28.契約の儀
なんだか非常に悪いことをしてしまった気分になってしまい、昼食を手早く済ませた龍之介が教室に戻ると、もう誰も教室には残っていなかった。皆選択授業の移動教室に向かったのだろう。
次の授業は何だったか?と記憶を掘り起こしていると、教室の扉が静かに開いた。
「ん、なんだレオか」
「なんだって・・・というかリュウ、逃げたでしょ?」
「さあ、知らんな」
入ってきたのは、いきなり王子その人、レオだった。どうやら今は一人のようである。
レオの逃げた、という言葉に一瞬オスカルとのやり取りを見られていたのかと、心が跳ねるもすぐに平静を装う。
「昼ごはんは一緒にと思ってたのに、リュウには逃げられるし、知らない人達に追い回されるしで散々だったんだ」
「そりゃ災難だ」
「他人事だと思って・・・はぁ、まあいいさ。次、1年の魔法科全体で合同授業だよ。大演習場に集合だって」
「合同授業?何するんだ?」
「契約の儀だよ。聞いてなかったの?」
はてそんな事を聞いたような気がしないでもない。ただ、契約の儀と言われても龍之介には何をするのやらさっぱりである。
「聞いたような気もするが、一体それはなんだ?」
「使い魔との契約をするんだよ。リュウは時々変なところで無知だよね」
レオの言葉で、ああなるほど、とようやく納得した。確かにそんな話を授業で聞いた気がする。
理論的なこともその授業でやっていたと思うが、簡単に言うと、自分に合った使い魔が召喚され、認められれば契約できますみたいな話だったと記憶している。
何でもこの召喚に使用される魔法陣が、使用した人によってそれぞれに合った魔力消費とかなんとかで効率がどうのこうので、かなり画期的なのだと教師が熱弁していた。
つまり、龍之介は大したことを覚えてないということである。
「興味がなかったんでな。そんな大事なことなのか?使い魔との契約ってのは」
「そりゃそうさ。使い魔ってのは主人の魔法の補助をしてくれたり、魔力の補給とか、使い魔によって色々力があるんだ。どんな使い魔と契約したのかも、その人の実力って考えられてるから、より良い使い魔、より強い使い魔と契約するのは、それだけ将来にも重要なんだ」
「なるほど」
使い魔がどれだけ優れているかで個人の力量もある程度測れるということだろう。逆を言えば、使い魔によって将来がある程度決まってしまうとも取れる。そう考えればどれだけ重要視されているのかも自ずとわかってくるというものだ。
「まあ1年生だけって言っても結構な人数がいるから、急がなくても大丈夫だけどね」
「だが王太子様が遅刻は不味いんじゃないのか?」
「うん、そうだね。まだ自覚が足りないなぁ」
そんなたわいない話をしながら、龍之介とレオは大演習場に向かう。
年相応に自分の使い魔が、優れている事を願う二人だが、化物クラスの二人に、普通に強い使い魔程度が来るはずもない事を知るのは、ほんの少し後になる。
大演習場は、かなり広いコロッセオのような形になっている。そして、観客席は満員だった。
「おいレオ、なぜ観客がいる?」
「ああ、それも覚えてないのかい?契約の儀は毎年の恒例行事だから、中等部以上は全員参加するんだ。一種のお祝いに近いものがあるからね」
「しかし、全員やってたらかなり時間かからないか?」
「10人くらいずつやるからそうでもないよ。契約する側も、それを見てる観客も、どんな使い魔が出るのかで興奮気味だしね。時間がかかってもみんなあまり気にしないかな」
「そうか。・・・ん、そろそろ始まるみたいだな」
1年生の魔法科生徒が10人組ずつに分けられ、整列させられてから、司会者が契約の儀の開催を声高らかに宣言した。ちなみに、レオは王族として一番最初に行うということで、中央に設置された壇の上でオスカルと並んで立っている。
「俺は、本当に最後の最後だな、この位置だと」
