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4.大悟致しました

 顔から手をどけ、オーラの廻りを落ち着かせる。

と、二つの血流が活性化させる前よりもかなり同調しているように感じる。

鼻づまりが解消された気分だ。と同時に大きな喪失感。


(流石に熊はでかすぎたか。容量がほとんど残ってないし、消失量がすごい)



 さてと、と意味もなく呟いて起き上がる。

と、背中と腹に鋭い痛み。そういえば傷を受けていたんだったと今更になって思い出した。

出血はそれほど多いようには見えないが、止血を早めにしたほうが良い事は間違いない。

応急処置として、背中の傷を覆う袈裟状に、脱いだシャツを巻きつけた。

腹の傷はそれほど深くないのでほっといても大丈夫な気はする。

先ほど吸収したあの鎧熊。あれの血を自分の体内に取り入れるのはさすがにまずいだろう。

ならあれの肉は食えるだろうか?

もともと食事をしようとしていたのだし、物は試しと、掌を正面にかざしながら、強敵の姿を思い浮かべて一言。


『リリース』


 言った瞬間に掌から出るわ出るわ、大量の血とそれに混じる原形を留めていない骨やら内蔵やら肉片の数々。更に、それらを守っていたであろう、やぶれてボロボロの外皮や、砕かれひび割れ使い物にならなそうな甲殻は血に濡れてべっとべと。

しかも放出と共に発せられる音が、咀嚼音と吐瀉音を合わせて2で掛けた様な耳障りな音。

血肉の匂いがそこらじゅうに広がって、スプラッターどころではない。

ところが龍之介は、


(ふむ、この中から食える部位を探すのは面倒だな。しかし目の前に食料があるというのに捨て置くのも勿体無い。特に今のような状況ではな。しかし酷い匂いだ)


などと思っていたりする。

どうやら視覚的にはそれほど気にならないようで、匂いに顔をしかめている。

しばらくして、ぶぴゅっぶぴゅっという間抜けた音が、残っていた血を吐き出して、放出が止まった。


(出したはいいものの、これどう処理するかなぁ)


 グロテスクな肉塊の山を目の前にして、若干お手上げ気味の龍之介。

とにかく目的はこれの肉なので、肉塊に手を置いて大胆に『肉』と念じて吸収してみた。

なんというか、ジュースの残りをストローで吸い上げる時のあのジュココココーという音を立てながら肉が吸収されていくのは気色悪いのと同時に滑稽だった。


(これ音はどうにかならんのか?・・・・・・ならんか)


音も合わせてこの能力らしい。

余談であるが、内蔵と肉にくっついたままの骨も一緒に吸収されていった。世知辛い。



 大きなため息をついて、肉を吸収し終えたら、今度は充分な大きさの、まだ使えそうな皮や甲殻を選別していく。

と言っても、ほとんどが使い物にならないのは目に見えてるわけで、龍之介も1個見つかればいいかくらいのノリでやっている。

結局は大体縦1.5m、横1mくらいの皮が1枚掘り出せただけで、残りは使い物になりそうもなかった。

探せばもっとあるかもしれないが、いかんせん鼻がひん曲がりそうな匂いのため断念した。



 死体漁りで得た品を一旦吸収し、今度は肉だけを放出する。

ちなみに放出の時は・・・・・・ウン、いや排泄時の音だ、ウン、はい、察してください。


 気を取り直して、放出した肉の加工方法を考える。

焼くのが無難だが、この森がどれほど広いのかわからないのと、吸収した肉が腐る可能性も考えると、ほかに方法があるとも思えない。それに、ここは森の中。

肉の匂いでまた変な奴を呼び寄せてもまずいので、脅しも兼ねて火を焚いて、焼肉にすることに。



 森と川辺の境界線で、一本の木に手を当て枯れ果てるまで水分を吸収した後、紅黒刃のチェーンソウを木に当てる。

ザクっと、一瞬で木が切れてしまった。木こり顔負けである。

野菜を切るが如くすんなりと切れた。ジェイソンもびっくりだ。

どうやら"オーラ"そのものの方が威力が上がるらしい。

 そんなことを思いながら、適当に薪にできる大きさになるまで切り分け、山形になるように組み上げる。

空気を吸収して、指先から球形に圧縮して放出し、薪の山に当てる。

すると、圧縮された熱で薪に火がつきパチパチと燃え始めた。


(あとは肉を焼くだけだな)


この考えが甘かったというのを知るのはすぐ後だった。

 


