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 第六章 みんなの絆で魔王を打て!

「こっちであってるんだな!?」

「は、はい! ルーちゃんの魔力反応はこっちからです」

 小袋を大事そうに抱えた犬耳の少女と、青いポニーテールの騎士団員は森の中を走っていた。

「ところでリッカ。その袋は何なのだ?」

「血です。ソーちゃん」

「ソーちゃんとはずいぶんと省かれたものだな。そんなことはどうでもいい。血とはどういうことだ? 場合によっては、捕縛しなければならない」

 視線を鋭くし、手を鞘に掛ける。

 リッカは少し慌てた様子で、イオに聞いた話をソニアにする。

「なるほど。生徒を襲っていた犯人が竜人化し、イオをその血を使って竜人化させようとしているのか。だがしかし、その袋にはケットシーの血が入っていなのでは? 見たところ、血を入れている容器は十のようだが」

 たしかにこの袋の中にはケットシーの血は入っていない。

 だが、ケットシーであるルニャは今イオと一緒にいる。

 これ以上の情報は魔力反応のみではわからないが、あの二人が身をくっつけて魔力が上がった魔王サタナスと戦っているのはわかる。

「ところでリッカ」

「なんですか?」

「君は少し足が遅くはないか?」

「人間ならこれが普通なんです! ソーちゃんは人間の中でも強いからそんなことが言えるだけですよ」

「なるほど。確かにスポーツテストでは毎回最高評価だな。だが、それが普通なのではないのか?」

 リッカはため息をついた。

 スポーツテストで最高評価を取るなど、毎回A~Dの評価の中、評価Cのリッカには信じがたいことだった。

(うーん。ルーちゃんにキューちゃん。あと、お兄ちゃんとソーちゃんって、なんで私の周りはこんなに強い人が多いのでしょうか)

 そう考えると、強いのが普通に思えてきた。

 リッカは首を横に振り、そんなことはないと自分に言い聞かせる。

「そんなこと、無いですよね?」

「ん?」

 振り向いたソニアにリッカは首を振る。

 そんなことよりも、早く。早くこの血をイオに届けなくては。






「おやつ、ネコさん。ごめんなさい」

 意識を取り戻したカエデは木にもたれかかっていた。

 あの二人の力になりたい。

 けど、魔力が枯渇していて体に力が入らない。

 こんな時、誰か人間が通ってくれれば。

 そう願ったカエデの前に、奇跡が起きた。

「キューちゃん?」

「おい、どうした? む。そこにいるのは吸血鬼か。魔力が枯渇しているようだな」

「ソーちゃんはこの血をお兄ちゃんに届けてください! 私がキューちゃんに血を分けます」

「わかった」

 ソニアはリッカから血を受け取ると、全速力で走り出す。

 リッカは思った。

 最初からソニアに血を預けていればよかったと。

「犬さん。血いいの?」

「はい。でも、あまり痛くしないでくださいね?」

「がんばる」

 近寄ってきたリッカの首筋を舐め、一気にかぶりつく。

 腹が満たされると同時に、体中に魔力が満たされていく。

「キューちゃん。吸血鬼化してください。太陽は、私が何とかします!」

 カエデはうなずくと、血を一気に吸い始める。

 リッカが何をするつもりなのかはわからないが、血を分けてくれた友達は信じる。

 それが吸血鬼としての、カエデとしての信念でもあった。

とうとうカエデの体は太陽に弱くなってきたが、痛みは感じない。

 空は曇っているが、曇っていても太陽の光にはやられてしまう。

「弱いですが、キューちゃんに反射膜をかけました。太陽の光はこれで反射ができてるはずです」

「ありがとう」

 カエデの瞳には複雑な模様が現れ、紫色の光を放つ。

 もう一度舐め、リッカの首の傷を治すと、カエデは翼を羽ばたかせイオの元へと急ぐ。

 リッカの使った反射膜はかなり弱いものだが、これでもかなり高位な魔術だ。

 これほどの魔術、ただの人間が使えば魔力の低下量は激しかったはずだ。

(こんど、お礼しなくちゃ)

