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6.ReviveAlive

 少し早足で歩きながら、昨日の夜を思い出す。

ジョシュアさんは飲み始め笑い上戸だったのだが、完全に酔っ払うと泣き上戸になった。

ジョシュアさんのこと、ジーナさんとの馴れ初め、そして息子を失った話。

朝の様子からすると覚えてはいないのだろう。

それでも、ジョシュアさんが自分を見る目には、息子への念がこもっていたのは確かだ。

 だから拒絶した。優しい人だ。ほんの少し、無言の拒絶をしただけで色々と悟ってくれたみたいだった。あそこで残れと言われたら、断れなかったかもしれない。

そしてきっとそれはお互いにとって良くない。

恐らくどんなに頑張っても、居候の仲良い人、以上の関係にはなれないだろうから。

少なくとも今の龍之介には、自分が誰かと親密になっている様が想像できない。

だから、親子なんて関係を求められても、共倒れにしかならない。


(・・・・はぁ。やめよう)


 暗い思考を止めて、これから行く場所へと考えを移す。

今向かっているのは、マヘス村。

村にしては大きいらしい。ある程度の規模があれば色々とやりたいところだが、期待はしないでおく。








 身体強化を使って1日半ほどでマヘス村に到着した。

その頃には道は平坦になり、草原が地平線まで広がるのどかな風景が視界の全てになっていた。マヘス村は周りを高い柵で囲われた大きな村だ。ジョシュアさん達から聞いていた通り町と言われても遜色ない。

今の時刻が夜なため、人通りはあまり多くない。適当に人の賑わっている場所を探してみると、入口から少し進んだ先に、明かりが灯り人の賑わいが外に漏れている建物を見つける。扉の少し上の方に、ジョッキを持った男の絵が描いてある看板が見えた。

中の様子を伺うとどうやら酒場のようで、沢山の人が酒を飲み歌い踊っていた。何かの宴をしているように見える。


 龍之介が尻込みしていると、扉が開いて一人の男が出てきた。片手にジョッキを持って、鼻歌を歌いながら、扉を閉めて、龍之介と目が合った。


「なんでぇ兄ちゃん。入らんのか?」


聞きながらジョッキを傾けぐいっと一口呷る。


「いや、生憎今は酒場じゃなくて宿の方を探している」


「そうかそうか!それならこの俺様が教えてやろう!」


やけに粋のいいおやじである。


「よろしく頼む」


色々な感想は心の中に留めておいた。









 酔っ払いに聞いた道のりを歩いて数分。閑散とした雰囲気の通りで、宿屋は簡単に見つかった。ベッドを描いた掛け看板が見える。そもそも、今いる通りに宿屋以外に看板を掲げた建物が無かった。

 宿屋の戸を開くと、受付カウンターの向こう側に座ったスキンヘッドのごついオヤジがこちらを睨みつけていた。今日はおやじ運が悪いらしい。

が、龍之介自身はもっと怖い現役の軍人と組手をしたこともある為、全く意に介さなかった。


「一晩泊まりたい。いくらだ?」


妙な緊張感の中、簡潔に要件だけを述べる。受付のスキンヘッドは何故かホッと息をつくと雰囲気が急激に柔らかくなった。


「銀貨4枚だ」


袋から銀貨を4枚取り出してカウンターの上に置く。

何故銀貨があるのかというと、ジョシュアさんとジーナさんが持たせてくれたからである。龍之介は断ったのだが、出発するときに勝手に色々と渡されてしまった。

肩掛けの麻袋、3日分のパン、水筒、麻の服、ついでに硬貨までもらった。

 肩掛けの袋の中に、もう一つ小袋があり、その中には銀色の硬貨が10枚ほど入っていた。これで二日、安いところなら三日は宿に泊まれる、とのこと。

金銭の流通やら価値やらどうなっているのか聞こうと思ったのだが、そんな常識をわからない、ということへの説明が思いつかずに諦めた。


内心変な単位が出てこなかったことに安堵していると、スキンヘッドが徐にカウンターの下へ手をいれた。

手が出てくると、鍵がつままれている。それをカウンターの上へ置いた後、帳簿のような物も取り出し、羽ペンを渡してきた。同時に銀貨は回収される。


「これに名前書け。部屋は202号室だ」


 帳簿を見て龍之介の手が止まる。帳簿といっても単に羊皮紙が重ねられているだけなのだが、問題はそこに書かれている文字。龍之介も一応英才教育を受けた手前、数カ国後はできる。だが、帳簿に書いてある文字は一文字も見たことがなかった。中には英文字に似ているものあるのだが、その周囲に展開されている文字群のせいで逆に意味不明に拍車をかけていた。

