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第五章 竜人化された魔王

 学院長はあれからすぐに目を覚ましていた。

 魔力を一度に使いすぎたせいでしばらく竜人としての力は使えないようだが、日常生活には問題がないようだ。

「どうだった?」

「ダメだった」

 イオとカエデは屋上ではぁとため息をついた。

 あの日から、ルニャが部屋に閉じこもってしまった。

 いつも部屋の前に行くと、イオとカエデの分のご飯を置かれているのだが、ルニャには会えないでいる。ご飯を置いているということは部屋にいることはわかるのだが、今ルニャがどうしているのかわからないのは心配だ。

「今日は三人か」

「昨日より少ない」

「けど、被害は出てる」

 イオはメモ帳を取り出し、今日の日付に三の数字を記入する。

「一週間。あいつが消えてから毎日だ」

「魔王許さない・・・・・・!」

 カエデは歯をむき出しにして唸る。

 一週間。毎日のように、この学院の生徒が何名かが襲われていた。

 死者は出ていないが、襲われた全員が重傷を負っている。

 今のところ共通点らしいものも見つかっておらず、この無作為犯罪に学院は休校を考え始めていた。

 犯人は魔王サタナスだろうと推測し、イオとカエデは毎日のように探しているのだが、痕跡も見つかっていない。

 騎士団も総力をあげて犯人を捜しているようだが、期待はあまりできそうにない。

「そろそろ時間か?」

 カエデはコクンとうなずくと、制服を脱ぎ始めた。

 それに伴い、イオもいつものように目を瞑る。

 カエデはイオのそばで服を脱いでいるということと、外で脱いでいることに頬を赤くする。

 裸になるわけではないが、それでもこの二つの条件が重なると、誰に見られていなくてもかなり恥ずかしい。

「なぁ、カエデ」

「見ちゃダメ!」

 目を瞑っているのだから、見たくても見ることができない。

 血を吸い終わったカエデは体についた血をなめとり、制服を着なおす。

 魔王サタナスとイオの血の味は、当然ながら同じだった。

「カエデは俺のことどう思ってるんだ?」

 イオの質問にカエデは首を傾げる。

「俺は魔王で、しかも生徒を襲っている」

「違う! あれはおやつじゃなくて魔王!!」

「カエデ」

 カエデの大声にイオは驚いたが、カエデ自身が一番驚いていた。

 今の言葉は無意識に出ていたのだろう。

「あれ、おやつと違う。魔王の血は吸いたくない」

「変なこと言って悪かったな。ごめん」

「いい。おやつ・・・・・・最近寝てないから考えすぎ。寝ないとダメ」

「あいつが」

「寝ないと血、全部吸う・・・・・・!」

「・・・・・・わかった」

 カエデのこのセリフにイオは逆らえない。

 もちろん、血を全部吸われることはないが、カエデが脅してまでイオを寝かせようとしている。

 寝る間も惜しんで魔王サタナスを探しているイオ。いつも睡魔に負け、夜遅くまでカエデは起きることができない。

 必死に起きようと魔王サタナスを探しているイオについて行っているのだが、気が付けばいつもイオに背負われていた。

 イオが寝転がると、不意にカエデはイオの頭を持ち上げ、自分の膝の上にやさしく乗せた。

「地面硬い・・・・・・こっち柔らかいはず」

「ありがとうな」

 イオは目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。

穏やかな寝息を立てているイオの頭を、カエデはそっとなでた。

「うう。おやつの髪、ちょっとくすぐったい」

 ミニスカートのせいで、イオの髪の毛がカエデの太ももに直接あたっていた。

 こんなことなら、ハンカチを敷いたらよかったと後悔する。

 しばらくして、カエデは少しピンチになってきた。

「おトイレ行きたい」

 今日はまだ一度も行っていないし、水を少し多く飲んでいた。

イオを一人にしたくないし、やっと寝てくれたのに起こしたくない。

