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 第七章 王子を守ったお姫様

「・・・・・・血、もらってもいい?」

「ああ。適当に吸ってくれ」

「・・・・・・」

 ベッドに寝転がっているイオの血をカエデは吸う。

 ずっとこんな調子だ。

 あの日、魔王サタナスが消滅した日に、イオ、カエデ、ソニアは一度入院した。

 イオは今も入院中だが、カエデは負ったダメージが少なかったことと、吸血鬼の回復力のおかげですぐに退院することができた。

 それから毎日お見舞いに来ているのだが、いつもイオはずっと寝転がり、無気力な目で天井を眺めている。

 イオたちが入院した翌日、カエデたちは学院長からこんな話を聞かされていた。

『残念だが、彼女の姿は確認できなかった。だが、これだけは見つかった』

 カエデはその時手渡されていたものをポケットから取り出す。

 水色の、ボロボロになったリボン。

 これは、あの時ルニャがつけていたリボンだ。

 カエデはそのリボンをポケットに入れ直すと、テレビをつけた。

 このリボンを見ていると、あの時ルニャを止めていればよかったと後悔してしまう。

 そんなこと考えてはダメなのに、どうしても考えてしまう。

「・・・・・・」

 カエデの背中を見ながらイオは考える。

今、自分が何をしたいのか。

 答えは簡単だ。

 ルニャに会いたい。

 自分の命と引き換えにルニャが生き返るなら、命を捨てる覚悟だってある。

 これほどまでに誰かに会いたいと思ったことはあっただろうか。

答えはないだ。

 イオは目を腕で隠すと、涙を流した。

 会いたい。

 今すぐに会って、カエデに預けているリボンをルニャに結んでやりたい。

 何回か頼んできたとおり、喉もなでてやりたい。

 手も握りたい。

「ルナ」

 おえつを漏らし始めたイオに、カエデはどうしたらいいかわからなかった。

 ここに毎日通い続けているのは、ただ血を吸いに来ているだけではない。

 できるだけ、イオを元に戻してあげたかった。

「おやつ」

 カエデはイオに抱き付いた。

「カエデ?」

「おやつ泣いてると、カエデ悲しい。早く元気になって」

 どうすればイオが元気になってくれるのか、カエデにはわからない。

 カエデはギュっと小さな拳を握ると、覚悟を決めたように目を瞑り、

「っ!」

「ん、」

 イオの唇に自分の唇を重ねた。

 突然のことにイオは目を見開く。

「ぷはぁ」

 糸を引きながら、カエデは唇を離す。

「か、カエデ!?」

「は、初めて・・・・・・だから」

「お、俺もだ」

 イオと目を合わせると、カエデは慌てて顔をそらした。

 顔が焼けるように熱くなり、鼓動が早鐘のように脈打つ。

 ものすごく恥ずかしい。

 いくらなんでも、今のはもうちょっと考えてからやったらよかったと、少しだけ後悔した。

 でも、イオとの初めてだったから嬉しい。

 それに、イオも初めてだったから、もっと嬉しかった。

 イオを元気にするためにキスしたのに、自分が嬉しくなってもいいのかな? とカエデはちょっと首を傾げてみた。

「おやつが元気になってくれるなら、カエデ何でもする。殴られても、おやつのためなら嫌でも我慢する」

「ホントにいいのか?」

「な、殴る時は、やさしくしてね」

 ギュっと目を閉じ、体をこわばらせたカエデの肩をつかみ、イオはベッドに押し倒す。

 きょとんとしているカエデはイオに腹の上にまたがられているのを見ると、

「マウントポジション・・・・・・殴られても頑張って我慢する」

「殴ったりしないよ。けど、もしかしたら俺はカエデにもっとひどいことをするかもしれない」

「ひ、ひどいこと? 何されるかわからないけど、それで元気になってくれる?」

「・・・・・・」

 カエデの目には、何をされるのかわからない恐怖で涙が浮かんでいた。

 イオは無言でカエデに抱き付いた。

 カエデのやさしさ。

 ただ、イオに元気になってほしいという願いから、カエデは何でもしようとしてくれている。

 そんな彼女を、汚すことは許されるのだろうか。

「ごめんカエデ。俺は、あいつのことを忘れられない」

 カエデを座らせ、乱れた制服を治す。

 それを聞いたカエデは肩を落とした。

(カエデじゃおやつ治せない・・・・・・やっぱり、あの話をした方が。でも、当てが外れてたらおやつはもっと落ち込む。多分、カエデも)

