リーブ21
「少し静かに。」
俺の口から中学生の声に似つかぬ、渋い声で独白。
同時にフィンガースナップ。
その瞬間、先程と同じ違和感、そして時間が止まった。
渚は薙刀を振りかけた状態で止まっている。
後少しで空間ごと斬られていたという位置だ。
きっと、少し静かに、とか冷静に言っていたけど、内心ハラハラしていたに違いない。
その証拠に心臓がばくばく言ってるのが聞こえる。
「いやー、やっと落ち着いたねー」
多分俺に話しかけているのだろう。喋っているのは俺の口なのだが、操っているのはブレイドさんだ。自分に話しかけられるのはなんだか変な感じがする。
《でも、すぐ動きだすんじゃないか?》
今の俺ね。念のため。
「多分大丈夫だよ。この時間停止の魔法は抵抗するのが性質上難しいんだ。あの刺青神父ならともかく、この人1人だけなら、暫くは安心出来るよ。」
《なるほど、時間停止されたんじゃ動きようがないもんな。でも、なんであのエセ神父は抵抗できるんだよ?》
「それは恐らくだけど、あの体中に刻まれてる刺青のお陰だと思うよ。あの刺青で常時抵抗状態を維持するとこによって、僕のオハコである時間停止の魔法を打消したんだろうね。」
ふーん、何言ってるのか全然分かんないや。
ほじほじ。
「まあ、もっと上位の魔法を使えば抵抗とか関係ないんだけど、今は使えないから現状で何とかしないと。」
言いながら、先程指に嵌めた指輪(指に嵌めた指輪って字面が変な感じがするので、以後は指輪のことをリングと表記させてもらいます。べっ、べつに後から考えたらリングの方がカッコイイから変えたんじゃないんだからね!)に軽く口づけをする。
俺の口で。
すると、リングが淡く光だす。
《今から何する気なんだ?》
ただリングが光っただけなのだけれど、いちいち聞かずにはいられない。何故なら状況を把握、実況することが語り部である男、近藤水樹の役割りなのだから!
「現状で出来る最善ってとこかな。」
今の最善って逃げの一択では?
「今から少し集中するから静かにしてて」
何やら構えだすブレイドさん。
足を肩幅に広げ、リングを嵌めている方の手のひらを天高く掲げる。そして ー
「世界の理から外れ、幾星霜の彼方よりその任を果たせし時を待ちし御神刀よ!主人たる我が命を聞き、その役目を果たせ!ここに顕現せよ!”六合の終”‼︎」
ブレイドさんが恥ずかしい台詞を言い終えた瞬間、先程まで淡く光っていたリングが、一瞬目が眩むような眩い蒼光を放ち、指から消える。
そして、ブレイドさんの正面に一振りの剣が現れる。
その剣はこの世のモノでは作られていないことが見たものに分かるほど、異様な刀身をしていた。
いや、この例え方には語弊があるかもしれない。
何故なら刀身は見えないのだから。
うーん、なんと説明したら分かってもらえるかな?
例えるならブラックホールがそのまま剣の形をしているというか、刀身自体が黒過ぎて視認出来ないと言ったら分かってもらえるかな?(念のため補足として書くと、ブラックホールは光をも吸い込むから、光の反射によってモノを見ている人間の眼では見えないとされているんだ。)
眼では捉えられないその刀身はまるで、世界の枠組みから外れているかのように、その形に風景を、世界を斬り取っている。
「これが、こいつの真の姿だったのか…。」
自分で出しておいてその異様さにびっくりしているブレイドさん。
《えっ⁉︎見たことなかったの?》
「恥ずかしながら、僕はあくまで仮の主人でしかなかったから、身に付けることは許されても本当の姿を見たのはこれが初めてなんだ。」
ブレイドさんの言いようだと、まるでこの剣に意志があるように聞こえるけど、それは後々分かるか。
《でも何と無くこの剣が、出し惜しみをしていた理由が分かるよ。なんか、とてつもなくヤバイ感じがするよ。》
上手く言えないけど、この剣に関わると良くないことが起こる気がする。勘に過ぎないが。
「いやいや、そんなことあるはずないよ。だって、この剣は世界で最初に創造された剣だよ?神が丹精込めて、夜なべして作った最初で最後の剣だよ?御利益こそあれ、災いなんかとは無縁の代物さ!」
証拠を見せてあげるよとばかりに、中空に浮かびっぱなしの剣の柄を握る。
が、柄に触れた瞬間ブレイドさん(マイ・ボデイー)の残ってた方の腕が肩口から綺麗に、そして景気良く吹っ飛ぶ。
うーん、ホームラン。
「これはビックリ!」
《言わんこっちゃない!ビックリとか言ってる場合とちゃう!俺の腕拾ってきてよ!》
今は身体の主導権はブレイドさんにあるので痛みはないが、吹っ飛んでいったのは確かに俺の腕なわけで。
これでめでたく両手が無くなりましたという訳である。
そんな状況なのに、ブレイドさんには慌てた様子も、痛がる様子もない。それどころか、少し笑っている。
…気が触れたか。
《しっかりしろ!ブレイドさん!正気に戻って!早く傷口押さえないと出血多量で死ぬ‼︎》
今の台詞から分かる通り、俺は動揺している。だってそうだろう?一日に腕二本も吹っ飛ぶんだぜ?まったく、なんて日だ!
「うーん、ベホイミ!」
ブレイドさんが例の回復魔法を唱える。
するとさっきまで景気良く流れていた血が止まり、それどころか腕が二本とも元通りになっている。
どんな感じで元通りになったのかと言うと、生えてきたというより、時間を巻き戻して腕があった状態に戻したって感じだ。
コピー&ペーストって言ったらイメージしやすいかな?
