るよ」「ガッテンです」「兄さん了解」
うまくテントを作った佐野たちは一息の休息につくのであった。