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24.波乱万丈開演前

 夜が明けて、オスカルが実は王子でなく王女だった、という知らせがアルレイド全土に届いた。国は騒然となり、今まで必死にオスカルに媚を売り続けていた貴族達が慌てて王都へ向かったり、正式に王太子となったレオールドに貴族達がこぞって擦り寄ったりと荒れに荒れた。


 龍之介はそんなことは全く気にせず、ニコルへの指導もそこそこに、字の習得を終えてしまった。今は単語の照らし合わせと言うのだろうか、字を読んで単語の意味を耳で聞くという面倒なやり方で勉強している。

 龍之介が字を読むとそれが龍之介には日本語の意味で理解できる。目標は日常で見る文字が理解できる、といった程度なので字さえ読めれば殆ど解決したものである。


「先輩、自分の勉強ばっかしてないでしっかり指導もしてくださいよ」


 そしてここは早朝の演習場。前に来たのはレオに引っ張られてきた時だったか、と思い出しつつ読んでいた教科書を閉じた。

現在はニコルの特訓の為、読み書きの復習をしつつ朝霧の中、体を軽く動かしているところ。


「ああわるい、しかし読み書きはこれで全部か?特殊な変化とか無いんだな?」


「そんな難しくできてないですよ。発音と字が殆どそのまま繋がってるんですから」


「よし、じゃあそろそろ本格的に訓練に移ろう」


 これ以上ニコルを焦らしても可哀想なので、体術の訓練を始めることにする。

 龍之介の体術は、自己流と言っていいほど色んなところから技術を寄せ集めたもので出来ており、極めるにはそれぞれの武道を極めなければいけないので龍之介本人も未だ発展途上と自負している。

 柔道に始まり、システマ、シラット、ムエタイ、少林寺拳法等等、龍之介自信が独自に研究し考案したメカニズムで出来た集合体のようなもの。

 扱いは恐ろしく難しく、凡人が習ったところで不器用貧乏というかなりまずい結果にしかならないだろう代物だ。一つの状況でどの技を出すのがベストかを瞬時に判断する判断力に、それを実行できる肉体が無ければ無用の長物になる。

 ニコルに教えると決めたのは龍之介だが、それもニコルの才能を見越してのことなのだ。


「そうだな、基礎体力やらは大丈夫そうだな。ならまずは力の乗せ方からだ」


「はい!」


 2人しかいない演習場に、威勢のいい返事が響き、鳥たちの代わりに朝の訪れを告げるのだった。












 ここ二日、週末だったおかげで続いた朝の訓練を終え自室に戻ってきた龍之介は、シャワーで汗を流しながら、今巷で騒がれている話を思い出す。


 オスカル王子の消失、と簡単に言えばそうなのだが、事情はかなり複雑だろう。

 特に今まで媚を売ってきた貴族には耳の痛い話だ。殆ど努力は水泡に帰したと言っていい。


(まあ努力が実るどころか、芽吹いていたのかも怪しいけどよ)


 オスカルがそういったものになびくとは思えないが、頑張ってきた貴族達は大混乱に陥っているに違いない。

 しかも今までレオを貶していた者達は更に困ることになる。無能扱いしていたら、いきなり王太子になってしまったのだから顔を覚えられていないことを祈るばかりか。


(つっても下々の民には正直どっちでもいい話だよな。男か女かよりも施政者としての質の方が大事だからな)


 問題があるとすれば学校での扱いか。あれほどの美丈夫"だった"のだから想いを寄せていた女子生徒も少なくないはずである。

 愛しの君が実は自分と同性でした、なんて言われたら発狂してしまうんじゃないだろうか?

 そしてオスカルは今後人間関係の築き方が非常に難しくなるだろう。王の命とはいえ、悪く言えば騙していたことになるのだからこれはしょうがない。誰しも正直者と仲良くしたいと思うものだ。誰であれ大なり小なり嘘をついて生きているのを知っていてなおそう望むのだから、人間とは不思議な生き物である。


(まあどの道明日から、か)


 今日までは学校がないので、皆気持ちの整理は一通りしてから登校するだろう。このタイミングで暴露したのはちょうど良かったということか。


 シャワーを止めて、体から滴る水分は吸収してしまう。余った分は後で料理にでも使うのだ。最初は自分の体から出ているような水を料理に使うのは気が引けたが、すぐに慣れた。

