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崩壊

作者: 秋莉


最優秀賞 浅井悠大


――ああ、またか。

俺は絵画コンクールの受賞者一覧表にさっと目を通し、いつも通り『浅井悠大』の名前が載っているのを確認すると、力無く冊子を閉じた。

「すごいな浅井、また最優秀賞じゃないか」

「いやいや、先生のお陰ですよ」

我らが美術部の顧問、岡本先生に照れ笑いしながら謙遜の言葉を吐き出す目の前の高校二年生は、俺の幼なじみで美術部部長の、浅井悠大だった。

「和也ー、お前はどうだった?」

「圏外」

「……ま、次があるって」

あいつは俺の肩をぽんと叩くと、横を通り過ぎて教室へと向かっていった。

――こっちの気も知らないで。

気付けばわなわなと震えだしていた拳に籠められた感情をぶつける場所も見付からずに、ただ床にこびりついた絵の具の跡をじっと見つめる。

――余計なお世話なんだよ、ばーか。

いつでも俺の手の届かない場所にいるあいつが、俺は憎くてしょうがなかった。小さい頃は仲が良くて、暇さえあればいつも一緒にいた。それなのに今では、絵の才能があって謙虚なあいつに醜い嫉妬心を抱くようになってしまっている。

――もっとも、あいつはそんなこと微塵も気付いてないだろうし、俺のことも親友だと思ってるんだろうけどな。

あいつは分け隔てなく誰にでも優しくて、嫌味の無いやつだ。そんなあいつが昔は好きだったが、今ではあの無神経さに耐えられない。

「おーい和也、今日俺ん家で遊ばね?」

そう、こんなふうにあいつは、俺の気持ちにはお構い無しに無邪気な声を投げ掛けてくる。

「悪いな、今日はちょっと」

「あー? なんか用事でもあるのか?」

「塾」

「お前塾行ってないじゃん」

「…………」

「ははっ、遠慮すんなって!」

――遠回しに行きたくないって言ってるっつーのに、察せよ。

馴れ馴れしく肩に手を乗せてくるあいつ。触んな。お前のくだらない話なんか聞いてる暇はねえよ。

様々な貶し文句が頭に浮かぶが、一方で隣のこいつの曇りのない笑顔に少しだけ罪悪感を覚えてしまう。

なんだかんだで、こいつの人格と絵の才能は、立派なもんだと思う。人に嫌われることはめったにないし、コンクールなんかに出した作品は金賞や最優秀賞を連発している。実際こいつの絵には惹き付けられるものがあるし、こいつは嫌いでも、こいつの絵は好きだった。

「あ、俺ん家着いたらさ、絵描こうぜ!」

――ああ、やっぱり大嫌いだ。



「いらっしゃい。まあ、和也くん? 久しぶりねえ」

「お邪魔します」

家に入ると、いつかぶりに見る奥さんが出迎えてくれた。あいつと同様の明るい笑顔。あまり直視したくなかったから、あいつを促して、早々に部屋に上がらせてもらった。

「荷物貸して、そこに置いておくよ」

「……ありがとう」

「どういたしましてー」

無駄に気が利くあいつに少し苛々しながらも、顔には出さずに荷物を渡す。部屋をぐるりと見回すと、トロフィーや賞状で一杯だった。俺とこいつの格の違いみたいなものを感じて、胸がむかむかしてくるのを感じる。

「すごいな、このトロフィーや賞状の数々」

「あはは、それ程でもないよ」

俺の皮肉にも素直に喜ぶあいつ。鈍感野郎。俺にこんな栄光は無縁だ。所々にはあいつの絵も飾られており、相変わらずの完成度だった。

まじまじと絵に見入っていると、

「おいおい、久しぶりだから珍しいのか? とりあえず絵描こうぜ」

とあいつに言われたため、不本意ながらも絵を描くことになってしまった。

自分なりの空想の産物を紙の上に滑らせようと試みるが、なんとなく地味で、インパクトに欠ける。

ちらりとあいつの絵を見やると、猫が鼠を追いかける絵を描いていた。文字にするとシンプルでありがちなパターンに思えてしまうが、実際の絵は躍動感に溢れ、今にも動き出しそうだ。

