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19.学園初日3

 目的の森には1、2分で到着してしまった。何とも言えない微妙な気分になる。


「音速超えるとこんなもんか・・・」


 受付嬢は半日かかると行っていたのに、流石に今日中に帰ったら目立ちそうだと気づく。


(あーでも、明日も授業あるのか・・・詰んだ)


 そう思う表情は割とどうでもよさそうである。龍之介は目立つのはあまり好きではないが、基本褒められるのは嬉しい。ただ妬みやっかみはお断り。能力をひけらかすと必然的にそういうのが出てくるからあまり目立たないようにしているのだ。そして平民農民の麻服で冒険者稼業をやってる時点で目立つとかそういうことは考えてない。


「さっさと終わらして帰ろう」


 白目の麻布で織られたこの場に不釣合な服装のまま、森の中へと足を踏み入れていく。




 身体強化で少しばかり過敏になった嗅覚が、悪臭を捉えたのは森に入ってから5分ほど歩いた時だった。


(酷い匂いだ・・・。奥に行くほど強くなりやがる)


 既に鼻がひん曲がりそうだが、同時に麻痺してきてもいる。どんな匂いかと聞かれれば、血と糞尿と吐瀉物の混ざり合った匂いと答える、そんな悪臭。


(あれか・・・・醜い緑の、小鬼、ね。なるほどよく言ったもんだ)


 龍之介の視線の先というか、匂いの先には、瘤だらけの顔で醜悪に笑いながら何かの動物を貪る10匹ほどの小人の様な生物がいた。角らしきものは見えないが、鬼と言われても納得の様相である。


(5匹だけでいいのによ、なんで俺が受ける討伐依頼はこうも数が増えるかね)


 龍之介としては雑魚が増えるより強者の一の方が好みなのだが、そういう依頼はもっと階級を上げないと受けれないのでジレンマになっている。


(まあどのみち全員殺して終いだけどよ)


 なんの小細工無しに、悠然と木陰から出るとそのまま散歩でもするかのような足取りでゴブリン達のもとへ向かう。


 十数メートルの距離を開けてこちらに気づいたゴブリンが「ぐぎゃ!ぐぎょ!」と下品な声を上げた。

 それが一匹ならまだしも、そこにいた10匹が全員そうするものだから、さすがの龍之介も顔を顰めざるをえない。麻痺している嗅覚ですら、風が凪ぐ度にその悪臭を嗅ぎ取ってしまうのだから、たまったものではない。


 そうこうしている間にゴブリン達が走ってくる。その装備はバラバラでお粗末、ボロボロで貧相だった。何故にこうも自信満々で襲ってくるのかは全くもって理解できない龍之介。


 取り敢えず、といった風に正面からオンボロハンドアックスで斬りかかってきたゴブリンの頭を殴る。今回は殺しに来ているので手加減はせずに一撃で仕留める威力で撃ち抜いた。

 パンと小気味いい音がしてゴブリンの頭が爆ぜる。ゴブリンの血は赤に近い紫で、ゴブリン本体に負けず劣らず酷い匂いがする。


(うっ・・・これは、きつい)


 そう龍之介が思ってしまうほどの異臭。だがゴブリンが既に迫っている状況を先に打破するため、続く後続たちも全て一撃で文字通り破壊し、数を半分にまで減らした。


「・・・・・くっせ!ああくそ!なんだこの匂い!何食ってんだこいつら!しかも血が変な色してるしよぉ!」


 龍之介は実は綺麗好きだ。既に服は殆ど赤紫に染まり白い部分が少ない。普通の血の匂いは良くても、この匂いは耐えられなかったのか、あまり似合わない怒り方をしている。


「素手はきついな・・・主に感触が」


 ぼそりと呟いた龍之介の右手に紅黒く煌く魔力が集まっていく。生き物のように蠢くそれが霧が晴れるように霧散すると、その手にはひと振りの黒鞘。

 鞘も柄も漆黒で、よくよく見れば木目のような模様が浮かんでいるが、それは歪んだり広がったりと一定ではないことがわかる。

 鍔は無く、打ち合いなど想定していない攻撃的な作りをしている。


『妖刀・夜酔之宵(ヨヨイノヨイ)


 当然名をつけたのは龍之介で、彼のネーミングセンスは壊滅的夜露死苦系である。


 龍之介の魔力で具現化させた物は、どういうわけか皆一様に黒い。朔の夜もびっくりの黒。そしてこれもどういうわけか、必ず意図していない(・・・・・・・)効果が付加される。


 ダンっと龍之介が地面を蹴った。力は軽く込めただけだが、身体強化でその"軽く"が桁外れの威力になっている。残った後続のゴブリンまでの距離を一瞬で詰める。それに反応できたゴブリンはいなかった。