 起きるまでの辛抱だと、カエデは足をもじもじさせながら、イオが起きるのをトイレに行きたいのを我慢しながら待つことにした。






 枕を抱き、ルニャは布団に丸まっていた。

 この一週間で襲われた人数は二十四人。

「私のせいだ」

 あの時魔王サタナスを殺していれば、この被害も起きていなかった。

 ルニャは自分を責めていた。

「イオ、カエデちゃん」

 あの二人に会って、自分のせいじゃないと言ってもらえれば、安らぎを得ることはできるだろう。

 だが、それではダメなのだ。

 イオは自分の罪を見つめなおし、自らを封印した。

 それがどれほどの覚悟だったのかはルニャにはわからない。

「今日こそ見つけ出す。そして、今度こそ・・・・・・殺して見せる!」

 今は待つ。

 カエデとイオと会わないために、あの二人が行動を止める時間まで。

 そして、その時間はあの二人がご飯を食べている三十分間。

 その時まで、あと数十分だ。






 カエデは目に涙をため、身をくねらせていた。

 イオが起きるまで我慢しようと頑張っているが、そろそろ限界が近い。

 あまりに限界が近すぎて、動けば漏れてしまいそうだ。

「もうだめ・・・・・・」

 十六になっておもらしなど恥ずかしすぎるけど、もう我慢ができそうにない。

 数分程度なら我慢できそうでも、その短時間で爆睡しているイオが起きるはずもない。

 半ばあきらめかけていた時、屋上のドアが開いた。

「あれ? えーと、キューちゃんだ。何しているんですか?」

「い、犬さん。助けて」

 屋上にやってきた犬耳のカチューシャをつけているリッカに、涙目でカエデは訴えかける。

 リッカは瞬時にカエデの状況を瞬時に理解し、カエデに後ろから抱き付いた。

「あ、あんまり揺らしちゃダメ・・・・・・」

「んー。こうしたらどうですか?」

「っ! だ、ダメ! 犬さんそれダメ!」

 リッカにお腹を押され、カエデは慌ててリッカの手を振り払う。

 カエデはリッカをにらみ、くすん、と鼻をすする。

 今のは本気で漏らしたかと思った。

「犬さん嫌い」

「ご、ごめん。トイレ行きたいんですよね」

 カエデは少し迷った後、コクンとうなずく。

「お兄ちゃんは起こさないんですか?」

「起こしちゃダメ。でも、限界」

 リッカは苦笑すると、イオの頭を持ち上げる。

「漏らしちゃいますと、お兄ちゃん濡れちゃいますよ?」

「っ! そ、それはダメ!」

 カエデは頬を赤くして、ゆっくりと屋上から出ていった。

 リッカはイオを膝の上に寝かせると頬を赤くする。

 男の子に膝枕をするのは初めてで、少し恥ずかしい。

 こんなことなら、ズボンか長いスカートを着といたらよかったな、と少し後悔する。

「でも、なんでこんなところで寝てるのでしょうか」

 首を傾げてみるが、答えはわからなかった。

 カエデが戻ってくると、リッカはすぐにカエデに枕をバトンタッチした。

「ね、キューちゃんは犯人誰かわかりました?」

「犯人?」

「はい。ここ最近、この学院の生徒が襲われているのは知っていますよね」

 それなら魔王に決まっている。

 でも、それを話してイオが魔王だって知られるのはよくない。

「わかってない。犬さんはわかったの?」

「もちろんです」

「誰?」

 どうせでたらめな回答だろうと思うが、一応聞いてみることにした。

「犯人はおそらく、亜人に恨みがある人です。ですから、キューちゃんも気を付けてくださいね?」

「亜人に?」

 リッカはうなずき、ドラマの名探偵みたいなポーズをとる。

「被害者の名前を見たところ、今現在全員亜人だったのですよ。エルフ、サラマンダー、ウルフ、そして吸血鬼。他にも何種類かの亜人が襲われているんですが、人間だけは襲われていません」

 カエデはイオのポケットからメモ帳を取り出し、今リッカから聞いたことをメモする。

 襲われた全員が亜人。

 偶然なはずがない。

 リッカは亜人に恨みを持っていると言っていたが、魔王の恨みは妹を殺した人間に対する物だ。

 だとすると、他に何か理由が?