そう呟く龍之介が並んだのは最後のグループの最後尾に位置する所だった。整列したせいで、壇上のレオとオスカルは前の生徒たちの魔力が邪魔でかなり見にくい。と言っても、レオの魔力はもちろんのこと、オスカルの魔力も王族として申し分ない量であることは、龍之介の位置からも確認できた。
「では、今年も契約の儀無事に開催できた事に感謝を込めて、更には無事に終わるよう祈願する意味を込め、先日王太子と成らせられましたレオールド王太子殿下、並びにオスカル王女殿下が、今年の記念すべき初契約をしてくださいます。皆様盛大な拍手をお願い致します」
司会者の声が聞こえた。どうやら本格的に始めていくようだ。
王族に口火を切らせるあたり、確かに大きな、重要な行事であることがわかる。
レオとオスカルの魔力が揺らいだ。密度も濃くなり、龍之介の位置まで波動のようなものが伝わってくる。召喚陣を起動したらしい。
周囲の生徒達、観客達も、ようやくレオとオスカルの魔力が感じられるようになって、驚きと感嘆の声を上げ始めた。
そして次の瞬間、龍之介の目には、二人の魔力が柱の様に天に登るのが見えた。レオの魔力の柱は雲を突き抜けている。自分がやったらどうなるのかと、考えるのはやめておいた。
同時に爆発音が轟き、龍之介は先程までなかった大きな二つの存在感に気づいた。
(ほぉ、これは面白いものを持ってきたな、レオ)
いつの間にか、レオの前には象並みの体躯を持つ白虎、オスカルの前には巨大な火の鳥がいた。
白虎の方は時折体がバチバチと音を立て、電流が漏れている。
火の鳥は、恐らく朱雀というべきか、以前見たことのある米軍戦闘機よりもふた回りほど大きい上に、本体は白くなるほどに燃え上がっている。
二匹の並んだ威圧感は凄まじく、そして壮観だった。
聖獣と言っても過言ではない威厳を持つ二匹は、それぞれの主の前に頭をたれ、主が口づけをして、晴れて契約が成された。
一瞬の間が空いて、場内が盛大な拍手に包まれる。
(これは確かに、出だしを飾るにはいいな)
所謂景気づけというやつか、最初に最高クラスのものを見れば、割と皆リラックスするようで、以降は滞りなく進行していった。
レオとオスカルは少し外側の席に移され、その側には契約したばかりの白虎と朱雀が場内を見渡している。
(さっきから俺の方を見ている気がするのは気のせいだと思いたいな・・・)
ちなみに気のせいではなくガン見されている。使い魔である彼らは、かなり大まかに分けると魔獣の上位種に当たる存在で、魔力の感知にかけては人間など足元にも及ばない。
静かに鎮座している様に見える二人と二匹だが、頭の中ではテレパシーの様なもので忙しく話している。議題はもちろん「なんだあの怪物は?!」である。
そんなことを知る由もない龍之介は、そろそろ視線を気分でごまかしきれなくなり、早く自分の番が来ないかと溜息をついた。
(やっと俺の番だ)
長かった。苦節一時間。短いとは言わせない。聖獣二匹に睨まれての一時間は、龍之介でも神経が疲れるくらいにはダメージを受けた。戦闘なら話は別だが、友人の使い魔相手に喧嘩を売るわけにもいかず、耐えに耐え抜いた一時間だったのである。
そんな苦難も、もう終わる。
召喚陣は王族の二人が使った特別製と規模や構成は多少違うが、効果はそれほど変わらないとの説明を受けた。
龍之介の目の前には、魔法陣の刻まれた、金属の板が敷かれている。黒光りする金属だが、木目のような模様が入っており、歪んでいるようにも見えるが、実際は真っ平らという何とも不思議なものだ。
(これが召喚陣か。さて、鬼が出るか、邪が出るか、なんてな)
周りの生徒達が、陣を起動し始めた。陣がそれぞれの魔力の色で輝く様は、とても幻想的でその次に起こったことの滑稽さを増したという。
龍之介が陣を起動した。
陣の板が砕け散った。
お久しぶりです。
あけましておめでとうございます。
今年もズルズル更新ですが、生温かい目で見守ってくださると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
指摘のあった誤字を修正しました。