――ああ、こんな絵が描けたら。

ぼんやりと、悔しいながらもそう思った。そして気まぐれに、本当に気まぐれに、あいつに訊ねたんだ。

「俺、努力はしてるつもりなんだけど、絵画コンクールでは佳作なんかをちょこちょこ取るくらいしか実力が無いし、上達もしてるとは思えないんだよな。どうしたらいいんだろ」

今考えるとなんで大嫌いだったあいつにそんなことを訊いたのかわからない。

あいつは少しの間ぽかんとしていたが、俺の言葉の意味を理解すると、言葉を選ぶように、ゆっくりと話しはじめた。

「和也の絵には、俺には無いものがあるし、俺と和也の実力なんてそう変わらないよ。ただ、たまたま俺の作風が時代に乗ってるだけで、ずっとこうだとは限らないし。お前の絵にはちゃんと魅力があるんだからそんなこと気にするなよ」

そして、笑顔でこう付け加えた。

「俺、お前の絵大好きだからよ」

本当に、こいつはどこまでも優しいやつで、こんな俺にも救いの言葉を投げ掛けてくれた。

だが、その時俺の心の中に沸き起こった感情は、激しい嫌悪、嫉妬心、敗北感だった。

俺がこんなになったのは少なくともこいつのせいなのに、知ったような顔して語るな。お前だけ歪みなく育ちやがって。ああ、俺にはこいつに勝てる所なんかひとつも無いんだ。

――なんて、頭の中ではあいつへの罵詈雑言のオンパレードで、あいつの得意気な笑顔に吐き気がした。

でも俺は、安堵したかのような微笑みを浮かべて、「ありがとう」と言ってやった。あの時のあいつの嬉しそうな顔を俺は一生忘れないだろう。

そして、行き場の無い怒りを持て余していた俺は、あることを思いつく。あいつが昔言っていた、「俺、ぱっと絵のアイデアが浮かんだらすぐにスケッチブックに描き留めてんだよな。俺馬鹿だから、後から思い出すとか出来ないし」という言葉を思い出したのだ。

――あの大量のスケッチブックが無くなったら、あいつ、どんな顔するんだろう。

あいつがトイレに行っている隙に、昔の記憶を頼りに部屋内を物色した。綺麗に整頓された物の中からそれを見付けだすのは容易いことで。

俺は学生かばんの中に乱暴な手つきでそれを押し込むと、あとは素知らぬ顔で紙の上に鉛筆を走らせた。

結局その日、俺がそれを盗んだことは気付かれず、そのまま家に帰り、あいつが描き留めた絵を鑑賞してみることにした。

一番最近のものは流石にレベルが高い。色を付けさえすれば完成しそうなものも含まれている。まあ、昔のものとなると多少なりともクオリティは下がるが、それでも十分上手かった。

――この絵、構図は思いつかないけれど、描くことなら俺にも出来るんじゃないか?

見ている内に、あいつの絵は俺にでも真似なら出来そうなものばかりだということに気が付いた。思えば、俺は顧問に自分の絵をダメ出しされる時、決まって「画力は十分なんだが、構図に魅力が足りないんだよなあ」と言われるのを思い出す。

