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3.クマーランデヴー~覚醒は突然に~

 朝日が森を照らしてから、もう結構な時間を歩いたのだが、生き物と言えるものになかなか出くわさない。

本当に稀にではあるが、鳥のさえずりは聞こえてくる。

しかし、姿を見つけることはできなかった。


(あらかた能力の使い方はわかってきたし、当面の食料問題を解決しないとな)


 龍之介は、昨日家を出てから何も食べていない。

首を吊りに行くのだから、無駄に食べると死体が余計汚くなりそう、という理由で口にしなかったのを今になって後悔する。やはり後悔は先に立たない。

水分は喉が渇いたらオーラに溜まっている分を吸収しているので、特に問題ないのだが、いかんせん空腹に抗うというのは、育ち盛りの高校男児には厳しいものがある。


(森なんだから川くらいあるだろう。川があれば魚が食えるはずだ)


吸い出した水で色々と遊んでいたためか、体にも若干の疲労感がある。

それでも耐え忍んで進むこと数分。遂に川のせせらぎを龍之介の耳が捉えた。


「聞こえた!川だ!」


かすかに耳を掠めるような音からだんだんと大きくなっていく水の音。

ちなみに今の龍之介の思考回路は川=魚=飯となっている。

こうして川を発見した龍之介の顔は、彼の人生トップ3に入るであろう笑顔だった。





 川の周辺を観察してみる。

どうやらこの辺は大分下流の方なのか、川辺にある石は、丸まっていて小さい。

水深はすねあたりまでだが、流れは穏やかで、この近くで野営すれば何日かしのげるだろう。


(魚は、水弾で撃てばとれるか)


早速、空腹を満たすために魚を捕ることにした。

川辺から川の中を覗き込んでみると、小魚が数匹泳いでいるのが見えた。

しかし、この大きさだと水弾に当たったら木っ端微塵になってしまいそうだ。

もっと大きいサイズのモノを狙うため、こんどは川の真ん中あたりを目で探してみる。


(いた)


見つけた。水の揺らぎで実際の大きさははっきりとはわからないが、水弾で撃っても大丈夫そうだ。

手を指鉄砲の形にして、狙いを定める。適度な量の水を円錐状になるようイメージし、『リリース』と共に螺旋回転を加えるイメージをする。

時間にして1秒もかからずに放出できた。

バシュっと勢いよく飛び出した水弾は、みごと魚に命中。

しかし、魚はそのままプカリと腹を浮かべて流れていってしまう。

どうやら弾の大きさが不十分だったようだ。


 食料を逃さないよう慌てて魚を追いかける。

濡れることも気にせずに、じゃぶじゃぶと川をそのまま歩いて取りに行く。

魚を拾い上げてみると、なんと頭が吹き飛ばされていた。

予想以上に威力が高い。


(量のイメージがまだ難しいな)


反動があればまだイメージし易いだろうと龍之介は思っているのだが、どんなに放出の量を増やしたり、形状のイメージを大きくしても、帰ってくる反動は一定だったりする。

その反動が、なんというか水鉄砲?ほどだからタチが悪い。




 そんなことを思いつつ、ふと顔を見下ろしていた魚から森へと向ける。

いつからこっちを見ていたのか、もしくは隠れていたのか。

とにかく、"そいつ"と目があった。


 熊、というのだろうか。形は熊に似ていて、黒い毛に覆われている。そこまではいい。

サイズが半端ない。ゆうに5mはあろうか。百歩譲ってそこまでも許そう。


(なんだ?あの外殻は・・・・)


 腕や背中から頭の上の方までを、鎧とも言える甲殻の様なもので覆っており、背中のそれには刺のような突起物までついている。

熊、と判断できたのは、その点を除けば、頭部、四肢の見た目が熊と類似していたからで、実際に熊かどうかは龍之介にもわからなかった。

さらにこの森で会った最初の動物は、鎧ともう一つ、龍之介が纏うのに似た、薄黄緑色のオーラを纏っていた。


(オーラ、か?色が違うな。一体何が違うんだ?吸収できるものが違う?それとも別の能力か?そもそもこれ逃がしてくれるのか?)