 その時はまた血をもらおうかな、とも考える。

 リッカの血は、イオの血には負けるが、かなりおいしかった。

二人の血を一緒に飲むと、どんな味がするのだろう。

そんなことを考えると、自然と涎が垂れてきた。






 イオとルニャは同じナイフを握ったまま、背中から木にたたきつけられた。

 竜人化した魔王サタナスは武器を持たずに、黒鱗の腕と尻尾で戦っていた。

 強くなった握力のせいで、使っていた二本の剣を破壊してしまったのだ。

 さすがにそれは予想していなかったが、イオとルニャを押しているということに変わりはない。

「だいじょうぶ、か?」

「大丈夫じゃニャい。けど、もっと頑張るよ」

 ルニャはナイフを握り直し、イオの手を引きながら立ち上がる。

 だが、そろそろルニャの体力も限界に近かった。

 魔王サタナスの攻撃を、できるだけ自分にダメージを来るように動いた結果、イオよりも体力の消費量が激しかった。

 魔術を使っての攻撃もあるが、限界に近い体力、体全体に響き渡る激痛。

 まともに魔術を使えるような状態ではなかった。

「悪いルニャ」

「ルニャに戻った・・・・・・どうしたの?」

「限界がかなり近い」

 ふらつき、倒れそうになったイオの体をルニャは支える。

 さっきからずっとこんな調子だ。

 ただでさえ血の少なくなっているイオの体からは、魔王サタナスの攻撃でさらに血が減少している。

 襲い掛かってきた魔王サタナスの拳をルニャはイオを抱えて跳躍してかわす。

 爪が使えればもっと戦えたはずなのに、と思いルニャは自分の爪を見る。

 伸ばそうと力を入れても、激痛とともに震えるだけで、伸びてはくれない。

「ルニャ!」

「っ!」

 イオに突然押し倒され、ルニャは驚きで目を見開く。

 直後、ルニャがさっきいた場所に魔王サタナスの拳が飛んできた。

 少し目をそらしただけで、危うく死にかけた。

 が、すぐに追撃の尻尾が二人めがけて振り下ろされる。

「っく!」

 地面に倒れこんでいる二人では、回避が間に合わない。

 イオはルニャを庇うように、ルニャの体を自分を盾にするように抱く。

「少々不健全だぞ」

 その言葉と同時に、一本の短剣が飛ばされ、魔王サタナスはそれを避ける。

「ソニアちゃん」

「来るのおせーよ。つうか、なんで来たんだ?」

「リッカに頼まれたのでな。これを渡しに来た」

 ソニアから袋を受け取ったイオは中身を確認し、目を見開く。

 十種類の亜人の血がそろっている。

「君はそれを使い、竜人化とやらを早くしろ。私では、あまり長く持たないだろう」

「お、おい! 待て!」

 イオの制止も聞かずに、ソニアは剣を抜くと魔王サタナスに切りかかった。

 だが、せっかくのチャンスだ。無駄にするわけにはいかない。

「ルニャ、血もらってもいいか?」

「勝手にもらっていいよ。どうせ、あちこちからニャがれてるから」

 ルニャが腕を前に出すと、イオはそこから流れている血を掬い取る。

 傷口に触れたのか、ルニャはうめき声をあげ顔をしかめた。

 これで竜人化の条件はすべて整った。

 が、問題は時間が足りるかどうかだ。

 今の魔力量では、過去に考えていた雷撃を打ち出すような防衛魔術の発動は不可能だ。

 つかえても、せいぜい威嚇程度の魔力弾を打ち出すことのみ。

「私とソニアちゃんでニャんとか時間稼ぐから・・・・・・だから、みんなで一緒に生きて帰ろうね」

「当たり前だ。ここまでいろんな奴を巻き込んだんだ。死んでごめんなさいじゃ許されないって」

 イオはナイフから手を離し、ルニャと拳を合わせる。

「行ってきます」

 ルニャはそういうと、ソニアの援護に向かう。

 イオはルニャの血を塊に変換すると、残り十の入れ物に入っている血も塊に変換する。

(・・・・・・どの血も魔力濃度が高いな)

