23."He" is lost.
「して、リュウノスケよ」
「なんだ?」
「ヌシ、オスカルの事を知ってしまったらしいではないか?」
王の問いに龍之介は、遂に来たか、と腹をくくる。蛇が出ようが鬼が出ようが気にしないと、諦めと悟りの中間の様な心持ちで返答する。
「そうだな。俺も後悔の念が潰えない」
「それで、どう思った?」
「ああ、反吐が出るな」
流石にこの返しは予想できなかったのか、イヴァンだけでなくこの場の全員が目を見張った。最初の方で突っかかってきた近衛騎士なんかは青筋立ててカタカタと怒りに震えている。
「そりゃ手厳しいな。ヌシの意見を聞かせてもらってもよいか?」
「いいけど、これで俺が不敬だなんだ言われたら高飛びするからな?」
「はっは、安心しろ。そのようなことにはしないと、王として約束しよう」
その言葉に龍之介は一応は安心した。
王が約束を破っても、ただの平民との約束といえば身分に固執していると言われるし、ただの口約束だと言っても、"王として"した約束の価値を貶めることになる。
まともな王ならこの約束は守ってくれるだろう。ましてこの場には王族だけでなく、メイドや近衛騎士までいるのだから尚更である。
しかもこの話題を出したということはそれなりに近しい関係を持った従者達だろう。
「わかった。まあ色々言いたいことはあるがな、"愚か"の一言に尽きる」
「愚か・・・か」
「ああ、あんたらがやったことは全くの愚行だよ。おおかた女王の前例がありませんとかだったんだろうが、オスカルが王位を継承したとして、一体いつまで国民を騙すつもりだったのやら」
「リュウ、私達は国民を騙す気は」
オスカルが苦し紛れの反論をしてくるが、龍之介はそれを切り捨てる。
「騙す気は無かった、か?そんな事は関係無い。お前の意思に関わらず、虚言を国民が信じた。お前は自分を王子だと偽り、国民はお前の作られた人格に侍った。今はそれでいいと思ってるかもしれないがな、いつかお前は自分を殺すぞ?」
この言葉に王も王妃も押し黙るしかない。
オスカルは何か言いたげに口を開けたり閉めたりしていたが、いくら探しても言いたいことは見つけられなかった。
「正に生贄だ。国の為に自らを偽り、家臣を偽り、民を偽り、行き着く先は孤独。本当の自身を封じ込めて"王子"であろうとし続ければ、いつかそれに飲み込まれる。イヴァン王、あんたがやったのは子殺しだ」
「そう・・・か。やはり・・・そうだな」
「子は親を選べない。もちろん王族の責任は果たすべきだがな、王は性別で決まるわけでも、魔力で決まるわけでもない。王たるべく者が玉座に座る。それ以上でもそれ以下でもない」
言外にレオについての批判も十二分に含ませた龍之介の言葉に、イヴァンはしっかりと耳を傾けている。
今までの過ちを再認識しているのかもしれない。
少なくとも、"王たるべく者が王になる"という言葉には大きな感銘を受けた。
「子供の性別なんてのは選べるもんじゃないだろ?それを受け入れないのは親失格。まして偽らせて別人格植え付けるのは畜生以下の腐れ外道だ」
龍之介がそう言い切ると、遂に耐えられなくなったのか、近衛騎士が抜剣してしまった。
王はそれを見て溜息をついたが、何故か止めようとはしなかった。
「貴様!いくら陛下のお許しあっての発言とはいえ、度が過ぎるぞ!」
近衛騎士のこの行動に理解は示す。確かに龍之介の態度は悪く見えただろうし、実際そう捉えられざるを得ない言葉を選んだのだから。
例え彼の行動が王の約束を反故にしていると思っても、それを言うことはしなかった。
更に言えば、龍之介は彼の言葉に少し・・・いや結構キレていたのである。
「度が・・・過ぎる?度が過ぎると言ったか・・・?」
急に漏れ出した龍之介の怒気に、近衛騎士達は慌てて一斉に抜剣。レオとイヴァンだけが冷静に龍之介を見ていたが、それ以外の者達は一触即発とも思える状況に顔を強ばらせて固まるばかり。