 考えてみたが、カエデにはわからなかった。

 答えを知っていそうなイオを叩き起こそうかと迷ったが、それはやめた。

 せっかく寝てくれたのだから、起こすのは嫌だった。






 目を覚まし、リッカとカエデの話をきいたイオは一つの可能性にたどり着いていた。

「竜人化だな。たぶん」

「竜人化?」

「竜人化って、竜人の種族が竜の姿になることですよね」

 リッカの問いにイオはうなずく。

「本当なら竜人だけができる技だ。だけど、人間が竜人化する方法も俺の知ってる中では一つだけある」

 それを聞いたカエデとリッカは、驚愕で目を見開いた。

 それも当然だろう。

 最弱の種族である人間が、下界で最強の種族の技を使うなど聞いたことなどない。

「これは人間にしかできないことだ。亜人はその血に魔力を持っていることが影響して、もし竜人化したら、その魔力と拒否反応を起こして下手をしたらそいつが死んでしまう」

 亜人であるカエデはビクッと体を震わせる。

カエデの瞳は涙で潤み、揺れ始めた。

「大丈夫だ。俺の知ってる竜人化は、絶対に成功しない方法だから」

「そうなの?」

 イオがうなずくと、カエデはあんどの息を吐きつつ胸をなでおろした。

 亜人はまれにだが、暴走を起こして未知の魔術を発動することがある。

 カエデはそれで自分が竜人化して死んだらどうしようと考えてしまっていたのだ。

 イオの言葉を信じ、カエデはその可能性を頭から振り払った。

「じゃあ、どうやって人間はなるの?」

 命の危険がある魔術だが、いや、命の危険があるからこそカエデはその方法を聞いておこうと思った。

「亜人の血を、正確には亜人の血に交じってる魔力を合成することだ」

「亜人の?」

「ああ。この方法は十種類の亜人の血と、竜人の血が必要なんだが、そんなに亜人がいるところなんて俺は見たことがない」

「おやつ嘘ついた」

「なに?」

 睨んできたカエデにイオは首を傾げる。

 今の言葉の中に、嘘を言った覚えは一つもない。

「お兄ちゃん。十種類と竜人・・・・・・この学院にはいるんです。しかも、九種類の亜人はすでに襲われています!」

「なん、だと?」

 イオは思考を切り替える。

 そうだ。

 この時代では、亜人は一緒に暮らすことも、一緒に勉強もする。

 過去にはそんな風習がなかったせいで、亜人が十種類もいるなんてことを考えていなかった。

「この学院にはあと何種類亜人がいる!」

「え、ええと。ルーちゃんのケットシーだけです。でも、ケットシーはルーちゃん以外にはいません」

 それを聞いた瞬間、イオとカエデは走り出していた。

 あのルニャのことだ。

 そうそうなにかあるとは思えないが、何かあってからではすべてが遅い。

 ルニャの部屋の前には、いつものようにイオとカエデの分のご飯が置かれていた。

 いつもなら食べている時間だったが、イオが寝ていたことと、リッカの話を聞いたので時間が遅れてしまっていた。

「ネコさん!」

 カエデは焦る思いで部屋のドアを開ける。

「遅かったか!?」

 部屋の中には既にルニャはいなかった。

 荒らされた痕跡も、戦闘が行われた様子もない。

「窓?」

 開けられた窓。

 そこから外を覗くと、下の地面がわずかに足跡を作っていた。

 イオは窓から飛び出し、目を閉じる。

「どう?」

「・・・・・・いた」

 ルニャの魔力反応は、少し離れた森の中だった。

 魔王サタナスの反応がなかったのは、気配を消しているからだろう。

 イオとカエデはルニャの魔力反応を探りながら走っていた。

(何してんだよあいつは!)

「ネコさんとても心配」

「ああ。さっきからあいつ動きまくってる」

 すでにさっきルニャがいた場所にまで来ていたのだが、今なおルニャは不規則に動きまくっている。

 しかも、そのあとを追って動いてみれば、木々には無数の切り傷が残っていた。

 リッカはすでにバテテ、一人で帰って行ったが何も問題はないだろう。

「おやつ、血ほしい」

「今言ってる場合かよ! 腹かわいてるからって」

「違う! 確かにお腹かわいてるけど、吸血鬼になるから」

「馬鹿言うな! 今昼で、太陽が出てるんだ! そんなことしたら、お前太陽にやられて死ぬんだぞ」

「で、でも」

「カエデ。お前があいつを心配する気持ちはわかる。けどな、お前がそれで死んだら意味がないんだよ。俺も、あいつも悲しむ」

「・・・・・・ごめん」

 うつむいたカエデの頭をポンポンとたたくと、イオはすぐに走り出した。

 確かにカエデが吸血鬼になればすぐに追いつけるだろう。

 だが、イオの言った通り、それでカエデが死んでしまえば元も子もない。

 今は、出し切れる全力でルニャを負うことがイオの選択した道だった。

 もう、誰も犠牲にはしたくない。






 額に汗を浮かばせ、ルニャは爪を振るう。

 爪から手に伝わる金属の重たい感触。

 反対方向から迫ってくる斬撃をもう片方の爪で弾き、蹴りをバク転で回避する。

「はぁはぁ」

「さすがに体力が落ちてきているな」

「あニャたもでしょ?」

 ルニャは汗をぬぐい、魔王サタナスをにらむ。

 魔王サタナスの頬に、腕に、足に傷を負っているが、それは戦闘が始まってすぐにルニャがつけた傷だ。

 戦闘が長引くにつれ、魔王サタナスはルニャの動きを読み、最低限の動きだけをしていた。

 その結果、ルニャの体力は魔王サタナスに攻撃を与えることなく、どんどんと削られていた。

(疲れてるけど、あと一時間は戦える!)

