18.学園初日2
学園の廊下を少し早足気味に龍之介が歩いている。
レオやオスカルとは別れ、現在は一人だ。
その顔はすれ違う生徒が皆目を逸らすほど険しい表情をしていた。
(あれはまずった。つついていい藪じゃなかった)
乙女の秘密を暴いてしまい、いたたまれない雰囲気に耐えられなかった龍之介は、「先に戻る」と言って逃げてきたのだ。
内心かなり焦っている。格好のいい推理でもすれば良かったのかもしれないが、生憎と龍之介は王女に向かって「月のものの匂いがします」と言ったのだ。
学園でなければ不敬罪どころではないだろう。
(身体強化で偶然だったんだが、詮無きこと、か)
本来身体強化は陣と詠唱があって初めて成立するわけで、誰もいつ龍之介が身体強化をしたのかわかっていない。
そもそも、身体強化をしたところで衣類の下の匂いを嗅げてしまうほどに嗅覚が無意識に強化されることなどはありえないのだが、魔法関連の常識にいまいち疎い龍之介には知る由もないことだった。
(まぁやはり後で謝罪はしたほうがいいか。そうしよう)
一度思考に見切りをつけて気持ちを切り替える。
もうしばらくすれば昼休みも終わり、午後の授業が始まる。午後は実技なので、それとなく鬱憤を晴らすことに決めて教室の扉を開けた。
「っと」
扉を開けた途端に何かにぶつかった。龍之介が感じたのは、鉄壁。そう、まるで鉄の様に硬い物に行く先を阻まれた。
「おっとぶつかってしまったハハ、これはもうしわけないッフッフッフもうしわけないフフ。おや編入生殿では?ッフッフッフ確かリュウノスケ殿、間違いないフフフ龍之介殿ッフフフこれは間違いないフフフ」
(な、なんだこいつ・・・)
龍之介の目の前には鉄壁ではなく、あのデカバーグが立っていた。
肩には普通の人なら地面に擦れてしまうような大きな袋を背負っており、それはリュックサックの前身の様な形をしている。
筋肉バカな巨体に独特のオタクじみた口調がなんとも不釣合な男だ。
「拙者ドエルガーと申すッフフフフ申すってフフフ騎士かっ!ってフフフフ拙者ドエルガーフフフフ、ハーフバーグゆえこの体格にフフフこの、筋肉質な、フフ、体に、高身長とかフフフ恵まれすぎフフキタコレッフッフッフッヒッヒッヒ!」
「あ、ああそうか俺は知っての通り龍之介だ。よろしくな・・・」
一応当たり障りのない挨拶を返したものの、龍之介はこのタイプの人を相手にするのは苦手だった。どう対応していいのかが全くわからない。
「これはフフフこれはご丁寧にどうもッホホホフヒヒ。では拙者鍛冶の授業ゆえッフフフヒ工房に行かないといけないのでこれにてッヘヒフフフ」
嵐のように去っていく巨漢ハーフバーグ――ドエルガーを見送りながら、今だ整理できていない頭を思考加速まで使って落ち着かせた。
「いるんだな・・・、オタクってのはどんなとこにも・・・」
やっとひねり出した陳腐な言葉は誰にも聞かれることがなかった。
教室に入ると、すぐにマリリに呼ばれた。
なんでも、「第一実験室」とやらで龍之介の魔力測定を行うらしい。
龍之介は魔力云々で支援を受けているので当然実技には魔法を選んだ。
が、未だこの世界で魔法がどうなっているのかよくわかっていないのである。
レオは魔法陣やら詠唱やら面倒な工程を挟んで魔法を使っていて、龍之介の様式とは大分違う。
郷に入りては郷に従えと言うように、龍之介もこの世界の常識の範囲内で魔法を使っていこうと思っている。
理想としては、適度に殺し合いの場が持たれること。そうなるには絶対的力を誇示するわけにはいかないのだ。
いつかは全力で戦える相手が現れることを望んではいるが、それは生活に支障のないレベルでの話だ。矛盾しているようだがそうなのである。
龍之介はこの世界に来て自分が割と貪欲であることを知った。
あまり世間で目立ちたくは無いが、強者との戦いを求めるという矛盾した欲望。意味もなく過ぎ去る日常に辟易していた龍之介にとって、魔法はまさに生を潤す美酒だったのだ。
そんな龍之介がこの魔力測定に心躍らないはずはなく、逸る気持ちを抑えてマリリの後について行く。
敵を知り己を知らば百戦危うからず、という言葉がある。
この言葉は情報の大切さ、特に、敵に限らず自分自身の情報も重要なのだということが読み取れる。
魔力測定は己を客観的に知るという点で非常に価値あるものと見るべきだろう。
「ここよ。ここが第一実験室」
広い学園を数分歩き回ってようやっと一つの扉の前で止まった。
(第一実験室ねぇ。仰々しい名前だな)
他愛もないことを思いつつ、その表情に珍しく緊張を滲ませて扉を開く。
中では数名の魔法師らしき男女数名が、モノリス風の黒い長方形の物体を囲んでいた。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