 イオが短い詠唱を唱えると、魔王サタナスの時と同じように十一の塊はイオを中心に回り始め、魔方陣が展開されていく。

 魔力が体から抜け出し、魔方陣を通し黒い魔力へと変換され、イオの体へと再び戻る。

 腕が黒鱗に包まれ、尻尾が生成される。

 だが、この程度では魔王サタナスと同じパワーアップ量だ。

 この程度では、少し戦えても勝つことはできない。

「っく」

 突然イオは膝をついた。

 体への負荷が思ったよりもでかい。

「こんなとこで、負けるかぁ!」

 イオは立ち上がる。

 ルニャと、ソニアが戦ってくれているのだ。こんなところで、膝をついている暇などない。

 イオは異変に気が付いた。

 黒い魔力は、未だにイオを取り込んでいる。

 腕、尻尾だけではなく、足までもが黒鱗で覆われはじめ、銀色になっていた髪の毛はもう一度黒色に戻っていく。犬歯が肥大化し牙となり、手、足の爪もそろって巨大な鋭い刃物並の切れ味へと研ぎ澄まされていく。それと同時に体にかかっていた負荷は軽減され、体が軽くなる。

 そんな時、ソニアとルニャと戦いながら、魔王サタナスは地面に落ちていたソニアの短剣をイオに向かって投げ放った。

 速度、距離的には回避できない距離ではない。

(やべっ!)