 身体能力においては確実にルニャが上回っている。

 体力が落ちたからと言って、そこまで戦いには影響はしない。

 ルニャが爪で切りかかり、魔王サタナスはそれをジャンプして回避する。爪は木に切り傷を負わせ、その樹液がルニャの顔に降りかかった。

 ジャンプした魔王サタナスに追撃をかけようとしたルニャだったが、樹液に視界を奪われて追撃できなかった。

 聴覚を頼りに魔王サタナスの斬撃を後ろに大きく飛んで回避する。

「ぺっぺ」

 服で顔を拭き、口に入った樹液を吐き出す。

「にゃ、ニャにこれ」

 なぜだか、この樹液にとても似たにおいをかいだことがある気がした。

 そして、鼻に入ってくるこの樹液の匂いを嗅いでいると、だんだん頭がボーとしてきた。

 体が熱くなり、足の踏ん張りが少し緩む。

 この感覚は良く知っているが、すぐに思い出すことができない。

 魔王サタナスの斬撃をふらつく足で何とか回避したが、もつれて転んでしまった。

(頭ぽわぽわして気持ちいいかも)

 立ち上がろうとするが、腕に力が入らずしりもちをついてしまう。

(あ、そっか。私酔ってるんだ)

 でも、なんでこんな時に酔っているのだろうか。

 お酒は飲んだことがないけど、この酔い方はマタタビの時とほとんど同じだ。

 しかし、マタタビは部屋に誰にもばれないよう保管しているし、服にも匂いは付着していないはず。

「にゃんで?」

 うっとりとした表情で顔を火照らせ、ルニャは首を傾げる。

 魔王サタナスは傷つけようとしている対象にもかかわらず、思わずルニャをかわいいと思ってしまった。

 それがばれないように、魔王サタナスは少し赤くなった顔を隠すようにさっきルニャが傷つけた木を触る。

「この木はキウイの木だ」

「キウイ? キウイだいしゅきー。食べたいニャー」

 ルニャは這うようにキウイの木に近づくと、頬釣りを始めた。

 このキウイの木の匂いは、かなり好きだ。

「一応言っておくが、キウイの木にもマタタビと同じ成分が含まれている。あまり嗅ぎすぎると、体に毒だぞ」

 魔王サタナスは一応警告しておく。

 確かにこのルニャのケットシーの血を求めてはいるが、亜人を殺したいとは思ってはいない。

 ルニャはすでにキウイの木に噛みつき、体から力が抜けきっている。

「うにゃにゃー。はへ? イオだー」

「な、」

 ルニャに突然のしかかられ、キウイの木に酔っていたルニャに警戒を解いていた魔王サタナスは地面に倒れる。

 魔王サタナスはルニャをどけようと手を突き出すが、帰ってきた感触は柔らか物だった。

「イオ急ぎすぎだよー。二回目にゃんだから―、もっとゆっくり―。気持ちいいからいーんだけどねー」

 ルニャは口元に手を当て、面白そうに笑いながら魔王サタナスの手をつかむ。

 二回目とはどういうことだ、と魔王サタナスが考えていると、

「ん、あんっ」

「ばっ! お前何してる!」

「きもちー。あ、にゃ、にゃあ」

 魔王サタナスの手を使って自分の胸をもみ、気持ちよさに身をくねらせながら喘ぎ声を漏らす。目元にはわずかに涙を浮かべ、嬉しそうな表情。

 魔王サタナスはそのルニャを見て、思考を停止していた。

 やばい。

 こんな姿を見せられたら、ルニャみたいに発情してしまう。

 手を離そうとしても、意外にも柔らかい胸の感触が気持ちよくて動かせない。

「イオの手、きもちーよ」

 その一言で、魔王サタナスの思考は戻ってきた。

 今ルニャの目に映っているのは、魔王サタナスではなく、イオだった。

「・・・・・・なさけねぇな。俺も」

「あんっ」

 手に力を加え、ルニャを倒す。

「にゃー?」

 目を涙で潤わせ、めくれ上がった服。そこから見えた小さな胸を覆う下着に少しドキッとする。

「い、痛くしニャいでね」

 ルニャは顔を赤くした顔をそらすと、スカートをたくし上げた。

 完全に発情しきっている。

 ルニャは目に涙を浮かべ、ギュッと目を閉じる。

 発情していても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 だがこれは、今までにないチャンスだ。

 魔王サタナスはルニャに押し倒された拍子に落とした剣を拾い上げ、剣先をルニャの二の腕に向ける。

(悪いな。ちょっとの血じゃ足りないんだ)

