那由他領域
「そういえば結婚で思い出したけど、昨日の返事をまだ聞いてないわね。」
「うっ、」
昨日の返事。
やっぱり、あれのことだよな。
俺のことが欲しかったとかいうやつ。
うーん、なんと答えたものか。
那由他ファンクラブのメンバーだったのなら、二つ返事でオッケーなんだろうけども。
俺はメンバーではないし、俺にとって那由他は・・。
嫌い、ではない。
確かに毎日、肉体的、精神的に暴力は受けている。
受けているけども、それは昔からだ。
今となっては那由他との絡みがないと、物足りないくらいになっている(けっしてドMという訳ではない)。
しかし、好きかとなると・・。
今はわからない。
那由他を好きかなんて、考えたことなかった。
俺にとって那由他は幼馴染みであり、ご近所さんであり、家族みたいなもんだ。
だから、好きだとか。
考えたこともなかった。
昨日の段階で考えることが出来れば、気持ちを整理することが出来れば少しは違っていたのだろうけど。
昨日は色々あり過ぎてそんな余裕はなかったし。
だから、どう答えよう?
しかし、ここははぐらかしてはいけない。
男が一番女の子に対してやってはいけないのは、曖昧な態度をとることだ。
そんなクソ野郎にはなりたくない。
よって、ここは正直に自分の考えを伝えよう。
まだ、分からないと。
「・・どうなのよ?」
那由他は少し俯きながら俺の返事を催促する。
髪の隙間から見える新雪のような頬には、春真っ盛りに咲き誇る、鮮やかな桜の色が混じっていた。
・・なれない比喩は使わないほうがいいかな。
あんまり、伝わった感じがしないな。
「そのことなんだけどさ ー 」
「きゃぁぁあおう!!那由他様よー!朝一の那由他様よ!」
「ハンパねえ!マジハンパねえ!」
俺が半殺しにされる覚悟をし、ありのままの気持ちを那由他に伝えようとした時。
俺の返事は黄色い奇声に遮断され、比較的穏やかな時間帯に別れを告げる。
どうやらいつの間にか那由他ゾーンに入っていたらしい。
ここで那由他ゾーンについて少し解説しておく。
那由他ゾーンとは、那由他の通う与勝第三中学校から半径1キロメートルの、広範囲に渡って敷かれている、那由他ファンクラブの領域みたいなものである。
このゾーンに入ると、殆ど必ず那由他ファンクラブの一員がいて、さながらパトロールのように付近を徘徊している。
彼らの目的はもちろんパトロールなんかではなく、那由他を発見することだ。
彼らは、那由他を発見すると、一回那由他に声を掛けた後に、仲間を呼ぶ。
一回声を掛けてから仲間を呼ぶのは、那由他との二人っきりの時間を味わうためだ。