 首を横に振ると、カエデは立ち上がった。

「また、明日も来るね」

「いつも来てくれてありがとうな」

 イオが感謝を述べると、カエデは微笑み出ていった。

 カエデには感謝している。

 カエデがいつも来てくれているから、少しは元気が出てきている。

最初のころは、飯が喉にも通らないほどイオは落ち込んでいた。そんなイオに、カエデはいつも元気にさせようと来てくれた。下手な手料理を作ってくれたり、紙芝居を作って読み聞かせてくれた。ネタがないときには一人劇をしたり、変顔をしたりもしてくれた。変顔をした後、カエデが顔を真っ赤にした時にはイオが慰めて、お互いに笑ったこともある。

 最初のころは、カエデにも当たっていた。

作ってくれた手料理は床にぶちまけ、読み聞かせてくれていた紙芝居を途中で破ったりもした。

その時のカエデの表情は今でもよく思い出せる。

目に涙を浮かべ、泣きたそうな表情。それを悟られないように、カエデは決まって微笑んでいた。

イオは知っていた。

そのあと、部屋から出たカエデが泣いていたことを。

悪いと思っていても、その時はカエデに当たることしかできなかった。

 いくらイオに当たられても、カエデはあきらめ無かった。

 もし、途中からカエデがあきらめていれば、こんな短時間でここまでは元気は出なかった。

 あとは、イオが現実を受け止める番だ。

 土台はカエデが調えてくれたのだ。

 ルニャの死を、早く乗り越えてカエデを安心させてやりたい。

「・・・・・・ダメだ。あいつを忘れることなんて、俺にはできない」

 イオは現実逃避するかのように、眠りについた。






 ルニャの部屋に戻ったカエデは鉛筆を握り、新しい紙芝居を作っていた。

 最初はイオに絵が下手だと言われたが、今ではかなり上達したと自分では思っている。

 机の引き出しを開けると、過去に作った紙芝居がいくらか入っている。その下の引き出しを開ければ、イオに破られてしまった紙芝居が入っている。

 カエデはできるだけ、その引き出しは開けないようにしていた。破られた紙芝居を見ると、どうしても泣きたい気分になってしまう。

 初めて破られたときはすぐに涙が出て、慌てて病室から出ていった。そのあと一日中泣いたことは今でもよく覚えている。

 初めて作って初めて破られた。

 カエデは頭を振り、紙芝居作りに戻る。

 タイトルは、『王子を守ったお姫様』

 元ネタは、ルニャ。

 ただし、この話は最後にはハッピーエンドを用意している。

 違う。

 カエデが、こうなればいいという妄想をただ書いているだけの紙芝居だ。本人もそれを理解しているが、これは書き上げると決めている。

 そして、イオに伝えるのだ。

「ネコさんに会えるかもって」

 そのために、カエデは今日も徹夜でこの紙芝居を書いていく。

 吸血鬼は本来夜型の種族だが、生活サイクルを昼間にしていたカエデにとっては少ししんどい。

 けど、このしんどさでイオが元気になってくれるなら、それは何よりもうれしいことだ。

 カエデは大きなあくびをし、時計を見る。

 もうじき、夜にしかできない用事がある。

 それまでは頑張って紙芝居を書いて、それが終わってからも寝るまで紙芝居を書く。

「あ、イオのお姫様カエデがいい」

 と思ったが、既に猫耳のお姫様を描いていたため、書き直しはしぶしぶあきらめた。

 でも、紙芝居の中だろうと、イオのお姫様がルニャだというのは、少しだけショックだった。

「頑張って、カエデがおやつのお姫様になる!」

 月に拳を突き出し、ルニャへと宣戦布告をする。






 とても暗い。

 ここはどこなのだろう。

 自分がだれかわからない彼女は、暗闇をさまよっていた。

 目的がない。

 生きているのかすらもわからない。

 この猫耳も、ネコの尻尾も、どうしてあるのかわからない。

「私は、誰ニャの?」

 彼女は答えを求め、ただ歩き続ける。

 そして、なぜか記憶にある名前を口にする。

「イオに、会いたい」

 どうして会いたいと思うのだろう。

 それすらも、わからない。






 ―――数週間後

「ん」

 眠たい眼をこすりながらイオは目を覚ます。