 剣を振り上げると、今まで亜人の血を取るために傷つけてきた者たちと同じように、ルニャに対して心の中で謝る。

 イオの殺害に邪魔をされれば殺すが、今は邪魔をされていない。

 だから、血をもらうだけで決して殺しはしない。

 だが、次敵対することがあればきっと殺す気でいる。

 魔王サタナスは剣を振り上げ、できるだけ痛くならないことを祈りつつ剣を振り下ろす。

「危機一髪、か」

 魔王サタナスの剣をイオは漆黒の剣で受け止めた。

 ようやくルニャを見つけたと思ったら、いきなりピンチの場面だった。

「お前何したんだ」

 横たわり、涙目でスカートをたくし上げているルニャ。

「俺は何もしていない。そいつがキウイの木で発情しただけだ」

「・・・・・・マジかよ」

 イオはできるだけ上と下の下着を見ないようにルニャを確認する。

 特に目立った傷や、血の出た痕跡はない。

 安心すると同時に、魔王サタナスの剣を押し返し、蹴りを入れようとしたが、後ろに飛ばれて蹴りは回避された。

 後ろから切りかかったカエデのナイフを魔王サタナスは剣で防ぐ。カエデは魔王サタナスの斬撃をジャンプして回避し、イオの隣に着地する。

「ネコさん大丈夫?」

 カエデはしゃがみ、ルニャを心配そうにのぞき込む。

「そいつは発情してるだけだ。ほっといてもすぐ治ると思うけど、しばらく任せてもいいか?」

「発情ってなに?」

 カエデは首を傾げたが、すぐにうなずいた。

 ルニャの目の前で手をひらひらさせたり、肩をゆすったりし始める。

(さて。こいつはまだルニャの血を取れていないわけだ。竜人の血は学院長のを使われてるだろうけど)

 イオが剣を構え治すと、魔王サタナスも二本の剣を構え治す。

 そこで初めてイオは魔王サタナスの剣に違和感を覚えた。

「おまえ、この剣はどうした」

「・・・・・・必要なくなっただけだ」

 よくよく思い返してみれば、一週間前もイオが使っている漆黒の剣を魔王サタナスは手にしていなかった。

 この剣は、イオ、魔王サタナスの妹がくれた最後のプレゼントだ。

 あそこまで執着している魔王サタナスが、自ら進んで手放すとは到底思えない。

 実際、イオも手放すことができていないのだから。

「今はどうでもいいことか!」

 地を蹴り、地面すれすれを走っていた剣先を下段から魔王サタナスの胸に向かって切り上げる。

 難なくかわされたが、そのまま勢いを利用してその場で一回転すると剣を横に薙ぎ払う。

「っく」

 魔王サタナスは二本の剣で受け止める。

 イオは一度剣を手放すと、ナイフを取り出し懐から切りかかる。

「はあああああああああ!」

 それを魔王サタナスは身を引きかわすが、イオは手放していた剣を手に取り心臓に向かって突きを入れる。

 いつもより体が動く。

 ルニャをカエデを守りたいと思うと、いつも以上に力が湧いてくる。

 魔王サタナスが剣で弾くよりも早く!

 さらに一歩踏み込み、今出せるであろう最大の速度を出す。

「どうやら、肉体戦は貴様の勝ちのようだな」

「な、」

 イオの剣は、魔王サタナスの胸に当たる寸前に見えない壁によって威力を完全に殺されてしまった。

 魔術だ。

「死ね」

「か、ああああああああああああ!」

 振り下ろされた二本の剣は、イオの回避も防御さえも許さずにイオの体を切り裂いた。

「おやつ!」

「かえ・・・・・・で」

 体から力が抜け、イオはその場で倒れる。

 カエデは顔を真っ青にし、魔王サタナスのことも忘れイオのそばによる。

「おやつ、おやつ!」

 傷に唾液を塗り付けるが、傷が深すぎる。

 これほどの傷、治癒術、しかもかなりの術者でないと治せない。

 そうとはわかっていても、カエデはイオに治癒術をかける。

 呼吸さえ忘れるほど、治癒術に全神経を注ぎ込む。

「こんなに下手じゃおやつ死んじゃうのに!」

 魔力の消費量が激しい。

 初めて発動出来た魔術だから、下手なことは予想していた。

 けど、こんなに魔力の消費量が激しければ、イオの傷が治る前にカエデの魔力が枯渇してしまうのは目に見えている。

「あきらめろ。お前ではどうにもできない」

「いや! おやつ死んじゃいや!」

 必死に治癒魔術をかけるが、カエデの魔力もそろそろ尽きかけていた。

 それでも、イオの傷はほとんどふさがっていない。

「いやだ。おやつ死ぬなんてやだ!」 

 涙を流し、カエデは残ったすべての魔力を一気に流し込む。

「はぁはぁ」

 が、結局はイオの傷はふさがらなかった。

 カエデの目から涙がどまることなく流れてくる。

 ついに、イオの心臓がその活動を停止した。

 何もできなかった。

 イオの手を握ると、まだぬくもりが伝わってくる。

 魔王サタナスは、ルニャを傷つけることなくカエデを見守っていた。

 いや、もうルニャを傷つける必要がない。

 竜人化をしようとしたのも、亜人を味方にしているイオを確実に殺すために手に入れようとした力だ。

 イオが死んだ今、その必要性はない。

 カエデは空を仰ぎ、太陽のまぶしさに目を細める。

「おやつ・・・・・・イオ。カエデ、悪い子でごめんなさい」

 今まで決して呼ぶことのなかったイオの名前を、カエデは初めて呼んだ。

 イオを助ける方法を、一つだけ思いついた。

 吸血鬼化だ。

 吸血鬼化すれば魔力も回復し、治癒術の制度も格段に上がるはず。

 だが、イオを治すことはできても、太陽の光でカエデは焼け死んでしまう。

(もっと、もっとイオと遊びたかった。ネコさん・・・・・・ルナちゃんとも遊びたかったよ)

