聖職者と尼
ん?
誰だこのおっさん。
何処から現れやがったんだ?
さっきまでは居なかったよな?
俺たちとは10メートル程の距離。
そこには、妙なことを言う神父のコスプレをした壮年の男が立っていた。髪と瞳の色が同じ茶色のことから、日本人ではないだろう。なにやら右手に古ぼけた本を持っている。聖書だろうか。
ちなみに、俺が神父のコスプレと自信を持って言えるのは、男が顔に、いや、恐らくは全身に、妙な模様の刺青をしているからである。本物の神父さんが刺青してる訳がない。
「なによオジサン。若者二人の話しを盗み聞きとは、あなたの格好通り、いい趣味してるじゃ_ 」
那由他が持ち前のフレンドリーシップを発揮し、初対面のおっさんに向かって毒を吐いている途中、それは起こった。
刹那。
一瞬。
雲耀の速さ。
いや、雲耀は言い過ぎか。てか雲耀ってなんだ?
しかし、何故か俺には永遠の様に長い時間に感じた。世界がスローモーションになっていた。あまりにも現実離れしていたから。あまりにも信じられなかったから。
神父のコスプレの男が、空いている左手を那由他に向けながら、なにやら呟いた。すると、男の指先から一筋の閃光が走り、那由他の胸を貫いたのである。
(はいー、ここからはシリアスな展開に入りますよー。ギャグとかそういうのがドッと減りますけども、みんなも大好きな?剣と魔法が出てくるよ)
「那由他ーー‼‼」
あまりに突然の出来事に、呆然となりながらも、崩れ落ちそうだった那由他を既の所で受け止める。
一体どうなってやがる!俺らと、こいつ等以外止まってる?訳が分からない。そもそも、こいつ一人だし。意味不明だ。何処かにまだ仲間がいるのか?
受け止めた背中から、大量の血が流れでる。
温かく、赤く、そして、濃厚な血の匂い。五感すべてに
死を伝えてくる。
「うむ。やはり煩いのはどうも苦手だな。」
誰にともなく、一人独白する神父。
「テメー、一体なにしやがった?」
「何、とはどういう意味かな?」
一体何が言いたいんだ?というように、眉を寄せるエロ、じゃなくてエセ神父。
「那由他に何したかって聞いてんだよ‼」
ありったけの殺気を込め、神父に怒鳴る水樹。しかし、神父は何処までも冷静な様子で、
「煩いのは苦手だ。」
とだけ言う。
「クソッタレが!俺たちになんの恨みがあるんだよ‼」
「恨みなどは無い。しかし、殺さねばならない理由なら、ある。」
「わけわかんねーよ!」
先ほど那由他の胸を貫いた光閃もそうだが、あまりに現実離れしすぎている。
それに、殺されなければならない理由など、身に覚えがなさすぎる。何が平成だ!これじゃ那由他の言うとおり、乱世じゃないか。
「貴様が知らないのも無理はない。世の中がそういう風に出来ているのだからな。」
そう言って、一つ溜め息をつき、これだけ話せば十分だろうというように、俺に向かってさっき那由他に向けてやったように左手を伸ばす。そして、よもやこの言葉を言われる日がくるとは、というような言葉を発する。
「最後に言い残すことはあるか?」
……。
……。
乱世か‼
思わす心の中でツッコむ。いかんいかん。ここはシリアスな場面。先に公言した以上、ツッコミなんてコントチックなことしてはいけない。ここは真剣に。
「まさかこんなマンガみたいな台詞を本当に言う奴がいるとは思わなかっ…」
まさに最後の台詞を言ってる最中。ツッコミ魂が抑えられなくなり、思わずツッコミをいれている中。突然、足に激痛が走り激しくバランスを崩し、危うく那由他を落としかける。あまりの、突然過ぎる痛みに膝をつき、顔を顰めていると、
「危ないところでしたね。神父さん。」
そんな声が聞こえた。首を動かし、声のする後ろの方を見ると、2メートル程の薙刀を持った、凛々しい顔立ちの尼が立っていた。
「余計なことを。あなたが出ばらずとも、私一人で事足りていたはずです。それに、危ないことは何一つ無かったでしょうに。」
「もう。そんなこと言わないでよ神父さん。万が一って事もあるじゃないですか。」