 上半身を起こそうとして、腹に圧力が加わっていることに気が付いた。

「はぁ。起きろカエデ」

 腹を枕にして、膝を床につけているカエデの肩をゆする。

 すぐにカエデは目を覚まし、パチパチとあたりを見た後、イオの顔を見る。

「おはよう」

「おはよ。涎ついてるぞ」

 イオに指摘され、カエデは頬を赤く染める。カエデはイオに差し出されたティッシュを奪い取ると、後ろを向いた。

 涎を拭き、振り返ったカエデは言う。

「女の子の寝顔見るなんて、おやつのエッチ」

「俺が悪いのか? そんなことはどうでもいいか」

「よかった」

 嬉しそうに微笑むカエデに、イオは首を傾げる。

「おやつ、元気結構出てきた」

「カエデのおかげだな」

「カエデのおかげじゃない。おやつが元気になろうとしてくれたから、おやつ元気になってくれた」

「ならないと、カエデに申し訳ないしな」

「っ! ・・・・・・うん」

 わずかに頬を赤くして、コクンとうなずいた。

 そういえば、この仕草も久しぶりに見た気がする。

 イオがカエデの頭をなでると、嬉しそうに目を細める。

「おやつの頭も撫でる」

 カエデはそういうと、早速イオの頭をなで始めた。

 ただ、その体勢がかなりまずい。

 イオの頭をなでているカエデは、イオを抱くようにして頭をなでている。

 しかも、その、胸が顔に当たって、

「もが」

「ひゃんっ! お、おやつ!?」

 慌てて離れたカエデは胸を隠すように肩を抱き、顔を真っ赤にする。

「・・・・・・おやつのエッチ」

「すまん」

 イオが素直に謝ると、カエデはテーブルの上に置いていた封筒から中身を取り出した。

 紙芝居。

「カエデの紙芝居も久しぶりだな」

「絵、上達した」

 表紙を見ると確かに上達はしているが、劇的な変化はない。

「じゃあ、読む。タイトルは、『王子を守ったお姫様』」

「・・・・・・変わった、タイトルだな」

「むぅ。タイトル言ったら最後まで喋るのダメ!」

 そういえば、カエデはタイトルを言ってから口を出されるのが嫌いだった。

 イオが謝るとカエデはすぐに機嫌を取り戻し、表紙をめくった。






『王子を守ったお姫様』

 とある国に、魔王にとらわれたお姫様がいました。

 王子は信頼できる翼の生えた女の子と、剣の腕が強い女の子と一緒に魔王を討伐しようと向かいました。

 ですが、お姫様は自分の力ですでに魔王と戦っていたのです。

 王子も加わり、魔王を討滅するのも時間の問題となってきました。

 しかし、魔王はまだ力を隠し持っていました。

 人間だった魔王の腕に黒い竜の鱗が現れました。

 尻尾も生え、黒かった髪の毛はどんどん銀色に変化します。

 そしてその力も圧倒的に増え、王子達を追い詰めます。

 とうとう王子たちは倒れてしまいました。

 王子にとどめを刺そうとした魔王に、お姫様は抱き付きました。

 お姫様は魔王とともに空へと飛び、どんどん高く上っていきます。

 そして、空には盛大な花火が咲きました。

 それは誰も見たこともないほど大きく、きれいな花火でした。

 その花火の正体に、王子はすぐに気が付きました。

 王子を守るために魔王を道連れにしたお姫様だと。

 その日から王子様は元気を失いました。

 翼の生えた女の子は王子に元気を取り戻してほしく、毎日看病しました。

 最初のうちは女の子に当たっていた王子も、次第に元気を取り戻してきました。

 ある日、王子と女の子の前に一匹の猫が現れました。

 ふとしたきっかけで王子様がその猫とキスをすると、その猫はお姫様へとなりました。

 王子様は思いました。

 これはきっと、神様がお姫様を生き返らせてくれたのだと。






 カエデの紙芝居はそこで終わった。

「おやつに聞いて欲しい話があるの。聞いてくれる?」

「カエデ、今の紙芝居」

「先にカエデの話聞いて。おやつなら、カエデがこの紙芝居作った理由分かると思う」

「・・・・・・わかった」

 カエデは紙芝居をテーブルに置くとイオの隣に座り、手を握る。

「どうしても話やめてほしくなったら強く握って。やめるから」

 イオがうなずくと、カエデはどう話そうか少し迷う。

 昨日の夜も、紙芝居を読むときも考えていたが、どう話せばイオを安心させられるかがいまいちわからない。

