8.ネッド先生の青空教室
「なぁ」
「ひっ」
さっきまで人質だった男に話しかけると、悲鳴をあげられてしまった。
しょうがないといえばしょうがない。元を正せば龍之介のせいなのだし、悪魔呼ばわりされる所業をしたのだ。この反応も理解できる。
「はいはい、俺はこっから動かないから、話だけでもしてくれよ」
「わ、わかった」
絞り出したかのような声だ。震えて聞き取りにくい。
「あー・・・落ち着け。俺にあんたを殺す気は無い」
全く信用できない台詞だが、それでも男には気休めになったようで、幾分落ち着きを取り戻した。
「歩けるか?場所を移したい」
「あ、あぁ大丈夫だ」
「いやその前に、死体漁ろう」
地獄が顕現したかの様な光景だが、龍之介は平然と練り歩き、死体を漁る。
正に悪魔といったところか。
遺品で懐を温めた後、森の道をしばらく進み、惨劇の場からだいぶ離れた場所で止まる。
道端にあった大きめの岩の上に座る。川が近いのか水のせせらぎが聞こえてくるのがどこか懐かしい。山の向こうの森を思い出した。
男は龍之介の向かい側に座る。
「は、話ってのはなんだ?」
男が話しかけてきた。恐る恐るという様子で、やはり殺さないと言ったのを信用できてないようだ。
「あぁ。話ってのはこれからのことだ」
「これから?」
「そうだ。あんたはこれからどうするんだ?」
「へ?」
龍之介の問いに帰ってきた返答は、なんとも気の抜けたものだった。
なんと間抜けな顔で、なんと腑抜けた声だろう。龍之介はそう思い、失笑してしまう。
「わ、笑うなよ。ていうか、そう言う笑い方もできたんだな」
「悪い。つい、ククク、あまりにも間抜けだったんでな。それに俺だって人間だ。普通に笑うこともあるさ。で、これからどうするんだ?」
龍之介がそう言うと、今度は間抜けな顔ではなく、言葉の意味を噛み締めるようにうんうんと頷いた。
「そう・・・・だな。これから、そうだなぁ。行くあてもないし、一旦アイフェストに行くかな。実は俺新入りでさ、あまり顔も割れてないだろうし」
「なんだお前ら有名だったのか?」
龍之介が尋ねると、男は困った顔で頭を掻いた。
「まいったな。この辺じゃ名は売れてると思ってたけど」
「気にするな。俺は常識の無さなら自慢できる」
ニヤリと笑う龍之介。
「それは自慢できねーだろ」
やれやれといった表情の男。
「そういえば名前を聞いてなかったな。俺は龍之介」
「俺はネッドだ。リュウノスケって珍しい名前だな」
「そうなのか?さっきも言ったとおり常識は知らねーよ」
「そうかよ。まぁいい。リュウノスケはこれから・・・ってアイフェスト、だよな?」
「そうだ。お前らが邪魔してきたからだいぶ遅れちまった」
「わるい」、と悪びれる様子もなく謝るネッド。龍之介も別に気にしてないので何も言わない。
そもそもこの森の中を通る道は、マヘス村とアイフェストの町をつなぐ街道だ。
どちらの方を向いて歩いているかで大体の行き先は判別できてしまう。
「謝るくらいなら色々教えてくれ、ネッド、常識をよ」
「わかったよ」
それからは歩きながらネッド先生を質問攻めにし、この世界、と言うよりはこの大陸について色々知った。かなり今更だが。
大陸の名はヴァーイルト。地域によって魔物――魔力の多い知能の低い生物だそうだ――の強さなどに差が有り、計測が進まないため正確な地図はできていないが、横に長い楕円を想像すればほぼ合ってるそうだ。
大陸は5つの国が治めており、
東部から北東下部までを平地の民が治める『アルレイド王国』。
北東上部から北部を鋭耳の民が治める『エルフェリア王国』。
中央部を山の民が治める『ベルガイス王国』。
南部と南西部を獣人の集落が散在する『ミリティエフ首連』
そして西部全域を魔人が治める『ネレボログ帝国』