 カエデの流す涙は、いつしかイオの死ぬかもしれないということから別のものへと変わっていた。

「もういいよ」

 かけられた声にカエデはゆっくりと振り向く。

「ルナちゃん?」

「初めてだね。ね、カエデちゃん。これからもニャまえで呼んでくれる?」

「呼びたい! でも、でも」

 血を吸おうとしたカエデをルニャはそっと抱きしめる。

 カエデのしようとしていることは、かなりの勇気が必要なことだろう。

 だが、カエデの犠牲でイオが助かってもイオは絶対に納得しない。

「もういいよカエデちゃん」

「っ! イオ助けたい!」

「うん。だから、私に任せて」

 ルニャはイオの傷に手をかざし、目を閉じる。

 確かにこの傷はかなり深い。心臓も止まっている今、かなり危険な状態だ。もしかしたら脳へのダメージもあるかもしれない。

 だがそれがどうした。

 心臓が止まったからと言っても、人間はすぐに死ぬわけではない。

 まだ生きているならば、どうとでもなる。

 ルニャが治癒術を発動させると、イオの体を緑色のやさしい光が包み込んだ。

「カエデ? ルニャ?」

「そこはルニャって言ってほしいニャ・・・・・・ルニャじゃニャいほう!」

「イオ? イオ!」

「心配かけて悪かったな」

 イオの傷が完全に治っていた。

 カエデはそのことが嬉しく、思わずイオに抱き付いた。

 抱き付いてきたカエデの頭をイオはやさしくなでる。

 意識を失っていたが、カエデが自分のために必死になってくれていたということは、なんとなく伝わってきた。

「お前もありがとうな」

「ううん。私もイオには死んでほしくニャかったから」

 頬を赤くしてルニャは顔をそらした。

 イオは立ち上がり、わんわん泣いているカエデの涙を手で拭う。

「泣いてる顔も可愛いけど、カエデは泣いてないほうが可愛いぞ」

「わ、私は!?」

「可愛い・・・・・・おやつに言われるとちょっと嬉しい」

 どうやらカエデの名前を呼ぶサービスは終了したようだ。

 イオは少し残念に思ったが、『おやつ』も最近は悪くないと思い始めていた。

 なれとは怖いものである。

 ルニャは「私も可愛いって言ってよ・・・・・・」と言って、少し頬を膨らませている。

「さて、問題を解消しないとな」

 イオの一言でカエデとルニャも魔王サタンをにらむ。

「だね」

「魔王倒す!」

 ルニャは爪を伸ばし、カエデはナイフを構える。

 魔王サタナスはイオたちを見て、わずかに笑みを浮かべた。

 一瞬不思議に思ったイオだったが、その笑みの理由はすぐに分かった。

 視界が少しふらついている。

(やべ。血が足りてないなこれ)

 治癒術と言っても、傷を閉ざすだけで血の補充はできない。

 ルニャの足も踏ん張りが弱い。

 キウイの木の酔いはある程度冷めているが、完全には冷め切っていなかった。

 カエデもイオの傷に治癒術を使い魔力をほとんど使い切り、体に力があまり入っていない。

 このままでは確実に勝ち目はないだろう。

 だが、イオは一つの可能性を頭に浮かべていた。

(あいつの持ってる亜人の血。それを奪って俺が竜人化すれば)

 その方法を使えば、魔王サタナスに勝てる可能性は限りなく百パーセントに近づくはずだ。

 問題はその血をどうやって奪い取るかだ。

体にその血を取り込まれていれば無理だが、竜人化のために使う場合は、一度その血の魔力を合成する必要がある。

最後の問題は体が持つかどうかだ。竜人化の技は、本来竜人だけに与えられた力だ。

 そんな力を、ふらつく体で耐えられるかどうかわからない。

「やるしかねえか!」

 イオは剣を握り直し、振りかぶる。

 そのあとにルニャはついてきたが、カエデは倒れてしまった。

 魔力の尽きていたカエデが、意識を保っていられたのはそこまでだった。イオのために魔力を使い切ったカエデを誰が責められるだろうか。

 イオは自分のために魔力を使い切ったカエデに感謝しつつ、魔王サタナスに向かって剣を振り下ろす。イオの一撃は魔王サタナスの剣によっていとも簡単に弾かれ、ルニャの爪の斬撃は悠々とかわす。

