試合開始
「試合開始!」
ピー!
キックオフです。
先攻は奇数チームから。
解説は、ナレーションをさせたら右に出る者しかいないで好評の私ナレーションと、出番が後半ということで、暇を持て余し、いやらしい視線を女子達に向けていた主人公の水樹でお贈りします。
【いやー、水樹さん、水樹さんは奇数チームということなんですけど、どうですか相手の偶数チームは?】
「そうですねー、偶数チームはウチと比べてサッカー部の割合が少ないかわりに、委員長を筆頭とした野球部が固まっていますからねー。チームワークは侮れないと思います。」
【そうですかー、おっと、早速偶数チームの野球部、あれはファーストの森根選手ですかね、相手のシュートを難なく止めましたね。】
「森根選手はキーパーに定評のある選手ですからねー、今までの防御率は0.5点と、フットサルゴールながら中々の防御率を誇っていますからね。」
【なるほど。それでは奇数チームは如何にあの森根選手から得点するかが重要ということですね。】
「はい、そういうことですね。でも、偶数チームは守りだけではなく、攻めもなかなかなんですよね。」
【というと?】
「それはですねー、あっ!これです!」
【むむっ!】
キーパーの森根は相手のシュートを止めた後、相手の選手が守りのため下がる前に、野球部ならではの強肩で一気に相手のゴール手前まで遠投する。
これは何も奇策ではなく、偶数チームのいつもの攻め方であり、奇数チームのゴール前には既に野球部の面々が待機しており、森根選手が投げたボールをトラップし、そのままシュートする。
「偶数チームは速攻が得意ですからね。こちらは常に気を張りながらプレーしなければいけないんですよ。」
【なるほど、今のシュートは惜しくも奇数チームのキーパーに止められてしまいましたが、あわやという場面だったことは確かですね。】
「しかし、守りにばかり入ってるとフットサルは勝てないですからね。ここは勇気を出して、ウチのチームには攻めていって欲しいです。」
しかしながら、水樹の期待とは裏腹に、前半の試合は手堅く守る奇数チームと、速攻でガンガン攻める偶数チームという流れで過ぎていき、
ピー!
「前半終了!」
審判役の委員長のホイッスルによって、0対0のまま後半戦、つまりは水樹の出番が回ってきた。
【おっと、ここでホイッスル。前半戦は0対0のまま終わってしまいましたね水樹さん。】
「はい、残念ではありますがよく守り切ってくれましたよ。まあ考えようによっては、舞台は整ったのかなと。」
【それは水樹さんが?】
「ええ、俺が勝負を決めてみせます!」
【おっと、水樹さんからなんとも頼もしく、勇ましい発言がありました!どうやら後半戦は水樹さんから目が離せないようです。】
「任せてください。軽く決めてきますから。」
【それでは後半戦もチャンネルはそのまま!間も無くキックオフです!】
水樹は解説席から離れ、コートへと戻る。
そして、ストレッチしながら考える。
いやー、改めて見るとコート中々広いんだよな。
魔法で身体強化すると、爆発的に身体能力が飛躍するからな。
狭いと勢い余って、そのまま壁にめり込みかねないぜ。
そう、水樹の言う通りここ与勝第三中学校の体育館はデカイ。
それは水樹の住む町にある体育館の中では一番の広さだ。
だから、体育館のコートを半分にしても充分にフットサルが出来るし、女子のほうも狭い思いをすることなく、バレーボールが出来る。
下手をすると、ドッチボールくらいならまだ出来るスペースがある。
とにかくそんな広さを誇る体育館だからこそ水樹は魔法を使えると考えたわけである。
馬鹿ですよね。
「えっと、水樹?」
「ん?」
なんだモブ男のくせに話しかけてきて。
腹痛か?俺は保健委員じゃないぞ。
「今日は珍しく後半に出るって話なんだけど、どこやる予定なの?」
どこ、とはポジションのことである。
「もちろんフォワードだけど?」
俺がフォワードやらないなら、誰がやるんだって話よ。
俺以外いないでしょ?
「・・水樹、今日は前半戦同点で迎えて、後半戦がいつもより大切になってる。」
「それはそうだな。期待されてるな」
俺の活躍が。
「そう!期待されてる!俺達サッカー部の活躍をな!だから、悪いことは言わない、というかこれは奇数チームのキャプテンとしての命令だ。お前はバックスで2人目のキーパーをやってくれ!」
な、なんだと?
この俺がバックス?
2人目のキーパー?
血迷ったのかこいつ?
それとも自惚れているのか?
・・自惚れてはいるな、完全に。
サッカー部てのは大抵ナルシストだし。
なんにせよ、俺に攻めをやらせてくれないのは、どうかしてる!
勝ちを諦めたようなもんだ。
いや、もしかするとこの考えは当たっているのかもしれない。
と言うのも、俺はこんな噂話を聞いたことがある。
”体育の試合には偶に不自然な勝ち方がある。それはキャプテン同士の秘密の取引で仕組まれた、八百長試合が原因だと。”
この話が真実だとするなら、俺がフォワードでないのも頷ける。
俺がフォワードをすると、得点してしまうからな。
せっかくの八百長が台無しになるというわけだ。
なんのために体育の授業で八百長なんか、と思うけど、おそらくは給食のおかずか、那由他関連を対価としているんだろう。
試合の勝敗を左右する女、那由他。
なんだか神様のようでムカつくな。
でもまあ、これは単なる噂話だ。
火のないところに煙はたたないというけれど、煙くらい火がなくたって、非がなくたってたつだろう。
こんな眉ツバな話も考慮しつつ考えるけど、一番俺がフォワードをやらせてもらえない可能性として高いのは女子の目線を俺に独り占めされたくない、というのとだろうな。
なんせ俺がフォワードをやると、間違いなく俺が、俺一人が注目されてしまって、本業であるサッカー部は出番なしになってしまうからな。
一人勝ちだ。
それはサッカー部として看過できる話ではないだろうよ。
まあ、気持ちは分からなくもないがな。
「・・・わかったよ。俺はチームのために後ろに下がっておくよ。」
もちろん嘘だがな。
「おーー!わかってくれるか!ありがとう!お前のためにも得点してくるから後ろは任せたぜ!」
バシバシと上機嫌に水樹の肩を叩くモブ男A。
「なははは、まっかせなさい!」
後ろじゃなく、前をな。
「よし!それじゃよろしくっ!」
またしてもハンドアクション付きのウインクをかまし、もう一人のモブ男Bのところへ駆けていくモブ男A。
恐らく、水樹の奴を上手く丸め込めたという見当違いな、勘違いの報告をしているのだろう。