俺は、あいつの絵に似せて絵を描いてみることにした。何かのヒントになるかもしれないと思ったのだ。

しかし、結果は想像以上のものだった。俺が今まで描いてきた中で一番の傑作だった。

その時、ちらりと脳裏をよぎったのは、次の絵画コンクールの存在。俺が喉から手が出る程欲しかった、俺の原点になった――。

気が付くと、俺は応募手続きを済ませていた。あの絵を封筒に入れて。

明日、スケッチブックをなくしたあいつがどんな顔をしているのか、どのタイミングで返してやろうか、そんなことばかりを考えながら、俺はベッドの中で意識を手放した。



「あれ、無いなー」

「どうしたんだ? 悠大」「なんか、俺のスケッチブックが昨日から無いんだよな。あれが無いと俺、絵描けないよ」

次の日、登校して教室に入ると、ちょうどあいつがスケッチブックを探しているようだった。へえ、あれが無いと絵描けないんだ。

――自分で描いた絵を覚えてないとか、ばかなやつ。

「え、あれすげえ大事なものだって言ってなかったっけ。大丈夫か?」

感情とは裏腹に、相手を(おもんぱか)っているかのような声色で偽りの言葉を吐き出す。あいつは本当に深刻そうな顔をしていて、

「ちょっと部室も探してみるわ」

と、駆け足で去っていった。

――この分じゃ、今回のコンクールに作品は出せないな。

俺は心中でほくそ笑むと、授業の用意をはじめた。



俺は、震える手で冊子を握っていた。手に汗をかいて、心臓を脈打つ鼓動が早まっていく。


優秀賞 笹川和也


その冊子には、間違いなくそう記されていた。家であいつの絵を試しに真似して、短時間で描き上げた作品だったのに。

あいつはスケッチブックが見つからないということで、コンクールに作品は出していない様だった。別に新しく考えて描けばいいだけの話なのに、ばかなやつだ。

俺は賞を受賞したことを真っ先にあいつに知らせたかったから、あいつを探して廊下を走り回った。

「マジか! 良かったな!」

――あいつは、俺の受賞に涙さえ浮かべて喜んだ。

「ああ、ずっと欲しかった賞だからすごく嬉しいよ」

目の前の底抜けに明るいあいつの顔に目眩を感じながらも、口では喜びの言葉を紡ぎ出す。実際、嬉しいことは事実だった。

「その絵って、どんなだったんだ? 見せてくれよ」

「えっ」

心臓のあたりを突かれたような衝撃。俺に訊ねるあいつは、やっぱり笑顔だった。

最初は盗作がばれるかもしれないことに焦りを感じたが、あの絵を見たあいつが一体どんな顔をするのか興味があったので、そのまま素直に、冊子に載った絵を見せることにした。

俺の絵を目にした時、あいつの顔色がはっきりと変化したのを、俺は見逃さなかった。阿呆みたいに絵に見入るあいつ。

でも、あいつは、戸惑いの見え隠れする笑顔で「本当に良かったな!」と言った。

――つまんねえの。

――スケッチブックを返すのは、もう少し後にしよう。

俺は冊子を大事にファイルにしまうと、机に突っ伏して、顧問にどう褒められるのか、あいつは今何を考えているのかなんてことを思い描いていた。



俺は沢山の賞を受賞した。もちろん、あいつのスケッチブックを利用して。

顧問や部員の俺を見る目は確実に変わっていたし、俺はそれが快感だった。

ただ、あいつはコンクールに作品を出さなくなり、美術部にもあまり来なくなっていた。でも、俺の受賞の知らせを聞くととても喜び、屈託の無い笑顔を見せた。あいつは俺がしていることに気付いていないのだろうか。俺には何も言ってこないが、日に日にあいつの表情は確実に暗くなっていった。

流石にやばいと思って何度か返そうと思ったが、今までの落ちこぼれな自分に逆戻りするのが怖くて、結局何も出来ず鞄の中にしまいこんでしまう。

俺は、絵の受賞に伴って自分に向けられる他の部員からの羨望の眼差しと、心中を支配する謎の虚無感に板挟みになりながら日々を過ごしていた。

一度だけ、あいつに「俺のスケッチブック、知らないか?」と訊かれたことがある。その時のあいつは俺のことをただ伺うように見つめていた。

呆気なく「知らないよ」と答えると、口元だけに笑みを浮かべたあいつは、「そうか」とぽつりと呟いて、そのまま背中を向けた。

俺はその頃から、自分のやっていることに段々引っ込みがつかなくなっていった。


ある日を境に、美術部部長の座は俺へと移り、あいつは完全に美術部へ来なくなった。罪悪感や何ともいえない虚しさを感じなかったと言えば嘘になるが、落ちぶれていくあいつへの優越感に浸っていたことも否めない。

しかし、一つ疑問に思うことがあった。スケッチブックが無くなったのなら新しく作品を作ればいいだけの話なのに、何故何も生み出そうとせず、あそこまで落ち込む必要があるのだろうか。