「あなたはこの測定器に手を当てるだけでいいわ。後は勝手に測定器が魔力を測って数字が出るから」
「なんだ、拍子抜けだな。もっと色々やらされるのかと思ったが」
「本当ならこれ新年度の最初に全魔法科生を対象にやってるのよ?時間をかけれるものじゃないのよ」
「なるほど、じゃ早速やっていいか?」
「ええ、お願い」
周りにいた――記録係か何かだろうか?――魔法師の一人が「測定開始しまーす」と言って、龍之介を促した。
無駄に意気込んで一歩測定器に近づき、その手で触れた。
物言わぬモノリスに赤い文字が浮かび上がる。それは龍之介がまだ習っていない文字で、これから習うであろうこの世界の文字だった。
初めは中心を通るように縦に、次はそれを垂直に横切るように、そして行数が増え、段々と黒かった表面が赤へと変わっていく。
周囲で見ていた者達の息を飲む音がかすかに耳へと届いた。龍之介もどこか神秘的なその光景に呆然と眺めていた。
周りが息を飲んだ理由も知らずに。
黒い部分が見えなくなったと思った瞬間、測定器は漆黒の長方体へと戻っていた。
まるで今までのが幻想であったかのように、無音でそれは佇んでいる。
「ふぅ・・・、これで終わったのか?」
龍之介が小さく息を吐いて尋ねるが、誰ひとりとして答えない。否、答えられなかった。何故なら誰も開いた口が塞がらない状態だったから。
「ねぇ・・・これってレオールド殿下の為に改良されたんじゃなかったっけ?」
マリリが恐る恐るといった様子で計測していた魔法師に話しかけた。
「そ、そのはずなんですが・・・」
(なんだこのお通夜みたいな空気は・・・)
龍之介がそんなことを思っていると、魔法師の一人が測定結果を静かに呟くのが聞こえた。
「測定器、処理落ちしました。術式回路が焼ききれてます。・・・測定、失敗です」
「え?失敗?」
引き続きお通夜ムードの魔法師達を代表して龍之介に返事をするのはマリリ。
「失敗というより、[測定不能]という結果ってことよ・・・」
龍之介はその言葉に、不満気に眉を顰めるだけだった。彼としては自分と他者の比較がしたかったので、この結果はいささか微妙だった。常人より多いのがわかっただけでもいいかと、すぐに思い直したが。
こういう事態は実は少し前にもあった。レオールドが中等部に上がった時だ。
それまでの常識を覆し、レオールドが魔力測定器を落とす程の魔力量を記録し、測定器の大幅改良がされることになった。
それから研究者達は日夜改良に明け暮れ、持てる技術全てを注ぎ込んで当初の倍以上の量まで測定できるようにした。
まさかたったの3年でさらに改良させられるとは、流石に誰も思っていなかっただろう。
それ故のこのお通夜状態である。
(最新型は最高値が6万。殿下でギリギリという量ではあったけど、それを処理落ちに追い込むってどんだけなのよこの子・・・)
マリリは研究職ではないが、ただでさえ問題児だらけの十三組に更なる厄介事が出来たことに頭痛の種を増やすのだった。
「今日は帰っていいわ。にしても、また独特な授業取るわねーあなた」
「そうなのか?俺は必要そうな授業を取っただけだがな」
龍之介が選択授業で選択したのは、[詠唱と陣構築1]、[魔法史1]、[戦史1]、[魔法付与術]、[楽器専攻]
正直[詠唱と陣構築1]以外は趣味と言わざるを得ないラインナップである。
「まああなたがいいなら私は何も言わないわよ。でも楽器なんてできるの?貴族でもないんでしょうに」
「まそれなりに、な。じゃ俺は帰る。また明日先生」
他の科目のことは追々話すとして、龍之介が[楽器専攻]を取ったのは本当に気分である。たまたま目に入り、地球の音楽がふと懐かしくなったのだ。知っているのは有名どころだが、メロディーを奏でるだけでもかなり心安らぐだろうと踏んでのことだった。英才教育のおかげで楽器を2、3嗜む程度にはできるので適当にアレンジして記憶にある限り弾いてみようという算段だ。
後に割と大事になってしまうことをこの時はまだ知らない。
やる事がなくなり暇になった龍之介は、自室で着替えてフォルザへ向かうことにした。節約はするつもりだが、余裕ある程の財を持っているわけでもなく、いざという時に物を言うのはやはり金であることは明白だからだ。
ちなみに寮の階段の仕掛けは未だ知らない。
王都のフォルザは予想通りというか、規模がかなり大きかった。まるで煉瓦造りの城である。そして、外側には薄くではあるが結界が張ってあり、防御面においてもかなりの費用が使わているだろうことがわかる。
