第零話「呼び止められて」
私立際久留学園には原則として、校則は存在しない。
「学問の才に優れるのなら、最大限の自由を」を校風に掲げるこの高校は、設立当初より一定以上の成績を修める者に、校則として縛り付けるものを下してこなかった。
現在でもそれは、「全教科赤点なし」で受け継がれている。
この学園の試験は、入試でも入学した後でも難解で有名だ。
学生たちは、試験の度に頭を悩ませる。
だが成績次第では、各種のアルバイトのよる小遣い稼ぎ、染髪や化粧のファッションが高校生の身分で大手を振るって謳歌できるのだ。
姉の双葉が懸念したような、四葉が教員たちに目をつけられることは無かった。
四葉もまた、他の学生たちと同じように、成績によって自由を勝ち取りたかったのだ。
入学後すぐに行われた、中学での勉学に対する理解度を測る試験においても、四葉は新入学年上位の成績を修めた。
「・・・受験勉強でやったところだったし」と、四葉は家族の前でそっけなく答えていたが、試験前の2週間から彼女が深夜まで机に向かっていたことは彼女の家族なら誰でも知っている。
それ故に、彼女は今でも自慢の金髪を黒に戻すことなく学校に通っている。
四葉が試験勉強に多大なる勢を出したのにはもう一つの理由がある。
四葉の誕生日は4月4日。
彼女は既に16歳。
学校に通っているのだ。
高校ではない、学校に。
そこに通うことで許される物を、四葉は心の底より所望しているのだ。
先日、入学祝として父がネットで注文し、到着後は自分と姉のそれぞれの親友が住む山葉家にて手厚い歓迎を受けている、自らの「王子様」のために。
入学後も、彼女は伝説だった。
「あ、あの本田さん・・・」
帰りのホームルーム後。
既に大のお気に入りとなったジャケットに腕を通そうとしている四葉に対して、同級生が一人、声を掛けてきた。
その表情は、「いかにも自信なさげ」。
「・・・何か用?・・・スギバヤシさん・・・?」
記憶の糸を辿りながら到着した、入学後初めてのホームルームにて行われた自己紹介の場を思い出してみる。
確か名前は、スギバヤシヨウコと言ったはずだ。
「・・・」
四葉が彼女の顔をから視線を落とすと、ネームプレートには記憶と同じものが彫り込まれていた。
目視が、まだ未熟。
心で自虐めいた笑みを浮かべながら、同じ心で四葉は焦りを感じていた。
今日、四葉を「学校」から「学校」まで送迎してくれるのは、家族で取り決めた当番表では長女の金翅だったはず。
彼女は怖ろしく気が短い。
今ごろおそらくは学校の校門脇にて、「王子様」と共にいるところ下校生たちに見つめられて苛立っているだろう。
あれでよく数年前まで普通の会社勤めが出来たと感心してしまう。
「それで、本田さん・・・」
「・・・ん?何?」
思慮に耽っていた四葉を、ヨウコの呼びかけが現世に引きづり上げた。
何気ないふりをして、四葉は彼女を眺める。
まさしく、「この学校に入学してくる学生のよくある見本」だった。
きっと勉強と部活以外には、中学時代に情熱も注いだものは無いのだろう。
許されているはずなのに、約半数の女子学生のように髪へ何も美映えを上げる術を施していない。
それを後ろで簡単に結ってあるだけ。
その相貌には「おめかし」の気配さえ感じない。
入学前に自身の頭髪に脱色を施し、日常的に化粧を纏う姉達に対し時には半ば強引にその術を乞うた四葉とは対照的だ。
他人の格好にケチをつける気分なんて持っていないが、女に生まれたのなら少しくらい身だしなみに興味が湧いてもいいと感じてしまう。
素材は決して悪くない、むしろ「やる気」になれば必ず化けるはずなのに。
「あの・・・四葉さん・・・今日はこれから空いていますか・・・?もしよかったら・・・一緒に何処かに行きませんか?」
俯き気味で言葉を紡ぐヨウコを目の当たりにして、四葉は勘付いた。
彼女はおそらく、たまたま同じクラスになっただけというだけの偶然を責任感と思い、自分との交友を深めたいと思っているのだろう。
中学時代の友人でこの学校を志望校としていた大半は、入試によって弾かれた。
大の親友である、三八代やくろすとは四葉の4月生まれが災いし、学年という隔たりにいつも苛まれてきた。
そもそも三八代は此処ではなく隣町の荷厘高校の学生、くろすは高校に通っていない。
それ以前に、ヨウコの申し出を嫌悪する理由を四葉は持ち合わせていなかった。
だが、今日と言う日を拒否する理由は存在する。
「・・・ごめん、今日はこれから予定があるから」
「そっか・・・ごめんなさい。私何も知らなくて・・・」
「・・・こっちこそ、次の機会に」
そう言いながら再度ジャケットに腕を通そうとしたその時だった。
「ちょっと本田さん!黙って聞いていれば!」
四葉の座席、教室中央奥とは反対の、教卓に近い位置からそんな怒声に近い批難を上げながら、一人の少女が近づいてきた。
その様子を教室の隣を流れる廊下にて偶々通りかかった「彼」が目撃してことを、この時も四葉には意識できる範囲の外だった。