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 第四章 魔王と魔王

「で、模擬線をすることになったわけか」

 夜のグラウンドには誰もいない。

 カエデはあくびをかみ殺し、座っているイオに少し体重を預けていた。

「なぜ私が監督として呼ばれたのか、説明がほしいところだね」

「学院長先生はイオのことに気づいていたんですか?」

「ん? ああ。隠すことは難しい世の中だな。そうは思わんかね?」

「・・・・・・」

 この女が近くにいると、どうにも落ちつけない。

 ルニャと模擬線をすることになったのだが、少し悩んでいた。

 武器を使うべきか使わないべきか。

 おそらくルニャは十センチ爪を使ってくるだろう。あれはかするだけでも大きな怪我を負ってしまう。

 武器でなら防げるだろうが、万が一怪我を負わせるのは申し訳ない。

「イオ本気で来て。私は怪我しても治癒術でニャおせる。あと、イオのもニャおしてあげる」

「にゃー娘。これは模擬戦だ。飛ばしすぎるのは感心しないぞ」

「私は本気で戦いたいです。授業での模擬戦も、騎士団との試合も、どれも出せにゃいから不満ニャんです」

「はぁ。君はいいかね?」

「ああ。むしろそうしてくれた方がありがたい。あとで難癖つけられたくないしな」

 イオが立ち上がると、体重を預けていたカエデがコテンと倒れてしまった。

「痛い」

 目をこすりながら、カエデは頬をふくらます。

 イオは一言謝り、カエデの頭をなでた。

「ね、イオ」

「なんだ?」

「その・・・・・・」

 突然ルニャが頬をわずかに赤く染めると、もじもじとし始めた。

「もし私が勝ったら、喉ニャでてほしいかも」

 ルニャはそういうと、一人でグラウンドに走って行った。

(もし、か)

 ということは、少しでも負けるかもと思っているのだろうか。

 イオは念のため、地面に置いていた剣を腰に吊るしなおす。

 できればこの剣は使いたくはないが、どうなるかわからない。

「では、はじめ!」

 イオがグランドに入ると、学院長は魔術で開始の合図に閃光球を放った。

「行くよ、イオ」

「っ! ま」

 て、という間もなく、イオは地を蹴り宙に飛ぶ。

 下を見下げれば、さっきまでイオがいた場所でルニャが腕を振り下げていて、その地面には切り傷が五つ地面をえぐっていた。

 ルニャとイオの距離は、ざっと百メートルぐらいは開いていたはずだ。

「マジかよ」

 それを二秒で詰めるなど、ルニャの速度が化け物じみている。

「っと。そんなこと考えてる場合じゃないな」

 このまま素直に落ちればルニャの餌食だ。

 地面に届くまでは、あと三秒ほどだろうか。

 それまでの間に、ルニャのあの爪を何とかする方法を考えなければ・・・・・・

 考えようとした瞬間。

 ルニャが地を蹴った。

「本気、って言った」

「っち!」

 できればいくら小さな武器でも使いたくなかったのだが、この際そんなことを言っていられない。

 イオはベルトの後ろに装着していたナイフを取り出し、そこに魔力を集中させる。

 ルニャの爪による斬撃をナイフで受け止めたが、その勢いに押され一気に地面へとたたきつけられた。

「が、はっ・・・・・・!」

 容赦ない更なる追撃を転がって何とか回避する。

 やばい。

 ルニャは本気だと言っていたが、その言葉に嘘がない。

 ケットシーの身体能力は高いと思っていたが、これでは圧倒的だ。

「容赦ないな」

「本気だもん」

「身体能力でそれって、魔力使われたらかなりやばいかもな」

「使ってほしい?」

「遠慮しとく」

 そんなものを使われたら、下手したら命にかかわってしまう。

 イオは地を蹴り、ルニャに向かう。

 爪の斬撃をかわし、さらに飛んできた蹴りを後ろに飛んでかろうじてかわす。

 近寄れても、攻撃ができない。

(どうする? このままじゃ、攻撃が届かないぞ。ずっと受けてたら、確実にこっちの体力が先に底を尽きる)

「おやつファイト―」

「カエデ」

 さっきまで眠そうだったカエデはイオとルニャの模擬戦に見入っていた。

 今まで模擬戦は何度か見てきたことがあるが、このレベルのものは初めて見た。

 こんな凄いものを前にして、寝てたまるものか。

「か、カエデちゃん。私は?」

「ネコさん強い。おやつ押されてる」

「それ、俺のほうが弱いって遠まわしに言われてるよな」

「負けたら血、全部吸う・・・・・・!」

「そいつは怖い」

 少し勝つことをあきらめかけていたが、どうやら負けることは許されないみたいだ。

 だがどうする?