原因である俺が問うには図々し過ぎることだったが、その答えはあいつ自身の言葉から知ることになる。

受賞の連続で有頂天になっていた俺は、美術部に来ないあいつに向かって、率直に「スケッチブックが無くても新しく絵を描けばいいじゃないか。俺と一緒にまた美術部行こうぜ」なんていけしゃあしゃあと言ったとがある。

あいつは少しの間を置き、ぽつりぽつりと呟いた。「あのスケッチブックはさ、最初にお前がくれたやつと同じ種類を使ってたし、六年前から描きためてるものだから、ほとんど俺の半生みたいなものだったんだよ。……それに、」

あいつは何かを言い掛けて、「やっぱいいや」と、曖昧に笑って誤魔化してしまった。

――やばいぞ。

心の中には漠然とした不安感が立ち込めていて、俺自身やばいと思っていたことを覚えている。

でも、俺はそんな後ろ暗い感情から目を逸らして、見ないふりをした。

思えば、この頃に勇気を出してスケッチブックを返していれば、あいつは怒っただろうが、最後には「お前がこんなずるい手、使う必要ないよ。努力をやめないお前はかっこいいって、昔から思ってるんだからさ」なんて言って許してくれたのだろう。

しかし、どんなに願っても過去に手を伸ばすことは不可能で、どんどん広がる距離と薄まる記憶に苦虫を噛むしか術はないのだ。



「浅井、最近不登校なんだってよ」

「え? 風邪で休んでるだけかと思ってたよ、俺」

教室内はあいつの話題で持ちきりだった。とうとう学校に来なくなったあいつは、もともとクラスメイトからも好かれていたから、噂されているといっても、たいていの生徒はあいつの身を案じていた。

浅井悠大、欠席。そんな声を担任が無機質に吐き出す朝が一ヶ月続いた時、俺はとうとう覚悟を決めた。

――ちゃんとスケッチブックを返して、土下座して謝ろう。

遅すぎる決断だったが、それでもあいつの部屋のインターホンを鳴らす時は手が震えて、必死に深呼吸で心を落ち着かせた。

俺はその頃も盗作を止めてはいなかった。あいつのアイデアを継ぎ接ぎにくっつけただけの俺の作品は歪としか言い様が無かったが、世間からは確実に評価を得ていた。



「やあ、来てくれたんだな」

「……うん」

意外にもあいつはあっさりと俺の前に姿を見せた。あいつは必死に明るい自分を演出していたが、明らかに痩せていたし、着ている服もよれよれだった。

「また賞を取ったんだって? おめでとう」

「あ、ああ」

新聞か何かで情報を得たらしいあいつは、とても素直に俺の快挙を褒めてくれた。更に鞄の中のスケッチブックを出しにくくなり、場の空気の重さがギリギリと俺の首を締める。

「あ、あのさ」

「ん?」

「……あ、」

勇気を出して懺悔の言葉を口にしようとするものの、あいつの真っ直ぐな瞳に気圧されて、

「学校、来いよ。みんな心配してるぜ」

吐き出した言葉はとてもありきたりなものだった。

途端に押し黙ったあいつは、少しの間をおき、肩を震わせてぼろぼろと涙を溢しはじめた。一瞬何が起こったのかわからなかった俺がおろおろしていると、あいつは涙声で呟いた。

「俺、最低だよな」

「えっ? ……最低なんかじゃねえよ、学校くらい明日から行けばいいって」

「いや、そうじゃなくて……」

あいつは頭をぶんぶんと振ると、鼻水を啜りながら否定した。

「じゃあ、何が最低なんだ?」

冷や汗をかきながら問うと、こちらを伺うように見つめた後で、目線を下に移動させてから話しだした。

「……俺がスケッチブックをなくしたあたりから、和也が、賞とかをたくさん取るようになって……作風が似てたから、今までの努力とか、積み上げてきたものを、そっくりそのまま奪われたような気がして……要するに嫉妬してたんだ。最低だよな、親友の成功を妬むなんてさ。口では応援するようなことを言ってたのに。ごめんな」