情勢はそれなりに平和で、国境沿いに小競り合いが何十年に1度あるくらいだとか。
種族についてはそれぞれ、イードが人間、エルフィーは名の通りエルフで容姿が整っている者が多い、バーグがドワーフで低身長で屈強、ティエニは獣人で猫、犬、はたまた蛙までさまざま、ザヴドが魔人でこれまた種類が豊富、と考えればいい。
寿命の長さはまちまちで、エルフが500年から最長で1500年ほど、ドワーフは200年から300年ほど、獣人は200年から400年、人間は元の世界と大差ない。魔人は種族毎に違い、その種族の数も多い為、これといった基準は無い、というかわからない。
ちなみに、龍は「魔獣ではない」ということだけ確定しており、他のことは不明という状態なんだとか。なんでも龍に直接聞ける程の人がいないとのこと。
龍之介が現在いるのはアルレイド王国の東部。
アルレイド王国は、王はイードがなると定められてはいるものの、どんな種族でも国民にはなれるし、国民にならなくても滞在は簡単にできる。その為規模の大きな都市では種族が入り乱れているんだそうで、いつも賑わっているらしい。
これから行くアイフェストでも魔人以外の種族なら見れる、と言っていた。
問題があるとすれば、比較的治安が悪いというところ。悪いといっても貧民街などの話で、平民はごく普通に安全に暮らせる。
そしてお金の計算。これは単純で、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚となる。これは大陸共通で、金貨2~3枚で無理な贅沢をしなければ4人家族でも普通に1ヶ月暮らせる。
お金の単位は「ガモ」だが、細かい計算をちゃんとできるのは商人かお偉いさんくらいだそうだ。
それから言語について、話しているうちに口の動きと音の差で判明したのだが、この世界の人々は日本語でない言語を使っている。字が違うから当たり前なのだが、聞こえるのは日本語に聞こえる。
更に、龍之介が発しているのはこの世界の言葉だそうだ。
理由はわからないが、言葉に対してなんらかの翻訳の様なモノ、恐らく魔法が働いていると推測した。どうしてそんな魔法が自分に働いているのかは見当もつかないが、自分がこの世界に来たことと関係があるように思える。
が、今は気にしない。
「と、こんなもんか。他に何かあるか?」
説明を終えたネッドが聞いてくる。
「む、・・・あぁ、稼ぎ口でいいのはないか?合法なので」
「待て、俺だって盗賊になりたくてなったわけじゃないぞ」
「お前の就職動機は後で聞いてやるから。今は稼ぎ口の話」
「いや別に聞かなくても・・・はぁ、まいいか。金は、フォルザで稼ぐ。フォルザってのは・・・なんだっけな?自由なんたら依頼なんたら組合の略なんだが・・・まぁ普通は自由組合とか依頼組合で通ってるよ。フォルザで仕事する奴を主に冒険者っていったりもする」
話を聞くと、どうやら何でも屋組織みたなものらしい。様々なところから依頼を受け、それをクライアントの代わりに斡旋する。依頼人は町の住民や貴族、更には王家、はたまた組合からの依頼すらある。要は冒険者ギルド。
ネッドはランクだの買取だのベラベラ喋ってるが、だいたいわかったし飽きたので無視して喋らせておくことにする。
とにかくこれで稼ぎには困らないだろうことがわかった。
どれだけ稼げるのかという問題もあるだろうが、それは多分実力の問題なので今は気にしないでおく。
「・・・よし、俺の心配事は消えた。じゃあお前の就職動機を聞こうか」
「え?!ほんとに話すの?」
龍之介は「何当たり前のことを言ってる」とでも言いたいかのように眉をひそめる。
「うぅ・・・・わかったよ。俺はな、元々奴隷だったんだ」
「どれい?奴隷というとあれか?虐げられこき使われる奴か?」
「そうだな。元奴隷としては心苦しい言われようだが、実際そんなもんだ。扱いはハッキリ言ってクソだ」