 カエデは閉じていた目を開けると、語りだす。

わからないから、思いつくままにしゃべる。

結局は言い方が変わるだけで、伝えることは変わらないのだから、楽な方がいい。

「もしかしたら、ネコさんとまた会える」

 その一言で、イオの目の色が確実に変わった。

 同時にカエデの手が強く握られる。

「おやつ痛い! 強く握りすぎ!」

 涙を浮かべ、半目でにらみながらカエデは怒る。

 確かに強く握れとは言ったが、痛くなるほど握られるとは思わなかった。

「悪い。続けてくれ」

 どうやら、嫌だったわけではなく無意識に力が入っていたようだ。

 カエデは痛く握られたことで少し不機嫌になり、頬を膨らませる。

「おやつは結界魔術のことどれぐらい知ってる?」

「最強の防御魔術ってことぐらいだ」

「やっぱり。おやつ、結界魔術のもう一つの特徴知ってたら、多分そこまで落ち込まなかった。カエデは知ってたから、あまり落ち込まないですんだ・・・・・・痛い」

「悪い。なんか馬鹿にされたみたいで腹が立った」

 カエデは一度握っている手を離し、むぅとイオをにらむ。そして、お返しとばかりに強く握り返す。

「強く握り返したらダメ! 痛い」

「理不尽だな」

 カエデが一睨みすると、イオは手の力を抜いて口を閉ざした。

 カエデはイオの手をやさしく握り直すと語りだす。

「おやつのせいで脱線したけど、結界魔術にはあまり知られていないもう一つの特性がある」

「特性?」

「説明してるとき口挟むのダメ」

 カエデが握っている手を強く握ると、イオは素直にうなずく。

 これ以上、痛い思いをするのはごめんだ。

「結界魔術が攻撃魔術の威力に耐えきれずに破壊されるとき、その膨大な魔力は一瞬だけ術者本人に向けられる。大体のケースはその時に死ぬけど・・・・・・」

 そこで話を一度区切り、イオの顔を見る。

 やはりというべきか、うつむいて少し暗くなっている。

 あのとき、ルニャが使った結界魔術は魔王サタナスの最上位爆破魔術によって破壊されていた。付近の地面はえぐれ、その場にいた者たちは軽い怪我を負ったが、ルニャを責めたものは誰一人としていなかった。

「おやつ聞いてた? 大体のケースってカエデは言った」

「聞いてるよ。その時に大体は死ぬ・・・・・・大体? 他の可能性があるのか!?」

 ようやく、イオに前から話そうと悩んでいたことを話せる。

 カエデは肩をつかんできたイオの手をゆっくりと握り返し、コクンとうなずく。

 痛かった。

「一か所に膨大な魔力が集まったらどうなるかは知ってる?」

「いや」

「いろんな現象が起きるの。で、カエデはその中でネコさんに会える可能性があるのを一つだけ知ってる」

「本当か!?」

 また肩をつかまれ、仕返しにカエデはイオの首に噛みついた。

 さっきから強く手を握られたり、肩を痛く握られたりしてカエデのご機嫌はななめだ。

 本当なら舐めずにこのまま血を吸おうとしたが、それはかわいそうだったので一度口を離し、舐めてからもう一度かぶりついた。

 やっぱり、イオの血は美味しい。

 カエデは満足そうにイオの血を飲み終えると、機嫌をよくした。

「可能性は砂漠から針一本探す程度だけど、『集まった魔力で凝縮されて封印石になることがある』、っていろんな本に書いてた」

「なぁカエデ」

「探すなら、夜のほうがいい。封印石は月の光に反応して魔力が高まりやすい」

「いや、今から探しても問題ないだろ?」

 カエデはため息をつく。

 イオのことだから、そういうと予想できた。

「来て」

 その言葉を合図にドアが開かれ、そこからリッカとソニアが入ってくる。

 二人とも、なぜか汚れた運動服を着ていた。

「今までカエデたちもネコさんの封印石毎日探してたけど、まだ見つかってない・・・・・・カエデはたまにしか探せてないけど」

 探し始める時間まで起きられない時がある、とまではいわない。

「じゃあ、あいつは」

「違う。封印石の魔力反応は夜になっても、本当に微々たるものだから、カエデたちは感知できなかっただけ。それに封印石のサイズも一センチだから、多分爆風でどこかに飛んでるから、すぐに見つからない」

