小宮山青葉は彼女ができそうでできない。
乙女ゲー転生のジャンルは読むのも書くのも楽しいです。
ここは乙女ゲームが乱立する世界。尚且つ人口の半数が乙女ゲー転生者だ。転生者は生まれてからそう何年もしないうちに選択を迫られる。自分が転生した乙女ゲームをどう生きるかという選択だ。
ゲームのシナリオ通り動こうとする者もいるだろう、シナリオをめちゃくちゃにしようとする者もいるだろう。ただ、大半の者がゲーム時間が終わるころまでには気づくのだ。登場人物が生身の人間である以上、予測不能なことが起きる。さらに、同じように転生者がいた場合、ストーリーがどう転ぶか未知数である。結局自分の望み通りの人生を謳歌できるのは少数の人間なのだ。
・・・・・
「彼女が欲しい!どうして俺に彼女ができないんだ!!」
さて、ここに一人の悩める少年がいる。小宮山青葉、高校一年生だ。彼は知る人ぞ知る『当て馬』役である。しかも、一つ、二つではない。いくつもの乙女ゲームに当て馬として出演する役柄だ。
例を挙げるならば、彼の初登場。幼稚園の年少さんの時に、とあるゲームのヒロインと将来を誓った相手なのだが、その扱いはスチル2枚に収まる。一枚はヒロインと将来を誓った場面、彼は後姿のみだ。もう一枚は中学生になってから、ヒロインと再会し、一緒にいる攻略対象者が焼きもちを焼く場面。
「久しぶり。元気だった?・・・うん・・うん・・じゃあね。」
「今の誰だよ。」
「小さい時に仲が良かったの。懐かしかったから話をしただけだよ。私には〇〇くんだけなんだからね。」
彼は一言も発することなくこの扱いである。もちろんスチルの中に彼はいるのだが、薄い背景扱い。メインはヒロインと攻略対象者だ。
また、別の作品では攻略対象者を自分に振り向かせたいヒロインが、彼が恋人であるかのようにふるまい、最終的に『仲の良い友達に協力してもらった』として話が終えられる。
「俺、彼氏じゃなかったんだ・・・。」
という彼のつぶやきが哀愁を誘う。
そんな彼もとうとう攻略対象者になるゲームが現れた。その名も、『THE 逆ハーレム ~略奪は私の生きる道~』というゲームで、そのタイトル通り、攻略対象者をライバルから奪い、攻略対象者全員の逆ハーレムを目指すゲームである。
ゲームは彼が高校一年生の時にスタートする。まさに、今がそのスタートの時期なのだが、ゲームが始まらない。なぜなら、彼に彼女ができないからだ。略奪の言葉通り、ゲームをスタートするためには攻略対象者に彼女、婚約者などヒロインが倒す障害がいなければならない。
彼の恋人役は水落涼子。彼女は転生者である。彼を逆ハーレムから救うべく、条件を満たさないようにしている・・・わけではない。むしろ彼女はゲームを始めたい側の人間だ。
彼女は前世で彼が攻略対象者になるひとつ前のゲームで、当て馬役の彼が好きになった。そこから遡って彼が出ているゲームは全て制覇した。そして今回のゲームで逆ハーレムなんて!と憤慨したがゲームの中の彼はとても幸せそうで、幸せは人それぞれなのだと思ったのだ。だから彼女はヒロインに彼を攻略して幸せにしてほしいと望んでいる。
ではなぜ彼女は彼の恋人にならないのか、簡単な話、彼女は彼が好きすぎて声をかけられないのだ。告白なんて夢のまた夢。このままではいつまでたってもゲームは始まらないだろう。
業を煮やしたのはこのゲームの逆ハーをシナリオ通りに作ろうとしている、こちらも転生者のヒロインだ。何とか彼と彼女をくっつけないと、ストーリーを進められないうちに時間だけが過ぎてしまう。焦っているヒロインにチャンスが巡ってきた。今は授業の終わった放課後の教室で、しかもこの教室には帰ろうとしている彼女がいる。ヒロインは嘆き叫んでいる彼に近づくと、
「ねえ、青葉君。水落さんて青葉君のこと、好きなんだよ。知ってた?」
と暴露した。青葉は驚いて涼子を凝視する。涼子はヒロインが作ってくれた機会を無駄にしてはいけないと思い肯定した。
「ええ。私は小宮山君のことが好きです。」
淡々とした口調で言うのは緊張しているからだ。
「俺のこと、好きなの?」
「ええ。好きです。」
「じゃ、じゃあ、付き合わない?」
青葉は生まれて初めて告白されたことに浮かれ、にやけた顔をしてそう言った。やっとゲームが始まるとヒロインが安堵していると涼子はすぐさま否定した。
「結構です。」
これには周りの人間もびっくりしている。言われた彼も呆然としている。
「え?」
「確かに私は小宮山君のことが好きですが、一方的な片思いですし、そもそも付き合おうとは考えてもいませんので。」
涼子にしてみれば彼とこうしてただ会話をしている今でさえ、心臓があり得ないくらい速くなっている。全力疾走した時よりも速そうだ。それが付き合うなんて状態になったらどうなるか。すぐさま心臓発作で死んでしまうのではないか。ずっと大好きだった青葉と同じ場所で、同じ時を過ごせているこの人生は一分一秒でも長生きしたい。
「それでは、私はこれで。」
そう言うと涼子は教室を出ていった。あまりの展開に静まり返る教室。『うっわー、振られてやんの』とからかうこともできず、『元気出して』と慰めるのもまた何か違う気がする。周りのクラスメートが何も言えないでいる中、その静寂を壊したのは青葉だった。