 動けない。

 この竜人化魔術最大の欠点。

 術式が破壊、または完了するまで、術者の動きが制限されることだ。

 完了まではあと、最低でも三十秒はかかる。

 魔王サタナスの投げ放った短剣は五秒と掛からずにイオに届く。短剣は魔方陣を突破し、防衛魔術に使っていた魔力弾をも弾いてイオの額に吸い込まれていく。

「おやつ、あとで血」

 イオの前に現れたカエデがそれを目の前で受け止めた。

 魔王サタナスの舌打ちとともに、ソニアとルニャは同時に切りかかる。

「手、痛い」

「ありがとうな、カエデ」

 術式が終わり、動けるようになったイオはカエデの頭をやさしくなでる。

 カエデが短剣をイオに渡すと、その手には焼けたような跡が残っていた。

「おやつに当たってたら死んでた」

「だろうな」

「今のおやつ、かっこいい」

 カエデは目をキラキラとさせ、黒鱗をツンツンつつく。

 一応黒鱗にも神経がつながっていて、触られると少しくすぐったい。

 イオのそばの戻ってきたルニャとソニアは二人ともボロボロになり、肩で息をしている。

「イオの姿、魔王よりかっこいいよ」

「ああ。だが、人間が竜人化しても大丈夫なものなのか?」

「負荷はでかいけど、今は倒れることはないはずだ」

 軽口をたたいていられるのもここまでだ。

「貴様も竜人化をしたか。殺すのが少し面倒になったな」

「そうそう殺される気はないっての」

 武器を構えたルニャとソニアの肩に手を置き、カエデに振り向く。

「カエデ、この二人の治癒頼んでもいいか?」

「イオ! 私も一緒に戦う!」

「そうだ! ここまで来て手当など」

 やはりそう簡単には引き下がってはくれないか。

「頼む二人とも。できるよなカエデ」

 カエデは少しためらいがちにコクンとうなずいた。

 イオはルニャとソニアを座らせ、あとはカエデに任せる。

 たしかにあの二人が一緒に来てくれるのは心強い。そこにカエデが加わればさらに心強いことだろう。

 だが、これ以上あの三人には怪我を負ってほしくなかった。

「いいのか?」

「ああ」

 かわす言葉はそれだけで十分だ。

 イオは短剣を投げ捨て、魔王サタナスに拳を突き出す。

 身体能力も劇的に上がっている。

 たった一歩踏み込んだだけで、一気に二人の距離は縮まる。

 魔王サタナスもイオに合わせるように拳を突き出し、両者の拳が激突した。

「がああああああああああああああああああああ!!」

「がああああああああああああああああああああ!!」

 魔王サタナスの蹴りをイオは左腕で受け、尻尾で足を払おうとする。尻尾を尻尾で魔王サタナスは防ぎ、頭突きを繰り出した。イオは頭突きを食らいよろめいたが、すぐさま頭突きを魔王サタナスに返した。ぶつかり合う拳。その一撃一撃に魔力を籠め、確実に相手を刈るために拳を、足を、尻尾を前に出す。

「すごい」

 二人を治癒しながら、カエデは思わず言葉を漏らしていた。

 治療を受けているルニャとソニアも、カエデと全く同じ感想だった。

 同時に、あの二人の戦いには参加できないと思った。

 レベルが違う。

 あの二人の近くに満ちている魔力は、離れた場所にいるというのに三人に息苦しさを与えていた。

 それに、あのスピードは目で覆うのが精一杯で、とても体が反応できそうにはない。

「頑張って。イオ」

 ルニャは祈るように胸の前で手を組む。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 何度目かわからない激突。

ピシッ

「なんだとっ!?」

 そしてとうとう、魔王サタナスの黒鱗にひびが入った。

 そこを中心に、イオは攻撃を加える。

 そしてひびはどんどんと広がっていく。

(あと一撃!)

 拳に魔力を大量にこめ、確実に破壊しようとする。

 だが、

「調子に、のるな!」

 魔王サタナスは大量の魔力を籠め、魔力弾を放った。

 かわしたことで攻撃のタイミングはそれたが、問題はない。

 イオはそのまま踏み込む。

「イオ!」

「おやつ!」

 悲鳴じみたルニャとカエデの声。

 嫌な予感を感じつつ、イオは後ろを振り返る。

 魔王サタナスの放った魔力弾は、ルニャたちのもとに飛んでいた。

「あんなの当たったらあいつらは!」

 イオは攻撃を中断し走る。急な動きで足がもつれてよろけたが、すぐに体勢を立て直して走り出す。

 魔力弾よりも早く、何よりも早く!

「後は任せたぞ」

「・・・・・・イオ」

 庇うように三人の前に立ち、顔の前で両腕をクロスし魔王サタナスの魔力弾をその身で受けとめる。

 黒鱗にひびが入り、一気に砕け散った。

「まだ、終わるわけにはいかないんだ!」

 一歩足を踏み出すがすぐに押し返される。

 後ろにはルニャ、カエデ、ソニア。

 守るべき存在がいる。

 こんなところで、うかうか死んではこの三人に合わせる顔がない。

「く、がああああああああああああああああ!!」

 前に進もうとするが、さっきと同じように押し返される。

(うそ、だろ)

 ここにきて、血の不足が魔王サタナスの味方をした。

 足の踏ん張りが弱まり、体が後ろに倒れていく。

ポン。

 両肩に手を置かれ、背中に手を当てられる。

「カエデちゃんのおかげでバッチリ回復! だから、もうちょっと私もイオに協力するね」

「カエデもおやつに力貸す! おやつに死なれたら、好きになった血が飲めない」

「騎士団として、目の前で戦っているものをほうって休んでなどいられないからな」

「お前ら・・・・・・」

 イオは素直にうれしかった。

 この戦いは、元々は魔王サタナスがイオを殺すために始まった戦いだ。

 ルニャとカエデを巻き込んでしまい、そしてソニア、リッカまでをも巻き込んだ。

 ソニアはどうなるかわからないが、ルニャとカエデは逃げたところで殺されることはないだろう。

「今逃げたら、絶対後悔しちゃうもん」

「ネコさんと同じ」

 どうやら、逃げろと言っても逃げてくれなさそうだ。

 だったら、まずはこの魔力弾を何とかしなければならない。

 イオは地面をしっかりと踏みしめ、体に力を入れ直す。

 血が足りない? 