 龍之介が元の世界で習熟した刀の技術は抜刀術のみ。戦闘よりは精神面が重視された教え方だったが、この世界に来てからそれをなんとか戦闘にも使えるレベルまでにしたのだ。

 故に鍔は必要なく、全て一の太刀で切り伏せる事が大前提で、打ち合いになるならそれは実力不足ということ、と完全に割り切った武器である。


 距離を詰めたと同時に抜刀斬りで前の3匹、一歩踏み込み返しの刀で残りの2匹。

瞬きするよりも短い間に、龍之介はゴブリンの群れを抜けていた。

 ズルリと5匹の頭がズレ落ち、血飛沫が上がる・・・よりも前に、吹き出した紫の血は全て妖刀の刀身へと吸い込まれていく。まるで刀が血を啜る様に、ジュルジュルと不快な音が鳴り、龍之介の顔が歪む。

 これが妖刀・夜酔之宵の不思議能力、切り口から出た血を吸う能力。それも全部を吸うわけではなく、飛び散るのを抑える程度で返り血を浴びなくて済むという中途半端な便利さである。しかも音が汚い。ジュースの残りをストローで吸い上げるような音がする。


 ゴブリンの頭を残し尚且つ臭い返り血を浴びないために選んだ武器だが、結局当初の不快にならないという目的は達成されなかった。


 血の出が悪くなり、吸血が止まる。一度振ってから――血も何もついてないのであまり意味はない――鞘に戻し、刀を消す。鞘に戻さないと消せないという、謎の制限があるが、切れ味は良いのであの不快な音を差し引いてもかなり重宝している。


「そういえば久しぶりに出したな・・・。忘れてなくてよかった」


 なんだかんだ体術と身体強化で依頼をこなしてきたので、こういう武器を使うタイミングが無かった。今回はたまたまゴブリンが臭かったおかげ?で使うに至ったわけだが、これからは練習がてら使っていこうと決める。


「むしろ今回みたいなことが無いように初見は触らずに倒したほうがいいか」


 そういうことにして、ゴブリンの耳を千切り取っていく。全部で7匹分の耳を取って帰ることにした。

 帰路は極端に怪しまれないように、時間潰しも兼ねて2時間ほどで戻った。




 王都の北門で一度引き止められ、町中でもかなり人目を集めた。何が問題かというと、返り血に濡れて紫色に染め上がった服である。ゴブリンを知っているもの――つまり殆どの人――からすれば一目でわかるような血染めの服に悪臭。人目をひかない訳もなし。


(返り血対策は何かしら必要なのか・・・。そういう魔道具かなんかありそうだよなー)


 そんな事を考えながらフォルザに入る。もちろん入った瞬間に厳しい視線にさらされたのは言うまでもない。

 行く前に担当してもらった受付嬢の所に向かい、受付の上にゴブリンの耳を7つ置いた。途端に辺りの匂いが一層強くなる。


「うっ!こんなものそのまま持って入らないでくださいよ!」


 受付嬢は狼狽して鼻をつまんでいる。


「そんな事言われてもな、ならどういう風に持ってくれば良かったんだ?」


「防臭の魔法とか使えないんですか?!それかしっかり血抜きして洗って、少しでも匂いをなくして持ってくるのが常識ですよ!」


「常識なんぞ知るか。俺は8級の新人だぞ」


「新人は一人で7匹も狩ったりしません!」


 受付嬢の叫びに周辺にいた冒険者がギョッとした顔でこちらを窺てきた。龍之介を噂し始めたヒソヒソ声が聞こえるくらい静かになった受付ロビー。龍之介は軽く舌打ちして受付嬢を睨みつけた。


「ヒッ・・・す、すいません。少し取り乱してしまいました。依頼は達成されたので成功報酬と、余分に討伐された2匹分の追加報酬をお支払いいたします」


 今度は龍之介にもギリギリ聞こえるくらいの声でしょんぼり言う受付嬢に、流石にこれ以上責め立てるわけにもいかなくなり、ため息をついて報酬の入った袋を受け取った。


 しかしふと金の入った袋を見て思い出したことがあった。ヴロトの鱗である。もらってから今までなんだかんだでお金に困窮せずにこれた為に完全に失念していた。

 記念として持っていてもいいが、一応価値くらいは知っておいたほうがいいと思い、受付嬢に再び話しかけた。


「なあ、素材の買取とかもやってくれるんだよな?」


「は、はい、あちらの買取窓口にて素材などの売却が可能です」


 受付嬢は入口から見て奥の方にある受付の更に奥を指差した。そこにも一つ窓口があり、時折冒険者が立ち寄って何か品物とおそらく金銭の入った袋を交換しているように見受けられた。