状況を鑑みるに、俺の足を斬ったのは、あの尼らしかった。一体こいつも何処から現れたんだ。クソッ!これは現実なのか?痛い。焼ける。血が止まらない。足が動かない。恐らく先程の斬撃で(薙刀持ってるんだから斬られたんだよな?)足の腱をやられたのだろう。
「お前ら一体なんなんだよ‼」
痛みに耐えながらも、叫ぶ。しかし、俺の声など傾聴に価しないとでも言うように、完全に俺のことを無視したエセ神父は、
「まあ、それもそうだな渚。早々に始末してしまうとしよう。目覚めてしまうと、負けるとは思わないが面倒だからな。」
などと、またしても訳のわからない、訳ワカメなことを言う。恐らく先の展開の為のフラグ設置なのだろうが、読者が着いてきてるのか、心配になるくらい分かりづらいフラグだ。
「ふふ。あなたのそういう素直なとこ、とても好感的だわ。」
そう言って、神父姿の男と尼僧という不自然なコンビは俺に向かって歩きだす。どうやら俺の問いかけに答える気は無いらしい。どこまでも意味不明だ。ただ一つ分かったのは、今から俺を殺そうとしているということだった。
笑顔で。
まるで殺すことが、何より楽しいことだというように。
殺すことがなによりも快楽だというように。
なんとも凄惨な笑顔。(ちなみに、笑ってるのは尼の方で、シンプソン、もとい、神父さんは無表情だ。)
「へへっ、訳のわからないまま殺されるとなると走馬灯も見れないや。」
さっきまでは那由他を殺された怒りの感情が心を支配していたが、今は殺されるかもしれないという恐怖が心を渦巻く。
怖い。
恐い。
こわい。
コワイ。
理不尽過ぎる。
不自然すぎる。
おかしい。
分からない。
気持ち悪い。
「あらあら、男の子なのに情けない。喚かないで。ね?どうせ、誰も来ないんだから。」
喚いたつもりはないが、どうやらいつの間にか、何やら叫んでいたようだ。まぁこんな状況だ(どんな状況かと聞かれると、説明は難しいが)。頭ではなく、心が現実を否定しているのだろう。その否定が叫びとなって、口をでているのだろう。
「まあまあ、可哀そうに。まだ生きてやりたいことも沢山あるでしょうに。あの本にさえ書かれてなければね〜。」
まるで、小さな子どもをあやすような、そんな言い方でなにやら話しかけながら近付いてくる、渚という名の女。とても、今から俺を殺そうとしているとは思えない優しい口調。しかし、渚は分かっている。
それが恐怖を煽ることを。
知っているのだ。
それがなにより効果的なことを。
そして楽しんでいる。
俺が恐怖している様を。
情けなく怯える様を。
「私は君のそういうところに好感は持てんな。ターゲットは痛ぶらず一撃で仕留めるべきだ。」
「もう、真面目ねー、神父さんは。見てよあの顔。私たちにすごく恐怖してる・・・。・・・ああ、ソソるわ♡」
欲情しきった表情で、視線は俺を向いたまま答える渚。瞳は情欲に濡れ、息も荒い。とても出家したとは思えない、煩悩まみれな尼僧だ。
それを見て飽きれながらも、これ以上は意味なしと判断し黙る神父。きっとこのやり取りは毎回のことなのだろう。二人の俺との距離は1メートル。すでに薙刀の射程圏内だ(すると、さっきまではあんなに離れていたのに、どうやって俺の足を斬ったのだろうか?)。
「さあ僕?今から殺されるわけだけれど、最後に何か言いたいことはない?」
最後の慈悲のつもりだろうか。渚が優しく問いかけてくる。こんなマンガみたいな台詞、人生で二度も言われる日が来るとは思わなかった。
「クソッ。ふざけやがって。俺たちが一体なにしたってんだよ⁉」
精一杯の虚勢を張る水樹。未だに状況が掴めず、足の怪我が、俺の腕に抱かれながら目を閉じ、少しずつ、しかし確実に冷たくなっていく那由他が、死という終わりを伝えてくる。いつの間にか体が震えていた。そんな水樹を見て、渚が嬉々として答える。
「"あなたたち"はね、このまま育っちゃうと、よくわかんないけど、危ないんだって。だから、殺さなきゃいけないの。ごめんねっ!」
一つだけ言わせて。
殺人動機が雑っw