7.Dead Heart Over Heat
村から出て、身体強化を使い道なりに進むこと1時間。目の前には森が広がっている。
数日前までいた森と違う点といえば、生えている木が違うことと、道があることか。
「森に縁があるんだろうか?」
独り言だ。特に何かを思ったわけではない。一人旅になると思ったことを口にしてしまうことはよくある。
「まぁさっさと通り抜けよう」
再び身体強化を使い森へと踏み込んだ。
すると、まるで待っていたかのように矢が3本飛んでくる。
それぞれ正面上と、左右から。意外と射手と距離があるのか、場所まではわからない。
ある程度近場までなら気配を察知できるくらいの探知能力はある。森の獣に鍛え上げられて、近接戦なら例え暗闇の中でも問題なく戦える。
が、遠距離は別だ。森の獣で遠距離なんてまどろっこしい狩りをする奴はいなかったから。しかも森にいた獣と更に違うのは、魔力が見えない点だ。鎧熊ほどの魔力を纏っていれば1kmくらい離れてても遮蔽物がなければ見つけることはできるが、今相手にしている賊の魔力は見えていない。隠すすべがあるなら矢を撃つより魔法の方が強い気はするし、やはり魔法を使えないようだ。
だが矢を感知したその瞬間には思考が加速を始める。3週間を森で過ごしている内に、危機的状況が迫ると自動で加速する癖がついた。ちなみに、条件が揃えば任意で出来るのが、その条件とやらは追々。
(奇襲か。どこから?正面上。それ以外はよくわからん。意外と気配消すの上手いな。理由は?俺の金?そんな持ってない。てことは無差別?通る人間全部?多分実力見て。俺そんな弱そう?じゃ驚かせてやる)
生身の動体視力と身体能力で全ての矢を掴み取る。実際当たったところで魔力の障壁でダメージは受けそうもないが、それでも痛そうなものは痛そうなのだ。
「んな?!」
恐らく右の射手だろう、驚きを隠せずに声を漏らしてしまったらしい。さほど大きい声ではなかったが、強化された聴力の前では真横でおしゃべりしているようなものだ。
(練度はそこまでだな。まぁ場所を知らせてくれるのはありがたい)
身体強化を使い右にいた射手のいる方へ。この距離では、視覚も強化された龍之介から逃げるのには手遅れだ。一瞬で十数メートルという距離を移動すると、木の陰にいる射手を見つける。
いかにも盗賊です、という服装の無精髭を生やした若い男がいた。龍之介より1つか2つ年上なだけだろう。体格はかなり良い方だ。身長も龍之介より高いかもしれない。
男はまだ消えた龍之介に驚いている最中だった。
背後に回り、男の首筋に掴み取った矢をあてる。
「動くな。動くと殺す。逆らっても殺す。わかったら二度頷け」
男は無言で二度小さく頷く。さすがにこの状況で逆らうことは考えない。
「すぐに攻撃を中止させろ」
男は二度頷くと両手をあげ、ゆっくりと立ち上がる。
「す、少し歩かせてくれ。そこで攻撃中止の合図を送るからよ」
慎重に言葉を紡ぐ男。
「・・・一つ、言っておこうか。俺は今、お前たちに若干の興味を持っているが、そんな糞にもならないものの優先順位くらいわかるだろう?いつでも、お前らが攻撃中止をした後でも殺れるんだ。せいぜい俺の機嫌を損ねないようにしろ」
いきなりの攻撃で多少なりとも苛ついているのか、口調が荒い。なまじ軍人に訓練を受けたことがあるためか。
移動を促す意味で、男の尻を膝で押す。
冷や汗を垂らしながら歩く男はさながら絞首台に登る囚人のようだった。
数メートルほど歩いてから男が口を開いた。
「こ、攻撃を止めてくれ!お願いだ!」
人質が攻撃中止を訴えてから数秒後、木の上から一人と、茂みの中から一人が出てくる。
全員男で、体格は劣るが人質の盗賊と似たりよったりな格好だ。
出てきた二人は特に焦る様子もなく、剣を構えたまま。
二人が龍之介から3mほど離れた位置に来る。
「おいおい、お前何捕まってんだよ」
「そうだぜ。お頭にどやされる」
思い思いに喋る盗賊。仲間の命はあまり気にしないのか、人質の男を気にかける様子はない。
(お頭ね。てことはまだ他に仲間がいるか。こいつら自分で情報喋ってるのに気がついてるのか?)