 まず、肉の中で食べれそうな部位を選別。これが意外と手間取った。

内蔵とごちゃ混ぜになった中から食べれそうな部位を探していくと、保存できるほどの量は残らなかった。しかもほとんどが骨付き。

 肉を切ろうと思ったのだが、包丁をイメージした形状変化が中々うまくいかなかった。

形は包丁になるのだが、切れ味が全くと言っていいほど再現できなかった。

結局、掌ほどの大きさで円盤の外周にギザギザの刃をつけたもの――芝刈り機の刃の様な物――に形状変化させて、チェーンソウと同じ要領でスライスしていった。

血が飛び散ったのは言うまでもない。

 次に串だ。木が刺さらないのだ。厚さ5ミリ程の肉を貫けずに、折れては薪になっていく枝枝枝。

仕方がないので、再度死体漁りをして、使えそうな骨を探す羽目になった。

どれもこれもバキバキに折れてしまっていたので、中々使えるものが見つからなかった。


 やっとのこと準備を終え、肉を焼いていく。

串替わりの骨に薄切りにした肉を刺し、地面に突き刺して炙り焼きにする。

それを何本も同時にやって、焼きあがったものから食べ、新しい肉を火にかける。


(硬い・・・・・・そして臭い)


しっかり火が通ったのを確認して口にしたのだが、肉は硬かった。

というか硬すぎた。触った感触は肉そのまんまなのだが、噛んでみると全く違う。

ジャーキーとかそういうレベルを超えており、噛み始めなんかは骨を噛んでいるのか肉を噛んでいるのか判別できないくらいに硬い。

しかも口に広がる臭みは得てして言い難いものがある。

味付けも何もしてないから、美味しいということがあるわけもなく、ただ黙々と肉を焼いては食べ、焼いては食べを繰り返す。


 そうして半分ほど肉を焼き終えた頃になって、


(いやいや待てよ。なんでこんなもん食ってんだ。魚捕ろう)


そう思った。顔を横に向ければ優雅に流れる川がある。

というか最初は魚を食おうとしていたはずなのに、いつの間にこんな拷問みたいな状態になっているのか。

 とにかく、熊肉は捨て置いて、魚を捕ることにした。





「美味し・・・・くはないな」


 それから数分後、目の前には火にかけられている3匹の魚。

手にはこんがり焼けて湯気の登る焼き魚。

顔にはなんとも微妙な表情が浮かんでいる。

期待はあまりしていなかったが、やはり味付けも何も無しで、名も知らぬ魚を食すのは無理があったようだ。

それでも腹は満足がいく程度には膨らんだので、今は良しとしよう。

考えたいこともあるし。


(では反省会と洒落込みますか)



 寝転がって空を眺めながら、激戦の記憶を辿る。

まず自分の能力、最後に敵を飲み干したアレは、使用後の消失感がかなり大きかった。

ごっそりと削ぎ落とされたオーラは未だ全快の兆しを見せない。現在は最大の半分程度だろうか。


(いざという時で、しかもオーラ残量が充分で、相手の力量によっては破られないとも限らん。包むだけでもかなり労力がいるしな)


そう易易と使えるものではないと判断して流す。

 次に、オーラの形状変化がどこまで詳細にできるのか。

壁を出して防いだ時、衝撃が全く伝わってこなかった。ということはあの壁で衝撃を全て受け止めたのだろうと推測する。

水圧チェーンソウで木を切る時の抵抗感からも推察できる。

弾で撃っても反動は殆ど無いのに、形状維持して使うと、摩擦などの抵抗がそのまま伝わってくるのは不便でしょうがない。贅沢だが。

 とにかく、放出した空気の圧縮もできるのだし、密度を上げていけばもっと具体的な形、つまり"オーラで象ったモノ"ではなく、実際に具現化までいけるのではないだろうか?

相手も爪の形に形状変化させていたし、変形の自由度は証明されているのだから、これは挑戦してみるべきだろう。今より更に細部までイメージしないといけないのは間違いないだろうが・・・。

 そして、最も気になる点。

鎧熊が最後に見せた、超速移動。

瞬間移動テレポートに見えはしたが、現実的に考えると、ものすごい速度で移動したと考えたほうがいい。

それに爪の攻撃速度も上がっていたから、全体的な速度が上昇していたと見るべきだ。

そこで問題になるのが、あれの巨大さである。

どう考えても速度と筋肉の比率がおかしい。

というかあの速度で最初から動いていなかったのだから、"何かした"のは間違いないだろう。

だとすれば何をしたのか。


(速度。筋肉。しかし無理がある。何かで補強でもしないと・・・・。補強?もしかして、"オーラ"か!)


あの状況であの速度を出すために必要で、なお今までの常識では有り得ない物と考えると、オーラくらいしか見当たらない。この際熊の外見とかは置いておこう。

 おもむろに川辺の石を右手に一つ拾う。大きさは拳ほどで、このあたりに落ちているものでは比較的大きめの石。

それを思い切り握る。もちろん何も起きない。

手が少し痛いくらいか。


続いてオーラを右手の周りに集めてみる。

再び思い切り握る。が、何も起きない。しかし、今度は痛みは無かった。


(どういうことだ?集めるのは保護的役割になるのか。じゃあ強化は?筋肉自体を補強・・・・できるのか?)


