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21.隣人友人

 龍之介の心中は今たった一言で埋め尽くされている。


(どうしてこうなった!)


 二日連続である。ギリギリで龍之介に原因がある、と言えなくもない。が、今の状態は完全にオスカルのせいである。


(何故隣に座る?!)


 そう、龍之介は教室に入り、すぐにオスカルを発見。あちらも龍之介を見つけたようだが、顔を赤くして俯いていたので関わらないようにして、教室の隅の席に座った。選択授業は教室を移動して受けるので、授業毎に席が決まっているわけではない。つまり早い者勝ちである。無論、段々と暗黙の了解で定位置は決まっていくのだが。とにかく龍之介は最後方窓際というぼっちプレイスに腰を落ち着けたのだが、ここで問題が発生する。

 オスカルが何故か席を移動し、それも恐らくは今までの定位置から腰を上げ、龍之介の隣に座ったのだ。そんなことするもんだから教室中の注目を浴びたし、その注視は龍之介にも向かった。誰あいつ?状態である。


 教室がヒソヒソと静かなざわめきという矛盾の中、龍之介はただただ混乱していた。元々女性に対する免疫は無いに等しく、しかも相手は男装というレア属性である。龍之介には荷が重い。

 どうせ今日の夕食には顔を合わせることになるのだろうから、その時までは関わりたくなかった、というのが龍之介の心境だ。


(駄目だ、授業に集中できない)


 戦史の授業は受講生が普通な数いるためか、自己紹介の様なものも無く、軍人の様な厳つい男性教師が前で講義しているのを聞いていた。

 だが隣からのチラチラという視線に気を散らされて集中できない。その上教室の生徒達が皆落ち着き無くこちらに意識を向けているのも感じる。


「なあ」


 疑問もあるのでこちらから接触を開始する。気分はさながら未知との遭遇である。


「なななななんですか?!」


「五月蝿い、声でかい」


「す、すみません。それで、なんでしょう?」


 オスカルの顔は平静を保っているが、頬には朱が挿している。


「お前、レオの弟なんだよな?」


「そうですけど、それが何か?」


「なんで同じ学年なわけ?」


「年子なので・・・」


(何故そこで申し訳なさそうにする・・・。俺が王族を虐めてるみたいじゃないか)

「さいで・・・」


 年子とか聞いてない、と声を大にして言いたい龍之介だったが、これ以上注目を集めるのもなんなので、後で叫ぶことにした。


「あの!」


「だから声でかいって」


「う、すみません。あの、昨日の事は」


「誰にも言ってないし、言わない。そもそも信憑性が無さすぎるから言う意味がない」


「で、ですがそれで僕を脅すこともできるはずでは?」


 この発言に龍之介は呆れるばかり。そうして欲しいのかと勘違いしてしまいそうだ。


「そうされたいなら別だがな、何でダチの兄弟を脅さないといけないんだよ」


「・・・兄上の言ったとおりですね」


「あ?」


「いえ、リュウはそんなことしないって昨日ずっとそう言ってくれてたので」


「ふーん、まそういうことだ。気にすんなよ。流石にこのままだと今夜が気まずいからな」


「ここここ今夜ですか?!」


「声量は合格だが、一体何を想像してるんだ?夕食の話だぞ」


「あ、ああ、そうですね。もちろんわかってますよ」


 一体どこに顔を赤くするようなところがあったのか甚だ疑問だが、それを聞くとまた地雷を踏みそうなので全力でスルーした。


「まあいい。それと、敬語やめないか?学年も同じなのに、なんか無理してるように感じるんだが?」


 オスカルがハッとして龍之介を見た。敬語は言わば"彼"と"彼女"の境界線。完璧を装う為の防護壁、長年の訓練の賜物。それの違和感を感じ取れるのは、やはり自分を女と知っているからなのか、それとも本当に何か綻びがあるのかオスカルにはわからなかった。


「・・・ああ、わかった、やめる」


 同時にどこか嬉しくも感じていた。今まで自分を偽り、演じ、欺いてきたものを見透かし、それでいて何も態度が変わらない。ある意味で本当の秘密の共有者が現れたような気さえしたのだった。