最初にわかった通り、本当に練度は高くない。そして組織力も低いと思われる。
「お兄さん、俺たちゃ攻撃やめたぜ。あんたもそいつを放してくれねぇか?」
木の上から降りてきた男が言う。
「俺は森を抜けたい。攻撃を止めた事は人質解放の理由にはならない」
「安心しろよ。あんさんが森抜けるまで俺たちゃ攻撃しねぇ」
今度は茂みに隠れていた男が、降参の意なのか両手を上げながら言う。
(俺たち、ね。なるほど、こいつらが通しても後から別の仲間が襲うってことか。ならこいつらはいらないな)
「な、なぁ、坊主。お、俺を解放してくれよ。なぁ頼む」
ちらりと目線だけ後ろに向ける人質。この男だけは力の差をなんとか理解しているようだ。
(人質はまだ使えるかもな。あとの二人は・・・後々増援で来られても面倒だな。消しておこう)
あっさりと殺人を決意する。感情の抜け落ちた人形の心には倫理、道徳、怨恨、正義など無用の長物。あるのは純粋な結果論と推測。究極の利己主義とも言えるそれは人情の入る余地を与えない。
「解放はしない」
それだけ言うと、人質の男を持ったまま動いた。引っ張られる形になった男は、急に視界がブレたので、何が起きたか全く理解できないでいる。
男のうち一人の首を矢尻で切りつける。矢は首の皮膚を貫き、動脈をかき切り、肉を削ぎ落として、男の首筋に奇妙な溝を作った。
振り抜いた腕の力を殺さず、そのまま回転するように振り向き、もう一人の男の右目に矢を突き立てる。それを抜いて、首の後ろへと再び突きたて、今度は抜かなかった。
その間1秒強。
一瞬にして移動した龍之介と人質、それに喉を抉られた男と右目を潰して首から矢をはやした男。ぶしゃっという音と吹き出す鮮血。二人の賊の傷から血が吹き出したのはほぼ同時だった。
「え?え?な?!えぇ?!」
人質はまだ混乱している。視界が戻ったら仲間二人は血を吹く死体になり、自分は返り血を浴びていたのだから自然の反応かもしれない。返り血を浴びたのは、彼を盾代わりにした龍之介のせいだが、当の龍之介は何を考えているのかぼーっとしている。
(人を殺した、か。呆気ないな。もう少し何か感じるかと思ったが)
初めて人を殺した感想は?そう自問自答しても龍之介に答えられることは無かった。人間的感情が著しく欠如しているからかもしれない。あるいは自殺を考えるほど命に価値を見いだせていなかったからかもしれない。
とにかく龍之介は何も感じなかった。嫌悪も恐怖も憎悪も何も。森で動物を狩ることとの違いを見つけることができなかった。
死のうと思って自殺しようとした時と何ら変わらない。殺そうと思い殺した。それだけだ。
人質の男はまだ幼さが見え隠れする少年に恐怖していた。畏怖していた。少年の目が、まるで血を吸ったかのように活き活きとしている。そのくせ顔は死人のように無表情だ。
今まで自分も何人か人を殺してきた。それに対して特に何も思う事はないが、それで気分が良くなるほど殺人中毒でもない。
(こんな顔は見たことない。この坊主はヤバすぎる)
恐らくこの少年は、本当に何も感じていないのだろう。けれど瞳の奥には確実に狂気が潜んでいる。
男は初めて自分が盗賊になったことを後悔した。なにせ男はこれから人質兼盾として一緒に森を抜けないといけないのだ。自分を呪いたくなる。
「さて、行くぞ。俺の前を歩け」
人質も含め男達の装備を必要なものだけ頂戴してから出発する。
なるべく早く終わらせたいのか、人質の足取りは早足といっていいほどに急いていた。