 落ち込みかけたイオにカエデは必死にフォローする。

「でも、よく考えたらそんなうまい話があるわけないよな。砂漠から針一本探し出す確率なんだろ? どんだけ低いんだよ」

 イオは壁を殴り、肩を震わせる。

「あいつには、もう会えないんだな」

 あきらめた。

 イオがあきらめたことを、カエデは確かに感じた。

 そして、

「おやつのばか!」

 カエデの平手がイオの頬を叩いた。

「キューちゃん!?」

「な、何をしておるのだ!?」

 カエデには黙って手と言われていたリッカとソニアだが、思わず声を出していた。

「おやつのばか! カエデたちはずっとそんなことないって頑張ってきた! ネコさんなら、絶対にカエデたちに会えるように頑張って封印石になってるって信じて、寝る時間も削って探してた! それなのに、それなのにイオは探しもせずにあきらめるの!?」

 もう一度、イオの頬にカエデの平手がとんだ。

 カエデが涙を流していた。

 ルニャがいなくなった日から、カエデはイオに心配させないようにと、いくら泣きたくなっても必死に我慢していた。

 初めて作った紙芝居を破られたときには、すぐに涙が流れてしまったが、イオに見られないようにとすぐに部屋を飛び出したほどだ。

「おやつだったら・・・・・・」

 カエデはイオの胸元に顔をうずめる。

「おやつだったら、絶対にあきらめないと思ってた」

 イオはカエデの背中に手を回して頭をなでる。

「・・・・・・ごめん。さっきの言葉は忘れてくれ。ちょっと変になってた」

「ホント?」

 顔をあげたカエデの涙をイオは手ですくう。

 イオがうなずくと、カエデは微笑んでイオに抱き付いた。

 泣いてる顔も可愛いけど、カエデは笑っている顔のほうがかわいい、とイオは素直に思った。

「お兄ちゃん」

「イオ。それは少々不健全ではないか?」

「ん?」

 イオは自分の今の状況を見て、改めてカエデに抱き付かれているということに気が付いた。

「か、カエデ! 離れろ!」

「いや」

「いやってお前な」

 強引に引きはがそうとしても、腕に力を銜えられて余計に強く抱き着かれる。

 なんだか柔らかいものが体に当たって気持ちいいような。

「おやつに抱かれると気持ちいいから好き。でも、痛くされるのは嫌。そ、それに・・・・・・」

 カエデは顔を赤くすると、口元に手を当てて顔をそむける。

 なんだか女性二人からものすごい嫌悪の目で見られている気がする。

「あ、赤ちゃんできてたら・・・・・・当分抱いてもらえない」

「はぁっ!?」

「お、お兄ちゃん!? あ、赤ちゃんってどういうことですか!?」

「き、君というやつは!? 捕縛だ!」

「ま、まて! 俺はそんな記憶ないぞ!? どういうことだカエデ!?」

「え、え?」

 三人に視線を向けられ、カエデは戸惑う。

 胸の前で指をもてあそび、恥ずかしそうに頬を赤く染める。

「え、えーと。おやつと、その・・・・・・したから」

 イオがリッカとソニアの攻撃を避けている様子を見ながらカエデは首を傾げた。

(キスって、そんなにダメなことだった? で、でも。キスしたから、赤ちゃんできてたらどうしよう)

 カエデがそのことを二人に伝えると、二人は顔を真っ赤にして部屋から出ていった。

 二人が出ていくと、カエデは顔を赤くしているイオの服を引っ張り、

「勘違いってあの二人言ってたけど、何と勘違いしたの? キスって、赤ちゃんできるって聞いたけど、間違い?」

 イオは黙秘権を使うことにした。

 そういうことを、男が女の子に教えるのはいろいろとまずい。

 イオが黙っていると、カエデはお腹をさすりだし、

「女の子だったらいいな」

 と、物騒なことを言い始めた。

 しかも、名前までも考え始めた。

 これ、本当のことを教えたほうがいいんだろうか。

「おやつ、一か月たったらまたギュってしてもいい?」

「一か月?」

「人間も吸血鬼も、赤ちゃん産むまでにかかる時間同じ。だから、一か月以上は短くならない・・・・・・キスしてから時間たつから、あと一週間ぐらい?」

(・・・・・・無知すぎるだろ。正しくは十か月だって)