とにかく一瞬の出来事だった。
その余りにも呆気なく腕が戻ったことへの安堵感に浸って、失って初めて当たり前の大切さに気づくなーとか考えていたら、
「うーん、やっぱ駄目かー。身体は正統の主でも中身が違うと拒絶されるっと。」
どこから出したのか、小さなメモ帳に何やら書き込むブレイドさん。
他人のメモ帳を勝手に読んではいけない。
いけないと思いながらも、中身を見る。
なるほど、全く見たことない言語で書かれている。
読めない。
そういえば、ベホイミの件について何も言及してないな。まぁ、いっか!
《メモとかとってる場合じゃないよブレイドさん!この剣危険すぎるよ!触っただけで腕吹っ飛ぶってどんな設定だよ!プライド高いにも程があるよ!気安く触れないでよねってノリで腕吹っ飛ばしてるよ、絶対!》
「確かにそうかも」
頷きつつ同意するプライドさん。だんだんと気が合ってきたのか。
《でも、困ったな。そのいかにも切り札的剣が使えないとなると、どうやってこの変態尼僧とバトればいいんだ?》
「魔法でって言いたいところだけど、今の僕は水樹を通して向こう側から魔力を送っているから、どうしても使える魔法も威力も制限されてしまっているんだ。だから、やっぱり何か武器が欲しいとこだよね。」
頭を掻きながら話すブレイドさん。武器ねーと考えながら何気無く渚の薙刀を見る俺。
我に策あり!
《ブレイドさん!ブレイドさん!今のうちにあの”巴”とかいう薙刀を奪っちまえばいいんじゃないでしょうか!そして奪った後は薙刀で一思いに殺ってしまえばいいのではないのでしょうか!》
全く俺は空前絶後の天才だぜ!
時間が止まっているうちに攻撃してしまえば、魔法の効力が解けた瞬間ズタボロのボロ雑巾が出来上がるって寸法よ!
「いや、この魔法は範囲内にあるモノを時間、空間ごと固定するって感じなんだ。だから、固定された空間でボコボコにしても相手になんの影響も与えられないんだ。」
《ん?よく分からないんだけど、なんで影響を与えられないんだ?もしかして、影響を与えることが出来ると最強過ぎるから規制掛かってるの?作者の都合ってやつ?ないわー、マジないわー。冷めた、マジ冷めたわー》
心底ディープに軽蔑だわー。
「いやいや、誤解だよ!そんな露骨な理由じゃないよ!流石にそんな不自然な理由をつけて良しとするほど、作者さんも人間落ちぶれてはいないよ、…多分。」
そこは自信を持って弁護しようよ!ブレイドさん…。
でも、ありがとう、なんだか少しだけ元気がでたよ。
《じゃ納得できるようなご高説をお聞かせ願おうか!えぇ?》
別に身体の主導権を握っているわけではないので、何も出来ない無知で無力な水樹が喚く。
あー五月蝿い。五月蝿くて敵わん。
態度もデカイし、ストーリーテラーの仕事も疎かにするし、本当いいとこが見つからない。
さっき渚に殺られてしまえば主人公変えられたのになー。
あっ!そうだ!今からでも遅くない!
話を弄って水樹のビチクソ野郎を主人公の座から降ろしてしまえば ー
《おい、おい、おい!少し文句行っただけでナレーションに棘つきすぎだろ、作者!どんだけ狭心者なんだよ。ナレーションって客観的に状況説明する役だろ?それをどんだけ私怨練り込んだナレーションしてくれとんねん!少女拉致監禁の容疑で逮捕されちまえ、くそったれ!》
ほう。全能の神に等しいナレーション様に対してその暴言。天に唾するに等しい行為だな。
私の気分一つで物語がどんな展開にもなると言うのに。例えば、今までの話を全部夢オチにして、新しく物語を作ることだってできるんだぜ!
《はい。こいつのことはリーブ21の前にでも置いといて、話を元に戻します。えーっと、何処からだっけ?》
「時間停止系の魔法がよく分からないってとこからだよ。」
《そうだった、そうだった。影響は与えられないんだっけか。》
「そうだね。この制約に関しては、現状何も出来ないね。だから、魔法が解けた時のことを考えて、武器が欲しいなってことになったんだっけ。」
武器か。
今目の前に浮いている剣は持つだけで、腕が吹っ飛ぶ仕様になってるから論外だな。他に何かないかな?
ここは体育館屋上。
夕陽も落ちかけた、薄暗い空。
上を見上げれば一番星。
今日は三日月。
まだまだ肌寒く、
しかしはっきりと春の到来を感じられる温度ではある。
眼下にはプールやグラウンドが見える。
…つまりは何もないということである。
《ブレイドさん。ブレイドさん。なんか道具だしてよー。》
「全くしょうがないなー水樹君は。タタラ、タッタター!ジャパニーズ、カタナー!」
ブレイドさんが何もないところ、腰の横あたり。
侍がちょうど刀をさしてるとこあたりから、刀を引き抜く真似事をする。
すると、まるで透明な鞘から刀を抜いたかのように、空間から刀が現れる。
その刀は、特に形容しなくてもいいような普通の刀だった。
《ブレイドさん。落差が激しくて、俺も読者も着いていけないよ。なんで、魔法という超ファンタジーな力で出した刀が普通の刀なんだよ!》
「僕もね、なんか装飾しようとしたよ?刀身を輝かせるとか、逆に透明にして不可視にするとかね。でも ー 」