 イオは弾かれた勢いを利用して追撃を行おうとしたが、膝が地面についてしまった。

「はぁはぁ」

 目の前が揺れる。

 こんな状況では、魔王から亜人の血を奪い取るなど不可能だ。

「きゃあああああああ!」

「ルニャ!」

 吹き飛ばされ、背中からルニャは木に激突した。

 そして、魔王サタナスの振り切られた剣には血が付着している。

「あ、く」

 ルニャを見ると、抑えた左腕から血が流れ出していた。

 ついに、流れてしまった。

 最後の、竜人化に必要な血がすべて、そろった。

 魔王サタナスが剣についたルニャの血に触ると、短い詠唱を唱える。

「まちやが、れ」

「貴様はしばらく動くな」

「がっ!」

 魔王サタナスに立ち上がろうとしたところで蹴られ、ルニャの隣にまで飛ばされる。

「イオ、大丈夫?」

「だい、じょうぶ・・・・・・だ」

 イオはそういいながらも魔王サタナスに蹴られた胸を抑える。

 何本か骨が折れてしまった。

「お前こそ、直せよ。その傷」

「そうしたいけど、痛すぎて集中できニャい」

 ルニャは顔をしかめ、治癒魔術を使おうとしたが、すぐに消滅してしまった。

 魔術を使うのには、頭の中である程度の演算を行う必要がある。

 極度の痛みはその演算の妨げになり、魔術が使えなくなる原因にもなる。

「まずい」

 イオは魔王サタナスに視線を向ける。

 剣についていたルニャの血は一つの塊となっていた。

「イオ。あれ、ニャんか怖い」

 イオの服をギュっと握り、ルニャは身を縮める。

 魔王サタナスが手を前にかざすと、そこから十個の同じ塊が現れ、合計十一個になった塊が魔王サタナスを中心に回り始め、魔方陣が展開される。

おそらく、いや、確実に残りの十個の塊も亜人の血だ。

「何あれ」

「説明はあとだ。立てるか?」

「まだちょっとふらつくけど、たぶん大丈夫」

 イオは立ち上がると、ルニャの手を引き立ち上がらせる。

 竜人化の術式は、イオの想定した通りなら数分はかかる。

 その間にあの塊のどれか一つでも取れば術式は破壊されるが、あの術式には防衛魔術も貼られている。

 イオは簡単にそのことをルニャに説明する。

「取ればいいんだね?」

「ああ」

 だが、果たして防衛魔術を突破できるだろうか。

 今はそんなことを考えている暇はない。

 もし、魔王サタナスが竜人化すれば勝ち目がなくなってしまう。

「いこ!」

 ルニャが走り出すと、イオもそれに続いて走り出す。

 ルニャは爪を伸ばすが、イオの剣は蹴られたときに手放してしまい、魔王サタナスの近くに転がっている。

 痛む胸を抑えながら、イオはナイフを取り出した。

 こんなものでは心細いが、武器がないよりは圧倒的にましだ。

 魔方陣に足を踏み入れると足元の地面がめくれ上がる。

 ルニャとイオは後ろに跳び、襲い掛かってきたそれを回避する。

「嘘・・・・・・」

「強化されてやがるな」

 体長は二メートルをも超す、鋼鉄の人の形を作った魔術兵器。

 出てきた防衛魔術はゴーレムだった。

 防衛魔術としてのランクは最高ランクで、その力は圧倒的だ。

 竜人だろうと一人では苦戦し、下手をすれば命を落としてしまう。

「い、イオ!」

 ゴーレムが出てくるなど、予想していなかったのだろう。だが、それはイオも同じだった。

 過去のあの魔術を考えたときには、近づいてきた相手に無数の雷撃を飛ばすという物だった。

 自分に不意を突かれっぱなしだ。

 二刀流を使われ、あげくにはゴーレムときた。

 イオとルニャはゴーレムの攻撃をかわしながら、弱点である核を探す。

そこを壊しさえすれば、ゴーレムの機能は停止する。

 核を探しながらイオは魔王サタナスを見る。

(もう始まったか)

 魔王サタナスの体から魔力が流れ出し、魔方陣に吸収される。その魔力は黒い魔力へと変換され、再び魔王サタナスへと戻っていく。その黒い魔力は魔王の腕を取り込み、黒鱗となりその爪は伸びていく。

