祝福の儀式
私がここに呼ばれたのは祝福の儀式、まあ、簡単に言うと命名式らしい。
どうにも祝福というのは命名という言葉よりも神聖な感じがして素敵という発想から出た言葉らしくて、今では普通に命名式でいいんじゃないかという意見もあるらしいけど、一応命名という大事な行為だし、今までもそれでやってきたからええやないかという意見に負けているらしい。あと小さいけど面倒くさいしって言葉が聞こえた。絶対に聞こえた。
個人的にどうでもいいけど、竜族ってどことは言えないけど駄目っぽい印象しか抱けない。こう、長所はって聞かれたら腕力に自信はあります、とか言いそう。
それはそうと、突然命名と言われましてこちらとしても困惑している。
というか、そんな事よりおうどん食べたい。それが今の私のジャスティス。
おうどん、なんて愛らしい響きだろう。
歯を押すような弾力に、出汁の旨味がたっぷりと詰まったスープが絡まって口内を幸せで満たすあの味は一度食べたら忘れられない。人によって個性が出るのもなかなかいい。たとえば手打ち麺でも基本的な作り方が同じでも、力加減の違いとか、使用する水の量とか、あと寝かせた期間とかでも全然変わってくる。出汁だって千差万別で、それこそ好みが分かれるものだ。
トッピングは油揚げとかまぼこがいい。やっぱりスープをたっぷりと吸った油揚げをはふはふしながら食べるのは最高だ。かまぼこの触感もいい感じのアクセントになるし、天かすをのせるのも美味しさにプラス効果を付けてくれるから好きだ。ちなみにかき揚げは後乗せ派、サクサクとした触感と、少しづつスープを吸って変わっていく感覚がたまらない。
「ヨダレが、まったく……動くな」
いきなりムシュフシュお姉ちゃんがタオルで口元を拭いてきた。ヨダレ垂れてたらしい、反省。
それはそうと、そういえば名前を付ける儀式が云々って話をしてたんだっけ。
そんなのわざわざこんな夜遅くにする必要はないと思うんだけどなぁ、というか月が真ん中で輝く云々の件はいるのかな。なんとなく恰好いいからみたいな理由そうで嫌なんだけど。
でもそれを聞ける雰囲気でもない。何というか、私以外はそれなりに真面目だ。大真面目だ。
なんかやだなこういう空気、なんていうのか、余裕がないというか、蚊帳の外というか。
私の為の儀式なのに私が一番蚊帳の外な気がするのはどうしてだろう。いやまあ、入りたいとは思えないけど。
「さて、それでは祝福の儀式を開始する」
そう言葉を発したのは長いお髭が特徴的なおじいちゃん。もっふもふのまゆげのせいで目元が見せないけど、なんとなく優しそうな人、というか竜。白い後ろ髪を三つ編みしてみたらびっくりするくらい似合っていた。本人も気に入ったらしくて毎日それしてる。
この人は普段声がほわほわしていて眠くなるんだけど、今日はなんだかキリリとしている。……あ、ウィンクした。おちゃめさんだね。
「竜護の民よ、石像の前へ」
言われるままに私は石像の前へと移動した。より近くによっただけだけど、宝石がすぐ目の前にあるのはなんというか、こう、落書きしたくなる。
まあ、それはそれとしてやっぱり大きいだけあって迫力がある。何より造りが精巧で、本物の竜みたいだと思う程に恰好いい。これ、誰が作ったんだろう。まるで今にも動きそうな、多分名工って人が作ったんだと思う。
それはそうと、命名ってどうやってやるつもりなのかな。
普通にこの子の名前は○○とかじゃ駄目なのかな。それだと駄目な理由があるのかも。
まあ、このまま流れに身を任せればどうとでもなるだろうし考える必要はないか。
おじいちゃんがちらりと空を見上げる。つられて見ると真ん丸な、ぞっとするくらいにきれいな青の月が夜空の中で一際輝いている。大きい、……ここが高い場所にあるからなのかも。
頷いて、私に声をかけたおじいちゃんが、石像の宝石に触れるように指示してきた。
この宝石、なんだか輝いているような気がするけど気のせいかな。月の光を反射している訳じゃなくて、本当に輝いているように見える。
その輝いている宝石に掌を当てて、──痛っ。
針が刺さるような感覚がした。おもわず放して掌を見ると、ちょっとだけ血が出ている。
ただ、傷口はどうにもふさがっているみたいだ。本当に小さな傷だったらしい。
【命名依頼を確認】
【個体種族が竜護の民の為大神以上の権限者以外は自動で弾かれました】
【───ただいま審議中/しばらくお待ちください】
……え?
なにこの合成音声? 結構かわいい、なんというか、ツンデレロリっ子さんのセリフ言わせたい。
じゃなくて、審議中って何? 宝石から聞こえてくる怒声とかガッシャーンとか、泣き声とかズチャってなに? 宝石怖い、なにこれ、ほうせきちょうこわい。
それからしばらく剣呑な音が宝石から響いて、私がムシュフシュお姉ちゃんの足元で丸くなって震えていると、ようやく宝石が沈黙して、先ほどの合成音声がまた流れていた。
【命名──個体名「アリス」に決定しました】
【命名者は《魔賢神ハーゲンティ》です】
【ハーゲンティの子であるアリスには「錬金術GS」を習得しました】
【命名により世界に登録されました。これによりステータスの閲覧権を取得します】
【ステータスカード(GS)が体内に生成されました】
【竜護の民「アリス・ハーゲンティ」のステータスを開示します】
その合成音声が消えると同時に、私の目の前に一枚のカードが現れた。
それはうっすらと青い銀色のカードで、そこに書かれているのは、どうにも私の情報らしい。
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[名称]アリス・ハーゲンティ(竜護の民LV1)
[パラメーター]筋力1/頑強1/器用10(↑1up)/速度1/魔力0/幸運11,901
[スキル]<飽食2(↑1up)><裁縫7(↑1up)><従魔術1><治癒魔法1><超成長><超鍛練><∞収納空間><錬金術GS><霊視>
[称号]<忘却の転生者><神の愛娘><暴食娘>
[ポイント]0
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……んん?
なんだかステータスにひどく違和感を感じる。
なんというか、知っているものと違うというか、いろいろ足りない気がする。
でも何かわからない。そんな奇妙な感じだ。ただまあ、そもそも見たことのないものに違和感を感じるというのも変な話だと思う。
だからこれは気のせいだと切り捨てて、とりあえずムシュフシュお姉ちゃんに顔を向けて、
「ごはん?」
「……第一声がそれか」
何故か頭を抱えたムシュフシュお姉ちゃんに、私は首を傾げて、周囲の人は笑ってた。