 そもそも吸収した水と、放出する水は全く別物で、放出するのは魔力が水に変わったもののようなもの、と言葉で説明するとなんともわかりにくいが、とにかくそういうものなので、健康を害したりといったことはない。


(今日も依頼受けるか・・・。依頼書読んだら復習にもなるだろ)


 いつもの「平民の服」を装備し、ちょっとお茶しに行く、とでも言いだしそうな雰囲気のままフォルザへと向かうのだった。







「やっぱ読めるってのは大きいな」


 龍之介が眺めているのはフォルザの依頼掲示板。

 張り出された依頼を見ながら、字を読みそれの翻訳を聞く作業をしている。


(依頼に必要な単語は頭に入ったか。さっさと依頼を選んじまおう)


 一通り依頼を選ぶ上で必要な単語を覚え、ようやくその内容を吟味する過程に入る。まだ8級の龍之介だが、受けることのできる依頼の種類はとても多い。

 簡単な雑用が混じっているからなのだが、依頼者としても、駆け出しの9級よりも8級に依頼した方が、少し多めに金を払っても安心なのだ。


(これが無難か。報酬もいいし、皮でも剥げば小遣いにはなるだろ)


 選んだのは「一角猪1頭の撃退」。依頼内容を見ると、最近山から降りてきて田畑を荒らす一角猪なる魔獣がいるらしい。それを"二度と現れないようにする"というのが成功条件。つまり殺さなくてもいいということだ。


(面倒だし殺すけど)


 こういった依頼は報酬が良い代わりに何度も出るものではないため、言うなれば早い者勝ち。今回これを見つけたのは運が良かったと言える。

 これは幸先が良さそうだ、と喜びつつ受付に依頼書を持っていくと、受付嬢はマリーが担当していた。


「よ、これ頼む」


「挨拶くらいちゃんとしてくださいよ。ふぁ~眠い」


「お前は仕事をちゃんとしろ」


「ふぁいはい、じゃちょっと待っててくださいね」


 マリーが依頼書を持って奥に下がる。途端に龍之介に複数の視線が突き刺さった。どれも少なからぬ憎悪を感じる・・・・一体誰が?などと思案する必要もなく、これはマリーのファン達のものである事を龍之介自身承知していた。


(慣れてきた自分が少し悲しい・・・・)


 受付嬢は皆美人であることは、王都にいるものにとっては常識と言っても過言ではない。それなりに優秀な人材が揃う王都のフォルザで、冒険者たちに少しでも安らぎをと、意図的に集められたのが彼女達なのだ。マリー曰く、かなり厳しい門を潜ってきたそうだ。


 そんな彼女達受付嬢には一人一人にファンクラブ(親衛隊)がついている。

 かなり迷惑そうな集団だが、鉄の掟(抜けがけ禁止)を徹底しており、メンバー同士の結束が硬い。ストーカー的な輩をとにかく嫌い、それなりに助けられた受付嬢もいるらしい。


 まあそんなファン達を差し置いて、ぽっと出の男が事も無げに親しげにしているものだから、彼らも面白くないのだろう。

 ここ最近マリーと話をする機会の増えた龍之介に一方的に怒りや恨みつらみをぶつける様な視線を送ってくるようになった。


 マリーは龍之介に対して特別な感情は全く無いが、見ていて面白いので助け舟を出すこともせず――出したところで曲解されるのは目に見えてるというのもあるが――傍観している。

 龍之介は今のところ実害は無いので放置することにしている。


「お待たせしました。ではこれを、東門の真北に農民の集落があります。そこの地区長が依頼人となっています」


「詳しい話はそこで、と?」


「そういうことです。では頑張ってください」


「はいよ」






 マリーはリュウノスケが出て行ったフォルザの出入口を、これといった感情の無い目で見つめる。


(やりました。私はやりました!我慢しました!)


 マリーは自分を褒め称える。今日も我慢した。耐え抜いた。

 フォルザで個人への詮索は御法度。職員がそれを破るわけにもいかない。だから聞かない。




"防具は買わないんですか?"なんてことは。


大分、間が空きました。

待っていただいた方はすみません。


リアルとスランプの狭間でもがいておりますw


これからも是非生温かい目で見守ってくださいませ

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