「イオ!」

 ルニャの叫び声で振り向くと、ゴーレムの拳が迫っていた。

「があああああああああ!」

 ナイフに魔力を籠め、盾のようにゴーレムの拳を受け止める。

 背中から木にたたきつけられ、血を吐き出すが、何とか押しつぶされることだけは避けることができた。

 ゴーレムがもう片方の腕を振りかぶった。

 さすがに、今度は押しつぶされる。

 イオは目をつぶり、できるだけ痛くないことを祈る。

だが、

「あきらめニャいで!」

 目を開けると、ルニャに蹴りを入れられたゴーレムがバランスを崩していた。

「・・・・・・大丈夫か?」

「足ちょっと痛かったけど大丈夫」

 手を後ろに隠し、笑ってごまかそうとするルニャの手を強引に見る。

 爪は元のサイズに戻り、すべての爪が割れて血が流れていた。

 拳も血だらけで、膝にはあざができている。

「あはは。ゴーレム硬いから、素手じゃやっぱり痛かったよ。でも、おかげで酔いもさめちゃった」

 頭をかき、笑みを浮かべるルニャ。

 ゴーレムの攻撃をかわすのと、核を探すので必死になっていたイオだったが、ルニャはその作業をこなしながら、効くかわからない攻撃まで仕掛けていた。

 大事に手入れまでしていた爪をボロボロにしてまで、ルニャは戦っていた。

 ルニャはイオの手をほどき、もう一度ゴーレムに立ち向かおうとする。

「・・・・・・ルナ。もう、お前は傷つかないでくれ」

「へ?」

 イオはルニャを座らせ、ナイフを握りなおす。

 一撃。

 次の一撃で、確実にゴーレムを仕留める。

 核の場所はまだわかっていないが、大体の予想はついていた。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 イオの咆哮に合わせるようにゴーレムも咆哮をあげる。

 ルニャは思わず猫耳を抑え、目を見開く。

 いつの間にか、イオがゴーレムの後ろにいた。

 ケットシーの動体視力をもってしても、今のイオの動きをとらえることができなかった。

(あんニャ速度出されてたら負けてたかも)

 明らかに人間を超えていた速度だったが、今はそんなことはどうでもいい。

「イオ!」

 イオが膝をつき、ゴーレムがイオに振り向く。

 ルニャは走り出し、ゴーレムは拳を振り上げたが、

「はは。くたばれ、ポンコツ」

 ゴーレムはその場で崩れ落ちた。

 イオのナイフの先には、ゴーレムの核がゴーレムの体を離れ突き刺さっていた。

 ルニャはホッと胸を撫で下ろすと、最後の問題である魔王サタナスを見る。

「もう間に合いそうにない」

「そんニャ」

 魔王サタナスを、黒い魔力が完全に取り囲んでいた。

 あそこまでいけば、十一個の塊を取ったところで意味はない。

 十一個の塊はすでに魔力を失い、イオが竜人化になるためには使うことはできない。

「逃げるぞ」

「うん」

 逃げたところですぐに見つかるだろうが、生きる可能性が少しは高まる。

 が、イオが後ろを向いた瞬間、魔王サタナスの威力が爆発的上がった。

 イオはルニャを庇うように胸に抱き、体をこわばらせる。

 そして、恐る恐る魔王サタナスを見る。

 ついに、完成した。

 真っ黒だった髪の毛は銀色へと変わり、剣を握っていた腕は黒鱗に包まれ、爪はルニャの爪よりも鋭い。腰も黒鱗に包まれ、人間にはなかった尾が新たに生えている。

 だが、どう見てもあれは未完成だ。

「残念ながら、ケットシー以外の魔力が足りなかったんだ。おかげでこんな中途半端な姿だ」

 魔王サタナスは黒鱗に包まれた腕を見てそうつぶやく。

 こうなってしまっては、もう逃げることはできない。

「イオ」

「どうした?」

 イオの服を両手でぎゅっと握り、ルニャはイオの胸元に顔をうずめる。

「お願い。最後に、喉ニャでてほしい」

 最後。

 竜人化した魔王サタナスを前にして、ルニャは勝ち目がないと考えていた。

 ルニャは一度だけ、学院長と模擬戦をしたことがある。その時はいいところまではいけたが、結局は負けてしまった。

 その時から数年たって、ルニャもその時よりも強くなっているが、ルニャが唯一使える武器である爪はもう使えない。

 痛みにもある程度慣れ、治癒術を使える程度にはなったが、さすがに爪までは直すことができない。

「これでいいか?」

「にゃあー」

 イオに喉をなでられ、ルニャは嬉しそうにニッコリとイオに微笑む。その目からは、一筋の涙が流れる。イオはルニャの涙を手で拭った。

「ルナ。俺はまだ生きて、お前とカエデと一緒にいたい。だから、もうちょっとだけ頑張らないか?」

「・・・・・・勝つ秘策とかあるの?」

「ない・・・・・・でも、お前と一緒なら勝てる気がする」

 イオはナイフを握っている手で、ルニャの手を握る。

 ルニャはイオの手に合わせるように、一緒にナイフを握る。

「イオの手、暖かくて好きかも。あ、これカエデちゃんも言ってたっけ?」

「どうだろうな」

 イオとルニャは顔を見合わせ、笑いあう。

 こんな絶望的な状況だというのに、こうして手を握っていると自然と、どうしてだか怖くなくなる。

 もしかしたら、気がふれているだけかもしれない。

「そろそろいいか?」

 魔王サタナスの問いに、イオとルニャはもう一度顔を見合わせうなずく。

「行くか」

「生きて帰ったら、カエデちゃんといっぱい遊ぼうね」

「ああ」

 イオは一歩踏み出し、ルニャもイオに合わせて一歩進む。

 今二人の人物が向かって来ていることには、まだ誰も気が付いていない。


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