10分ほど歩いただろうか。行く道の先を、十数人の人間が立って塞いでいた。何人かは魔力を纏っている。
彼らの格好は、目の前の人質とほぼ同じだ。仲間なのだろう。人質の背中から安堵の色が窺える。
龍之介は頂戴した剣を人質の首筋にあて、ゆっくりと近づいていく。事前に話していた通り人質の男は両手を頭の上に置く。
「この男はお前らの仲間か?」
龍之介が問うと、人垣のちょうど真ん中のオレンジ色の魔力の男が一歩前に出る。
「そうだ」
男が一歩前に出ると、周りの賊達が半歩ほど身を引いたのを見て、彼がこの賊のお頭だろうと見当を付けた。
「こいつの命で俺の通行料を払えないか?」
「おいおいガキが調子のんなよ。内のモンのタマ2つ取っといてその条件はねぇんじゃねぇか?」
「条件?何か勘違いしていないか?」
「なに?」
龍之介の纏う雰囲気が一転する。それは龍之介からすればただの威嚇だったが、溢れた魔力は賊にとっては心臓を鷲掴みにされたような脅威を感じさせた。
「これは譲歩だ。何もしないで俺を通せばタマ取らねぇでやるって言ってんだよ。調子こいてんのはどっちだ?」
恐怖は本能を麻痺させ判断力を奪う。挑発ともとれる発言に賊がキレた。賊達がそれぞれの武器を構える。人質にそれほど価値は無かったらしい。
「てめぇら!やっちまえ!!このクソガキの皮剥いで今夜の肴にすんぞ!」
―ウォオオオオオオ!!
(やっぱり人質の意味は無かったか)
ため息をつきつつも戦闘態勢を整える。
雄叫びとともにまず襲ってきたのは弓2本に魔法の火の玉1つ水の玉1つ。価値の無くなった人質の男を何故か背後に引きずり倒し、矢は2本とも叩き落とし、火の玉には水弾を、水の玉には空気の塊をぶつけて相殺した。
すぐさま周囲の空気を吸収する。吸われた空気の移動で風が巻き起こるが気にしない。
指鉄砲を作り、弓使いの一人に向ける。
『仏面三弾』
念じると指鉄砲の先から空気の弾丸が微かな乾いた音と共に3発連続で発射される。
弾丸は弓使いの顔に2発、首に1発当たり絶命させる。
仏面三弾は、最初マシンガンを目標にしていたが、連続で出し続けるイメージをすると、空気が繋がって一本の螺旋棒になってしまった。そこで3点バーストよろしく3発ずつ撃つようにすると上手く分裂して射出されたのだ。
3発ずつと言っても、次の3発までのラグは半秒も無いので問題ない。
仏面三弾を使って遠距離組を射殺していく。賊達は指を向けられた瞬間に穴を開けて死ぬ仲間を見て、混乱気味だ。
(残りは・・・・・・11くらいか?)
援護を失った賊達は慌てながらも攻勢を緩めない。相手は1人その事実が賊達の体を動かすが、事実が時として油断を生み予想を捻じ曲げる。賊達は勝てると思ってしまっている。銃という武器を知らないのも一因だろう。まだ龍之介が1発も外していないということがどういうことか、もう少し落ち着いていれば理解できたかもしれない。しかし彼らは冷静ではなかった。仲間2人がやられ、挑発され、更に初めて見る攻撃に完全に動揺した。
「昂らねぇ。つまらん」
そう呟くと、さっさと終わらせようと、身体強化の出力を上げる。これだけでも落ち着いてみれば魔力の凄まじさがわかるのだが、前述のとおり賊達にそんな余裕は無い。
実際、人質だった男はまだ本気じゃない龍之介に恐怖し、震えが止まらなくなっていた。
***
「昂らねぇ。つまらん」
目の前の少年がそう呟くのが聞こえた。その瞬間少年から魔力が溢れた。見えなくてもその凄まじい圧力が伝わってくる。かつての仲間達はこの肌を刺すような威圧感がわからないのだろうか?