 イオはこめかみを抑えると、適当に話を合わせることにした。

 どうせ生まれることはないのだ。

 それに、そのうち本当のことに気づいてくれるはずだ。






 夜になると、四人はルニャが封印石になっていることを信じて封印石を探し始めた。

 イオは昼から探そうとしていたが、カエデの勘違いのせいもあって、時間がずいぶんと遅くなったのだ。

 炎で周囲を照らしているが、それでもこの暗い森の中では周囲数メートルしか見えない。

「あんまり離れないほうがいいかもな」

「迷ったら大変」

 カエデは慌ててイオの服をつかみ、コクコクとうなずく。

 リッカが耳を貸すように手招きをし始め、イオは耳を貸す。

「キューちゃん、ちょっと前に迷子になったんですよ。それに、キューちゃん炎維持するの苦手みたいで、周り照らすことできなかったみたいなのです。見つけたときは膝を抱えて泣いていました。『お化けさんに食べられる』って感じのこと言ってましたよ」

「い、犬さん! それ内緒にしてって言ったのに!」

 カエデは恥ずかしそうに頬を赤くして、イオの服を握っていない方の手でリッカの胸元をポカポカと殴る。

 たしかにカエデは炎で明かりを照らしていない。

 でも、暗いのが怖い吸血鬼ってどうなのだろうか。

 イオが笑っていると、怒ったカエデがイオの首に噛みついた。

 





 固まって探しても効率が悪いと判断し、四手に別れようとイオは話しを持ちかけた。

 カエデはそれを聞いた瞬間、イオの腕にしがみつき速攻で拒否した。

「か、カエデお化けに食べられる」

「そういえばお前照らせないんだったな」

「次馬鹿にしたら、血、全部吸う・・・・・・!」

 涙目で見上げてきたカエデの頭をなで、三手に分かれるということで話はまとまった。

「私、お兄ちゃんと一緒に行きたいです」

「おやつはカエデのもの!」

「むー。いいじゃないですか。ちょっとぐらい譲ってくれても」

「まてまて。カエデが誰かと絶対組まないとダメだろ。お前が俺と組んだら、カエデ一人になって泣くぞ」

「ソーちゃんと組めば問題ないです!」

「ダメだ。数でわかれるんだから、いろんな方角を探せた方が手っ取り早い」

 結局はくじ引きで決めるという形になった。

 くじの結果を見て、パートナーが決まったカエデは大変ご機嫌な様子だ。

「あー。カエデ?」

「なに?」

「俺としてはうれしんだが、何というか」

 イオはカエデを見てどうしようか考える。

 手にはイオが引いたカエデとペアのクジが握られていて、嬉しそうにイオの腕に抱き付いている。

 ただ、ここで問題なことがある。

「その、カエデの胸が腕に当たってるんだが・・・・・・」

「っ! おやつのエッチ・・・・・・」

 カエデはイオから離れ、服をちょこんとつまむことで我慢することにした。

 小さいからほとんど感触はなかったが、伝えておいて損はなかったはずだ。あとでばれて噛みつかれるのに比べれば。

 イオは炎で照らされている部分を探しながら、魔力反応も同時に捜していた。

 周囲一キロの範囲を探しているが、動物などのごくわずかな魔力のせいでほとんどあてにならない。

 ガサガサ

「っひ!」

 森の木が揺れ、カエデは涙目でイオにしがみつく。

「ただの風だ」

「あ、あの」

 おどおどと、カエデが恥ずかしそうにイオを見上げる。

「手、つないで」

 差し出されてきた手をイオは握る。

 カエデは目元を手の甲で拭くと、イオの肩に自分の肩をくっつけた。

 こうしているほうが、安心できる。

「? おやつあれ何?」

「ん?」

 カエデの指さした方向を見ると、確かに何かある。

 やさしそうで、暖かそうな光。だが、ごくわずかに邪悪に落ちた物の光も交じっている。(・・・・・・あの光。まさかっ!)

 イオが歩くペースを上げると、カエデも慌ててイオと同じペースで歩く。

「お、おやつ急に早く歩かないで。はぐれたら怖い」

「悪い。けど、あの光は」

 見覚えがあった。

 もし予想通りの結果なら、あれはきっと。

 草木を分け、少し開けた場所に出てきた。

 予想通りだった。

「お久しぶりです。サタナス・イブリール。いえ、今はイオ・インディシアでしたか」

「天使!」



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