「・・・・ふ、ふふふ。あははははは!!」
やばい!壊れた!!みんなの意見は一致した。本音を言えば話しかけたくはないが、青葉の友人は自分しかこの笑いを止めることができないだろうと勇気を振り絞って声を出した。
「あ、あの、青葉?」
「今までどうすれば彼女ができるのかさっぱりわからなかったけど、俺、わかったよ。」
「え?」
「水落は一方的に俺のことが好きだって言っていたよな。要は一方的じゃなければいいんだ。そうすれば俺たちは付き合うことになって、俺に彼女ができる!!!」
「え?」
「でも、俺、水落のことよく知らないから、とりあえず、追いかけて一緒に帰ってみるよ。じゃあ、また明日な!」
唖然とするクラスメートたちを置き去りに、青葉は涼子の後を走って追いかけ、玄関で涼子に追いついた。
「一緒に帰ろう、水落。」
「え?いえ、結構です。」
「俺、水落から告白されてすっげー嬉しかったんだ。でも俺、水落のことあんまり知らなくてごめんな。だから、これから毎日水落と一緒にいて、水落のことを知っていきたいんだ。」
「あの、そう言うのは別にいいんで。」
「俺が知りたいんだ!」
このままだと平行線をたどりそうなので、涼子は本音を言うことにした。
「小宮山君、恥ずかしながら、私は貴方のことを好きすぎて、こうして会話するだけでも心臓に過度の負担が生じているのです。この状態が続くのは私の健康を害する恐れがあります。」
「そうか、俺も彼女を苦しめる彼氏にはなりたくないな。」
「わかってくれましたか!」
「もちろん。水落のためにも、こうして毎日一緒にいて水落の心臓に耐性をつければいいってことだよな。協力するよ、水落。いや、涼子!」
「・・・あの、名前で呼ぶのはやめてもらえませんか。今、心臓が止まるのかと思いました。」
「ごめん水落!!そうだよな、名前もだんだん呼んでいくことにするよ。」
おかしい、問題がすり替わっている気がする。そう思い、涼子はバクバクする心臓を抑えつつ、ドン引きされることを覚悟のうえ、告白した。
「小宮山君は私のことが知りたいと言いましたね?」
「うん。何でもいいから知りたい。」
「実は私は生まれる前から小宮山君のことが大好きで、この世界に生まれてからも、小宮山君を追いかけることを辞められなかった、言わば次元をまたいだストーカーなのです!!」
青葉に自分が彼女になるという可能性を捨ててもらうため、それはそれは重たい事実を暴露した。彼に嫌われるのはとても悲しいが、こんな告白を聞けば彼は自分から遠ざかっていくだろうと涼子は思ったのだ。でも実際に青葉に拒絶されるのは苦しかった。青葉の自分に向ける嫌悪の表情を見たくなくて目をつぶっていたのだが、あまりにも沈黙が続くので勇気をもって目を開けてみた。
・・・青葉は泣いていた。
「こ、小宮山君、ごめんなさい。気持ち悪かった?怖かった?あ、あの、クラスメートだから小宮山君の前に姿を見せないとか、できないんだけどなるべく気配を殺して」
慌てて言う涼子を青葉はギュッと抱き寄せた。
「・・がう。ち、がうん・・だ。うれし・・こ、こんな、す、すき・・そんなに・・俺の・・こと」
涙交じりで、一生懸命、青葉は涼子に『そんなにも自分のことを好きでいてくれる人が今までいたことない。嬉しい』と伝えたかったのだが、あいにく涼子は気絶してしまったため伝わらなかった。
・・・・・・・
それからどうなったかと言えば、小宮山青葉に彼女はできていない。だが、青葉は言葉の通り、学校がある日も休みの日も朝から晩まで時間の許す限り涼子と共にいる。そして、涼子に青葉に対する耐性がついたら、付き合ってもらう了承も取り付けた。
青葉の友人は生まれる前からストーカーって怖ぇ。と思ったが、今はどう見ても青葉が涼子のストーカーだ。きっと釣り合いが取れているのだろうと納得した。この友人も転生者だ。このゲームは妹がなぜか高笑いをしながらやっていたので、ドン引きして見ていた記憶がある。そう言えば、あれほどイライラしていたヒロインが最近大人しい。青葉に近づいてこないのか不思議になって、聞いてみた。
「そういや、小暮はどうした?」
「ん?ああ、彼女は俺らのキューピッドだからな!」
友人はまだ気が早くないかと突っ込みたかったが、その後の青葉の言葉に絶句した。
「お礼に誰か紹介しようと思って好みのタイプを聞いたら、俺みたいなのがいいって言われたからさ。従兄弟を紹介したんだ。まあ、俺なんかよりもいい男だけどね。で、二人は付き合い始めて俺もキューピッドみたいな!」
好みのタイプが自分と言われてスルーした青葉に絶句したのではない。その、『紹介した従兄弟』に絶句したのだ。あー、小暮可哀想に。青葉の従兄弟はこれまた前世で妹がやっていた乙女ゲーの攻略者だ。攻略者は全員ヤンデレだったゲームだ。
恐らく『お付き合い』の名のもとに色々な制限がされているのだろう。男子生徒と話しているのを見なくなった。まあ、一時期の必死さが無くなって逆に落ち着いているようなので、友人は気にしないことにした。
友人は傍観者でいることを選んだのだから。
なんかグダグダ感が否めない。
ちなみに、従兄弟と青葉は似ているので青葉もヤンデレ成分が高そう。きっと涼子は『彼女』にならないうちに『婚約者』又は『妻』になる。
お読みいただきありがとうございました。