「君はまだ戦うのかね?」

「負けられないんでな」

「私は降参してもいいと思うぞ? 亜人は人間よりも魔力、身体能力ともに高い存在だ。それでも人間が亜人に試合で勝つことはまれにあるが、ケットシーに勝ったという例は過去に一度もない。君が過去で魔王と呼ばれていようが、それは人間の中での話だ。世界は広いぞ? 君の力では、亜人に勝つことは難しいと見える」

 確かに過去には亜人との戦闘経験はほとんどない。

 しかも、その亜人たちもどれも人間と戦闘能力がほとんど変わらない者たちだった。

「そんなこと言われたら、余計勝ちたくなるっての」

「イオまだ私に勝つつもりニャの?」

「負けられない理由もあるし、変な幻想もあるからそれを壊したい。そんな理由もあるから俺はお前に勝つよ」

「じゃあ、一つ条件付けよ?」

「条件?」

 指を一本立てたルニャに聞き返す。

「うん。私は勝ったらその、喉ニャでてもらうでしょ? だから、イオが勝ったらニャんでも好きなこと私が聞いてあげる。でも、お金かかることはダメ!」

「お前はそれでいいのか?」

 ルニャはうなずき、縮めていた爪をまた十センチほどに伸ばす。

 要するに、負けたときに負うリスクは、勝つきしかないルニャにとっては無意味ということだ。

「じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうぞ!」

 イオが地を蹴る寸前、突然ルニャがイオに向かって走り出し、その中間地点で爪を振り下ろした。

「手荒い歓迎だな」

「今あニャたは邪魔!」

 ルニャの爪を剣で受け止めていたのはイオだった。

 いや、あれは魔王サタナス。

 漆黒のコートはずたずたに切り裂かれ、その頬からは一筋の血が流れていた。

「次は容赦しニャい。イオとおんニャじ姿だったから今のは手加減したけど、次は剣も一緒に切る!」

 繰り出されたルニャの蹴りを回避し、魔王サタナスはルニャとイオから距離を取る。

 転移魔術。

 発動までに時間がかかるのが欠点だが、座標さえ術式に組み込めばその場所へ行くことができる。

 過去にイオが得意としていた魔術の一つだ。

「やっぱり、お前は俺なんだな」

「俺はお前だ。だが、決定的に違うことがいくつかある」

 魔王サタナスの動き、魔力量。

 それらを見て、イオと魔王サタナスの何が違うのか予想することは簡単だ。

「お前は、過去から来たのか? 自分を封印することなく」

「過去?」

 ルニャが首を傾げる。

「その通りだ。俺は貴様に問う。なぜ天使如きの言葉を聞いた? あいつを殺した愚かな人間どもには、裁きを与えるべきだ」

「・・・・・・」

 裁き。

「確かに俺は殺しをした。でも、あの時の俺は冷静じゃなかっただけだ。お前も、冷静になったらわかるさ」

 イオの言葉に魔王サタナスは鼻で笑う。

「冷静だ。俺は冷静になって、貴様を殺すことにしたのだ。あいつを散々痛めつけたやつらに、罰を与えることをやめた貴様に!」

「ちょ、ちょっとどういうことニャの? イオ」

「おやつ説明して」

 隣に寄ってきたカエデとルニャは、魔王サタナスに警戒をしながらもイオに問いかける。

 おそらくこのままでは魔王サタナスと、過去のイオと戦うことになるだろう。

 だが、過去のイオだろうと同じ姿、同じ声、同じ魔力の質。

 どうしても、今のイオと姿を照らしてしまう。

 だったら、少しでもイオと魔王サタナスとの違いを見つけ出して、別人だと割り切らなければまともに戦えないかもしれない。

 さっき本気でイオと戦ったルニャも、勝つ目的と、倒す目的では全く覚悟が違ってくるのだ。

「俺には一人の妹がいたんだ。人間離れした力を持った俺を、親でさえも恐れていた。けど、あいつだけは俺に親しく接してくれた。もしかしたら、あいつも人間離れした力を持っていたから、接してくれただけかもしれない。だけど、俺にとってはあいつの存在は何よりもうれしかった」