「俺は充分丁寧な言葉を選んだ。この程度で度が過ぎる?片腹痛いな。生んだんなら責任持って育てて当たり前だろ。政務で忙しかろうがしっかり育つようにすることはできるだろ。それは人として当たり前のことだ。傍目に見りゃ御立派に育ったかもしれないがな、娘を息子として育てるなんて犬でもやらん。それを畜生以下と言って何が悪い」
「陛下!この者を断罪すべきです!この者の言はオスカル様までも侮辱しています!」
近衛騎士にはどうやら完全に嫌われたらしい龍之介。しかしどこ吹く風と聞き流している。何故か王妃だけが楽しそうな笑を崩さないままだが、今は誰もそれに気づかなかった。
「トリスタン、言うな。私は気にしていない」
「しかし」
オスカルと近衛騎士――トリスタンがもめそうになったところで、やっとイヴァンが口を開いた。
「そこまで!」
言い争いになりかけていた二人はハッとして居住まいを但し、口を閉じた。
「皆剣を収めよ。ここは食事の席だぞ。トリスタン」
「はっ」
王命に騎士達が剣を収め、元いた位置に整列する。
「我が言えと言って、リュウノスケはそれに答えた。それだけだ。偽らず正直に自分の言を紡ぐのがどれほどのことか分からんということも無いだろう?」
「それは・・・しかし・・・」
「いいのだ。正直、我はオスカルの件については後悔している。親として、父として最低であろう。すまなかったな、娘よ」
イヴァンはそう言って、オスカルに頭を下げた。それは王としてではなく、一人の父としての謝罪。
「良いのです、父上。私はアルレイド王家の娘です。国の為に犠牲になることのどこに憂いが御座いましょうか?」
「そうだな。お前は我の娘であったな。眞愚かなことをしたな、我は」
二人の頬を涙が伝う。一筋の輝きは、その身につけたいかなる宝石の類よりも美しく、暖かい。
「さあ!しんみりしてたら美味しく食べれないわ。気を取り直して乾杯しましょ」
王妃が暗い雰囲気を一気にかき消すように手を打ち、ワインを出すように指示を出した。
こういう人徳の高さが王妃たる所以なのかもしれない。
「ふう、そうだね。僕もなんかおいてけぼりを食らった気分だよ」
実際おいてけぼりだったレオも母に便乗する。皆が我に返ったように後に続き、再びグラスを掲げた。
「我は愚かな過ちを二度と繰り返しはしない。明日、民にも謝罪しよう。今日この場より、オスカルを王子と呼ぶことを許さず、王女として対するように!」
王の宣言に皆がしっかりと頷くのを確認し、王自信も満足そうに頷いた。
「アルレイド王国に!」
――アルレイド王国に!!!
イヴァンの音頭でその場にいた全員が高らかに声を揚げる。どの顔も清々しさとどこか虚しさも混じったような、それでも満足した不思議な表情だった。
晩餐会も終わり、龍之介を見送った後、オスカルは自室で悶々とした気分を晴らせずにベッドの上で眠れずにいた。
(リュウ、かっこよかったな。それに、私の為にあんなに怒ってもくれた。兄上の言うとおりリュウは良い人だな)
頭に浮かぶのは龍之介のことばかり。自分の運命を完全に変えてくれた人。恐らく明日からは今までと全く違う生活になるだろう。罵倒されるかもしれない。陰口を叩かれるかもしれない。
だがそれでも、とオスカルは思うのだ。これでよかった、と。
例え自分がどんなに苦しい状況になっても、兄とその友人の目つきの鋭い男が味方でいてくれる。それを信じることができる。
(さっきからリュウのことばかり考えてるな。それに顔が暑いし、心臓が早鐘のように鳴っている。リュウのことを思うと私は変になるな。どうしたのだ、私は?)
思考の海に広がるのは龍之介のことばかり。思いつくのは彼への賛辞、感謝、そして・・・熱い何か。
オスカルはまだ、この感情を言葉にできていない・・・。
大分遅くなりましたかね?
どうも王族とかの会話は苦手ですね。
言い回しがまだ自分には難しいです。