仲間は残り11人。多勢に無勢なのは明らか。でも少年が負ける姿が想像できない。超えられない壁が確かにある。
そんな事を思った時だった。
少年が消えた。と同時に旋風が巻き起こる。
「あ゛ああああああ」
突然お頭が悲鳴を上げた。最初はわけがわからなかったが、段々と状況が見えてくる。
お頭の胸から、新しい腕が生えていた。お頭の血で真っ赤に染まったその手の中には、未だ躍動する心臓らしきものが握られている。
「あ゛、がはっ」
お頭が口から血を吐き出す。誰も何も喋らない。喋れない。
そして、少年は躊躇いなく心臓を握りつぶした。
時が止まったかのように誰も動かない中で、その飛び散っていく破片だけが流れる時を、賊達の寿命の針を刻む。
少年が消える。お頭が膝をついた。まだ生きているかもしれないが、望みは薄い。それなりに世話になった人だ。悔しかったが、それ以上に恐怖が勝った。
再び聞こえる悲鳴。顔を向ければ腕をなくした男。それを認識した瞬間にその男の顎と額の位置が逆になる。
また悲鳴。見れば腹を蹴られた男が、下半身とお別れしていた。
そこからはただの虐殺。断末魔、肉が、骨が、潰れる千切れる裂かれる破裂する。
死に損なった者の呻き声、痛みに泣き叫ぶ声、呪詛の呟きが耳にこだまする。
少年を見れば、返り血を浴びた漆黒の髪はぬらぬらと輝き、褐色の肌は血濡れていない部分を見つける方が難しい。麻布の服は真っ赤に染まり、その瞳と同じ色になっている。
少年が動くと紅い残像が大蛇さながら賊達を屠っていく。
(なんだ?!なんだこれは?!なんでこんなことに。なんで・・・・)
気が狂いそうだ。それでもまだ正気でいられるのは、少年が自分を狙っていないからだろう。このまま何もしなければこの場は助かるかもしれない。
それだけが希望だ。
(なんなんだあいつは?!まるで・・・・っ!)
少年は最後の賊の命乞いを無視して、鳩尾から腕を入れて口から出した。ご丁寧に心臓を握ったまま。
見せつけるようにそれを握りつぶしたその顔は、笑っていた。
狂気をそのまま顔に貼り付けたようなそんな笑み。
「あ、悪魔・・・」
***
最後の賊を始末した直後、人質だった男の呟きが聞こえた。
(悪魔・・・か。確かに一理ある)
自分は笑っていた。殺し、嬲り、血を吸い、浴びて、楽しんでいた。鎧熊と生死をかけて戦った時とはまた別の快感があった。前言撤回。強者とあいまみえるのも言葉には表せないものがあったが、弱者を嬲り殺しにするのも、これはこれで面白い。
狂気は目覚めた。心より先に、闘争本能が目を覚ましてしまった。
龍之介に後悔はない。これはこれで自分の一面だと感じたからだ。
これは、強いて言うならテレビゲームのようなものだ、やれば楽しいが、無くて困るようなものでもない。歪だと理解していても、それはそれで自身の本質の一部だ。
(言い得て妙だな)
自分の喩えに満足して、ニヤリと笑う。
それから、先程から震えている男に向き直るのだった。
仏面三弾はあれです。
仏の顔もってやつですね。意味わかんないですけどw
次は町に行けそうです。
女の子出したいですね。
題名を英字にしました