「だが、村の連中はあいつをとらえた」

 イオの言葉に合わせるように、魔王サタナスも語った。

「辱められ、肉をそぎ落とされ、最後には命までも奪われた。しかも理由がなんとなくだ。俺はそれを聞いた瞬間、我も忘れてそいつらを殺した。でも、そんなことじゃ怒りを鎮めることはできなかった。悪いことだとはその時思わなかった。これはあいつに苦しみを与えた罰だ。そう自分にいい聞かせてたからかもしれない」

 イオはそこで言葉を区切ると、魔王サタナスに視線を向ける。

 それにこたえるように、魔王サタナスもイオをまっすぐと見つめる。

 今カエデとルニャに話した内容は、二人が経験してきた道だ。

 だが、ここから先はおそらく二つに分かれるだろう。

「あり得ないと思うが、俺は天使にあった」

「おやつ嘘いらない」

 カエデの反応はごくごく普通だろう。

「天使下界に来ないの常識。下界に来たら天使、堕天使になるから絶対に来ない」

「でも来たんだよ。嘘じゃない」

「・・・・・・おやつ信じる」

「天使はニャにかイオにしたの?」

「会話だ」

「会話? それだけ?」

「ああ」

 予想外の回答にルニャは少し驚いた。

 それはカエデも同じようで、一瞬疑いの視線を向けたが「信じる」、とつぶやいていた。

「俺は天使と会話をして、自分の罪に気づくことができた。たぶん、俺一人でも気づけたんだろうけど、俺は裁きだとか言って逃げていた。天使は俺の背中を押してくれたみたいなもんだろうな」

