第零話「妹思いの姉?姉思いの妹?」
四葉の「王子様」が登場するまで、第零話が続きます。
合格発表の時点で、彼女は既に伝説だった。
「すいません、写真お願いできますか?」
入学式、私立際久留学園の正門前。
本田家の次女である双葉が、校門前に家族が並んでいる眼前にて、目についた誰かの父兄と思しき中年の男性へと声をかけた。
双葉の胸の前には、両手で持ち上げられた赤いボディの一眼レフ。
彼女の最近熱が入っている趣味は写真撮影だ。
先日購入したこのカメラは、これまでのスマートフォンでの撮影がしょせん通信機器のオマケと教えてくれた。
このカメラから切り取りたい景色を覗く度に視界の外から、友人の、特に親友と呼べる八百代やこずえから物欲しそうな野次が飛んでくる。
値はそれなりに張ったが、満足している。
むしろ自らの「王子様」に比べたら安い方だろう。
妹である四葉は「王子様」にあんなものを選んでしまった。
嗜好はともかく、高校生の身分では金銭面で苦労することは必然だ。
ある程度の助力は惜しまないが、こずえに「あまり甘やかすな」と釘を刺しておかなけばならない。
「あ、はい・・・いいですよ・・・」
「お願いします。一般的なカメラと同じ、軽く押した後にもう一度でシャッターですので」
スーツ姿の男性は、まるで蛇を前にした鼠のようだ。
自分、延いては家族としては、そこまで他人を威嚇する意思はない。
ただ一点、他の家庭では一般的ではないものを家族全員が趣味としているだけだ。
服装もまた、趣味の為の「正装」だ。
当初は無難なスーツ姿で臨む予定だったが、四葉がこれを望んだのだ。
文句なら我が家の末女に言ってほしい。
高校での生活で四葉は。
四葉は、間違いなく虐めの類とは無縁だろう。
自分の頃ならいざ知らず、現代において、こんな阿保にあえて噛みつく反骨精神旺盛な先輩が存在していると思えない。
四葉の「王子様」の美声を一度聞くなり、身体の奥まで怯え縮こまるだろう。
唯一の懸念は、教員に目をつけらないかだ。
中学校において四葉は、内申点欲しさに猫を被っていた。
それが解かれた今、保護者ではない姉の自分までもが学校に呼び出されるような真似はしないでほしい。
入学に必要な書類を届け出た次の日には、八智緒に手伝ってもらいながら頭髪の脱色を行った妹に、どれだけ自分の忠告が届くかは未知数だが。
笑顔の裏腹で、そのような事を考えていた双葉は、男性にカメラを託した後、横一列の家族へと加わった。
横には、件の四葉。
「・・・双姉、外面良すぎ」
「あんたが気にしなさすぎ。馬鹿の真似は『王子様』だけにしとく」
「・・・別に真似してないし」
「その髪は?」
双葉が横目で眺めた妹の頭髪は、春の日差しを受けて金色に輝いている。
艶があることから、ケアはしっかり施しているようだ。
流石は、身なりにはうるさい現役大学生である八智緒が、口と手で手伝っただけはある。
「・・・それとこれとは別」
「別じゃない」
「ほら、双葉、四葉。早く終わらせないとご迷惑だから少し静かにして」
母が、双葉と四葉を窘めた。
カメラから僅かに顔を外してこちらを眺めている男性の顔には、困惑が浮かんでいる。
自分は笑顔を保っているはずだが、雰囲気で察しているのだろう。
「馬鹿な妹達をもって、アタシゃ悲しいよ」
双葉の左に立つ金翅が演技がかった台詞を吐きながら、ため息をついた。
「一番の馬鹿はアンタでしょ、ブー。悔しかった私くらい痩せてみろ、ブー」
双葉とは反対側、四葉の隣に立つ八智緒が買い言葉を返す。
そもそもの発端は自分の悪態だが、この流れはこの家族の中で全く以って良くない。
「やるなら写真撮ってからやって、姉さん、八智緒」
姉がさらに言い返す前に、牽制をかける。
「・・・覚えてろ、八智」
「マジでやるの?受けて立つけど、ブー?」
「・・・馬鹿な姉達を持って、一番の不幸は私かな?」
四葉が鼻で笑いながら紡いだ言葉に、三人の姉は疑問符を発音にしたような大声を返した。
一枚目の写真はとても他人様の目に晒すには醜すぎる代物であり、父は双葉にカメラの操作を以って処分を命じたが、結局は密かにその意に反した。
末女に向かって、般若のような形相を剥き出す三人の姉。
母はなんとか事態を収束させようと、眉間に皺を寄せて怒号を上げる寸前だ。
父は「またこれか」と語っているような顔付きにて、右手で額から右目までを覆っている。
その中心で、カメラに向かってピースサインを突き出してポーズをつける四葉。
いまだ見馴染まぬ金髪。
制服の上に着込んだ、「王子様」とは別に、父が通学にと贈った「革のダブル」。
その二つに挟まれた彼女の面持ちは、キザな笑みを浮かべていた。
姉ながら、そんな妹の姿が格好良くも可愛くもあったから、消去にて思い出だけにはしたくなかったのだと、双葉は後に考えた。
その写真、本田家の背景になっている部分には、驚きや怯えの表情を浮かべる人間が散見できる。
その中に「彼」がいたことを、この時もまた、四葉は知る由も無かった。