ネッドは続けて簡単に奴隷の説明をし始める。
奴隷。所持しているのは金をある程度持っている層の人間。養うのにもそれなりには金を使うので、平民で奴隷を買う人は少ない。大体は貴族、名のある商人、成功している冒険者が買う。
奴隷は罪人だったり、戦争捕虜だったり、身売りされた者達だったり。
目的も様々で、護衛用、戦闘補助、性奴隷などなど。
「俺は農家の次男坊で、村が飢饉になって身売りされた。それから使用人として貴族に買われ、主共々あの盗賊に襲撃を受けて、命乞いして、仕事を手伝う条件で生き延びて、晴れて就職、本日廃業だ」
「悲劇通り越して喜劇だな。自分を買われたり売ったり。命の行商人か?お前は」
「それはさすがに命がいくつあっても足りねぇよ。おれは運悪く死神の手からこぼれ落ちただけさ、今回もな」
言って、チラッと龍之介を見る。
「何で俺を見る。俺も死神に嫌われた口だよ」
そう返すと、意味がわからず首を傾げるネッド。龍之介はそれ以上言う気はないのか、しばらく沈黙が続いた。
先にそれを破ったのはネッド。
「ま、とにかくアイフェストに行こう。人生仕切り直しだ」
「おう」
それに短く答え、二人は歩く速度を速めた。
旅は道連れ、世は情け。とは誰の言だったろう?
いつの間にか同行者が増えた旅路の先には次の町。
***
隣を歩く少年――リュウノスケを横目に見る。
不思議な少年だ。聞けば歳は16だか17だかで、自分より3歳も下になる。
やっと成人の仲間入りを果たし、社会に四苦八苦している年頃なのに、この少年はやけに落ち着いて見える。
とも思えば、死体を全く恐れず、悪びれずに漁り、出てきた物に一喜一憂している。
その様子はまだ大人になりきれていない年相応のもの。でもやってることは悪魔じみている。その落差がリュウノスケの印象を決めるのを更に鈍らせる。
それこそ奴隷でも知っているような常識を知らないのも謎だ。
さっきまで、この大陸のことと住んでいる種族について説明していたが、龍之介の反応はどこか変だった。一つ一つの事に理解の仕方が妙だ。
もちろん種族毎に説明はしたが、それにしても知らなかったにしてはすぐに受け入れていた。中途半端なのだ。反応が。
まるで、種族は知っていたが、いることは知らなかったような。
その後も、違和感は残り続ける。知識はあるが、在ることは知らないようなそんな違和感。
「ネッド、さっきから何チラチラ見ている?お前まさか男色か?」
気がついたらリュウノスケがこちらを見ていた。しかもあらぬ誤解を受ける。
「んなわけあるか!景色を見てたんだよ。誰が好き好んで男なんぞ見るか!」
精一杯否定して誤魔化してみる。
誤魔化せたかどうかはわからないが・・・・っておい。何故微妙に距離を開けるんだ?違うと言ってる。
まぁ・・・後でしっかり誤解を解いておこう。
奇しくも人生に2度目だか3度目の終わりが来た。リュウノスケが言ったとおり、もはや喜劇。
だが、やり直せるというのは正直嬉しい。
あのまま盗賊をやっていたところで先は見えていたし、あの肥溜めでどれほど頑張ったところで所詮は犯罪者だ。いつかどこぞの冒険者か騎士に討伐されて御終いだったろう。
そう考えると、リュウノスケとの出会いってのはかなり運がいいと思う。
こいつは強い。それはもう半端なく。奴隷上がりの盗賊から見てもわかるくらい次元が違う。そんな奴と一応であれ知り合いになれたのは幸先がいい。
「俺の人生にもつきがきたかな」
誰にも聞こえないように、自分だけで確かめるように呟いた。
このペースなら明日か明後日にはアイフェストに着けるだろう。
そこで新しい人生を謳歌してやる!
まずは・・・男色の誤解を解こう!
所謂説明回ってやつですね
次はアイフェストついてからの話になります
11/30 修正