「じゃあ、それが理由でイオは自分を封印したの?」

「そういうことだ」

 本当は死んで罪を少しでも償おうとしたが、天使にそれは止められたとは言えない。

「で、あいつはその時に天使にあわなかったか、あったけど俺みたいに罪を償おうとしなかったパターンの俺だ」

「その通りだ」

「で、でも。ニャんでそれが理由でイオを殺しにきたの?」

「いってたろ? 妹を殺されたのに、その裁きを途中でやめた俺が許せないって」

 イオは魔王サタナスの考えを少しは理解できていた。

「極度のシスコン?」

「できればそういわれたくなかったな」

「それは同意だ」

「シスコンって何?」

 首を傾げてるカエデにはとりあえず説明はいらないと思った。

 むしろ説明したくない。

「あと、シスコンってわけじゃない。それだけは勘違いするな」

「うん」

 ルニャがうなずくと、つられるようにカエデもうなずいた。

 今の話を聞いて、正直ルニャは少し困っていた。

 魔王サタナス・イブリール。

 その話は聞いたことがあったが、まさか殺しをしていた理由が妹を殺された怒りとは予想もしていなかった。

 家族を殺されての憎しみ。

 ルニャは、素直に魔王サタナスが悪いとは思えなくなっていた。

「でも、イオは殺させニャい! 絶対に!」

「おやつは守る!」

 ルニャは爪を伸ばし、カエデはスカートを少しめくるとナイフを取り出す。

「おやつ見た。エッチ」

「そんなとこに隠してるカエデもどうかと思うぞ」

「仕込みナイフかっこいい」

 どうでもいいことを言ったカエデだが、その構えは素人のものではないと一目でわかる。

 ルニャの戦闘力はさっき身をもって体験したばかりだ。

 いくら魔王サタナスだろうと、亜人二人を同時に相手したら勝ち目は薄いだろう。

「じゃあ、貴様らも俺の餌食ってことでいいのか?」

「もう手加減できニャいと思うけど、できたら死ニャニャいでね。殺しちゃうのは嫌だから」

 コクコクとカエデもうなずく。

 イオはナイフをしまうと、鞘から剣を抜いた。

 漆黒の、何の装飾もない殺すために使っていた剣。

 できればもう使いたくはなかったが、この際は仕方がない。

 三人が地を蹴ると、魔王サタナスはコートを振り払い、二本目の剣を鞘から引き抜いた。

「っ! 二刀流だと!?」

 魔王サタナスはルニャの爪をはじき、同時に襲い掛かってきたカエデの喉めがけて剣で付きを繰り出す。カエデは体を捻って回避しナイフで切りかかるが、魔王サタナスは二本の剣でカエデのナイフとイオの剣をはじく。背中から切りかかっていたルニャの肩に蹴りを入れると、肘でカエデの胸を殴り、回る勢いでイオの腹に蹴りを入れる。