しかし書けと言われた以上書くしかない。ただ、この時代で姓があるのは貴族だけだったりすると面倒なので、「龍之介」とだけ書いた。


「あ?なんだこりゃ?」


案の定、訳がわからない、という顔で見上げてくるスキンヘッド。


「すまない。この字は俺には扱えない。それは故郷の字だ」


「・・・・・・ッチ、しゃーねー。名前なんて言うんだ?」


あからさまな舌打ちが聞こえたが、それでもしっかり仕事しようとするあたり、意外と真面目なのかもしれない。


「龍之介」


「リューノスケっと。あぁそうだ。うちは朝飯はやってねぇから」


それだけ言ってまたこちらを鍵を渡してくる。言葉が続くかとも思ったが、どうやらこれ以上話す気はないらしい。

鍵を受け取って、2階に上がった。




 それぞれの扉にさっき見た様な文字より幾分単純に見える文字が書かれているが、読めないので鍵に掘られている文字と照らし合わせる。

階段から二つ目の扉――『十・十』と書かれている ――に鍵を入れると、問題なく開いた。


 部屋は簡素で、シングルのベッドに机と服を掛けるところがあるだけだ。机の上にはロウソクと火打石が置いてある。そして窓がある。


(これくらいの時代は板ガラスはもっと高級な気がしたんだが、まぁ魔法があればなんとかされてそうな気はするな)


この予想は正しい。この世界でも昔からガラスが色々と装飾されたりして利用されてきたが、魔法を研究する者達にとってもこれは興味深い研究対象だったのだ。

魔法で形を変えたりあれこれやってる内に、板ガラスはできてしまった。

実質的に窓に板ガラスが普及してから、この世界ではかなりの年月が過ぎているが、それを龍之介が知る由もない。






窓辺に立ってジョシュアさん夫婦を思い出す。

空を見れば、もう慣れた満天の星空。

1日と少ししか経っていないのに、なんとなくノスタルジックな気分になる。


(まともに人と触れ合ったのはいつ以来だったか)


祖父が死んで、祖母が死んで、俺の心は死んだ。

高校に入ってからはまともに人間付き合いをしていなかった。

「友達」と言える内の殆どは、何かのおこぼれにあやかろうとしたり龍之介の力を盾にしたりが目的だったし、それが更なる虫を呼び寄せる。さながら磁石で砂鉄を集める様に、それはもうつまらない人間ばかりの集団だった。


(もう顔と名前が一致してこねぇ)


 まったくどれほど周りに興味がなかったのか、と苦笑い。

彼女もいた。と言っても約2週間でフラレた。今考えれば彼女にはかなり非道い事をしたのかもしれない。デートに価値を見いだせず、彼女を見ていなかった。感情の感じられない、表情筋が無いのではないかと疑うほどの無表情。それに耐え切れなかった彼女はあっさり他の男に鞍替えした。それでも感情は動かない。悔しさも嫉妬も敗北感も何も無かった。

ただただ自己中に心の欠陥を嘆く被害妄想だけが膨らんでいくだけ。

段々と他人と付き合うのが億劫になり、軋轢を生み孤立し孤独の楽さを知り独りに慣れた。

学校が終わればすぐに家に帰り、日課の鍛錬をして、食事をとったらインターネットを徘徊して興味の湧いた知識を詰め込んで、風呂に入って寝る。

そんな生活サイクルを延々と続けていたある日、唐突に思う。

「死んでみよう」と。


 独りになれば会話は減り、逆に思考の海の上に漂う時間が増えた。

様々なことを考えた。授業のこと、国のこと、自分のこと、祖父母のこと、ネットで得た知識のこと、そして生死観。

自分は生きている、と言えるのか?生まれた意味を失った時それは価値ある生なのか?

