違法本屋さん
目が覚める。
開けた視界に飛び込んできた景色は、赤黒く染まった大地ではなく、灰色の天井。
生臭い鉄の匂いはなりを潜め、かわりに漂ってくるのは空腹を誘う、朝食のいい香り。
聞こえてくるのは夢の中の男の声ではなく、とんとんとリズムよく響く、食材を刻む音。
ああ、夢か。また変な夢を見てしまった。ここ一ヶ月、頻繁にさっきみたいなおかしな夢を見るようになった。それも同じような内容なのを繰り返し繰り返し。主人公らしき人物は男だったり女だったり、登場人物は変わったりするけれど、残念ながらストーリーは変わらず。
ヒロインとのラブラブな生活が繰り広げられたと思ったら、愛するヒロインを何者かの手によって殺されてしまい、激昂した主人公が破壊の限りを尽くす。そして、死体の山の上で仁王立ちをして、さらには高笑いをするなんておまけ付きで、物語はバットエンドで幕を閉じるのだ。
我ながら、悪趣味な夢だと思う。最近情緒不安定気味だから、仕方がないのかもしれない。
「恵太様、おはようございます。朝食の準備ができましたよ」
こんこんとノックの音がして、その後に毎朝飽きるほど聞いているセリフが続く。俺が起きたのに気がついたから、わざわざ呼びに来たのだろう。全く、よくできた召使だ。
「わかった、今行く」
そう返してやると、「かしこまりました」と、言い我が家の召使のアーノルドは業務に戻っていった。
我が家専属の召使、このフレーズだけを見るととんでもない金持ちのように思われるかもしれないが、実際そんなことはない。ここらの地域じゃ、一家に一台、召使をもっていることなんて普通なのだ。持たない家庭もあるにはあるが、持っているほうが圧倒的に多いだろう。俺の家も、ご多分に漏れず。
のそのそと寝転がったままだった体を起こす。鏡の前を通り過ぎた時に、爆発した髪の毛が見えたような気がしたが見なかったことにする。いつものことだ、後で時間をかけてセットしないといけないと思うとホンの少し憂鬱だ。
部屋を出て、リビングへと続く階段を降りる。
「おはよう、早いのね」
「……おはようございます」
リビングには、意外なことに母がいた。普段ならもう家族全員家を出ている時間なのだが。
「いつもこんな時間に起きているの?」
母は優雅にコーヒーをすすりながら、ちらりと腕時計を見て言った。
「まあ……、最近は」
まだ時間は午前六時。学生にしてみれば早い起床なのかもしれない。しかも俺の家から学校までは、徒歩で十分くらいの距離にある。寝ようと思えばもっと寝られる。現に一ヶ月前までは遅刻ぎりぎりまで寝入っていたものだ。
「そう、早起きはいいものよ。これからも頑張りなさい……。ところで、今日の夕ご飯はどうするの?家で食べるのなら、アーノルドに作らせるけど」
四人掛けのテーブル席。俺は母の目の前ではなく、その斜め前に座る。アーノルドがすかさず朝食をテーブルの上に並べた。
「……今日は、白井の家にお呼ばれしてるから」
「あら、そうなの。いつもお世話になっているし、白井さんに何かお礼しないとね。カードにお金を入れておくから、白井さんが好きなもの買って持って行きなさい」
「はい」
「じゃ、私はもう行きます。学校にちゃんと行くのですよ」
コーヒーを飲み終わった母は、椅子にかけてあったジャケットを手に取り、腕に引っ掛け玄関に消えていった。パタンとドアの閉まる音が響く。
「いただきます」
アーノルドに言ってやると、にこりと嬉しそうに微笑まれる。俺も一応微笑み返し、朝食に手をつけた。俺も早く食べて、準備をしないといけないな。できれば七時までには家を出て、あの店によりたい。
朝早くの寄り道に思いを馳せながら、俺は黙々と朝食を消費していった。