そんなもの、気合で何とかして見せる!

「ルナ、カエデ、ソニア」

「どうしたの?」

「なに?」

「どうした?」

「これをあいつに跳ね返す。だけど、俺だけの力では無理なことだ。だから、力を貸してくれ」

 三人の返事は、全く同じだった。

「「「任せて!」」」

 ああ。

 今までの人生で、これほど幸せだったことはあっただろうか。

 村では強すぎる力でおそれられ、妹を殺されて殺しの道を進んできた。

 正直言って、今まで生きてる意味があるのだろうか、と何度も悩んだことがある。

けど、今は支えてくれる三人、いや、ルニャ、カエデ、リッカ、ソニアと、四人の女の子がいる。

 イオは断言できる。

 今の生活が、とても楽しいと。

(こんな生活、壊されてたまるか!)

「俺が反射魔術を使う。だから、お前たちには俺が反射魔術を展開すると同時に、ありったけの魔力を俺に注ぎ込んでくれ。タイミングのずれは許されない」

「・・・・・・もし、タイミングがずれたら?」

「反射魔術を使うとき、俺はこの腕を解かなくちゃいけない。もしタイミングがずれたら、全員、星になるな」

「仕方ニャいか。がんばろ、みんニャ」

「頑張る!」

「ああ」

「タイミングは俺がゼロといった瞬間だ」

 三人がうなずくのが気配でわかる。

 反射魔術はそこまで得意なものではないが、竜人化による莫大な魔力増加によって、精度はかなり強度なものになるはずだ。

 そこに三人の魔力が加われば、魔力弾をはじくことも容易なはずだ。

「三・・・・・・二・・・・・・・い、い」

 だが、もしタイミングがずれたらどうだ。

 反射魔術で多少威力を落とすことはできるだろうが、死は免れない。そうなれば自分だけではなく、後ろの三人までを犠牲にしてしまう。

 イオの肩が震える。

「イオ!」

 ルニャの突然の大声にビクッとイオの体が震える。

「私たちだって怖いんだよ? でもね、イオと一緒ニャら、ニャんでも私はできると思ってるから」

「怖いけど、カエデも思ってる。おやつは、誰よりも強いから、絶対成功する!」

「もし死んだとしても、それは私たちの選んだ道だ。君は、私たちと、君が生きる未来だけを考えていればいい」

 そういった三人の手が急に震えだしたが、すぐに収まった。

 情けない。

 イオが一度深呼吸すると、震えが止まる。

「三!」

「二!」

「一!」

 ルニャ、カエデ、ソニアの掛け声。

 最後の数字を言う役割は、イオのものだ。

「ゼロ!」

 イオが腕を解くと同時に魔力弾が四人めがけて襲い掛かる。

「「「「いっけええええええええええええええええええええええええ!」」」」

 タイミングはバッチリだった。

 イオの前に魔術で構成された分厚い板みたいなものが現れる。

 高さ三メートル。幅十センチの反射魔術。

 魔王サタナスの魔術弾が反射魔術に激突し、衝撃で土煙が舞う。

 だが、跳ね返すには至らず、受け止めることが限界だった。

「魔力が足りてない!?」

 わずかに、ほんの少しだけ足りていない。

「くそっ! もっと、もっとだ!」

 魔力を絞り出そうとするが、これ以上は出すことができない。

 結局は無理だった。

 妹を救うことも、三人の女の子を救うことも。

 無力だった。

 自分の命は守れても、誰かを救うことができない。

 違う。今回は自分の命さえも守ることができなかった。

「くそおおおおおおおおおおおおおお!」

 イオの目から、涙があふれる。

 そして、ついに反射魔術が崩壊・・・・・・

 しなかった。

「え?」

「はぁはぁ。お、お待たせしました」

「リッカ?」

「覚えてくれたんですね」

 リッカだけではない。その後ろには騎士団のメンバー、吸血鬼、人間、そして学院長がいる。

「私たちの魔力も使ってください」

「これで失敗すればどうなるかわかっておるな?」

 それらすべての人の魔力が一気に流れ込んでくる。

「みんな・・・・・・サンキュ!」