――ああ、あの時言い掛けて止めたことは、これだったんだ。

背中を嫌な汗が伝うのを感じてあいつから目を背ける。

――俺は昔からずっとずっとあいつに嫉妬して醜い感情を抱いてきたのに、あいつはそんなことにも気付かないで俺にこうして謝罪をしているのか。

この時、俺は本当に土下座して謝るべきだった。スケッチブックも全部返して、今まで取った賞もあいつの目の前で全て棄てればよかったんだ。

でも、俺はそれをしなかった。

「それでも最低なんかじゃねえよ、俺はあの言葉に本当に救われたんだ。俺はずっとお前を見習ってきたんだ。今更手本が居なくなるのは嫌なんだ。学校、お前が居ないとつまらないし」

あいつの言葉が完全に俺の倫理観を破壊したのにも関わらず、ちゃっかりと嘘を吐く。

「学校、来いよ」

俺は、かつてあいつが毎日見せたような笑顔を浮かべて、とどめの一言を放った。

あいつは控えめな笑顔を作ると、「うん」と頷き、「明日から頑張ってみるよ」と言っていた。

その日、あろうことか俺はこれで全てが解決したのだと思っていた。今考えると、あいつの様子から感じた薄ら寒い予感とちゃんと向き合うのが恐かったのかもしれない。

次の日、あいつが死んだということが、学校中に知らされた。



教室内はざわざわと騒々しかった。突然知らされた衝撃的なニュースに対するクラスメイトの反応は様々だったが、俺はただ呆けたように虚空を見つめているだであった。

原因は交通事故だったらしい。買い物に行くために久方ぶりに外に出たあいつは、トラックに轢かれてそのまま死んだ。運転手は「普通に走っていたら人影が道路をふらふらとしていたから、急ブレーキを踏んだが間に合わなかった」と主張しているそうだ。

周りを見回すと、沢山の生徒が泣いていた。脳裏に焼き付くあいつの笑顔を思い出した。あいつは最期、どんな思いで死んでいったのかということを考えると、喉がからからに乾き、手に汗が滲んでくるのを感じる。

――ああ、

――俺は取り返しのつかないことをしたんだな。

最初は自分の虚栄心を満たすことが出来たらそれで良かったはずなのに、それがどんどん味をしめて、気が付けばこの様だ。盗作をした絵で賞を取ったときに感じた妙な虚無感の正体が、今やっと解った気がする。

――俺がどんなにコピーをしても、あいつの作品には程遠い。

――どうしたって、あいつになれやしないんだ。

俺は確かに、あいつに憧れていた。その感情を認めたくなくて、いつでも愚痴を心中で溢して、(くすぶ)っていただけ。

一人の人間を殺したも同然な下衆に成り下がった俺は、傲慢にもあいつの死を悼んで涙を流した。



アサカワユウヤ――日本のイラストレーター。高い画力と、巧妙に練られた構図が人気を博する。主に小説の表紙や広告のデザイン等を担当しており、若者から大人まで幅広い層から支持を得ている。

――Wikipediaより抜粋

浅井悠大と笹川和也の名前を合わせて作ったペンネームは、紛れもなく俺のことだ。あいつの才能を世に伝えるためには、俺が生きているしかない。それが、浅井悠大という人間の人生を崩壊させたことへのせめてもの償いだ。そう考えて、俺はイラストレーターを続けていた。

『アサカワの絵は神』『やっぱなんだかんだでアサカワはいいな』そんな書き込みをネット上で見かける度に吐き気がする。生きていても何か楽しみがあるという訳ではなく、寧ろあいつへの罪悪感に押しつぶされそうになりながら日々を過ごしていた。

今日も、あの一言が俺を苦しめる。あいつが俺に笑顔で放ったあの一言。

『俺、お前の絵大好きだからよ』

脳内でいつまでも反響し続けるあいつの声は、学生時代の記憶の中で、唯一色褪せなかった。きっと、俺は死ぬまで逃れられないのだろうと思う。

起動したままのパソコンとペンタブレットの前で、果てしない頭痛に悩まされながら、俺は声にならない嗚咽を漏らすのだった。

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