様々な疑問点が頭に浮かぶと同時に、まるで警鐘のように心臓が高鳴っている。

鎧熊の視線が、龍之介の握っている魚を捉えた瞬間、まるで刀を喉元に突きつけられたかのような威圧感が放たれた。

それと同時に、鎧熊を覆っていたオーラが、その勢いを増し体から迸る《ホトバシる》。そして咆哮。どうやら逃がしてはくれないらしい。

背中にじっとりと嫌な汗が吹き出す。本能で恐怖を感じる。そんな

経験は龍之介にとって初めてだったが、こんな初めては遠慮したかった。


(やばいやばいやばいやばい)


焦りで脳がうまく回らない。単語一つほどの思考が無数に脳内を駆け巡る。


(魚、餌、縄張り、逃げろ、無理、死・・・・生きる)


それは正に本能の動きだった。そこに計算や思慮は無く、ただ生存本能の赴くままに。


『リリース』!


掌を鎧熊に向けてそう叫んだ。イメージは消防車の消火放水。

なぜ?と聞かれても思いついたのがそれだったのだからどうしようもない。


 掌から放出された水は、相手の虚をつくのには充分だった。

鎧熊は突然放たれた水をかわすこともできずに正面から浴び、後ろにあった木を数本薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。


 龍之介はそれを確認すると、くるりと来た方へ向き直り、一目散に逃げ出した。

そしてそれは正解だった。

何故なら、再び響いた凄まじい咆哮と共に、木が丸ごと一本飛んできたからである。


「おいおい、ダメージ無しかよ」


実際のところダメージはあったのだが、大量の水の放出を受けてなお、平然と木を投げつけてくる相手に対する恐怖と焦りで、龍之介にはそれがわからなくなっていた。




 必死に足を動かして逃げようとするが、すぐさま涎を撒き散らしながら追ってきた。

オーラが迸っている分、余計に迫力がある。

実際こうして逃げているとわかる、というか理解するのだが、熊は意外と速い。

よくよく考えてみれば5mもある生き物が、その体躯を支える筋肉を一生懸命動かして走るのだから、歩幅とも相まってかなりの速度になる。

結果から言うと、2秒で追いつかれた。川を超えれたのは不幸中の幸いか。

高速で振られた必殺の爪を、思い切り正面に飛び込んでかわす。

が、避けきれなかったのか、背中に激痛がはしった。


「っ!」


シャツは完全に裂け、背中の皮膚も痛みで麻痺して逆に感覚が薄くなっている。

それでも、叫びたいほどの激痛を我慢して、即座に向き直り、鎧熊と対峙した。

迸るオーラ、巨躯から発せられる威圧感はどれも凄まじい限りだ。


(どうする。ここで死にたくはない。何より痛いのは困る)


痛みのおかげか、幾分冷静さを取り戻した頭で打開策を考える。

しかし、当たり前に鎧熊は待ってはくれず、次の攻撃を繰り出そうとしてくる。


「ん?」


思わず声に出てしまった。

鎧熊のオーラが腕の部分に集中している。全身からも相変わらず吹き出ているのだが、腕の、特に爪の部分に、オーラが集中しており、その部分だけ相対的に出ている量が多く見える。

疑問に思いつつも回避に専念する。

横薙に振るわれた爪を、バックステップで回避したその時。


(そうか!そういうことか!)