「イオ!」

「おやつ!」

「イオ!」

 壊れかけていた反射魔術は更なる強度を得て、ついに魔王サタナスの魔力弾を弾き返した。

「なんだと!?」

 魔王サタナスは何とか受け止めたが、それも時間の問題だ。

 反射魔術で返された魔力弾の威力は、さっきのイオが受けた時のものとは比べ物にならないほどの威力を持っている。

「俺の・・・・・・俺たちの勝ちだ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 魔王サタナスの防戦もむなしく、魔力弾は魔王サタナスに吸い込まれる。

 とうとう、魔王サタナスが倒れた。

 ついに、終わったのだ。

 その場にいた誰もがそう思った。

 しかし突然、魔王サタナスは立ち上がり、頭上に魔方陣を展開しはじめた。

「貴様も道ずれだ!」

「あれは、自爆するつもりか! みんな、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ダメだ。

 とっさのことで、誰もが事態に反応できていない。

 最上位爆破魔術。

 別名 核

 魔王サタナスがあんなものを使えば、ここにいる人だけじゃない。学院までもが吹き飛ぶ。

 だが、もうイオにはそれを止める手段はない。

「ねぇイオ」

「ルニャ?」

 突然ルニャが前に出て振り返る。

「私ね、君と出会えてよかった。もっともっといっぱい遊びたかったニャ」

 なぜ、そんな悲しそうな顔をしているのだ。

 そのふっている手は何だ。

「ばいばい」

 そう一言だけ残すと、ルニャは走り出した。

「ルナ!」 

 追いかけようとしたイオを、カエデとソニアが羽交い絞めにする。

「離せ!」

「おやつ、ネコさん止めちゃダメ!」

「何言ってんだ! あいつがしようとしてるのは、自分の命と引き換えにして俺たちを助けようとしてるんだぞ! そんなの、認められるか!」

「ネコさんが、ネコさんが決めたことなの! カエデだって、とめ、たい・・・・・・よ」

 カエデはイオの腹に顔をうずめ、嗚咽をあげ始めた。

 ソニアを見ると、うつむいた目から涙がこぼれている。

 他の人たちを見ても、全員がうつむき、中には涙を流している者もいた。

 ルニャの役割を、自分が背負いたい。

 けど、イオにはルニャのやろうとしている魔術を使うことができない。

「何の用だ?」

 魔王サタナスは近寄ってきたルニャにどうでもよさそうに声をかける。

「結界魔術、ってしってる?」

「ああ。だが、それがどうした」

「あれはね、亜人だけが使える最強の防御魔術。術者を中心にしかつかえニャいけど、どんニャ威力の攻撃魔術も止めることができるの。術者はその魔術の威力食らうから、死んじゃうのが欠点だけどね」

「き、貴様! まさか!」

 ルニャはふらついている魔王サタナスの顔をそっとなでる。

 イオと同じ顔。

 もし、横に並ばれたらわからないほど同じ。双子だって言われても信じてしまうレベルだ。

(本人ニャんだから当たり前か)

 魔王サタナスはルニャの手を振り払うが、力がほとんど入っていない。

 魔術弾を跳ね返され、魔王サタナスの体はすでにボロボロなっていた。

「もう、魔術止められニャいね」

「何?」

 頭上を見る。

 そこにあった魔方陣は、既に完成していた。

「魔方陣が完成で発動する魔術は、一度完成したら誰にも止められニャい。術者であるあニャたでもね」

「くそったれがあああああああああああ!」

 叫び、殴り掛かってくる魔王サタナスの拳をルニャはかわす。

 そして、おそらく人生最後の口を開いた。

「一緒に、死の?」

 ルニャを中心に結界魔術は展開され、魔王サタナス、魔方陣を包み込む。

「ルナあああああああああああ!」

 イオの叫び声は、最上位爆破魔術の爆音によってかき消された。


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