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29.黒の爆発

 場内は静まり返っている。先程までの熱気が嘘のようだ。


「・・・静まり返ってんじゃねーよ」


 会場中の視線は龍之介へと注がれている。今しがた召喚されてきた使い魔達も、契約の終わった生徒達も、教師も観客も、一体何が起こったのかと一点を凝視している。


 補助員の上級生が数人やってきて事情を聞いてきた。もちろん龍之介も正直に答えた。「言われた通りに魔力を込めた。そしたら砕けた」と。


「ふざけるなよ!この召喚板一枚で一体いくらすると思ってるんだ?!」


「ふざけてはいないんだが・・・」


 そんなやりとりを見かねてか、レオが席を立ち、こちらにやってきた。


「ちょっといいかな」


「で、殿下!申し訳ございません!すぐにこの者を退場させますので・・・」


「ああそうじゃなくて、彼をあの召喚陣でやらせてあげれないかな?」


 そう言ってレオが指差したのは、中心にある王族の使用した一回り大きな物。王族用の物と一般の物で大した差はないと聞いたが、王族用の陣を使う意味はあるのだろうか?


「し、しかし殿下、あれは・・・」


「大丈夫、臨時でって事にすれば誰も気がつかないよ。僕は気にしないからさ」


「殿下がそうおっしゃるのであれば、我々に言えることはありませんが・・・」


 どうやら話が纏まりそうだ。話を聞いてると、どうやらあの大きな陣は見世物用というだけではない様だ。

 龍之介は中央の陣まで移動させられ、何故か衛兵らしき格好の兵達と補助員達に囲まれた状態で契約を行うことになった。


「ごめんよリュウ。色々秘匿情報とかもあるからさ」


なんてことをレオがこっそり言ってきたが、ここまで来た以上やるしかないだろう。


 陣の前に立ち陣を見てみると、なんとなくではあるが少なくない違いがありそうな事はわかった。その辺りが秘匿情報という事なのだろう。あちこちに記述が増えているし、陣を構成する幾何学模様も複雑だ。効果を派手にするだけではここまで凝った記述は必要ないように思える。


「ま、気を取り直して、やるか」


 大きくなった陣に魔力を流す。今度は陣が崩壊するようなこともなく、順調に魔力が循環し始めた。

 龍之介は感覚的に、書き足された陣の記述は、流れる魔力量に関係しているんじゃないかと感じた。



 陣が龍之介の魔力色である紅黒に煌く。



 そして、王都に夜が来た。


 突然の暗闇に、会場は大騒ぎ。ただ、不思議と視界が遮られることのないことがわかると、段々と落ち着きを取り戻していった。

 しかしそれも演習場内の話で、都内では不安しかない民が右往左往していたのは別の話。


 王都を包み込むように広がる闇の中心には、もちろん龍之介がいる。龍之介は、召喚陣の中心にどんどん魔力の塊ができていくのを眺めていた。龍之介以外には、その塊を見ることの出来る者はいなかったが、そこに強大な何かが現れようとしているのは、ある程度の実力を持つものなら痛いほど感じることができた。


(これじゃ目立たないってのは無理そうだな)


 そう思いながらも、これから契約する自分の使い魔がどんなものか期待感が溢れる。魔力の塊は徐々に形を成していき、その姿を確かなものにしていく。

 そして、数秒とも数分ともとれる間の後、龍之介の魔力が爆発の様に広がり、王都中に魔力風を巻き起こした。この現象は、後に「黒の爆発」として歴史に名を残すことになるが、殆どの人がそうなるだろう事を予想していたという。


 爆発は一度広がった後に中央へと集束していく。中心へ集まるにつれ濃度が増し、闇の中で何が起こっているのかわからなくなっていった。

 集束は陣と龍之介を覆うところで止まり、場内はしんと静まり返った。






(ふむ、真っ暗だな。何故か陣は見えるが・・・)


 龍之介は陣を覆う闇の中で、目の前に一段と濃い闇が集まっていくのを眺めていた。何も見えない闇の中で、召喚の陣だけが怪しく光り、まるで宙に浮いているような感覚を起こさせる。


(出たか)