「きゃあああ」

「あ、あああ」

「が、はっ」

 三者のうめき声。

 今までの一連の動きは、どれもが過去の魔王サタナスよりも素早く、重たい攻撃だった。

 腹を抑えながらイオは起き上がり、カエデとルニャも痛みに顔をしかめながらも起き上がる。

「やり、にくい」

 カエデはイオと魔王サタナスを交互に見た後そうつぶやいた。

 ルニャはうなずくと、一人で走り出していた。

 魔王サタナスの斬撃を避けられると判断したものは避け反撃に転じ、避けられないと判断した攻撃は爪で弾く。

 その先頭を見ていて、カエデはここにいる誰よりもいち早く違和感に気が付いた。

「片手?」

「どうしたカエデ」

「ネコさん、左腕使ってない。おやつと戦ってるとき使ってた」

「なに?」

 ルニャの戦闘を見ると、カエデの指摘した通りルニャは左腕を使っていなかった。

 よく観察してみれば、ルニャの左腕は動いてすらいない。まるで力が入らなくなってしまったかのように。

「きゃあああああああああ!」

「ネコさん!」

 魔王サタナスの斬撃を受け止めきれず、ルニャは上空へと打ち上げられた。

 イオが走り出すよりも早くカエデは地を蹴り、空中でルニャを受け止める。

「カエデ! 避けろ!」

「え?」

 カエデに向かって投擲された魔王サタナスのナイフ。

 両腕でルニャを抱きかかえているカエデは、自分を盾にするかのようにナイフに背中を向ける。

「なに?」

 しかし、そのナイフはカエデに当たる寸前に魔力弾によって弾き飛ばされた。

「生徒のピンチにすぐうごけなくて済まないな。少し時間がかかってしまったのだ」

「カエデを助けてくれてサンキュ」

「なに。生徒を守るのも、学院長の務めなのだよ」

 学院長はイオの肩をそっと叩くと、魔王サタナスを拳で殴りつける。

 ミシミシ、という嫌な音が魔王サタナスの胸から鳴り響き、グラウンドの端まで吹き飛ばされる。

「すごい」

 小さな翼を大きく伸ばし飛んでいたカエデが、ルニャを抱えたままイオの隣に着地する。

 ルニャは学院長の力を見て、思わず声を漏らしていた。

「竜人の力だろうな」

 今の学院長は、竜人の証である鱗をその腕にまとっていた。

 だが、竜人は本来の力を使えば竜の姿にはなれなくとも、全身を鱗で覆い尻尾が生え、翼まで生えるはずだ。

「ごめん、カエデちゃん。イオ」

「別に謝るなよ。鎖骨折れて動かせないんだろ?」

 うつむき、悔しそうに唇を噛んでいるルニャの頭をポンポンとたたく。

「お前は治療に専念しろ。腕一本じゃまともに戦えていなかったぞ」

「が、頑張る!」

「頑張る頑張らないとかの問題じゃないんだ。今は模擬戦や、稽古なんかじゃない。殺し合いなんだ。変な意地を張られて、死なれるのは嫌なんだ」

 イオは剣を握り直し、ルニャから手を離す。

 ルニャが左肩に手を置き治癒魔術を使い始めると、カエデはすぐにイオの隣に並んだ。

 これは予想だが、学院長はそう長くはもたないだろう。

 さっきまでは圧倒的な力で魔王サタナスに打撃を与えていたが、今では防御に回る時間のほうが多い。

「歳考えろって」

 竜人は、確かに強い種族なのだが、竜の姿になっていると魔力の消費量が激しい。

「女の子に歳の話ダメ。おやつわかってない」

 カエデはそういうと魔力を高めていく。

「いけるか?」

「あれおやつじゃない。姿同じだけど、おやつあんなに強くないから別人」

 今さりげなくひどいことを言われた気がしたのは気のせいだろうか。

 カエデはイオの首を一舐めすると、ためらうことなく一気にかぶりつき、制服に血が付く勢いでイオの血を吸い始めた。

 ハーフの吸血鬼が本来の力を使うには、人間から大量の血を吸う必要がある。そうすることで、一時的にだが純粋な吸血鬼と同等の力を得ることができる。

 純粋な吸血鬼になればその戦闘力は圧倒的に上がるが、太陽という弱点が増えてしまう。

 だが、今は夜だ。

太陽が介入する余地がない。

「はぁはぁ。結構いくな」

「もう終わった」

 カエデが口を離すと、傷も瞬時に治った。

 カエデは自分の制服を見て、汚れたことに少しがっくりとしたがそんな暇さえ惜しい。

 イオはカエデの目を見て、本当に吸血鬼の力を手にしたんだな、とすぐに理解できた。

 カエデの目には複雑な模様が浮かび上がり、目の色と同じ紫色の光を放っていた。

「頑張る」

 カエデはイオに一言いうと、翼をはばたかせ、ナイフで魔王サタナスに切りかかる。

 それに入れ替わるように戻ってきた学院長は肩で息をしていて、竜の鱗もすでに消えていた。

「すまない。どうやら、竜人とて歳にはかなわないようだ」

 学院長はそういうと地面に倒れこんでしまった。

 魔力を使い切っている。

 人間ならば命にかかわってもおかしくない状態だが、竜人である学院長なら特に問題はないだろう。

 イオは学院長を壁にもたれ掛けさせると、カエデと魔王サタナスを見る。

「カエデに分が来てるか」

 飛べるカエデと飛べない魔王サタナス。

 しかし、魔王サタナスはカエデの攻撃を見事にすべてさばききっていた。

 飛んでいる分カエデのほうが有利だが、魔王サタナスの二本の武器とリーチの長さが、カエデの攻撃を邪魔している。

 イオは剣を握り直し、魔王サタナスに切りかかる。

 少し妙だ。

 吸血鬼、ケットシー、竜人。

 そのうちに一人は戦闘不能な状況だが、亜人一人でも人間である魔王サタナスは多少なりとも苦戦している。

 だが、その表情にはまだ余裕がある。

(何か隠してるのか?)

 一瞬の思考の隙を突かれ、

「しまっ!」

 手の力が緩んだところを魔王サタナスに剣を弾き飛ばされた。

「終わりだ」

 襲い掛かる二つの斬撃。

 回避、防御ともに不可能な攻撃。

「やっと、隙見せてくれたな」

「何?」

 今まで、二人以上を相手にしているとき魔王サタナスは同じ相手に意識を集中せず、常に周りの状況を確認しながら戦っていた。

 だが、イオを殺せる絶好の機会に、魔王サタナスの意識はイオだけに向けられていた。

「行け! ルナッ!」

 魔王サタナスは、後ろから切りかかってきたルニャの爪による斬撃を剣で受け止めようとしたが、イオに振り下ろされた二本の剣はそれを許さなかった。回避しようにも、踏み込んだ脚はすぐには動かない。回避も、防御もできない。

「ぐはっ、がっ」

 背中に走る焼けるように熱い激痛。

「どういう、ことだ」

 魔王サタナスはイオたちから距離を取り、爪から血をしたたらせているルニャをにらむ。

 あの爪の斬撃をまともにくらえば、確実に命はなかった。

「殺したくニャかった」

「俺を殺したくなかった、だと?」

「うん。だって、あニャたも道は踏み外しちゃったけど、イオだから。私はどんニャイオでも・・・・・・殺したくニャいよ」

 ルニャは爪を元に戻すと、その場に膝をついた。

 ポツッポツッと雨が降り注ぎ、ルニャの涙と爪についた魔王サタナスの血を洗い流していく。

 イオが視線をあげると、そこにはもう、魔王サタナスの姿はなかった。

 ただ雨のグラウンドに、ルニャの泣き声だけが悲しく鳴り響いた。



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