体を纏っているオーラよりも、体内で流れているモノを意識し、それが腕や手に集中して筋肉を覆い、補強するイメージを練り上げる。

また石を思い切り握ろうと、軽く力を込め始めた時点で、石に罅が入った。

握りつぶしてみる。まるで泥団子のように砕け散った。


「できた・・・」


気がついたら口に出ていた。

呆然としながらも、確認するように新しい石を拾う。

握る。砕ける。

拾う。握る。砕ける。拾う。握る。砕ける。


これを応用して慣れていけば、確かにあの熊の動きも納得できる。

が、上手い話には裏があるのは世の常で、


「き、きついな、これは」


砕いた石が10を越えたあたりで腕の筋肉が震えだした。

心拍数が上がり、汗もかき始めていた。

慌てて強化を解くと、がくんと右腕が落ちる。力が入らない。

しかも、"オーラ"の消費も激しい。残っていたうちの4分の1ほどを、この短い時間で持って行かれてしまった。


(無理に強化したからか?奴が最後にしか使わなかったのも頷ける。ん?ということは、普段は強化するほどの脅威はこの森にはいないということか)


これは嬉しい結果だ。あの熊に勝てれば、ある程度の安全は保証されるのだから。

それにしても反動が大きい。右腕は酷い筋肉痛の様な痛みで動かしたくない。

というか、動かせもしない。


(効率化、もしくは筋トレの必要があるな。でもこれ筋トレでどうにかなるのか・・・・?効率化を急ごう。痛いのは嫌だし)



 これからは当分、形状変化及び維持の改良と、身体強化の効率化を図るのが良さそうだ。

そう思って立ち上がると、そろそろ日が暮れそうな時間だった。

夕焼けをのんびり見たのはいつ以来だろうか。

どうやら自分は相当荒んでいたらしい。今は清々しい気分だが。


 ふと辺りを見回すと、肉塊の山があったり、分けられた内蔵の小山があったりで凄惨としている。

この状態を生み出したのが自分だと考えると、可笑しくなって苦笑してしまった。


(匂いもあるし、野営の場所は移した方がいいだろうな)


 龍之介がそう思った時だった。

川をはさんで向こう岸。

森の木の内一本がめきめきと音を立てて倒れた。

そして現れる、先ほどよりも一回り小さい鎧熊。

心なしか、背中の突起物も数が少ない気がする。


「ちょいとキツイが、やるしかねぇか」


腕は一本使えない。オーラもあまり回復していない。

だが、速度的に逃げられもしない。再び絶体絶命。

それでも龍之介の顔には狂者の笑みが。

しかしここでその笑みを絶やすに充分なことが起こる。


ぞろぞろぞろぞろと、鎧熊が群れをなして現れたのだ。

その数は10頭以上。中には倒した個体よりも一回り大きいものまでいる。


(もう熊じゃないな・・・・)


 嫌な予感がする。もちろん死の予感もビリビリと感じるのだが、それだけじゃない。

もっと重大な何か。この状況が異常な理由。


(ん?群れ?あれ程強くて群れるのか。何故だ?群れる理由は?・・・・群れないといけない理由・・・・)


「!!!!」


考えがはっきり纏まる前に、龍之介は群れに背を向け逃げ出した。

しかも足に身体強化を使って全速力で、脱兎の如く。

脚の筋繊維がぶちぶちと切れていくのを感じながらも懸命に走る。


(違った!あのクマっころは食物連鎖の頂点じゃない。身体強化は攻撃能力じゃなかった。生き残るための能力だ。恐らく逃走の為の。群れないと倒せない敵がいる!この森のどこかに。ヒエラルキーの頂点が!)



 と、頭上を巨大な影が通り過ぎた。

ぎらりと光る獰猛な牙、押しつぶされそうな威圧感を放つ眼球、強さを象徴するかのような4本の角、強靭さをそのまま表現したかのように黒く艷やかな鱗、長くしなやかな首に、強靭さがむき出しの四肢、そしてその巨体を軽々と浮かす豪快な両翼に、全身を覆う猛々しい真紅の"オーラ"。



(ドラゴン・・・・)



驚きで声は出せなかった。

それはおとぎ話の象徴。ファンタジーの代名詞。

自然界の絶対強者。


 急いで目で追った先に見たのは、紅蓮の吐息で焼き払われる熊の群れ。

そこに降り立つドラゴンの姿は、より強い戦慄と共に龍之介の体を突き動かす。

逃げろと本能が訴える。痛みを無視して足を前に押し出す。

龍之介がその足を止めたのは、夜の帳が降りてからだいぶ経った後のこと。




 今まで薄々感づいてはいた。

が、ありえないと頭の隅に追いやって無意識のうちに無視していた。


見知らぬ森。謎の能力。見たこともない生き物。

目覚めてからの全てが、走馬灯の様に頭の中をぐるぐると駆け回る。


そして一つの結論に至るのは至極当然。



「大悟致しました」



夜空を見上げて呆然としながら呟く。


そう、龍之介は異世界に来た。


それを今やっと、認識したのだ。

なかなか森から出れませんね・・・・

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