 今現れたというのが信じられないほどに強く色濃い気配。

 龍之介は惹かれるように足を踏み出した。一歩ずつ近づく間にも気配はどんどん強くなっていく。あと一歩という距離で龍之介は足を止めた。

 闇は揺らめき、蠢き、それは世界に顕現する。


「ふぁ~よく寝たのう」


「・・・どこから突っ込めばいい?」


 現れたのは、下半身にはタコのような軟体生物の足が10本ほど、腰に6頭の狼の頭、そこから上は青肌の女性の上半身。金色の瞳が、肩にかかる長さの銀髪の隙間から龍之介を覗いていた。


「む、せっかちな(あるじ)じゃのぅ、確かにそういう契約の仕方もあるが・・・しばし待て、人型になるのは少々気を張るんじゃ」


 いかがわしい勘違いをした不思議生物が、10本の足を蠢かせると、ねじれ上がるように2本の人間の足へと形を変えた。ちなみに狼の頭は残ったままだ。


「待て待て、そういう意味じゃない。お前は色魔なのか?」


「主よ、いくら寛大な我とて色魔ごときと間違えられれば気分のいいものではないぞ」


「その割に顔は嬉しそうだな」


「ぬ~、意地悪はいかんぞ主よ。千年程眠っておったのだ。言葉を紡ぐだけでも嬉しいのじゃ。よもや使い魔としての召喚で起こされるとは思っておらんかったがの」


 そう言われれば、最初から龍之介のことを主と呼んでいたし、呼ばれる側はどういう理由で召喚されるのかわかるようだ。


「そうか。それで、なんて呼べばいいんだ?」


「それは主が決めるのじゃ。我は名を持ってはいないのでな。そして、主の名も教えてほしい」


「俺は、龍之介だ。そうだな・・・。お前の名は・・・・・・『闇子(あんず)』だ」


「あんず・・・うむ、心得た」


 闇子は噛み締めるように与えられた名を呟き、花の咲くような笑顔を浮かべて頷いた。狼の頭も一緒に、心地よさそうに唸る。


「じゃ、さっさと契約を終わらそう」


「そうじゃな」


 あんずがフッと息を吹くと、闇が一斉に晴れた。

 いきなり現れた美女、それも魔人に見える龍之介の使い魔に、周囲の人々がどよめきを上げる。


 レオとオスカルの使い魔は、闇子を警戒してか、威嚇しているようにも見える。


「なんじゃ、猫と鳥も呼ばれおったか」


「知り合いか?」


「腐れ縁じゃ。仲は良くないがの。さぁ主、契約の口づけを」


 あの聖獣のような力強さを持つ使い魔2匹を捕まえて、猫と鳥と豪語する闇子に、半ば呆然としていた龍之介は、その言葉に反応する前に唇を奪われていた。いつの間にか闇子の腰からタコの足が1本生えていて、瞬時に龍之介の腰に巻きついていたのだ。

 闇子を見下ろすような形になり、唇を吸われ、されるがままの龍之介。闇子は龍之介の首に腕を回して、更に舌を入れた。


「!」


 龍之介は目を見開いて、若干の抵抗を見せたが、何故だか抗う理由も無いような気がしてそのまま受け入れる。




 オスカルはその様子を歯がゆい思いで見つめていた。使い魔となった火の鳥と激しい念話を交わしてながらである。


(うー、確かに口づけは契約に必要だが、何も口と口でする必要はないではないか!)


(彼が主の想い人なのですね。あのタコ女はまたいらぬことを・・・)


 オスカルの頭に響いてくる大人びた女性の声が憤りをあらわにする。


(タコ女?)


(今は人間の足へと姿を変えていますが、今彼に巻きついているような足が10本生えているのが本来の姿なのです。よもやこんなところで合間見えるとは思ってもみませんでしたが)


 心なしか火の鳥の表情は苦々しい。


(彼女を知っているのか?)


(召喚されるような使い魔の中で彼女を知らぬものはいないでしょう。主達の言葉で言うなら・・・)


 それを聞いたオスカルの目が驚きに見開かれる。次第に周囲にざわめきが大きくなっていく中で、後に続いたオスカルの呟きを拾う者は、側に寄り添う火の鳥を除いて、ただの1人もいなかった。



「魔王・・・」

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