「そうか、助かった。あんた名前は何ていうんだ?」


「私はマリー。次からは臭くないようお願いしたいですね」


「はいよ、じゃまたな」



 マリーに軽く手を振ってから買取窓口へ。買取窓口は渋い赤茶色の髪と髭――完全に一体とかしている毛に覆われたバーグが受け持っていた。


「よう、これの鑑定を頼みたい」


 言って、ヴロトの鱗を置いてあったトレーに乗せる。


「あいよ。どれどれ・・・・・・おい兄ちゃん、これどこで手に入れた?」


 バーグは渋い顔をしてかなり龍之介を怪しんでいる。


「友人にもらったんだよ」


 人ではなくて龍だ、むしろそいつのだ、などと真実を言う気はさらさらない。時に嘘は真実よりも救いになるものだ。


「友人ねぇ・・・、ちょいとここで待ってな」


 バーグはそう言うと奥へ引っ込み、暫くして顔と体の年齢が合っていないような老人の男を引き連れて戻ってきた。

 老人は短めの髪をオールバックにしており、髪に色は無く完全に真っ白になっている。顔には厳しい皺がいくつもあり、更に戦闘でついたのか顔面右に袈裟懸けの傷まである。男爵髭というのか、先端でカールしているあれであるが、それが異彩を放って違和感が凄まじい。

 その体は身長がまず龍之介ほどで背筋はしっかりと伸び、大会前のボディビルダーの様な筋肉を引っさげており、無数の傷跡があるのが遠目にもわかる。

 もちろん魔力持ちで、色は青だった。


「ぬしかの?変な物を持ち込んだのは」


 姿に似合う低く重い声だ。


「変なもんて鱗か?それなりにいいもんだからっつってもらったんだよ。てかあんた誰だ?」


「最近の若いもんは礼儀がなっとらんな、まあよい。儂はメニチェフ・ドニプロだ。ここのフォルザ長をしとる」


「なるほどな、俺は龍之介。新米冒険者だ」


「新米は普通そんな空気出さんがの、まあよい。場所を移した方がいいの。ついて来なさい」


 バーグに案内されて中へ通される。そのままメニチェフを追ってフォルザの中をぐんぐん歩いて数分。本気で城並に広いのは気にしないことにして、たどり着いたのがフォルザ組合長執務室。つまりはフォルザ総本山の中心である。


「まあ座ってゆっくり話そうかの。・・・さて、ぬしがあの鱗をどこで手に入れたかは聞かぬ。どの様な出自かも聞かぬ。何故ならそれこそフォルザの不問律みたいなものだからの。だがあの鱗に値段は付けられぬの」


「どういうことだ?」


「価値を比べる物が無いのでの。敢えて値段を付けるとしたら・・・白金貨が千枚単位になるの。そんなもの買えぬというのもあるの」


 メニチェフはカールした口髭をいじりながら説明した。見る人が見ればイラッときそうな仕草だが、龍之介から見ると渋く似合っていると感じた。


「あんのヤロウ何が宿一晩だ。全然ちげーじゃねーか・・・」


「それを言ったのはとんだ阿呆だの。宿どころか城がいくつも買えるの」


「で、わざわざここで話すってことは出回っちゃまずいんだろ?安心しろよ、一枚しかねーから。売る気もないし、盗まれる心配もしなくていい。目立つのは嫌いだしな」


「わかってるなら話は早いの。それはなるべく見せない方がいいの。ある程度ならこちらからざるにかけることはできるがの。それでも集る虫はいなくはならないのでの」


「わかってる。ご忠告痛み入る。ああ、ならこんなのも駄目か?」


 龍之介は思い出したように、実際思い出して、鞄から取り出したように鎧熊などの最初の森の中での素材を卓上へ並べていく。

 一つの素材を置く度にメニチェフが息を呑むのがわかった。


「ぬし、こんなにどこで手に入れたのだ?これは透爪熊ではないかの?幼体でも最低6級指定される魔獣だの。それがどれも成体の素材で・・・量はまだあるのかの?」


「ああそうだな。こっちは結構ある。これは流通しても大丈夫か?」


「そうじゃの、売る相手を間違えなければ、の。元々王都では実力のある冒険者は多いからの。売ってぬしが得することは少ないかもしれないの」


「そうか。なら売らなくていいな。いつか使う時もあるだろ」


「ぬしの好きにするとよい。おお、お茶は飲むかの?」


「んーそうだな。飲んでいくとしよう」



 その後のんびり2杯飲んでからフォルザを出て、寮へと戻り一日を消化した。



 龍之介が思ったのは、「疲れた」とただそれだけ。ゴブリンの悪臭が髪に残り、なんども頭を洗った。まだ初日か、と思う反面これからのことが楽しみでもある龍之介だったが、次の日の朝に城からの使者が来て、「めんどくせー」と膝を付くことになるのだった。

ゴブリンなんてこんなもんです

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