龍之介が見たのは、目の前を爪が通り過ぎる直前に、鎧熊のオーラの形状が、爪を伸長するように形を変えた、というものだった。

そのオーラの爪は、もちろん虚仮威しではなく、攻撃のリーチを数十センチ延長し、龍之介のシャツと腹部を薄く切り裂いた。


(っ痛!でかい上にリーチも長いとか、もう熊じゃねーだろ!だが、あのオーラの使い方は参考になった)


事実ただの熊では無いのが明白なのは置いといて、龍之介が理解したのは自身の能力の本質。

さっきまでは、「吸収と放出」という能力を使う為に、"オーラ"というタンクを使うようなものだと思っていたのだが、実際は、オーラによって、吸収や放出という能力が使えたのだ。

形状の変化などができたのもそのため。

つまり、能力の本質はこの全身を纏うオーラであり、オーラの形状を変化させることができるゆえに、放出するものの形状を色々といじくれたわけだ。



 そう考えているうちにも鎧熊の爪が迫る。

咄嗟に掌を正面にかざして、残っている水を全て放出した。

命中云々で言えば、5mの巨体は動く的に等しい。

狙ったわけではなかったが、上手く下顎をくぐって腹に直撃させた。

再び吹き飛ばされた鎧熊は、よろよろと立ち上がる。

流石に今度は足元がおぼつかない。


(さっきのもダメージはあったってことか。だが水のストックは使い果たした。どうするかねぇこりゃ。ん、待てよ?そう言えば・・・・・・)


ここでふと思い出した。この鎧熊に出会った時だ。

最初、この鎧熊のオーラは今の龍之介の様に、全身を薄く覆う膜のようになっているだけだった。

しかし、握られた魚を目にした瞬間、オーラがまるで体から溢れる様に迸ったのだ。

その状態は、勢いは衰えた気がするが、未だなお続いている。


(物質的に干渉できるのか。いいな、面白い)


鎧熊が狼狽えている今のうちに、挑戦することにする。

いざとなったら空気を吸って牽制すればいい。

もしくは川の水を直接吸えば、木から吸い上げるよりは効率的に吸えるだろう。

だんだん冷静に回り始めた頭でそう決めて、オーラ、第二の血流に意識を向ける。

目の前のお手本を見つつ、自分のイメージを固めていく。

全身に流れる血流を川に見立て、その流れを急激に速くするイメージ。

どれくらい速くするかというと、川の流れをいきなり大洪水にするくらい。

イメージを決定して、それを思い切りオーラにぶつける。


「はっ!」


景気づけに気合を入れてみた。膨大な力の流れを体内に感じる。

ズドン!と音がして、周辺にいた鳥達――今までどこにいたのやら――が驚いて空へと羽ばたいていく。

紅黒いオーラは今や龍之介の周囲数メートルを覆っている。

立っていた地面は軽いクレーターになってしまい、そこへ川の水が流れ込んで来て、靴を濡らしていく。




 すごく気分がいい。

今まで感じていた"第二の血流"という感覚が、だんだん実際の血の流れと同調しているような気がする。

残っていた異物感が薄れ、第一と第二ではなく"二つの血流"として体に馴染む。

簡単に言うとしっくりくる、といったところか。


(もはや"オーラ"と呼んでいいのかも微妙だな)


物理的に世界に干渉できるこれは、"オーラ"なんて言葉では説明できない気がしたが、今のところは呼び方を変えても面倒なので、やはりそのまま"オーラ"としておく。

ただ、このオーラの吹き出し方は少々やりすぎた感がある。

少しずつだが消費している感覚もある・・・・気がする。

濃度をそのままに、吹き出している範囲だけを狭めるよう念じてみた。

すると、あっさりと範囲が狭まり、体の周囲1m程を覆う濃密な膜になった。

ゆらゆらと禍々しく全身を覆うそれは、先ほどのダダ漏れ状態より、圧力というか迫力というか、威圧感みたいなものが増した気がしないでもない。

そのおかげかわからないが、さっきまでの恐怖や焦りといったものはどこか遠くへ逝ってしまった。



 ふと思い出したかのように敵の獣を見てみると、どうやらいきなり増した威圧感にたじろいていたようだ。

しかし、すぐに立ち直ったようで、ぐぐっと後ろ足に力を貯め始め、背中が丸く猫背になる。


(この距離で・・・跳ぶのか?)


