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Re:Evolutions  作者: アキノヒナタ
Re:Evolutions
12/16

Re: / Phase.7

 彼女を覆い隠そうとするこの暗闇が憎かった。そしてこの雨が、雨音が。僅かでも彼女を感じられなくなることが無性に嫌だった。

「莉衣さん……」

 手を伸ばしても近付いた分だけ彼女の手が離れていく。それは触れられたくないというシンプルな拒否反応。僕は少なからずショックを受けていた。漸く開きかけていたはずの彼女の心が今再び閉じようとしている。

 それを引き止める方法が僕にあるのだろうか。

 彼女が言った通り、僕らはほんの数時間前に出会ったばかりで、家族でも恋人でも無ければ、友達と呼ぶにもあまりにお互いを知らない。他人と呼ぶのが最も相応しい関係だった。

「もう放っといてくれ」と莉衣さんは呟いた。多分それは僕だけではなく、僕を含めた彼女を取り巻く全てへと向けられているように思えた。嘆きや諦め、肺の奥から込み上げる感情を他人はそう易々と理解してくれない。

 僕は硬く拳を握りしめていた。

 一体どれほどの期間、彼女はこうして追われ続けているのだろうか。それも得体の知れない奴らばかりが彼女を探している。彼女ももう疲れたのだ。生きることそのものに。身も心も限界のはずだ。だからこそ彼女は今日で最期にするつもりだった……。

 僕は莉衣さんのことを知らない。彼女が一体何者で、どこからやってきたのか。どうして彼らに追われなくてはならないのか。もう少しだけでも彼女のことを理解できていたのなら、状況は変わっていたのかもしれない。だが今更そんなことを考えても現状は変わらない。

 だけど莉衣さんも僕のことをまだ解っていない。少なくとも彼女が思っている以上には相当な頑固者なのだ。一度固めた決心をそう易々とは曲げられない。

「放っておけません」

「どうしてだ」

「どうしてもです」

「これは君の為でもあるんだ。もう、放っておいてくれ……」

 莉衣さんの背中が小刻みに震えていた。それは雨の寒さのせいなどではない。彼女は泣いていた。膝を抱えて背中を丸める彼女がとても小さく、とても愛おしく見えた。

 彼女の為に何かしたいと思う反面。お前のような若造にこれ以上何ができるんだ。と自分自身への問いかけもしていた。理解することもできなければ、現状を打破する名案があるわけでもない。仮に今を切り抜けたとしても、それからどうする。これからもずっと彼女と一緒にいるのか。何かある度に二人で歯向かい続けるのか。そんなこと現実的じゃないってくらい解っていた。

 それでも彼女を置いて立ち去るなんて出来るわけがない。むしろ意地でも彼女から離れたくないとすら思っている。

 不安をもたらす疑念を払拭するように僕は頭を振った。

 ――悔いの残る別れにだけはしたくない。

 膝を突いてその小さな背中にそっと触れる。

「莉衣さん、行きましょう。あいつはどこか行ったみたいですし、今のうちです」

 返事は無かった。

 でも悠長に待っている時間は無い。僕は彼女の腕を掴んで無理矢理に立ち上がらせた。

「まずはあいつから逃げて、そのあとのことはそれからです」

 掴んだ手を強引に引きながら再び通りへと飛び出した。相変わらず見通しは良くない。ふいに安藤とかいう男と出くわす可能性も十分に考えられたが、何か行動を起こさなければ状況は変わらない。必死に頭を働かせた。

 雨音に紛れて解り辛かったが、あの男が来たのは僕らと同じ道なのは間違いない。ならば引き返してまた大通りに向かおう。それで一気に引き離せるはずだ。

「行きますよ」

 返事も待たずに僕は動き出した。あれこれと考えるのは今じゃない。今は一刻も早くあの男の手の届かない場所へ行かなければ。

 莉衣さんはすんなりと従った。抵抗されることを想定していただけに驚きもあったが、一つ胸を撫で下ろした。

 既に体力の余裕など無い。重たい足を無理矢理に前へと運ぶ。吐いた息が溢れるような感覚さえしている。体が揺れる度に振動で脇腹が痛んだ。何度も立ち止まりたくなったが、それでも前を向き続けるしかない。

 二百メートルも走らない内に僕は倒れた。正確には躓いた莉衣さんに引かれるままに一緒に倒れこんだ。

「大丈夫ですか?」慌てて振り返り、彼女に声をかける。

 またも返事はなかった。両手を地面に突いたまま、彼女は目を伏している。

「何と言われようが、僕はあなたを助けたい。迷惑かもしれないけれど、それでも――」

 言葉を遮って莉衣さんが呟く。「君は変わらないな……」

 ゆっくりと立ち上がり、僕らは互いを見つめた。真っ白な肌に二つの青い瞳。憂愁を帯びた目にはまだ光が宿っている。そこにはきっと今も僕の姿が映っている。

「私は君を探していたのかもしれないな」

 莉衣さんは囁いた。

「連れて行ってくれ。君と出会った意味が解る場所まで」

 ゆっくりと差し出された手を僕は受け止めた。とっくに冷えきった左手は彼女の温もりを感じない。でも、それでも良かった。

「行こう」

 幾度と立ち止まったが、その度に僕らの距離は近付いている。そうに違いない。根拠の無い確信は僕を勇気付けた。踏み出す一歩に力が漲っている。こんな僕にも出来ることがある。空っぽの右手を握り締めた。

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