死んだらどうなるのか?消えるのか魂になるのか輪廻するのかそれとも天国やら地獄やらに連れて行かれるのか。

もはや生きる意味を見失っていた龍之介にとって、死の先というのは非常に興味深かった。


 そこからの行動は速い。準備をして、混乱を残さないために手紙を残し、富士へと向かった。結果はご存知の通りだが。

死に損ない、無様に生き延びて、人に出会った。

壁は確かに作ってしまっていた。けれど自然と祖父母と暮らしていた頃を思いだした。そして笑った。心が動いた。まだ生きていた。


「俺は、生きている」


確かめるように、逃さないように呟く。人と出会えば心は動く。人と触れ合い、ぶつかり合い、打ち解けていけば感情が生まれる。そんな簡単な事に気がつかなかった。いや、気がつくことから逃げていたのか。

 この世界で、自分はまだ一人。まだ、一人なだけ。独りじゃない。

誰も自分を知らないここなら、余計なしがらみもまだ無い。

やり直して、取り戻す。自分を、心を、感情を、生を。

祖父母に会いにいくのはそれからでいいだろう。


(ごめんじいちゃん。会うの、もう少し先になりそうだ)


前回とは全く逆の謝罪を亡き祖父へ告げる。

まだまだ心は穴だらけ。壊れたものを直すのには時間がかかる。

ゆっくりでいいから取り戻そう。自分はまだ生きているのだから。




 ヘッドに寝そべって、これからのことを考える。

この村に留まるつもりはない。少し辺境のような雰囲気もあるし、規模も充分ではない。普通の村より大きいといっても、所詮は村。

龍之介は"大きな町"を目指している。

情報のためだ。自分の能力や、使い方、魔法についてなど知りたい事は沢山ある。

それには情報が流れている場所に行ったほうがいいし、知ってる人が多いところの方がいい。多くの客観的意見というのは重要だろう。その点において、この村では不十分な気がするのだ。

酒場で出会った男も、受付にいたスキンヘッドも、そしてひとつ前の村の住民も魔力を発していなかった。単に隠す術があるのかもしれないが、それにしては普段からずっと隠し続けているのはおかしいし、何よりほぼ垂れ流しの自分に何も言ってこないのはおかしい。

ということは、今まで会った人達は魔法を知らないか、詳しくないと見るべきだ。そして魔力を見ることもできないのだろう。


(ヴロトの情報はあまり役に立たないかもな)


とにかく、この世界での魔法情勢を知る必要があるだろう。もちろんこの村であるていど聞いてしまうことはできるだろうが、面白いことは取っておきたいと思う龍之介だった。


(明日はさっさと出発しよう)


そう思い、目を瞑る。

期待が胸を膨らます。元いた世界ではないけれど、まだ見ぬものが広がっているであろう世界に思いを馳せて。



***


その夜、マヘス村のある宿屋の受付で、スキンヘッドの男が震えていた。

夏なので寒いわけではない。


「こ、殺されるかと思った」


頑張って虚勢を張っていたが、内心ビクビクのスキンヘッドだった。


***




 日が昇るのと同時に目が覚める。森でついた習慣だ。時間という目安がないため太陽を目安にしていたらいつの間にかこうなっていた。

残り半分ほどの数になったパンを取り出して齧る。


(歯を磨きたい・・・)


 もうかれこれ・・・・・・いや止めよう。憂鬱になる。

硬いパンを水で流し込み、出発の準備を整える。といってもただ麻袋を肩にかけるだけなのだ。


 下に降りると、スキンヘッドの受付がいた。早起きなのか、それとも徹夜番だったのかはわからない。


「おはよう」


龍之介が挨拶すると、「おう」とだけ答える。愛想というものは無い。


「聞きたいんだが、大きな町でここから一番近いところへはどう行けばいい?」


スキンヘッドは訝しげに見つめ返してきたが、数秒の沈黙のあとに答えてくれた。


「ここから近いとなるとアイフェストだな。村の北側から続く道をそのまま行けば、歩いても3日あればつく」


「そうか。なにか考慮すべき障害はあるか?」


「いや、無いな。道は平坦だし、近くの森を通るが数十分で抜けるしな。あとはだだっ広い草原だ」


「わかった。ありがとう」


長居は無用と、踵を返して宿屋を出る。後ろで長いため息のような音が聞こえた気がしたが無視した。


8/22 矛盾があったので修正しました。進行に支障はないです。

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