そう思った刹那。

はるか前方に構えていたはずの敵が、目の前にいた。

オーラの活性化で、どこか緩んでいた緊張の糸が一気に張る。

そして時の流れを遅くしたかのように加速する思考。

ただ思考だけが速く早く疾くなっていく。


突然目の前に瞬間移動――そう、正に龍之介の目にはそう写った――した敵の巨躯。振り上げられる右腕。おそらく掠るだけで致命傷を負うであろう鋭利な爪。

それらが更なる加速の燃料になる。


(回避。無理。動かない。間に合わない。防御。どうやって?"オーラ"。使えるのか?でも物理干渉はできた。なら、やるしかない)



 ほぼ全てのオーラを自身の左側へ集める。

それと同時に思考の速度が元に戻る。

先程まで捉えていた敵の右腕は一瞬にして掻き消え、その残像すら残さない。

が、来るはずの衝撃は来なかった。

敵の鎧熊も、何が何だかわからない、といった雰囲気である。

龍之介をずたずたに切り殺すはずだった右腕は、振り下ろされずに紅黒の壁に阻まれていた。


(危なかった。防げた。生きた)


気づけば嫌な汗が全身から吹き出ている。

助かった。その事に一瞬ではあるが安堵するも、再び気を引き締める。

状況は芳しくない。

思考の加速によって何とか事なきを得たものの、次にまた防げるとは限らない。

今、敵が獣の脳みそでは理解しがたいこの現状を、敵が飲み込んでしまう前に何か策を練らねば、生き残るのは難しい。


(どうするどうするどうするどうする考えろ考えろ考えろ)


極限の状況で、龍之介は無意識に、無理矢理に、再び思考の高速化をしていた。



(防御できた。それも圧倒的に。なんのダメージもなく。衝撃すら無かった。これを攻撃に。どうやって?形状変化?何型?チェーンソウ。いや弾かれたらそのまま死ぬ。硬そうだし。吸収は?何を?オーラ?爪?毛?甲殻?血?内蔵?できるか?いや、足りない。何かが。待てよ?そうか。そうすればいい・・・・)


思考の速度が戻る。敵は未だに動揺している。

対して龍之介はつっ立ったままの状態で、オーラを操る。

鎧熊の右腕を受け止めていた禍々しい紅黒の壁が、ぐにゃりと形を変えて鎧熊を包み込み、5mを超す大きな球体が出来上がった。




「全部だ。全部吸いつくせ」




自分に命令するように呟くと、球体の中から獣の断末魔の様な雄叫びと、咀嚼音の様な音が聞こえてきた。



 音はたったの数秒で止み、今までの喧騒が嘘だったかのように静寂が広がった。

聞こえるのは自らの心音のみ。

獣の断末魔は途中で聞こえなくなったので、喉が潰されたか死んだかしたのだろう。

絶体絶命の危機に陥った精神の糸が、脅威の消失と共に一気に弛緩する。

すとんと腰を下ろした龍之介は、そのまま後ろに背中を倒して天を仰ぐ。

日はやっと一番高いところまで昇ったところか。

眩しさに目を瞑り、右手で顔を覆った。


「クク、フフフフ、フハハハハハハハハ!」


狂気じみた笑い声が森に響いた。

生きた。生き残った。勝ったのだ。強者を力でねじ伏せて。

興奮が収まらない。まだ心臓が早鐘のようになっている。

思考の加速で脳の回路が焼き切れたかのように頭痛がする。

その痛みすら今は心地良い。

楽しかった。楽しくてしょうがなかった。

たった一撃で死ぬという崖っぷちの戦い。

生き残るために生存本能がこじ開けた自分の力の深淵。

勝利に終わった戦闘その全てが、性感にも似た快感を齎した。


「もう一度、もう一度味わいたいなぁ」


その顔に浮かんだ爽やかな笑みとは裏腹に、右手に覆われた仄暗く紅い眼は、禍々しくドス黒い狂気に満ちていた。

お気に入りに登録されるのが予想以上に嬉しかったです。


登録してくれたみなさん、ありがとうございます。


これからもよろしくお願いします。

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