そもそもフォルザは大陸各国が連合して運営しているため、こういったフォルザの建物、特に王都などの主要都市に建てられたものは、その国の権威を誇示する目的も兼ねられている。それ故のこの力の入れ様なのだ。
大きな戦争が起こらなくなって久しいこの大陸で、最初に需要が減った軍人への救済措置として各国の上層部が意見を合わせて運営を始めたのがフォルザ。
軍人として国が雇うことはできません。けれども不安定ですがフォルザでその素質を活かせますよ。というわけだ。首を切られた中途半端な実力者は冒険者となり、実力も才能も無いものは実家へ帰る。そして国はいらないものをなんなく切り捨てられたそうな。
恐らく色々と問題もあったのだろうが、現在の歴史の書物にはそう書かれている。
「見てくれがこんだけ良くても、出入りする人間は変わらんな」
荘厳な雰囲気の門とも言える扉を潜り、中へ入った龍之介がそう呟いた。つまりは冒険者達の人相がよろしくないという話なのだが、龍之介自身もその内の一人ということは自覚しての発言のようだ。
さすが王都というべきか、依頼の掲示板はアイフェストのものよりふた回りほど大きく、それが3つも並べてあった。
が、龍之介は素通りだ。字が読めないのだから仕方がない。そのまま受付へと向かった。
受付は5箇所あり、それぞれに受付嬢が座っていて皆遠目にもわかるほど美人だった。
龍之介は入口から一番近い右端の受付の前に立った。
「こんにちは。フォルザ本部へようこそ。本日は依頼ですか?それとも登録でしょうか?」
「依頼を受けに来たんだが、生憎と字がまだ読めなくてな」
「はぁ・・・、えと、そういうことでしたら承りました。では会員証を拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
龍之介は「ああ」と頷いて8級に上がって色が白になった会員証を受付嬢に渡した。
「リュウノスケ様ですね。現在8級ということですが、依頼内容は採集、都内雑務、討伐と大まかに分けてどういったものをお望みでしょうか?」
「討伐で頼む」
正直ここ最近荒事はあったりしたのだが、思う存分暴れたというわけでもなく、かなり体が疼いているのだ。
「畏まりました。それですと、[ゴブリン5匹の討伐]、[餓狼5匹の討伐]、[スライム1匹の討伐]になります。討伐の証明にはゴブリンは耳の番、餓狼が尾、スライムは核となっています」
龍之介の耳にはゴブリンは醜い緑の小鬼、スライムは粘り気のある塊と聞こえているが、見当をつけてそう頭の中で翻訳した。
念の為魔物の特徴を聞いて自分のイメージが間違ってないことを確認してから、ゴブリン討伐の依頼を受けることにした。
「はい、では共に依頼を受ける方のお名前をお願いします」
「いや、受けるのは俺一人だ」
「えと・・・、この依頼は最低3人の8級冒険者で受けるのを基準として選定されているのですが・・・?」
「?、構わない。受けるのは俺一人だ」
龍之介はなんでそんなことを聞くのか?とでも言いたげに眉をひそめる。
「・・・そうですか。わかりました。ではリュウノスケ様のみで、依頼を受託させていただきます。期限は3日以内となり」
「ああいいよ、今日中に帰ってくるから。どの辺にいるかだけ聞いてもいいか?」
「・・・・・・ゴブリンが出るのはここから北に半日ほど歩いた先にある森の中です。今から出発しても今日中には」
「大丈夫。じゃあまた後で」
受付嬢は混乱する。目の前の少年はどれほど命知らずなのか、と。これから出発すれば日が暮れる前にはゴブリンと遭遇できるだろう。だがそれで帰りはどうするというのか。日が暮れてからでは危険も増す。それも一人で向かうという。
受付嬢の目には、まるで農民のような少年――まだまともな装備は買ってない――が、実は頭がイカれてますと言われた方がよほど信憑性があると思うのだった。
余談だが、龍之介が出て行ってしばらくして、そういえば魔物の情報には情報料がつくのだったと思いだし、頭を抱えたという。
受付嬢の混乱をよそにフォルザを出た龍之介は、そのまま北から王都を出て少し歩く。
王都から少し距離を置いて、周囲に誰もいないことを確認してから、身体強化をかける。
「距離的にもちょうどいいか、本気で走るには」
グッと力を込めて大地を踏みしめる。
そして魔力を爆発させるように足から放出し身体強化を強める。
瞬間、龍之介は音を超え、爆音と共に北の森へ向け走り去るのだった。
2で終わらせようとして失敗しましたねorz
これからもう少しのんびり更新になると思われます
4000ユニーク!お気に入り90件!
すごく嬉しいのですよ(pvはキリのいい数字まであと少しw
今後共よろしくお願いします。
11/30 2012
鷹代夜月様よりご指摘いただきまして、修正しました。