「そうしろ」


 龍之介がふっと笑みを零した。傍から見れば魔王が謀計巡らすような笑に見えたが、隣のオスカルにはそれが優しげに映るのだった。











 授業が終わり、生徒達が各々の帰路につく中、龍之介とオスカルはレオを待って教室に残っていた。


「リュウノスケ殿」


「殿とかも止めろ。俺が王族のお前を呼び捨てにしてんのに何か変だろ?」


「ならなんと呼べば?」


「好きに呼べよ。兄と同じでリュウでもいいし」


「いいのか!」


 何故か嬉しそうなオスカル。今まで普通の友達も作れる状況でなかった為かこういう極々普通の事が妙に嬉しかったりするのだ。


「むしろ駄目な理由が聞きたいな、俺は」


 そう話してるうちにレオが教室に入ってくる。


「随分と仲良くなったんだね、二人とも」


「兄上!」


「よう、おせーよ」


 オスカルが駆け寄って、龍之介はのんびりと立ち上がった。


「何がどうなってるの?」


「兄上、リュウは兄上の言った通りだったぞ!私も友になったのだ!」


「お前は一体何を吹き込んだんだ?」


「ごめん状況が掴めない・・・」


 嬉々としてオスカルがレオに逐一話しているのを聞きながら、龍之介は奇しくも王族の友となった自分の境遇を振り返る。


(俺が次期国王と友達ねぇ。運が良かったんだろうな。ったく一体誰が俺をこの世界に寄越したのか知らねーが、感謝することがどんどん増えてくな)


 自分がこの世界へ居る理由も意味も未だわからないままだが、それでもとにかく後悔は全く無い。そもそも死のうとしていたわけだし、ある意味で命の恩人だ。できることなら言葉を交わしたい。


(まあ俺に用があるならいつか会えるだろ)


 今を生きる。それが若者、などと年甲斐にもない事を考えながら、2人の友人と共に帰路につくのだった。











「じゃあまた後でな」


「うん、時間になったら迎えが行くと思うから」


「おう」


 そう言って2人と別れ、龍之介は市場に向かう。食料調達の為である。

 今日買っておかないとズルズルと買わないまま過ごしてしまいそうで、時間はあまり無いが、生活を律するために買いに行くことにしたのだ。


 龍之介はどちらかといえばサディスティックな性格だが、それが自分自身に対してですら時折当て嵌ることがある。今回のような場合も然り、生活習慣を整える為の自炊であり、自前弁当である。自分を律して悦に入る一種の変態である。


「おっちゃん、これいくら?」


 じゃがいものような者が数珠つなぎで売られているのを指差して、店の男性に尋ねる。


「おう!一つ銅貨5枚だ。好きな分金払って切り落としてけ」


「こっちも一緒に買うからまけてくれよ」


「おう兄ちゃん!お前わけーのにわかってるじゃねーか!いいぜ!持ってきな!」


「ありがとよ」


 その後も主婦さながらに市場を練り歩き、食料、調理器具で必要なもの、無ければそれを作る材料まで、更に調味料も金を惜しまずに買った。食事に妥協しない日本人の鏡である。


「あれ?リュウ先輩じゃないですか」


「ん?ああニコルか」


 そんな帰り道に隣人後輩と出会った。相変わらず隙の無い動きをしている。


「すごい荷物ですね。どこに遠征ですか」


「それは遠まわしにおちょくってんのか?」


「滅相もない」


と言いつつ、顔にはその通りと書いてある。


「お前は買い物か?」


「いえ、ちょっと私用で出てただけです。もう帰りますよ」


「そうか。・・・なあ、お前手伝えること手伝ってくれるっつったよな?」


「言いましたけど、荷物持ちですか?」


「いや、それはそれで有難いんだけどよ、文字、教えてくれないか?」


「文字、ですか?」


 この時ニコルは敢えてとぼけたような顔をしたが、内心"来た!"、と罠にかかった獲物を見るような気になっていた。なにせ後をつけていたし、タイミングを見計らって偶然を装って遭遇したのだから、この上会話まで自分の思い通りになっているのが可笑しくてたまらない。


「ああ、文字だ。1ヶ月教えろ。それで充分だから。それならお前にもそこまで負担は無いだろ?」


「そうですね・・・なら条件つけてもいいですか?」


「条件?」


「はい、この間先輩が使ってたあの変な体術、僕にも教えてください」


「へー、やっぱお前割と強いだろ。あれが見えるか。わかったそれでいい」


(うわーあっさりいったー。しかもやっぱとか言われてるんだけど。僕実力バレてる?)

「はい!ありがとうございます!」


 実際ニコルの実力は魔力まで含めてバレバレだが、あの体術を習えるだけでもう他の事は問題ないとばかりに棚に上げた。


「字は俺の部屋に来い。戦闘訓練は・・・そうだなー、毎週の休みでいいか?」


「はい、それでいいです。字は今日から始めますか?」


「いや、今日は用があるから明日から頼む」


「わかりました、じゃそういうことで」


 ニコルは誰が見てもご機嫌だ。ただ彼は気づいていない。彼の望む平穏な(・・・)人生はこの時その幕を完全に降ろしたということに。

50000pvを超えまして、感謝感激雨霰です。


オスカルはしっかりヒロインですよ?


11/30 修正

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